椎名作品二次創作小説投稿広場


小さな恋のメロディ

別れという名の始まり #1


投稿者名:高森遊佐
投稿日時:06/ 3/ 1



 何処へ行こう 何処だっていい 誰も俺の事を知らない土地なら…

年の頃二十歳前後の男が電車に揺られている。
荷物は大きめの手提げ鞄が一つ。
男に目的地があった訳ではない。
とりあえず電車に乗ってみたものの、遠くへ行けるなら何処だっていいと適当に来た電車に乗り込み適当に乗り継ぎをしていた。
その男の目は遠くを見つめ、顔に生気が感じられない。
男の名は横島忠夫。
目的地は、ない。







 美神除霊事務所。無事高校を卒業し、横島はそのままそこに就職した。
今年二十歳になり身体的に見ると子供っぽさが抜け、落ち着いた雰囲気が出てきたように見える。
しかし…

「堪忍やぁぁっ みかみさ〜〜んっ!」

「問答無用っ 天誅!」

美神の風呂を覗いて派手にしばかれているその姿を見ると少なくとも中身は成長していないようだ。
ズタボロのぼろ雑巾のようになった横島が時折痙攣をしながら転がっているが、最早日常風景の為誰も気にしない。
おキヌだけはちょっと頬を膨らませながらも救急箱を取り出していたが、コレも日常風景である。

「あんたねぇ、いい加減にしないと給料下げるわよ!」

「あぁっ美神さん、それだけはっそれだけは許して下さいぃぃっ」

いつの間にやら復活した横島が頭を床にガンガンと叩きつける土下座をして額に新たな傷を作っている。
正所員となり、アルバイト時代とは比べるべくも無いほど給料は上がった。
それでも事務所の収入と横島の実力や働きを考えると少なくはあったが、正所員になる際に美智恵が令子に口を出してくれたおかげであった。
基本給として払われる分以外にも横島個人に振り分けられた依頼の報酬から50%を受け取っていた。
美神令子を知る人間が聞いたら本気で心配、驚愕、恐れを抱くだろうが、令子は美智恵には逆らえない為に血の涙を流しながら払っているのだ。

「それだけはって言うけどあんた、結構溜め込んでるみたいじゃない」

そうなのだ。
高校時代の極貧生活が身に染こんだ所為で真っ当なお金の使い方を知らない上、毎日朝から晩まで事務所に入っているので使い道が少ないのもある。
しかし賃上げの決定打をうってくれた美智恵に将来の為に貯めておきなさい、と言われたのが大きい。

「まぁまぁ、美神さん…」

苦笑まじりにおキヌが助け舟を出してくれる。

「その辺にしておかないと仕事の時間に遅れますよ」

「うう、おキヌちゃんありがとう…」

情けない顔で横島がおキヌにお礼をする。

「全くおキヌちゃん、甘やかしちゃダメよ。横島クンももういい大人なんだから」

言いながら時計をチラっと見て時間を確認する。
そんなに急がなければいけないわけでもないが、確かにまだ髪の毛も乾かしていない。
まだ言いたい事はあったが身支度の為に自室へ向かう。
美神が部屋を出て行ったのを確認してから横島は立ち上がりおキヌの方に顔を向ける。

「ふぅ、助かった。おキヌちゃんありがとう」

しかしおキヌは二人きりになった途端頬を膨らませちょっと怒った顔で言ってくる。

「横島さんも横島さんですよ。
 そんな事だからいつまで経っても美神さんから一人前だと認めて貰えないんですよ?」

そう言うと拗ねたように顔を膨らませたままふいっと顔を背ける。
人一倍焼き餅焼きのおキヌにしてみれば、横島が本気では無いと分かってはいても他の女性に手を出すのが面白くないのだ。

「仕方なかったんやぁ、頭では分かっていても体が勝手に…」

苦しい言い訳だが横島らしいと言えば横島らしい。
それに反省はしているのだ。
この二年間で大分おキヌとの仲は近づいた。
ルシオラの件で踏み込む事に遠慮して無意識に半歩下がってしまった美神と違い、おキヌは気を使いながらも少しずつ横島の傷を癒すように接していた。
そんな健気な努力の結果横島の心は大分おキヌに傾いていた。

(ここでおキヌちゃんに嫌われたら俺はもーやっていけん。なんとしてでも機嫌直してもらわんと…。
 美神さんの風呂を覗いておキヌちゃんが拗ねてるんだからおキヌちゃんの風呂も覗けばいいのか?
 おキヌちゃんも大分大人っぽくなってきてるし、いやいやしかし…)

「よ・こ・し・ま・さ・ん 聞・こ・え・て・ま・す・よ・?」

「ああぁしまったああぁっ また口に出してしまったかぁぁぁあ!」

全くもって成長していない横島である。

「もう、知りません!」

そう言っておキヌも部屋から出て行ってしまった。
よく見れば顔がほんのり赤くなっていたのだが、横島は後悔の渦に巻き込まれていた為気付くことは無かった。

(横島さんのばか…)






<続く>


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