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山の上と下

14 寅吉一家・後編


投稿者名:よりみち
投稿日時:06/ 3/ 4

山の上と下 14 寅吉一家・後編

 摩利の語ったことは(非公式だが)この地で治安を預かっている立場ならではのもので、噂からは伺えないものも色々とあった。

なかでも、

 すでに五十を越える数の人がいなくなっているが、田畑に出ていた人や山に入った人が戻ってこないという形−”神隠し”でいなくなったのは半年ほど前までで、それ以降は、数名の一団が、旅人や村人をさら(攫)っていくとのこと。

「では、”神隠し”は、その山賊のような連中の仕業というのですか?」と智恵。

「そこまでは‥‥ 全部が全部、そいつらの仕業じゃという、決め手はないですケン」
 首を振る寅吉。豪快そうな雰囲気とは異なり慎重な性格なのだろう。

「それはそれとして、どうして、そんな物騒な連中が野放しなんだい? 寅吉一家って、そういう奴らを何とかするのが仕事だろ」
ご隠居が、気楽な口振りの中に少し怒りを込めた質問を向ける。

「ん‥‥ まぁ、今のトコ、アタシんちの縄張りには手ぇ出しちゃいないんでね」

摩利の言葉に”逃げ”を読みとった加江が、
「たくさんの人が犠牲になっているんでしょう。自分の所に来ないからと、傍観していて良いのですか?」

「その辺りは心苦しく思ーとります」
 反発しかけた妻の機先を押さえる形で寅吉が答える。
「が、賊にめっぽう強い奴がいるという話で、手控えとるんです。智恵の姐さんに来てもらったのも、そこのところでお願いしたいことがあったからですジャ」

「私にということは、その『強い奴』は人外ってことで、『お願いしたいこと』は、その人外を退治することですね」
 智恵が話の行き所を先取りする。

「まあ、そういうことさ」摩利がうなずく。悔しげに、
「ウチの人の腕っ節は十人力だし、アタシだって喧嘩じゃ砂を舐めたことはネェってのが自慢なんだ。相手が人だったら、いくら強ぇたって怯むもんじゃねぇが、人外が相手となると勝手は違わぁ」

「そういえば、あの兄さんたち、それを頼みに智恵さんに声をかけたんだね」
ご隠居が宿場での一件を思い出した。

「ああ、乾分どもにそれらしいお方を見つけたら連れてこいって言いつけといたのさ」

「そんなこととは知らずに、乾分の方々には申し訳ないことをしました」

「かまやしねぇ。強引に引っ張ろうとした乾分たちが悪いんだからよ」
 頭を下げかける智恵を押さえるように摩利は軽く手を振る。
「ただ、”神隠し”で界隈がぴりぴりしている最中にウチが除霊師を捜しているって話になると、どんな尾鰭がつくか判ったもんじゃねぇんでな」

「その気持ちは判ります」と智恵。
彼女自身、娘とだけで”神隠し”を追ったのも、除霊師が動いていることが噂となり、この辺りの不安を増幅させることを嫌ったからだ。

「そうそう」摩利は、悪戯っぽくご隠居と涼を見て、
「あの後、姐さんを怪しいジジィと浪人者がつけていったと聞いてね。それで、あわててウチの人が出たってワケさ」

「あの場に来なすったのは、そんな経緯があったのかい。それにしても、オイラが『怪しいジジィ』とはね。やっぱり、格さんみたいな人相風体の怪しいのと一緒に行動すると、いらぬ誤解を受けちまうな。そうだろ、格さん」

涼はご隠居の軽口には応じず、
「それで、そいつは何の人外で、どんな”力”があるんだ?」

「姿形は人とほとんど同じちゅー話ジャ」寅吉が答える。
「火を吹いたり不思議な術を使うこともないみたいで、人のように剣を振るうだけと聞いとります。ただ、凄まじい剣の遣い手で‥‥」

 続く話によれば、しばらく前、峠を夾んでオロチ岳の向こうの藩が、家中の”手練れ”を十人ほど集め討伐隊を出したが、その人外一人に、全滅の憂き目にあったそうだ。

ご隠居は、ことさら明るい声で、
「十人ねぇ 十人くらい、格さんだってやっつけられるんじゃねぇか」

「十人っていうのは身分のある侍の数で、他に二十人ほどの足軽も加わっての話なんだ。足軽連中には弓や鉄砲を持たせていたってことだ」
摩利が、沈んだ声で補足する。

「とすると三十人が一匹に?!」声が震えるご隠居。

「たしかに、相当に強そうな人外ですね」
 内心はともかく見た目には平静さを崩さない智恵。
「他に人外についての話は? 姿形は人に近いとのことですが、何か特徴めいたもはのないのですか?」

「そこなんジャが、その人外、犬のような尻尾が生えとるそうです」

「『犬のような尻尾』だって?!」ご隠居が驚きの声を上げる。
「なるほど、だから、あの場で問答無用だったのかい」

「そういうこってす。あの銀の髪をした若衆に犬にような尻尾を見たんで、これは仲間に違いない、そう思ったんですジャー」

「スんません。たった、それだけで、シロ様に仕掛けたんスッか?」
それまでいるだけだった横島が、おずおずと口を挟む。

寅吉はちらりと不審そうな目を向けるに止まるが、旦那の行為にケチを付けられたととったのか、摩利がドスを利かせた声で、
「何が言いたいんだ?! 仕掛けたことが悪いって、ふうに聞こえたんだが」

「いや‥‥ その‥‥ ですね‥‥」
声の威圧に横島はしどろもどろになるが、言葉を続ける。
「似た尻尾があるってだけで、悪い人外の仲間だって決めつけるのって、ちょっと、一方的だと思うんですけど」

「にーちゃん、いやに人外の肩を持つじゃねぇか。どこかで狐か狸にでも化(ば)かされ、頭がそのままになってるんじゃねぇだろうな?」

「あの〜 いくら犬の親戚筋とはいえ、シロ様は人狼−狼で狐・狸じゃないんですけど」

 やや焦点のずれた反応が面白かったのか、摩利は怒りの表情を解く。
「言いたいコトは判った。が、こんな片田舎に同じような『尻尾』の人外が二匹ってことは偶然としちゃぁできすぎじゃねぇのか? 山賊の人外が助っ人に仲間を呼んだってセン(線)はあると思うんだが」

「それはないスッ!」胸を張って否定する横島。
「シロ様って、こんな俺でも困っていれば、命を張って助けてくれた真っ直ぐな人なんです。人さらいの手伝いなんかすることは絶対にありません!」

「そいつはどうかな」涼が否定的に首を振る。
「人狼って良く言えば仲間思いで、仲間と思った相手には、本気で親身になれる連中だ。けどよ、逆に言えば、仲間のためにはコトの善悪はかまわねぇってことでもある。ここに来たのは”たまたま”だったとしても、この先、ここの人外に出会えば、仲間のために向こうに付くって話はあり得ることだぜ」

「も‥‥ もし、そうなったら?」訊きたくないが、訊かずにはいられない横島。

「持ち越しになった勝負、マジ(本気)でケリをつけることになるな」

‥‥ 横島は助けを求めるようにご隠居と加江を見る。

 しかし、はかばかしい反応は返ってこない。
「そ‥‥ そんなぁあ、ご隠居に助さん、何とか言ってくださいよ!!」

「オタオタしてんじゃない!!」れいこが、歳に似合わない威厳を込めた一喝を浴びせる。
「あの人狼については、ここであれこれ言っても埒(らち)があかないでしょ! あの人狼をそんな目に遭わせたくないって思うだったら、アンタが、そうならないようにすれば良いってことじゃない」

「そっ‥‥そうッスね! そうさせてもらい‥‥」
返事をしかけた横島だが、少し心配そうに、
「除霊師だったら人外を退治しなくちゃいけないんじゃないですか?」

れいこは、わざとらしくため息を一つつくと、
「人外改めなんかと違って、人外だからと言って、無闇に退治するのが仕事じゃないわ。天から霊力を授けられた除霊師は、異界の住人と戦う使命を持つと同時に、その住人と人の間を仲立ちする使命も与えられているものなのよ。除霊師になろうっていうのに、そんなことも知らないの!」

「除霊師って、すごく立派な仕事だったんですね!」
子供と言って良い少女の言葉に素直に感動する。
「じゃあ、俺もシロ様がみんなと戦わずにすむよう頑張ってみます。良いことを教えてくれて、ありがとう、れいこちゃん」

 嬉しそうに頭を下げるのをジロリと睨むれいこ。
「礼を言うのは当たり前だけど。『ちゃん』づけは失礼よ! もし、お母さんの弟子になったら、私は兄弟子で師匠の娘、言葉は選んでもらわなきゃね!」

「えぇえと‥‥」少し考える横島。
「だとすると、れいこ様とか、お嬢様とか呼べば良いんスッか?」

「それも‥‥ ねぇ」居心地の悪そうな顔をするれいこ
「さすがに『様』づけだと、柄じゃないって感じだし。そうだ! 『”美神”さん』これがいいわね。横島、これから私ことをそう呼びなさい」

「判りました、”美神”さん。これで良いスッか」

「まあ、悪くないわね。十年後には天下に響く名を呼ばせてやるんだから感謝するのよ」
 満足げにうなずいくれいこ。

 それまで話の成り行きを見ていた智恵が、区切りがついたということで、
「犬塚殿のことは、忠さんに任せるということで異存はないですね?」

「おうさ! 忠さん、どうやら除霊師としての初仕事ってことになりそうだ、頑張んな」
ご隠居の言葉に同意するようにうなずく涼と加江。

寅吉と摩利には思うことはあるようだが異議は唱えない。

 智恵は、『最後に』と横島に向かい、
「人外のことを、それほど思いやれるということは、なかなかにできないことです。その心根があることは、霊力に恵まれたこと以上に、私の弟子に相応しい資格を持っているといえますよ」

「ほっ、本当ッスか、この俺に弟子の資格があるって!! うぉぉぉ、嬉しい!! 生まれてこの方17年、今までの苦労が一気に報われましたぁぁ この感激を‥‥」

両手を広げ、智恵の方に飛びつこうとした横島だが、中腰のまま固まる。

 いち早く動いたれいこが、抜身の懐剣を横島の首筋−頸動脈に当てている。
「どさくさに、何をしようとしているのかな〜?」

「そ、その〜 純粋に喜びの気持ちを全身で表現したかった‥‥」

「本当?」ひやりとした”気”を発するれいこ

「いえ‥‥ 少しは‥‥ お母様の胸に顔を埋めたい‥‥ とか、抱きついた手でお尻を触れたらなんて‥‥ 」

「まっ、正直でよろしい」”気”と同時に剣を納めるれいこ。「だから‥‥」

ほっとした横島の前で、れいこは優美に体を半回転させながら、顔の中央に手の甲を打ち込んだ。体の捻りを加えたそれは、生半可な男が殴りつけた以上の威力がある。

「ぶぎゃ!」悲鳴と言うよりは、蛙を潰したような声を上げる。

思っていた以上に顔が頑丈だったのか、れいこは手を痛そうに振りながら、
「今回はこれで勘弁してあげるわ。本当に、お母さんに跳びかかっていたら、今頃、庭先までぶっ飛んでいたところでしょうから、感謝しなさい」

「ふぁふぁひぃまひた(判りました)。”みふぁみ(美神)”ふぁん(さん)」
横島は、両手で鼻を押さえつつ、涙と鼻水を盛大に流しながらぺこぺこする。

「もうお守り役はいらねぇようだな」と傍らの加江に声をかけるご隠居。

「‥‥ですね」加江は言葉少なく応える。

その表情が複雑なのに気づいたご隠居だが、あえて触れるほど野暮でもない。

「さて、寅吉親分に摩利さん」
 目の前の一幕に呆然とする二人に、智恵は何事もないかのように話を振る。
「頼まれた件ですが、人に仇なす人外は野放しにはできません。この”美神”智恵の名に賭け、引き受けさせていただきます」

「うぉぉぉ!! それは本当ですかいノー! 強い人外が相手ということで、断られても仕方がないと思うとったが、ありがたいことですジャー!」
寅吉は、地らしい大仰な仕草で様子で感謝と感激を示す。

「それじゃ、明日にでも人を集め‥‥」

さっそく今後の算段(:計画)と意気込む摩利に智恵は、
「あわてないで下さいまし。敵がそれほど強いのなら、ヘタに人数を繰り出しても犠牲を多くするだけです」

「では、どうすりゃ良いっていうんだい?」

「まず、山賊どもを一網打尽にできるよう、根城としている場所を探すべきでしょうね。人外はともかく、山賊が人であれば、そのような場所ががあるはずです」

「どうやって根城を(探す)? オロチ岳のどこかってところだが、それでも広いぜ。結局は、人手を出すしかしょうがねぇんじゃないか」

「それについては、峠に出る幽霊に尋ねてみようと思います」

「「「「「「幽霊に?!」」」」」」れいこと当人以外の全員の声が揃う。

「古くから地に居着いた幽霊のようですから、山の様子には詳しいでしょう。まして、人外といった霊力の強い者が賊にいるのなら、霊体である幽霊ならその存在を感じ取っているはずです」

「そう、うまくいくもんかね? アタシとしては、すぐにでも山賊どもと一戦を交えたいってところなんだが」

懐疑的な摩利に寅吉が、
「『餅は餅屋』っていうケン、ここは除霊師の姐さんの考えに任せてはどうジャ。どのみち、ワッシらも、人手を集めるとなると、四・五日はかかる。その間に幽霊に会って来てもらえれば、時間の無駄にはならんジャろ」

「おっ! なるほど、言う通りだ。さっすが、アタシが見込んだだけのことはあるね。これで、山賊どもを退治すれば、この界隈はおろか、麓全体を束ねる大親分だって狙えるぜ」

「『大親分』なんて、分不相応なことは思っとらん。ワッシは、一家を任せてくれた先代や摩利しゃ‥‥ 摩利の期待に応えて、皆が安心して暮らせれば、それで満足ジャ」

「”漢”なら、もうちぃっと『野心を』って思うんだが、そんなところも嫌いじゃないよ」

「そう言うもらうと嬉しいんジャが、こんな覇気のない男を婿にして、後悔しているんじゃないかノー」

「なんで、そう言う話になるんだ!」心外とばかりの摩利。
「アタシはありのままのアンタに惚れたんだ。だから、アンタが気乗りしないのなら無理しんなくて良いんだからさ。だいたい、アタシにとっちゃ、今の寅吉っあんがいてくれるだけで十分なんだからよ」

「うっっっ うおぉぉぉ ワッシは‥‥ ワッシは‥‥ こんなに言うてもらえて、三国一の幸せモン(者)ジャー!!」
感が極まったのか涙声の寅吉。

「ちっ! ほんとウチの人は大仰なんだから。客人がいるんだよ」
一応はたしなめている摩利だが、顔は思いっきりにやけている。

 そんな二人に対し、何とも言えない顔つきの残る一同。

「忠さん」加江が復活した横島に小声で「さっきの藁人形と五寸クギは?」


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