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第三の試練!

〜おまえ、どこにやった!〜


投稿者名:ヨコシマン
投稿日時:06/ 2/18

「なんですって!?」

 手にしていたティーカップを危うく落としかけながら、美智恵は小さく叫んだ。
 その声に反応して、彼女の隣から赤子がぐずる声が聞える。

「ああ、ゴメンねー、ひのめ。びっくりしたわね。」

 美智恵は赤子の名を呼び謝罪しながら、胸元に抱きかかえると改めて正面を向き直った。

「本当なの?」

 その問いかけに、ティーカップの置かれたテーブルの向こう側に座る美智恵のもう一人の娘、令子は申し訳無さそうに頷いた。

「いや、まあその、いきなり死んじゃうとか、そういう類のものじゃないのよ、ママ。」

 だからそんなに心配しないで、と続けながら、令子は美智恵とは視線を合わせずに苦笑いを見せる。

「思い出したんだけどさ、アタシあの大蛇に左肩を思いっきり咬まれてんのよ。傷がなくなっていたから忘れてたんだけど。」

 令子は左肩に手を添えながら、今度は美智恵と視線を合わせる。やや楽観的な表情の令子とは対照的な、不安げな美智恵の顔が見えた。

「・・・で、もう対処は出来てるのね?」

 思ったほど深刻な表情をしていない娘に、美智恵は念を押すような口調で尋ねた。彼女は娘のこの訪問が、問題を全て解決してからの“事後報告”であることを確認したかったのだ。

「えーと、その事なんだけど、実はママに聞きたい事があって・・・。」

 ここで令子の表情に僅かだが翳りが見て取れた。そして美智恵は娘のその一瞬の変化を見逃さなかった。

「何?」

 先程よりも深刻な表情を浮かべながら、美智恵は令子話に耳を傾ける。
 令子は小さく深呼吸をすると、ひのめを抱きかかえたままで姿勢を崩さない母親に、毒の効果や命の期限、そして解毒するには大蛇の毒嚢が必要であり、その大蛇の行方を知りたい旨を淡々と語った。

「・・・。」

 聞き終えた美智恵の顔から血の気が失われ、唇は小さく震えていた。その震えを抑えようと、やはり震える手でティーカップを口元に運ぼうとしたが、ティーカップは口元には届かず床に落ちて転がった。

「ちょ、ちょっとママ?! 大丈夫?!」

 それを見た令子が慌てて美智恵に近づくと、こぼれた紅茶をふき取りながら母と妹に火傷が無いかを手際よく確認する。

「ご、ごめんなさい。ひのめ、大丈夫?」

 普段の姿からは想像もつかないほど動揺している美智恵は、しかしそれを隠そうともせずに抱きかかえたひのめに問いかけている。
 その母の姿を見て、令子はそれが何を意味しているのかを理解した。

「・・・見つからなかったのね? 大蛇の死体。」

 今度は先程とは逆に、令子の方が確認するように美智恵に問いかける。だが、美智恵は令子の顔を見詰めるだけで返事を返さなかった。
 大蛇が見つからない場合、それは令子の一年後の死が確定する事になるのだ。美智恵の心中は麻の様に乱れていた。

「か・・・確認作業は・・・縮小されてしまったけどまだ継続されてるわ。
 でももうじき“対象は消滅”という結論で探索は打ち切られる・・・予定なのよ。」

 切れ切れに言葉を紡ぎながら、美智恵は自分の思考を組みなおしていた。
 実際、令子と横島が病院に運び込まれた時点から、Gメンで可能な限りの人員を投入して捜索は行われていた。科学、霊能、両方の分野から徹底した探索をしたが、あの森を中心に半径10km圏内にそれらしい存在は、死体を含めて発見されなかった。
 当時は大蛇がもしも生きていた場合を想定し、周囲の住民に被害を及ぼす可能性を最も重視していた為、その存在が確認できなかった時点で捜索の意味は実質的に無くなっていたのだ。
 それ故名目上即座には解体されなかったが、殆どのスタッフは通常勤務に戻り、現在では実質ほぼ機能しない形式だけの捜索チームが残っているのみだ。
 そして今も尚、大蛇に相当する霊波は一切感知されていない現状を鑑みれば、その肉体も完全に消滅したと考えてまず間違いない。つまり、令子の助かる確率はほぼゼロパーセントと言う事になる。

「大丈夫。まだ決まった訳じゃ無いわ、ママ。ほら、あれでもエミは一応世界屈指の呪術師だし、他にも方法はあるわよ。」

 愕然と俯く母親に令子は笑顔を作って慰めた。死の宣告を受けた方が慰めるというのは、いささか奇妙な事ではある。

「・・・令子、体調のほうはどうなの? 何か影響が出てるんじゃないの?」

 自分が慰めるべき人に逆に励まされた事で、これではいけない、と美智恵は何とか気持を落ち着かせ、令子の顔をもう一度見詰めた。

「・・・うん、それ程じゃ無いんだけど、感覚がちょっと・・・ね。」

 問われた令子は少し目を伏せると、自らの掌を見詰めながら呟いた。

「何て言うか、全身に凄く薄い空気の膜が掛かってる様な、そんな感じ。」

 霊力の違和感。横島が蘇生し、退院するまでは混乱していたせいもあってか、左程その違和感を感じる事は無かったし、有ったとしても心身ともに疲れているからだろう程度にしか思っていなかった。
 だがそれから時間が経ち、生活に落ち着きが取り戻された後にも、その違和感は依然として令子の中に居座り続けていた。いや、むしろ更に違和感が強くなっていた気もする。
 エミとカフェで話していた時の態度や、すぐにGS業務を再開しなかった本当の理由はこれのせいだったのだ。

「・・・。」

 娘の呟きを聞きながら、美智恵もまた一つ思い当たる事があった。
 令子が横島ベッドの傍に付きっ切りだったとき、彼女の生命力が酷く弱々しく感じたあの時だ。その時は単に、ショックと疲労によるものだと思っていたが、今思い返せば原因は件の毒のせいだったのだろう。
 だが、確か横島が蘇生した時には、彼女からその弱々しさは消えていたように思える。
 美智恵はあの時の事をもう一度振り返ってみた。

「・・・令子、貴女仮眠室で眠った後、体調が凄く良くなったわよね? あの時確か・・・。」

 確認するような視線で見詰める母の瞳を受け止めながら、令子はその意図を掴み取って言葉を継いだ。

「・・・そう言えば・・・あの羽根・・・。」

 仮眠室の中でいつの間にか手にしていたあの孔雀の羽根。あの時見ていた夢の内容はもうすっかり忘れてしまっているけれど、あの羽根は確か事務所の机の中にしまってあったはず。横島の蘇生やその後の事ですっかり忘れていた。

「事務所に有るはずだわ。ママ、これから時間ある?」

 美智恵は令子の目を見詰めると、黙って小さく頷いた。
 消えた大蛇、傷の無い二人、大蛇退治の石碑と孔雀の羽。冷静に考えれば手がかりのピースは充分に揃っていたのだ。
 冷静さを失うと言う事は恐ろしい事だ、と美智恵は改めて思い知った。とはいえ、実の娘に死の危機が迫っているのに冷静でいられる母親などそうは居ないだろうが。

「その羽根の持ち主が、貴女を救う手掛かりになるはずだわ。行きましょう、令子。」

 自分で発した言葉で更に確信が強まる。そうだ。確かに大蛇から令子と横島を救った者が居るのだ。あの羽根は間違いなくその者が残した意思であり、そして私達の導き手であるはずなのだ。
 でももしかしたら、これも自分たちに都合の良い解釈に過ぎないのかも知れない。だが、今の自分にはそれしか考えられない。
 美智恵は手早く支度を整えながら、自分自身にそう言い聞かせていた。

「そう言えば、横島君今日は居ないの?」

 後部座席に備え付けてあるチャイルドシートにひのめを座らせると、令子の車の助手席に滑り込みながら何気なく美智恵が尋ねた。

「今日は休みにしたわ。仕事してる状況じゃないしね。・・・ああ、そう言えばおキヌちゃんも朝から居なかったかな?」

 視線を軽く上方に泳がせながら、令子は無意識にエンジンをかけてそう答える。そのまま流れるような動作でシフトを入れると、愛車を事務所に向かって走らせた。











 切り立った断崖、聳え立つ山々。およそ人が入る事の無いと思われる荒涼とした隧道がある。
 その道はむき出しの岩肌に申し訳程度に切り出され、本当に人が歩けるギリギリの幅しかない。
 そんな危険な道を二つの人影がゆっくりと歩を進めていた。横島とおキヌの二人である。

「おキヌちゃん、大丈夫か? あんまり無理しちゃ・・・。」

 ふと、先頭を歩く横島が振り向いた。およそ登山とは思えないほどラフな服装の横島は、後方で息が上がっているもう一つの人影に声を掛ける。

「だ、大丈夫です。幽霊だった頃はこんなにきついとは思わなかったけど。」

 名前を呼ばれて顔を上げると、そこには心配そうな顔をしている横島が立ち止まっていた。
 おキヌは一つ大きく深呼吸をすると、やや強引に呼吸を整える。そして恥ずかしそうに苦笑いした。

「俺も最初に美神さんに連れて来られた時は死ぬかと思ったよ。」

 わはは、と若干顔をしかめつつ、横島はおキヌに笑い返した。
 二人が目指しているのは妙神山と言われる、GS界では知らぬものの無い程に有名な霊的修行の聖地である。
 令子の体を蝕む毒を取り除く為には大蛇の毒嚢が必要だという事を知り、方々当たって見たもののいまだ良い情報は掴めていない現状で、おキヌが思いついたのがここを訪れる事であった。
 もしかしたら、天界の霊薬とか秘術とか、はたまた竜神の道具で令子の毒を取り除けるかもしれない。少なくとも、妙神山の管理人である小竜姫は何か手を貸してくれるに違いないはずだ、と。

「ただなぁ、美神さんはここに来るの乗り気じゃなかったのが気になるよな・・・。」

 そう呟く横島に応じて、おキヌの表情も僅かに曇った。

「やっぱり・・・、美神さんに内緒で来ちゃったのまずかったかな・・・。」

 美神を助けたい一心でここまで来たけれど、おキヌの心にもやはりあまり乗り気でなかった令子の姿が思い浮かぶ。
 普段なら利用できるものは何でも使うのが令子の信条であるはずなのに、それをしなかったのにはやはり何か理由があるのだろうか。
 おキヌが悶々と考えながら崖沿いに弧を描く隋道を歩んでいくと、ようやく二体の鬼が護る妙神山の門が見えてきた。

「ん? お主等は美神の所の・・・。」

 門の扉、左右両方に彫刻のように備えられている鬼の顔の、左側が二人に気が付き声を掛けた。

「よう、元気だったか?」

 まるで長年の友人のように気軽に横島が挨拶を返す。そのなれなれしい態度に、右の鬼が少し顔をしかめた。

「貴様何様のつもりだ。気安いにも程があるわい。・・・で、今日は何しに来たんだ。」
「修行か? だがお前はもう最高級のコースを修了していたはずだと思ったが。」

 左と右で交互に言葉が飛び交う。おキヌはその会話を少し離れて眺めながら、何か不思議な感覚を覚えた。
 幽霊だった頃は、ここがどういう場所なのか正直言って理解していなかった。いや、修行をする場所だと言う事は分かっていたが、ここで修行をすると言う事の意味を理解しては居なかったのだ。
 生き返って、霊能者の集まる学校に通い、同じような力を持つ友人たちと交わるにつれ、徐々に目の前の妙神山が如何なる場所であるのかをおキヌは知った。
 曰く、日本における霊能修行の聖地にして最高峰。
 曰く、ここを訪れる者は業界でも屈指の者のみ。
 曰く、それらの猛者でも、守護の二体の鬼をかいくぐり門を通れるものは極僅か。
 おキヌが知っている範囲内でここを通過した者は、令子は勿論の事、唐巣神父やエミ、雪之丞ぐらいだろうか。どれも皆GS界のトップの者ばかりだ。
 実際、クラスでもトップの弓でさえ、未だ妙神山へは行った事が無いと言うし、霊能科の生徒ほぼ全員の目標であり憧れの修行場だと言っても過言ではない。
 そこに、横島が居るのだ。確かに始めは令子の付き人としての入門ではあったが、その後伝え聞く所では雪之丞と共に改めて修行を受けたらしい。
 彼の最大の武器である文珠も、その時に手に入れた成果だ。

(結構・・・凄い人なんだよなぁ・・・。)

 少し視点に距離を作る事で、逆にその人がどんな人なのか分かる事がよくある。おキヌは今まさにそれを体験していた。

「いや、修行じゃねーんだ。小竜姫様居る?」

 不愉快そうな右の鬼の顔を意に介さず、横島はひらひらと掌を振って答えた。

「・・・貴様、馴れ馴れしいにも程がある・・・! 茶飲み友達のような感覚で小竜姫様に会いにくるとはっ!」

 門の左右に彫像のように立っていた首の無い鬼の体が地鳴りと共に動き出し、門と横島の間に立ちはだかる。

「大体貴様は良く考えたら我らの試練を受けておらんはずだ。良い機会だ、いますぐに試してやろう。」
「くっくっく、試験中における死亡は事故死として扱われる。安心せい。」

 左右の鬼の体が嬉しそうに指を鳴らした。仏門に帰依していても、鬼は鬼。その体から容赦ない攻撃が繰り出されるのは想像に難くない。

「覚悟は良いか? いざ・・・あっ!」

 二体の鬼が今まさに飛びかかろうとした刹那、彼らの背中にある門扉が押し開かれ、右の鬼の体が前方によろめいた。

「あら、横島さんじゃないですか。おキヌちゃんも。」
「あー! ヨコシマ!」

 開いた門の間から小竜姫とパピリオが顔を覗かせる。表が騒がしくなったので様子を見に来たようだ。

「小竜姫様! お願いですから我らの役目を・・・!」
「もう、お前達はどうしてそんなに意固地になるのです。横島さんもおキヌちゃんも初めて来た訳ではないでしょう。
 ましてや横島さんは老師直々に修行を受けた人ですよ?」

 二人の鬼が声を合わせた抗議言葉を遮り、小竜姫は苦笑いした。

「お前らそれ、もしかしてコントか?」

 小竜姫に窘められ、やり場の無い憤りを堪えている二人に横島からの神経を逆撫でする一言が飛んだ。

「殺す・・・! 殺らせてくれ、右の!」
「お主の気持は良く分かる、分かるぞ、左の! だが、だがここは堪えろ!」

 そんな意地悪言わなくても、とおキヌは苦笑いしながら横島を窘めつつ、小竜姫の案内で鬼の横を通り抜け門の中へと歩を進めた。












「さて、今日はどのようなご用件でしょう?」

 中華風のテーブルに暖かいお茶の入った湯呑が横島とおキヌの前に置き、そのまま小竜姫は対面に座るとそう尋ねた。久しぶりに外界の人間と話すと言う事もあってか、小竜姫はどこと無く楽しそうに微笑んでいる。

「その・・・、実は・・・。」

 小竜姫に問われておキヌは用件を言い淀んだ。言えば間違いなく小竜姫の笑顔が曇る事が分かっているから。
 どうしたんですか、と小竜姫は目で二人に問いかけ、軽く首を傾げた。

「そういえば、今日は美神さんは居ないのですか?」

 二人の雰囲気と、美神が居ないという事実に気が付いた小竜姫の表情が僅かに曇る。どうやら、あまり良い知らせでは無いようだ。
 二人がその事についてもなかなか切り出そうとしないで居ると、横島とおキヌの後方にある扉が勢い良く開く音が聞えた。

「ヨコシマー! ゲームステーションやろー!」

 パタパタと足音をさせながら、両手にゲーム機を持ってパピリオが駆けて来る。

「これ、今は大事なお話の最中ですよ。老師に遊んでもらいなさい。」

 会話の雰囲気を壊されて少し気分を害したのか、小竜姫は軽く眉を寄せると母親のような口調でパピリオを睨んだ。

「えー、ヨコシマとやった方が面白いもん。さあ、一緒にやるでちゅよ。」

 聞き分けの無い幼子のようにパピリオは小竜姫の制止を聞かず、横島の手を取ってぐいぐいと引っ張っている。それを見た小竜姫は半ば呆れた顔を見せた。

「わーかった、わかったから、小竜姫様との話が終わったらいっぱい遊んでやるからちょっと待ってろよ。」

 元々子供が嫌いではない横島は困ったように笑いながら、パピリオの両手を持って視線の高さを合わせると、言い聞かせるようにゆっくりと声を掛ける。
 すると、横島の目を見詰め返すパピリオの表情が変化した。

「・・・・・・? ・・・・・・?! ・・・・・・!!」

 その表情は疑問から困惑へ、そして最後は驚愕へと変遷し、それを見ていた横島達をも驚かせた。

「お、おい、どうしたパピリオ?! 具合悪いのか?!」

 その変化に動揺しつつ、横島が問いかけると、パピリオはその手を拒絶するように払いのけ、その顔に怒りを映し出した。

「おまえっ! ルシオラちゃんをどうしたっ!?」

 一瞬、室内が静まり返り、そこに居たパピリオ以外の者たちは状況を理解できないまま困惑の表情を浮かべ立ち尽くす。
 若干の沈黙の後、横島は意味の分からないパピリオの言葉に対して再度問いかける。

「あのな、意味が良く分からんのだが、ルシオラはもう・・・。」
「違う! おまえの中にいるルシオラちゃんをどこにやったんでちゅか!」
「俺の・・・? なんだよ・・・それ・・・?」

 頭の中に電光が走ったように、横島の脳内に衝撃が駆け巡った。反射的に手のひらを開いてそこに意識を集中させると、そこにルシオラの姿を思い浮かべた。
 横島の開かれた右手に震えが走る。いつもならば姿を現すはずの小さな蛍が、確かに在るべきはずのものがそこには無かった。ただ、汗の滲んだ掌だけが、横島の瞳に映るだけであった。


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