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小さな恋のメロディ

別れという名の始まり #4 【終】


投稿者名:高森遊佐
投稿日時:06/ 3/ 4




 白を基調とした清潔な部屋に横島は寝ていた。
消毒液の匂いが微かに鼻を付く。
三日前に美神とおキヌによって運び込まれたそこは白井総合病院。
意識を失ったまま三日間目を覚ましていない横島には個室が宛がわれていた。
横島が運び込まれたその時のおキヌの狼狽ぶりを心配した院長自らが横島を診断したのだが、外傷はもちろんどんな検査をしても横島の体に異常は見られなかった。

「心配するな、現代医学に敗北は無い! 現代医学とこの私の名に懸けて横島君を治して見せる」

目を覚まさない横島にほぼ24時間つきっきりのおキヌを心配して院長がいつもの調子で言い切る。
事実今心配なのは寧ろおキヌの方であった。
実際横島の方は医学的に見ればなんの症状も見られない。
目を覚まさない、その一点だけが異常と言えば異常だが。
何とか休息を取らせようと院長と美神は勿論、横島の見舞いに来た友人知人にも休む事を薦められたがおキヌは頑として聞き入れなかった。
しかし終にはおキヌは力尽き今は別の病室で眠り、横島の脇には美神が一人でついていた。
眠り続ける横島は時には涙を流し、また時には明らかに魘されていた。
そして安らかな寝顔をしている事は無かった。

「横島クン、私の所為で…。ごめんね、私がもっと注意していれば…」

美神は悪霊の罠に嵌った事をずっと悔やんでいた。
幸い今は魘されていない横島に向かい心の底からすまなそうに声をかける。
目には涙が浮かび今にも零れ落ちそうになっている。
部屋には他に誰もいない。虚勢を張る必要はなかった。
横島は精神を攻撃する悪霊の罠に嵌った。

『心の傷に攻め込んでる分性質が悪い』

自分が言った事だ。
間違いなく横島は心の傷―――恐らくルシオラに関する事―――を抉られたのだろう。
横島が目を覚まさない理由は二つ思い当たった。
一つは横島が引き起こした霊力の爆発。こちらは恐らく幻影によって齎された絶望によって霊力が暴走したのだろう。
何にせよ一度に放出しきれるだけ全ての霊力を放出した為に、回復するまで目を覚まさないのだと推測できる。
こちらは問題無い。時間が経てば回復するだろう。
問題はもう一つの可能性。
それは考えたく無い最悪の可能性。
つまり悪霊によって精神をズタズタにされて最早廃人になってしまっている為に目を覚まさない。
もしそうなっていたら、仮に目が覚めたとしても元の精神状態まで回復する事はないだろう。
もう三日も経っているのだ。とっくに目を覚ましてもおかしくないだけの霊力には回復しているはずだ。
いくら追い出そうとしても頭から離れない最悪の可能性。

「お願い、横島クン、帰ってきて………!」

思わず横島の手を握り悲痛な叫び声を上げる。
その瞬間、握った手が握り返された…ような気がした。

「横島クン?! 分かる? お願い、目を覚まして!」

より強く横島の手を両手で握り締めると今度は明らかに反応を示した。
急いでナースコールを押し、更に声をかけ続ける。

「横島クンっ、もう大丈夫だから! 悪い夢は去ったのよ! 目を開けなさい!」

まるで自分に言い聞かせるように叫ぶ。
大丈夫、横島クンは元通りで帰ってくる。廃人になんてなってない。
縋る様な気持ちで手を握り叫び続ける。

「う……うぅ…」

美神の必死の祈りが通じたのか、横島の瞼が一度強く瞑られ、ゆっくり開かれる。

「み、かみ…さん?」

自分の手が強く握られている事に気付いたのか、美神の方を見る横島。
大丈夫だった、横島は廃人になんてなってなかった、意識はしっかりしている。

「そうよ、心配、かけさせるんじゃないのよ…ッ」

涙で声が詰まるが精一杯の強がりを見せる美神に対してしかし横島が感情の篭っていない声で訊く。

「ココは…何処っスか?」

「白井総合病院よ。あんたあれから三日も寝てたんだから…」

「そうっスか…」

答える声にも全くと言っていい程感情が篭っていない。
その事に怪訝な雰囲気を感じ取った美神だったがそれを口にしようとした所で部屋のドアが開かれる。

「どうなさいま…目を覚ましたんですね、今先生呼んで来ます!」

ナースの足音がパタパタと急ぎ足で遠ざかっているのが聞こえる。
先ほど自分でナースコールをしたのを忘れていた。
しかし横島の様子がおかしい。三日ぶりに目覚めて頭が働いていない所為だろうか、だといいのだが…。
美神が一人悩んでいるうちに先ほどのナースが院長を連れて部屋に入ってきた。

「目覚めたかね、横島君! 君ほどの男が三日も目を覚まさないんだ。心配したぞ。
 さっそく診察をしよう。後で詳しく検査もするから覚悟しておきたまえ。」

横島の人間離れした体には手を焼かされて(大した処置をしないでも回復するので実際は手は焼かされいないのだが)きただけに、
目さえ覚ませてしまえば後は大した事はないだろうと判断したが、美神がいる手前直接は言わない。
おキヌにしても美神にしても今回の心配のし様を見た手前軽口を叩くのは憚られた。
それでもやはり現代医学の勝利だ、等と独り言で言ってはいたが。

「それじゃ診察をするとしよう。動けるかね、横島君? あぁ、君は検査の用意を」

ナースにてきぱきと指示を出し自分は横島の診察にかかる。
横島はと言えば終始大人しく診察を受けていた。
その表情にはやはり何の感情も篭っていなかった。





「横島さんっ! 良かった……!」

全ての診察と検査が終わった所でおキヌに横島が目を覚ました事が伝えられた。
横島が目を覚ました、それを聞いた瞬間、飛び起きるように横島の病室に向かい一直線に横島に抱きつく。
人目も憚らず泣きじゃくりながら横島にしがみ付くおキヌに、目覚めてから初めて横島の顔に感情らしきものが浮かぶ。
嬉しい、恥ずかしい、申し訳ない…そんな表情を一瞬浮かべた後―――

「ごめん、おキヌちゃん」

ただ一言、そう言った横島の顔はうっすらとだが悲しみの表情に彩られていた。
そんな横島を見た美神は、自分には向けられなかった感情の篭った反応に嫉妬を覚えつつも、なぜ横島がそんな顔をするのか分からなかった。

(何を考えているの……? 横島クン…)

三日前、遠目に倒れる横島を見た時に感じた、言いようの無い嫌な予感が再び浮かんで離れない。





 いつまでも泣き止まぬおキヌと美神を安静の為、と追い出した白井総合病院院長は最後に自らが横島の病室を出る時、一言横島に言い残していった。

「横島君、何を考えているかは知らんが、早まった事はするんじゃないよ。…退院は明後日の予定だ」

一瞬目を合わせ返答を聞かずに病室を出て行く。
長い事医者という仕事をやってきた勘がそう言わせた。
院長は精神科の医師ではないが、再び何の感情も映さなくなった横島に嫌な予感がしたのだ。

「俺は……もう… おキヌちゃん…」

誰もいなくなった病室で一人残された横島の呟きは消毒液の匂いに消毒されるかのように消えていった。





 二日後予定通り退院した横島はその次の日事務所に向かい、そして次の日から無断欠勤をし出した。
心配した美神が横島に連絡をするが、帰ってきたのは

「しばらく一人にさせて下さい」

たった一言、これだけだった。
明確なる拒絶。自分では今の横島に何を言っても伝わらない…。
衝撃を受けつつも「わかったわ」と言ってその場を流してしまった。
後から考えればぶん殴ってでも話を聞きだし、それに対処するべきだったのだが。
そして二日が過ぎ三日が過ぎ、一週間経った所でとうとうおキヌが我慢できなくなり横島の部屋に向かった。
ドンドンとドアを叩き何とか顔を出させた横島の顔は酷いものだった。
髭は伸び放題、頬は扱け風呂もろくに入っていないのだろう、ボサボサの頭で現れたのだ。

「横島さん、どうして事務所に来てくれないんですか? 
 また一緒にお仕事しましょうよっ ね、美神さんも私も皆待ってます」

無理に明るく話しかける。
何も話してくれないどころか、自分達を避けている横島に言いたい事は沢山あった。聞きたい事は沢山あった。
それでも自分から話してくれるまでは…そう思って普段通り接しようとしたのだ。

「ごめん、おキヌちゃん。そうだね……明日、行くよ」

しかし横島はおキヌとは目を合わせないようにそう言うともう一度ごめん、と言うとドアを閉じてしまった。

「明日ですね、約束ですよ!」

閉ざされたドア越しにそう言うとおキヌは今にも泣き出しそうになるのを堪えて横島のアパートを去っていった。
ドアの反対側では玄関で膝を抱え丸くなった横島が声を上げず泣いていた。





 果たして約束通り横島は次の日事務所に現れた。
もうすぐ夕方になろうかという時刻だったが、おキヌはまだ学校から帰ってきていなかった。
その事に横島は心の中で安心し、
真っ直ぐに美神の元に向かい開口一番―――

「すんません、美神さん。俺、この事務所辞めます。
 色々ご迷惑おかけしました。今まで、ありがとうございました」

美神達からの別れを告げた。
久しぶりに見た横島に最初は素直に嬉しそうにしていた美神だったが、突然辞めるというのを聞いて固まる。
辞める? 誰が? 何処を?
あまりにも予想外の事態に横島の言葉が頭に入っていかない。

「今日はそれを伝えに来ました。勝手な事言ってすいません。
 ………おキヌちゃんにも伝えておいて下さい」

そう言って出て行こうとする横島を必死で呼び止める。

「ちょ、ちょっと待ちなさい横島クン! 辞めるって急に何を言ってるの?!」

「もう決めたんです。美神さん達と一緒にいれて…楽しかったです。
 本当にすんません、明日荷物を纏めに来ます」

既に出口のドアに手をかけていた横島は立ち止まったが振り返らずにそう言って出ていってしまった。

 いなくなる?
 横島クンが私達から?
 止められない?
 まだ諦めない!
 私一人での説得が無理なら…

素早く美神は電話機を手に取った。





 ここで見る夕陽はこれで最後だな…。
横島はタワー展望台の屋上部分で暮れ行く夕陽を眺めていた。
昼と夜の一瞬の隙間。短い間しか見れないから綺麗だと彼女は言った。
沈んだ夕陽が再び朝日として昇る事はなさそうだ。
最早涙も流れつくしたのか夕陽を見ても泣く事は無かった。

「ルシオラ、ごめんな。子供に転生するのは無理みたいだ。
 でも俺の中で俺と一緒に――――最後まで一緒にいような。
 後悔は……しないよ」

夕陽が完全に沈んだ後も横島は暫くそこに立っていた。





 アパートを片付け最後に置いた荷物を取りに事務所に現れた横島が見たものは―――
自分の知りうる限りの知り合い達だった。
ピート、タイガー、愛子、雪之丞は言うに及ばず、エミに唐巣神父、西条、美智恵、冥子やカオスにマリア、エミや魔鈴に小鳩、厄珍までいる。
それだけではない。
どうやって呼び寄せたのか小竜姫やパピリオにヒャクメ、魔族のジークやワルキューレにベスパまでが事務所にいた。
その他にもこの街で出会った横島の知り合いが皆集まっていた。
そして美神除霊事務所の四人…。
真っ先に口を開いたのはやはりおキヌだった。

「横島さん! 辞めるってどういう事ですか?!
 私達に何も言わず行くってどうしてなんですか! 私達皆、皆横島さんに、居なくなって、欲しく、なくて…」

声を荒げ問い詰めるが最後まで言えずに泣き出してしまう。
泣き出したおキヌに代わり居合わせたほぼ全員が口を開く。

勝手にいなくなるとはどういう事だ。

お前がいなくちゃつまらない。

お前が居なきゃダメだ。

居なくなったら嫌だ。

口々に発せられる横島を思いとどまらそうという言葉に圧倒される。
皆本気なのが分かった。
枯れたと思った涙が湧き上がってくるのが分かる。
だけど泣くわけにはいかない。
泣いてしまったら、涙を流してしまったら、決意が鈍る。
いや、残ると言ってしまうだろう。
手は爪が手のひらに食い込むほど強く握られ、食いしばる歯は痛いほどに軋みを上げている。

「…みんな、ごめん、ありがとう……」

消え入りそうな声でそういう横島の言葉はしかし全員に伝わったようだ。
静まり返る事務所。
美神最後の賭けも失敗に終わった。
横島の決意をひっくり返す事はできなかった。
最早自分にできることはなくなってしまった…。
力なく椅子に崩れる美神を西条が支える。
その目は横島の方を睨み付けていた。

「俺、みんなに逢えてよかった。みんなのこと忘れない…!」

口を開けば涙が零れそうになるのを必死に耐えて別れを告げる横島。
これ以上ここにいたらだめだ。
事務所に取りに来たのは大した荷物では無い。
一つだけ、事務所の皆で撮った写真だけは持っていきたかったのだが。

「コレでしょ? 事務所に置いてある荷物って」

立ち去ろうとする横島にタマモが手に何かを持って呼び止める。
一瞬心が読まれたのかと思わず振り返るとタマモの手にはやはり写真が握られていた。

「コレくらいだもんね、皆で撮った写真って」

つかつかと近寄り写真を手渡そうと手を伸ばし、寸前で引っ込める。

「コレは今までの私達の絆。横島はこれから新しい横島になるんでしょ? だから新しいの、撮ろう?」

そういうタマモの目を見るとうっすら赤く腫れた後があった。
出逢った当時は横島に対する態度はそっけないものだった。
この二年間でもその態度に大きな違いは無かったが見えない絆は生まれていた。
タマモまで泣かせちゃったのか、と罪悪感にいたたまれなくなる。

「ほら、皆横島を真ん中にして、とっとと並ぶ!」

仕切るタマモというのは初めて見たな、と思いつつもタマモの勢いに乗せられ徐々に陣形ができる。
最初から用意してあったのだろう、カメラをセッティングしセルフタイマーにかける。

「横島、笑って」

そっけなく言うタマモに促されカメラ向かいぎこちない笑みを浮かべる。

「…皆、横島の事が好きなら笑って。……笑って写ってあげて。
 せめて最後は笑って送ってあげて」

そういうタマモは目頭に涙を浮かべつつも笑顔を浮かべている。
一同もそんなタマモの心に打たれてか一様にぎこちないが笑顔を浮かべる。
やがてタイマーが作動し、フラッシュがたかれる。
撮影が終わった。
しかし皆動かない。
動いたらそれが最後のお別れなのだ。
最初に動いたのは横島だった。
もう一度グっと歯を食いしばり立ち上がる。

「皆、本当にありがとう!」

そう言うと振り返る事なく走って行った。





 これでもうこの街ともさらばだな、と駅の前で一度立ち止まる。
退路は絶った。後戻りはできない。
大きく深呼吸をして駅に入ろうとしたその時―――

「待ちたまえ横島クン、話がある」

不意に肩を捕まれ人気の無い裏路地の方に連れ込まれる。
横島を無理やり連れて行ったのは西条だった。

「……なんだよ」

まさか呼び止められるとは思っていなかった横島はしかし訝しげに西条を見やる。

「…君は本当にコレでいいと思っているのか?」

真っ直ぐに目を見て言ってくるその目には怒りが灯っていた。

「決めた事だ、お前にとやかく言われる筋合いはねー」

「ふざけるな! 君がいなくなる事でおキヌちゃんや令子ちゃんがどんなに悲しむか、分からない訳でもあるまい!」

胸倉を掴まれる。
力任せに掴まれているために呼吸が苦しくかすれ声になるが答える。

「美神さんの事は…頼む。おキヌちゃんには…」

ドガッッ!

そこまで言って視界が揺れた。

「おキヌちゃんや、悔しいが令子ちゃんを、幸せにできるのは、君だけじゃないのか?
 君は二度までも、この僕に! 捨てた女の世話をさせようというのか?!」

前世での記憶があるのだろうか、そんな事を思いながら殴られた事には何も感じなかった。
殴られる事で許されるならいくらでも殴られよう。
立ち上がり無言で西条を見る。

「君がそのつもりなら、もう僕は何も言う事はない!
 何処へでも好きなところへ行くがいいさ! 二度とその顔見せるな!」

「すまん、西条…。美神さん達を、頼む……」

去っていく西条の背中にそう伝えると横島はその場に崩れ落ちた。





 横島はしばらくその場で蹲っていたがやがて思い出したようにふらふらと立ち上がり駅に向かい適当に電車に乗った。
三、四時間ほど適当に電車を乗り継いだだろうか、どうやら終点についてしまったようだ。

「終点、か。ここでいいかな」

電車の中では殆ど意識が無いような状態だったので自分がどこにいるのかも分からなかった。
ただその終点の駅名がなんとなく気に入った。
とりあえず今日の夜露をしのぐ場所を確保しなければ。
幸い蓄えがあったので当座の金銭的な心配は無かったが無駄遣いはできない。
何せこれからこの街で一人で生きていくのだ。
自分に何ができるか………考えた結果自分にできる事と言えばGSだけだ。
GSという単語が浮かぶだけで皆の顔が浮かぶが頭を強く振って無理やり追い出す。
後悔はしない。タワーでそう誓ったはずだ。

一先ずGS協会の支部でも探すかね。


そう呟き歩き始める男の顔はどこか頼りなく、どこかぎこちなく、しかしその目には決意が見て取れた。











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