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上を向いて歩こう 顔が赤いのがばれないように

指令その一:美神令子、及び横島忠夫を拉致せよ !!4


投稿者名:由李
投稿日時:06/ 3/ 1

母親をママと呼ぶのは、父親がそう呼んでいたからだ。
父親を親父と呼ぶのは、いささか少年時代がひねくれていたからだ。
雪之丞の目が鋭いのは母親の血で、ツンツン頭と平均身長を下回る背は父親の血だ。
雪之丞がメドーサに惹かれたのは、強さを求めていたからだ。
雪之丞が強さを求めていたのは、大切な人を守る力を切望していたからだ。
本当は何も無い男だったのに。大切なものは、みんな消えていったのに。





**





「立テヨ マダ俺ハ 全力ジャアナイゼ」


禍々しい魔装術に似合った禍々しい霊圧を肌に感じながら、横島とピートは同時に屋上のコンクリートの冷たさも肌に感じていた。
冬の外気にさらされたコンクリートの冷たさが、うつぶせで倒れ伏している二人の頬の温度を奪う。
友と認識していた者からのいきなりの襲撃、それに対抗する術など無く、また、単純な戦闘力でも二人は雪之丞に大きく負けていた。


「い、いつからバトルものに転向したんだ……」

「もともと、バトル要素はありましたが……」

「気の利いたギャグでも言ったら……こちらのペースに…」

「じゃあ…お願いします……」

「布団が……吹っ飛んだ………」

「………」


このコンクリートと、今の横島、いったいどちらが冷たい(寒い)だろうか。
冬の風と同等の寒さのギャグを聞いたせいで霧になる元気も無いピートは、両手をついてゆっくりと上半身を起こした。
顔の無い魔装術の顔を見据えるという表現は少しおかしいが、とにかくピートは雪之丞の顔を見て言った。


「雪之丞……お前に一体何があったかのか、無理に問うつもりはない。
でも、僕らを襲うのは何が何でもおかしい……。
冷静になって、頭を冷やして、今すべきことを考えるんだ」

「ワカッタ 時間モ無イコトダ ソロソロ殺スカ」

「け、結論を急がないで!」


片手を突き出し今にも霊波砲を放たんとする雪之丞を、慌てて止めるピート。
何の因果で仲間に命を狙われないといけないのか。
ピートはそう思ったとき、ふと、雪之丞と自分が本当に仲間同士という関係なのか疑った。
一緒にクリスマス合コンをした仲であるし、香港、果ては極寒の大陸にて共闘したこともある。
しかし、元々は敵だった雪之丞だ。
「俺たちは仲間だ」と言われたことは無いし、互いの利潤が一致しなければ同じ空間にさえ留まることは無かったかもしれない。
それでも横島と雪之丞はいい関係を築いていたように思う。
ピートはそこまで考えて、ふと雪之丞が何故メドーサの仲間になったのか、その理由を思い出した。
それは単純に、雪之丞が「力」を求めていたから。
つまり、メドーサの部下をやめたのは、こちら側の仲間になることで、更なる強さを得ることが出来ると確信したから、なのか。
だとすれば、今、雪之丞が何故自分たちに襲いかかったのか納得できる。
雪之丞はこちら側から身を引き、新しい仲間たちを見つけたからだ。
つまり、更なる「力」を求めて、メドーサからこちら側の仲間になったように、「力」を求めて、こちら側から新しい「何か」に身を移した。
その「何か」が、たまたまこちら側の敵だった。それだけではないだろうか。
ピートはそこまで考えて、ぶんぶん首を振り、自分の考えを否定した。
もしそれが本当だとしたら、雪之丞という人間があまりにも孤独な存在になってしまう。
ピートが悩ましげに頭を抱え、横島がようやく起きだし、雪之丞が背中の黒い影と戯れているとき、階下の廊下で人の叫び声が聞こえた。





**





妙神山の中庭に、いつもの妙神山フルメンバーが結集していた。
とは言っても、管理人の小竜姫に、右と左(の首から下)、パピリオの四人だけである。
その四人は小さな魔法陣を囲むようにして立っていた。


「お猿さんはゲームに熱中ちていて、こちらに気づいていまちぇん。今の内でちゅ」

「パピ、お猿さんではなく老師とお呼びしなさい」


眉間に皺を寄せ鬼のような顔で訂正する小竜姫に、パピリオは頭を抱え大げさに怖がった素振りを見せた。
パピリオの様子にため息をつきながらも、小竜姫は話を進めた。


「すぐに帰ってきます。心配しないでください。
それと、パピは留守番しておいてくださいね」

「な、な、な、なんででちゅか!」


パピリオの声量に慌てて小竜姫は顔を寄せて、唇に指を当てて例の「シー」のポーズ。
パピリオは小竜姫の顔の度アップに一筋の汗を浮かべ、くちをつぐんだ。


「二人以上で行く必要は無いのです。
私が行くことによって説得力が付随するということもありますし……それに」


そこで小竜姫はすっと目を緩ませて、


「貴方まで犠牲になる必要は無いのですよ」


パピリオはもう何も喋らなかった。
小竜姫はパピリオの心配そうな顔を一瞥した後、魔法陣の上に乗った。


「妙神山の管理人は貴方に任せます、パピ」


いつもの小竜姫からは考えられないような優しい声が、余計パピリオの焦燥感を加速させた。
短い間だったが、小竜姫と過ごした日々は、パピリオの第二の人生と言っていい。
帰らぬ人となった姉とどこかダブって見える小竜姫は、パピリオの新しい家族だった。
少なくとも、パピリオはそう思っていたし、小竜姫も似た思いを感じていた。
その家族が今、命をかけた危険な賭に出ようとしている。
二度と味わいたくはないと思った大切な人が消えた瞬間の喪失感。
パピリオの脳髄に、その感覚がよみがえってくる。
転送用の魔法陣は淡い光を発し、今まさに小竜姫を外界に送りだそうとしていた。


「待ってっ……お願いでちゅ…っ…小っ……」

「パピ……貴方のお姉さんは、とても幸せでしたでしょうね」


その言葉を最後に、小竜姫は光の中へ消えた。
小竜姫を捕まえようとパピリオが光の中へ手を伸ばしたときには、小竜姫も魔法陣も消えていて、まるで最初から何も無かったように辺りは静まった。
全てが消失した空間の向こうに、お猿さん――老師がいた。
老師は全てを悟ったのか、はたまた最初から悟っていたのか、小竜姫がいた辺りをぼんやりと見ていた。


「まるで妹のようだと、小竜姫は言っていた」


老師は独り言のようにそっと呟き、奥の間に消えた。
鬼門の二人もパピリオの心中を察してか、中庭から姿を消した。
数分後、一人きりとなった中庭で、パピリオの泣き声が寂しく響いた。





つづく


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