「まずいわね…この崩落、恐らく悪霊の仕業ね」
今にも泣き出しそうなおキヌを宥めながら美神が呟く。
油断した。
恐らく自分達が祠に入って行く前から悪霊はこちらの動きを伺っていたのだ。
敵の目標は最初から三人の中で一番心が弱い横島にあったのだろう。
最初に祠の中にいると思い込んでしまった自分のミスである。
それを悔やむ時間は今は無い。横島を助け出す方法を考えなければ…。
「う…、ここは……?」
横島が目を覚ます。
見覚えの無い部屋のベッドに寝ている自分に記憶が混乱する。
自分は何をしていたんだったか。
とりあえず身を起こし部屋を見回す。
「あ、起こしちゃいました? おはよう、忠夫さん」
不意に聞こえてくる親しげな声。
この声は聞き覚えがある…。
そうだ、おキヌちゃんだ。
そういえばおキヌちゃんとは結婚してたんだっけ。
あれ、何かおかしい。
「? どうしたんですか」
未だ記憶が混乱していてぶつぶつ呟いている横島に、心配そうな顔をしておキヌが近づいてくる。
朝食を作っていたのだろう、可愛らしいエプロンをつけたおキヌちゃんと目が合う。
「いや、なんでもないよ、おキヌちゃん。おはよう」
体が勝手に動いた。
自然とニッコリ笑っておキヌを抱き寄せキスをする。
「もう、忠夫さんったら!」
不意打ちのキスに驚いたのかおキヌは頬を膨らませるが決して嫌そうではなかった。
「はは、ごめんごめん。おキヌちゃんの顔が近くにあったからつい…」
「知りません! …ご飯もうすぐできるから顔を洗ってきて下さいね」
そう言っておキヌは台所に向かうのを横目に横島は再び考えを巡らす。
絵に描いたような甘い生活。
そうだ、自分はおキヌと結婚しそれを機に美神の元から独立して事務所を開いたんだ。
ルシオラの事は未だに心に引っかかったが、横島の幸せを願ったルシオラはきっと祝福してくれているだろう。
忙しいが充実した毎日。
次第に現在の状況が自然なものだと感じ疑いもなくなる。
心地よいまどろみに包まれながら横島は再び目を瞑った。
目を開けるとその場面はまた変わっていた。
どこかの病院にいるらしい。今度は先ほどのシーンより違和感を感じなかった。
周りは若い女が多い。そのうち半数近くの腹は丸く膨らんでいる。
男である自分が待合室とは言え、産婦人科にいる事に恥ずかしさを覚えつつも自分の愛する妻の診断が終わるのを待つ。
程なくお腹の辺りに手を当てたおキヌが診察室から戻ってくる。
「三ヶ月ですって、忠夫さん」
少し恥ずかしげに、しかし心底嬉しそうにおキヌが告げる。
「そ、そうか! …おキヌちゃん、ありがとう」
愛する妻が自分の子供を身篭った。
自分の子供…そこでルシオラの事を思い出す。
例え産まれてくる子供がルシオラの転生だろうが、そうでなかろうが愛する覚悟はできていた。
しかし心のどこかで思ってしまったのは事実だ。
そう、ルシオラの転生でなければいい、と思う自分がいたのだ。
そんな事を考えている事は露知らず目を瞑り物思いに耽る横島におキヌが微笑みかける。
次に目を開けるとまた場面が変わっていた。
最早違和感など感じない。
場所は自分の事務所。
おキヌに抱かれて眠る赤ん坊の額にヒャクメがなにやら吸盤のような物をつけ、パソコンのような物に向かっている。
「うーん、魂の色を見ても一応調べてみても、この子はルシオラの転生じゃないみたいなのねー」
パソコンのような物から目を離したヒャクメが横島とおキヌに告げる。
「そうか…」
短くそう呟いた横島は目を瞑った。
結局ルシオラは転生しなかった。
自分は悲しいのか? 自問自答してみる。
目を開けおキヌの方を見る。
何も言わずいつもと変わらず優しい微笑みを浮かべたおキヌがそこにいる。
(ルシオラ、…ありがとう、さようなら)
その笑顔を見てそう心の中で思った。
ルシオラが転生しなかった事にほっとしている自分がいた。
仮にルシオラが転生していたら…自分の感情に決着がつけられずにいただろう。
「あんまり熱いところ見せ付けないで欲しいのねー」
見つめあう二人を茶化すヒャクメの声が聞こえた。
気付くと横島は何も無い空間に浮かんでいた。
辺りを見回しても暗闇の中に自分がいるだけで何も見えない。
しかし唐突に背後に気配を感じた。
振り返るとそこには―――ルシオラがいた。
声をかけようとするが声がルシオラの顔が悲しみに歪んでいる事に気付き言葉が出ない。
「ヨコシマは私が生まれ変わらない方がよかったのね…」
悲しみに歪んだ顔のままでルシオラが非難めいた声色で言ってくる。
「結局私は邪魔者だったのね。私にはヨコシマしかいなかったのに…!」
「ち、違う、ルシオラ! 俺はお前の事は今でも―――」
今でも何だというのだろう。
口をついて出た言葉に自分でも自信がもてない。
「嘘つき! 子供が私じゃなかった事が分かった時にほっとした癖に!
子供として愛してくれるって言ったのに… 私の事を愛してるって言った癖に!」
悲しみと怒りが混じり絶叫に近い声を上げ横島を攻めるルシオラ。
「違うんだルシオラ、話を聞いてくれ! 俺は今でもルシオラの事が好きだ。
ただ子供として産まれたお前にどう接していいか分からなくて、それで…」
自分でも何を言っているのか分からない。
分からないが口が勝手に動き言葉が紡がれる。
そこでまた背後に別の気配を感じる。
思わず振り返るとそこには、ルシオラ同様悲しみの表情を浮かべたおキヌがいた。
「どういう事、忠夫さん…?
私はルシオラさんが子供として産まれるかも知れないのも分かってて結婚したのに…。
結局私はルシオラさんの代わりだったの…?」
「待ってくれおキヌちゃん! 俺はおキヌちゃんの事を―――」
愛している。そう言おうとしたが今度はそこで言葉が出なくなる。
そこでルシオラが再び口を開く。
「やっぱり私は邪魔者なのね―――。ヨコシマの、嘘つき…」
そう言って暗闇の彼方に消えていく。
消え行くルシオラに手を伸ばすが届かない。
「やっぱり私はルシオラさんの代わりなのね… もう一緒には居られないわ。
さようなら、忠夫さん。あなたの事、愛してました」
今度は悲しげな顔をしたままおキヌが暗闇に消えていく。
やはり手を伸ばすが届かない。
「待ってくれ、ルシオラ! おキヌちゃん!
俺を一人にしないでくれーーーッ!!」
声を限りに叫ぶがルシオラもおキヌも既に見えなくなってしまった。
後に残されたのは暗闇に惨めに足掻く横島のみ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
もはや壊れる寸前の横島の叫びが暗闇の中に溶けて消えていく。
「な、何この霊気―――横島クン?」
祠の前にいた美神は突然発せられた爆発的な霊気に身構える。
霊気の膨らみは止まることを知らずついには地鳴りを引き起こしていた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
このままここに居たら危ない。
直感でそう感じた美神はおキヌを力ずくで引っ張り祠から離れる。
一先ず安全と思われる距離まで離れ祠の方を伺うと、形容できない声を上げ塞がった入り口から悪霊が出てきた。
あいつが…! そう思った瞬間―――
悪霊を巻き込み崩落した祠の入り口が吹き飛んだ。
もし祠の前にそのままいたら自分達の命も無かっただろう、そんな規模の爆発だった。
「横島さーーーん!!」
再びおキヌが叫び声を上げる。
力なく崩れるおキヌを支えながら祠の方から注意を外さずにいる。
爆発の後霊気は収まっていた。
しばらくすると土煙が晴れ、爆発により大きく開かれた祠の入り口が見えてくる。
横島が立っていた。
微動だにせず立っていたがやがて力尽きたかのようにその場に倒れこむのが見える。
「横島さん! 今行きます!」
美神の手を振り解いておキヌが横島の元に走り出した。
美神はしかしその場から動けなかった。
そこにいる横島はさっきまでの横島とは何かが違う。遠目にしか見ていないが何か嫌な予感がした。
「何があったの? 横島クン………」
美神の呟きは誰も答える者がいないまま森に消えていった。
<続く>
多分次で終わると思います。
あぁ、うまく纏まるかなぁ・・・。矛盾が出そうで怖い。 (高森遊佐)
しかし、攻撃としては有効ですね、結果は裏目に出たみたいですが。
さぁ、この後が問題ですよね!
心の傷が深まった横島君におキヌちゃんと美神さんがどうするのか!?
次回も楽しみにしてます、がんばってください♪ (遊鬼)
でも、夢とはいえ、おキヌちゃんが横島と結婚して子供ができるっていうのは
微笑ましくていいですね。
しかし何よりも驚きなのは、怒涛のような執筆です。
作家の平井和正さん風に表現すると「言魂様が降りた」状態のようです。 (STJ)
毎度毎度コメントありがとうございます。
3話および次の4話は書いている自分でも辛いです。
どんな流れ(結末は決まっているので)になるかは作品の方でお確かめください。
楽しみにして下さる方が一人でもいる限りがんばります。
>STJさん
コメントありがとうございます。
悪霊に見させられた夢の最初の部分、絵に描いたような甘い生活編(笑)は、
できればこんな幸せな時間が彼等に訪れるように…との想いで書きました。
横島君に幸あれ、って感じですね。
しかし言霊様が降りた、なんて状態では決してないです。
一度書き始めちゃえば流れ自体はできているので後はいかに肉付けをするだけです。
とは言え言霊様、降りてきてくれるといいなぁ(笑) (高森遊佐)