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小さな恋のメロディ

小さな恋のメロディ


投稿者名:高森遊佐
投稿日時:06/ 2/27


「あー・・・・・・疲れた」

そう言って横島は事務所のソファに倒れこんだ。

「所長、そんな処で寝るとまた風邪ひきますよぉ」

バイト所員兼助手のそんな声が聞こえてくるが今はこのまま眠ってしまいたい気分で一杯だった。




 横島忠夫除霊事務所。四年ほど前に横島が開いたこの事務所もようやく軌道に乗り始めていた。
しかし美神の元を去り、今までいた街から遠く離れたこの街で横島に知り合い等いるわけも無く、所員はGS免許を持たないアルバイト一人のみ。
除霊作業は当然、未だに慣れない事務所経営全般を横島がほぼ一人で行っている為、体力のある横島でも体に疲労が蓄積されていた。
いくらアシュタロス事件の最功労者とは言え、世間的には横島の活躍は参加したその他大勢のGSの一人という事になっていた為に、実力のある人間が新規にできた事務所に勤めるなんて事はなかったのだ。
横島にしてみればそんな事は知らない土地に事務所を構えた時点で解っていた事であるが。
いや、むしろ敢えて知り合いのいない所を選んで事務所を開いたので当然の事態だった。
今日もビルに巣食った悪霊の除霊作業を助手のフォローをしながら進めていたのだが、事前の情報を明らかに越す数がいた上、少々派手にやりすぎた所為で契約で認められている分以上にビルに傷をつけてしまい、依頼者の所に赴き謝罪と慰謝料の話をつけてきたところだった。

「所長ってば。明日も朝から依頼が入っているんですから。ちゃんと部屋で眠って下さい」

そう言いながら腕を引っ張り無理やり起こされる。
仕方なくのそのそと動き出し自室に向かう。因みに事務所が自宅も兼ねている。

「んじゃぁ後は頼んだぞ。鍵もかけるの忘れるなよ」

しっかり者だがどこか詰めが甘い助手に気だるげにそう言うと横島は自室に向かう。

「はい、お疲れ様でした」




 自室に戻りふらふらとベッドに向かう横島はふと机の上に置いてある手紙に目が付いた。
以前と変わらず片付けという事が苦手な横島の机の上が綺麗な訳も無く。恐らく助手が置いたのだと思うがいつからあるのかもすら分からなかった。
消印を見ると六日程前。そんなに気づかなかったのか俺は、と自嘲しながら差出人を見ると氷室キヌと書いてある。

「・・・おキヌちゃんか・・・・・・」

どこか寂しそうな目で横島が呟く。
実はおキヌからの手紙は初めてでは無かった。
というより独立してから暫くは、最低でも月に一通は送られてきていた。
しかし最初の一通目以外横島は手紙を読んではいなかった。それどころか封すら開けていない。
返事の無い事を心配もしているだろうが、暫くすると手紙が来るペースも遅くなり、ここ半年は手紙が来ていなかった。
手紙を読まなくなった理由は単純だった。戻りたくなってしまったのだ。
唯一封を開いた最初の手紙には写真が同封されていた。横島が美神達の元を去る時に記念に、と事務所のメンバーにピートや愛子を始めとした友人、オカルトGメンの西条や美智恵、さらにはどうやって呼んだのか小竜姫やワルキューレまでが横島を中心にして写っている。
写真を写した時、皆の元から去る時横島は泣かなかった。意地でも泣かないように耐えた。
しかしこの街で事務所を開き、一段落した状態で来たおキヌからの手紙と同封された写真。
寂しさと不安とで堰を切ったように流れ出した涙を止めることができなかったのだ。
それ以来横島は以前の知り合いからの手紙を読まなくなった。




 半年ぶりに来た手紙に想いを燻らせていると部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「所長、まだ起きてますかー」

カチャリ、と静かにドアを少しだけ明けて助手が顔を部屋に入れてくる。

「返事を聞く前にドア開けるなっての」

苦笑交じりに助手を諌めるが気にした様子も無い。

「あぁ、良かったまだ起きてた」

話を聞いていないのだろうか。きつく言う事は無いが少しは反省して欲しい。
例えばもし着替え中で全裸だったりしたらどうするつもりなのだろう。横島は見られても気にしないが。

「で、なんだよ」

「あのですね、明日の依頼の件なんですけど、先方からキャンセルして欲しいとの電話がありまして。
 それでまだ起きてたら明日の朝はゆっくりしてもらえると思って」

要は朝からの仕事が無くなったから寝坊してもいいよ、という事を伝えに来たらしい。
普段はそんな事はないのだが偶にこうかわいいところを見せる。

「おう、そうか。今日の慰謝料があるから収入が減るのは辛いが・・・」

「その手紙、まだ読んでなかったんですか。ていうかその人からの手紙ってなんで読まないんですか」

横島がぶつぶつ呟いているのには気にも留めずに、手に持っている手紙に目を付けて言ってくる。
至極当然の疑問に横島は何と答えようか迷った。
まさか本当の事を正直に言うわけにもいかず、「あー」とか唸っていると続けて疑問をぶつけてくる。

「女の人からですよね? 所長昔何かしたんでしょー。全然昔の事話してくれないし」

失礼な事を平然と言ってくる助手をジト目で見てみるが気付いていないのか無視しているのかどんどん言葉を繋げてくる。

「所長ってばモテなさそうだしそれなのに女の人から手紙が送られて来てるのに見ないなんて、何かよっぽど怨まれる事したんでしょー。
 昔の事話してくれないのもそれが原因ですね!この機会に話してすっきりしませんかっ」

言ってるうちに興奮してきたのか語尾に力が入っている。

「お前・・・」

助手にそんな風に思われていた事に少々重めのショックを受けながら、自給下げたろか等と思っているといきなり普段通りの顔に戻り言ってくる。

「まぁ冗談は置いておいて、手紙は読んだ方がいいですよ。何か大事な用事だったらどうするんですか」

「ん? あぁ、そう・・・だな」

「それに、手紙を出した人の気持ちも考えてあげなきゃ。大事な人だったんじゃないですか?
 手紙が置いてある所はこんなに散らかってる部屋なのにそこだけ綺麗にしてるのを見ればわかりますよ」

横島の部屋だけは掃除させていないはずなのにどうして保管場所を知っているのだろうか。
疑問は残りつつも今なら手紙を読んでもいいかもしれないと思いもする。
実際この四年で大分気持ちも落ち着いた。最初の手紙の時のように泣き出したりはしないだろう。
忙しかったのもあるが、極力以前の事を考えないように前だけを見て走ってきたのもある。

「ほらほら、早く封を開けて」

うだうだと考えている横島にどこから出したのだろうかペーパーナイフを差し出してくる。

「お前、結局お前が中身知りたいだけじゃねーのか」

「え、そんなことないですよぉ。所長がうだうだしてるから背中を押してあげてるだけです」

ちっとも目に説得力がないがペーパーナイフを受け取ってしまう。
少し考えた後横島は封を切って中から手紙を取り出した。
手紙はおキヌちゃんらしい綺麗な字で埋め尽くされていた。

  『拝啓横島さん
   お元気ですか。便りが無いのが元気の印と思い、届く限りは手紙を出しているのですが、
   それでも元気かどうか心配です。私だけじゃなく皆横島さんの事を気にかけています。』

そんな出だしだった。

「ほらやっぱり心配されてるじゃないですか」

斜め後ろから覗き込んでいる助手が言ってくる。
しかし横島には聞こえていなかった。
頭に浮かぶのは一人一人皆の顔。ぐっと胸に熱いものがこみ上げる。
一度長く瞬きをして手紙を読み進める。
半年分の簡単な現状がつらつらと綴られている端々におキヌらしい優しさが感じられる。
といっても横島は都合約四年手紙を読んでいないので多少分からない名前や事柄があったが。
そのまま二枚目に読み進めるとこの手紙の本題らしき話題に入った

  『今度美神さんが西条さんと結婚する事になりました。
   横島さんがいなくなってから美神さんはずっと寂しそうでしたけど、
   最近になってやっと西条さんが美神さんの心の隙間を埋めてあげれたみたいです。
   美神さんは意地っ張りだから招待状は出さないって言ってましたけど横島さんも来てくれませんか?
   横島さんが来てくれると美神さんも喜ぶと思います。
   皆横島さんに逢いたがっています。もちろん私も・・・横島さんに逢いたい。逢いたいです』

美神と西条の結婚という事実に驚きと戸惑いを受ける。
しかしそれよりさらにおキヌの逢いたいの文字に横島は大きく心に衝撃が走る。
これを見る限りおキヌは横島がいなくなった後もずっと横島の事を想い続けてきたのだろう。
逢いたいの字が少し震えているのを見ても、おキヌがこれを書いた時の心情が察せられる。

「おキヌちゃん……」

無意識にその名前を口にする。
本音は今すぐにでも戻りたい。おキヌの顔が見たい。
しかし…
手紙はこう続いて締めくくられていた。

  『ごめんなさい、変なこと書いちゃいましたね。
   結婚式、来て下さいね。お返事待ってます。』

「…………」

読み終えても横島は暫く黙ったまま動かなかった。
心の中で巻き起こる葛藤と激しくぶつかっていた。

「……ほ、ほら、やっぱり読んでよかったじゃないですかっ。結婚式だなんて行かなきゃ。
 知り合いの結婚式は行かないと自分の時に来てもらえなくなるって言いますしね!」

動かない横島を見て助手が不自然に捲し立てる。
それでも気を利かせたのか逢いたいの件(くだり)には触れなかったが。
途中までは茶化すつもりでいた。
しかし予想外の深刻さにそんな気はなくなっていた。

「…………」

まだ横島は黙っている。

「所長…。そ、そうだお返事書きましょうよ!
 結婚式の日時とか書いてないですし、礼服の用意もしなきゃ。お返事書かなきゃ…それに……」

語尾がしぼんで最後は何を言ってるのか分からなくなっていた。
うまく言えないのだろう。
未だにごにょごにょ何か言ってる助手に向かいふと横島が顔を向ける。

「そうだな…。返事、書かなきゃな」

「ちゃんと書かなきゃだめですからねっ」

そう言って助手は横島の部屋をそそくさと出て行った。横島の表情に何か引っかかるところを感じながら。




次の日、夕方になり助手が出勤してくるなり聞いてきた。

「おはようございます。ところでお返事書きましたか?」

夜からの仕事の準備をしていた横島は多少顔を引きつらせて言った。

「いきなりそれか。あぁ、書いたよ」

そう言った横島の苦笑い混じりの表情を見て助手が言う。

「所長、まさか行かないんですか」

「ん、……あぁ、行かない」

予想外の横島の答え。
その瞬間普段通り穏やかだった助手がカッと口を開いた。

「なんで…! なんでそんなに泣きそうな顔して強がってるんですか!
 所長のそんな苦しそうな笑顔見たくないです!
 そこまで戻りたくない理由があるんですか?!」

突然声を荒げ抗議をしてくる助手に戸惑っているうちに助手が言葉を次ぐ。

「所長がどんなつもりで行かないのか分かりません! おキヌさんって人かわいそうじゃないですか…
 あの手紙を見て何も思わないんですか…?
 所長だって本当は戻りたいの知ってます。気付いてないでしょうけど寝言でおキヌさんの名前を呟くこともしょっちゅうです。
 そこまでしてなんで……」

抗議してくる助手の方が今にも泣き出しそうな顔をしている。
横島だって戻りたくて仕方が無いのだ。
しかしそれでも戻らない理由…。
それは戻りたい理由と戻りたくない理由がほぼ同じだからだ。

「俺は戻っちゃいけないんだ。戻ったら…おキヌちゃんに甘えちまう。俺じゃおキヌちゃんを幸せにできないんだ…」

「なんでですか! 甘えれてもいいじゃないですか! 格好悪いからですか?
 一緒になる前から幸せにできないなんてなんで分かるんですか?!」

最早半分泣きつつ怒っている助手に問い詰められ、横島は却って冷静だった。
そしてそこまで自分に対して怒ってくれる助手に有り難い気持ちを抱き言った。

「…そうだな。お前には話してもいいかな」

一呼吸置いて続ける。

「昔、っつってもまだ十年も経っちゃいないけどな…アシュタロス事件って知ってるだろ?あの時俺な―――」

そして横島は滔々と話をしだした。
ルシオラと出会い、そして恋に落ちたこと。
束の間の幸せな時間。
そしてルシオラの最後のこと。ルシオラの復活の手段を自ら消し去ったこと。
自分の子供にルシオラが転生するかもしれないこと。

「そんな…そんな事って…」

想像以上の横島の告白に言葉が詰まる。
横島の子供としてルシオラが生まれる。それが意味する事はそれはつまり―――

「俺は本当におキヌちゃんが好きなのか、子供として産まれてくるかもしれないルシオラに会いたいだけなのか。
 自分でもわからないんだ。最低だろ? そんな俺がおキヌちゃんを幸せにできると思うか」

違う。絶対に違う。この男はおキヌという人を愛している。
それを認めるのが怖いのだ。
しかしルシオラの復活を自ら消してしまったという事実が余計足を引っ張っている。
さらには子供として産まれてくるかもしれないという事実。
吹っ切れる訳がないのだ。
そして横島が取った決断が…。

「だから俺は誰とも一緒にならない。自分の中のルシオラと最後まで一緒にいる」

そんな悲しい決断があるだろうか。
横島にしてもおキヌにしても。

「おキヌちゃんは俺の事なんて忘れて新しい人と幸せになるべきなんだ」

そこまで言って横島は話は終わりだと仕事の準備を再開しだした。
しかし助手は俯いたまま静かな口調で言ってくる。

「所長は本当にそれでいいんですか…」

「…………」

「本当は分かってるんでしょ? 自分がおキヌさんを愛している事。
 それが分かっているからこの街に来たんですよね? そう、おキヌさんから逃げて来たんだ」

「違う」

作業の手を止めて横島が呟く。
しかし助手は続ける。

「おキヌさんと一緒になるのが怖かった。ルシオラさんの事を忘れて幸せになるのが怖かった。
 転生するかもしれないルシオラさんを見るのが怖かった。だから―――」

「黙れ!」

叫びで助手の言葉を遮る。

「…だからおキヌさんから逃げてきたんだ。自分がまた傷つきたくないから」

再び言い切った。
気付かなかったが助手の顔は涙に濡れていた。

「黙れ黙れ黙れ!」

こんなに声を荒げ暴言を吐く横島を助手は初めて見たが言葉を止めない。

「おキヌさんは所長がルシオラさんの事をを引きずっているのを分かっていて、それでも所長の事を愛しているんですよ」

「なんでそんな事が言える!」

そう言って助手の方を向いた横島は助手が涙を流し続けているのを見た。

「だって、私も所長のことが好きだったから…。分かりますよ…どれだけおキヌさんが所長の事を愛しているか。
 そして所長がおキヌさんの事を愛しているか」

好きだった。
思わぬ助手の告白。そして過去形であること。
横島は予想外の事態に一瞬固まった。

「所長、鈍すぎですよ…。自分の気持ちすら気付かないなんて。いえ、違いますね。優しいから自分が犠牲になる事を選んだんですね。
 でもそれは間違ってます。このままじゃおキヌさんはずっと所長の事を引きずったままですよ」

そこまで言って助手は涙を流している事に気付き、その涙の理由に心の中で自嘲する。

「所長は幸せになれます。いえ、なってください。所長の為にも、おキヌさんの為にも、私からのお願いです…」

(私の為にも…とは言えないね)

そこまで言って助手は横島に背を向けて事務所を出て行った




公園のブランコに座り俯いている助手に気付いた一人の女が声をかける。

「どうしたの?何か嫌な事でもあった?私でいいなら話を聞くよ」

女が優しく微笑む。
その表情に本気で心配されているのを感じ、助手は消え入りそうな声でポツリポツリと語り出した。

「フられちゃったんです。いえ、好きな人には相思相愛の相手がいたんです。
 でもその人は相思相愛なのにも関わらず一緒にならないで、不幸になる道を歩んでいたんで、背中を押してあげたんです。
 その人には幸せになって欲しいんです」

「そう…、貴方は優しいのね」

優しい微笑みを絶やさず女は助手の頭を撫でた。
そのまま助手は女にしがみ付き声を上げて泣いた。




しばらく女にしがみ付いて泣いていたがやがて助手は顔を上げて女から離れた。

「ありがとう、お姉さん。ヤダ、私ったら見ず知らずの人に…」

泣いて幾分かすっきりしたのか助手は冷静さを取り戻したようだ。

「ううん、いいのよ。落ち着いた?」

「はい、本当にありがとうございました。恥ずかしいところを見せちゃって…」

恥ずかしげに俯く助手の頭を再び撫でて女は言った。

「もう大丈夫かな? それじゃ私は行くけど…ってそうだ。この辺にGSの事務所ってない? 住所はこの辺だと思うんだけど…」

この辺のGSの事務所といえば横島の所しか無い。
正直今日は横島に会いたくはないが鞄を事務所に忘れてしまったのに気が付いた。
学校が終わってから直接向かった為鞄が無ければ明日自分が困る。

「あ、それなら多分私がバイトしてるとこです。丁度用事があるので案内しますよ」

そう言った助手の表情を見て、事情を一瞬で汲み取った女が呟く。

「こんなかわいい娘を泣かせるなんて…」

「何か言いましたか?」

「あ、ううん、なんでもないの。それじゃお願いしようかな」

ニッコリ笑って助手についていくことにした。
何故か助手にはその笑顔が一瞬だが怖く思えた。
が、そんなことは表情に出さず歩き出す。

「はい、こっちです」




「着きました。ここが横島忠夫除霊事務所です」

そう言いつつドアは開けない。
あんな事になった手前すぐに横島に顔を合わせるのが躊躇われた。

「ありがとう。助かったわ」

そう言ってドアを開けて中に入る。

「こんにちはー。横島さんいますかー」

女に続いて小さくなりながら助手も事務所に入る。
すると横島が驚愕の表情で立っているのが見えた。

「こんにちは。横島さん。四年ぶりですね」

そう言う女の声に何故かトゲが含まれている。

「お……」

横島が何か言おうとしてるが未だ驚きの為まともに喋れないようだ。

「ダメじゃないですか、こんなかわいい娘を泣かせるなんて。横島さん酷いですよ」

そう言って助手の方をチラと見た顔は笑顔だった。
しかし今にも泣き出しそうだった。

「それに……四年も私達の事放っておいて…心配したんだからっ…」

「えっ?」

思わず素っ頓狂な声を上げる助手。
そこまできてようやく横島がまともな言葉を発した。

「おキヌちゃん…」

「えっ、ええぇええぇっ」

横島の口から出た名前に又もや素っ頓狂な声を上げる助手。
しかしそんな助手を置いてけぼりにおキヌは横島に抱きついていった。

「横島さん、逢いたかった…」

横島は何も言えずおキヌを抱きとめる。
その表情は最初戸惑っていたがやがておキヌの事を愛しむようになり、目を瞑った。
その光景に胸がチクリと痛む助手はしかし落ちていた鞄を拾いそっと外に出て行った。

「横島さん手紙の返事もくれないし、電話もしてくれないし…」

「ごめん、おキヌちゃん」

「皆心配してるんですからね…」

「ごめん」

「くすっ、横島さん謝ってばっかり」

「ごめん」

ほらまた、と言いつつおキヌは横島から離れる。

「逢いたくて逢いたくて…それで来ちゃいました」

「…………」

「逢ったら色々話そうと思ってたんですけど、それよりもさっきの娘、泣かせちゃダメじゃないですか」

「アレは…泣かせる気はなかったんだ。ただ色々あって…」

しどろもどろになる横島にまたくすっと笑っておキヌが言う。

「後でちゃんと謝って下さいね。あと私からもお礼を伝えないと」

「あぁもちろん、っとアイツ何か言ってた?」

「自分が好きな人には相思相愛の人がいるんだって。その人と幸せになってもらう為に背中を押したんだって」

真っ赤になる横島。
助手もまさかその相思相愛の相手にそんな事を言うとは思わなかっただろう。

「自分の好きな人には幸せになって欲しいって」

「…そう、か。そんな事を…」

つくづくいい助手を持ったものだと思う。
過去の事が無ければ一緒になれていたかもしれない。

「…お礼を言わないと、な」

助手の健気な心についに横島もおキヌと一緒に歩んでいくことに決心した。
そしてそれを伝えるべく台詞を考え、口にする。

「おキヌちゃん、わざわざ俺の為にこんな所までありがとう。
 俺、不安だったんだ。本当におキヌちゃんの事が好きなのか、転生したルシオラに逢いたいだけなのか」

「横島さん…」

「そんなことを考えているうちに俺じゃおキヌちゃんを幸せになんてできない、俺にはまだ人を好きになる資格は無いと思ってた」

「私はルシオラちゃんの事も含めて横島さんの事を好き」

はっきりと口にするおキヌ。
それは横島との間にできる子供がルシオラの転生かもしれない事も承知の上で、横島も子供も愛する覚悟があるとのはっきりとした決意。

「ありがとうおキヌちゃん、こんな俺でよければ一緒になってくれるか?」

「もう、嫌だったらわざわざ逢いに来たりしないですよっ」




(綺麗な人だったなぁ…それに優しいし。所長が好きになるのも分かるよ)

事務所を出た助手は行くアテも無くトボトボと歩いていた。

(とてもじゃないけど、敵わないや)

横島とおキヌが抱き合っている光景を思い出す。
その雰囲気は紛れも無く愛し合う二人でしか出せない雰囲気だった。
若干悔しさを滲ませつつも助手はお祝いの言葉をかけることを思いついた。

(そうだよね。所長を譲ったんだから一言言ってやるんだからっ)

助手は事務所の方へ向かって力強く歩き出した。
その表情は晴れ晴れとしたものだった。





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