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ニューシネマパラダイス

机を持った渡り鳥


投稿者名:UG
投稿日時:06/ 2/12

 うだるような暑さの中、誰もいない教室で愛子は一人窓際に佇んでいた。
 ささやか風がカーテンを揺らす度に、彼女は微かに感じる涼に目を細める。
 彼女の視線の先では、夏の大会が終了し新体制となった野球部が秋季大会に向け練習を行っていた。
 硬球と金属バットが衝突する独特の金属音が、入道雲が高くそびえ立つ夏の空へと吸い込まれる。
 白球を追いかける高校球児を眺めながら、愛子は何処かもの悲しそうに呟いた。

 「青春って夏休みの教室にはないのよね・・・」

 愛子が在籍する高校は数日前から夏休みに入っていた。
 登校するのは部活を行う生徒と補習対象者だけ。
 それも毎日という訳ではない。
 賑やかな日常を体験してしまっただけに、愛子は閑散とした学校に堪らない寂しさを感じていた。

 「はやく二学期にならないかな・・・」

 愛子は暇を持て余したように級友が置きっぱなしにした旅行誌を手に取る。
 様々な観光名所の風景や名物料理の写真、レジャー情報などに目を通すが正直それほど興味は湧かなかった。
 修学旅行や遠足など、学校行事としての旅行には確かに心動かされるものがある。
 しかし、学校に住み着くインドア派の妖怪である愛子は、自分には旅行など縁がないものだと思っていた。
 だからこそ何気なくめくったページで目にした単語は、愛子に予想以上のインパクトを与えていた。

 「なにコレ!?」

 愛子は食い入るようにその単語がある記事を読み込む。
 しかし思った程の情報はそのページからは読み取れなかった。
 愛子はすぐに図書室に向かい、生徒に開放されているインターネットで検索をかける。



 【青春18切符】



 「えーっと、なになに・・・・一日あたり二千円ちょっとで乗り放題・・・・」

 ヒットしたページを読んでいくうちに愛子の表情がみるみる輝き出す。

 「コレよ!コレが夏休み中の青春の過ごし方なのよ!」

 誰もいない図書室に愛子の声が響く。
 翌日、学校から愛子の姿は消えていた。









 ――――― 机を持った渡り鳥 ―――――








 「お嬢ちゃん、何処から来なさった?」

 ローカル線
 持ち込んだ机に腰掛け、窓の外を眺めていた愛子に土地の者らしい老婆が話しかけた。
 愛子は老婆に視線を向けると自分の顔を指さす。
 持ち込んだ机に奇異な視線を向けられることはあったが、話しかけられたのは東京を発ってから初めてのことだった。
 老婆はそうだとばかりに愛子に笑顔を向ける。
 良く日に焼けた皺深い顔のせいか、歯の白さが印象的な笑顔だった。

 「東京です」

 「東京ってそんなモンが流行ってるんかね?」

 「え、ええまあ・・・」

 机を指さされ愛子は曖昧な笑顔を浮かべる。
 まさかコレが自分の本体とは言えなかった。

 「でも、便利ですよ。座席が空いてないときはこうやって座れるし、上に乗れば高いところにも手が届く・・・・渋谷での待ち合わせには必需品ですね」

 「はあ、東京ってトコは妙な所だねー」

 老婆はそれで納得してしまったらしい。
 東京で流行っているという魔法の言葉は21世紀になっても通じるらしかった。
 愛子は何気なく言った自分の冗談が、先程から奇異な視線を向けていた中学生らしき少女に与えた影響に気付いていない。
 2ヶ月後、机を持って登校する女学生の姿がこのローカル線で多数見られるようになるのだが、この時の愛子はソレを知る由も無かった。



 「で、お嬢ちゃんは何処にいきなさるのかね?」

 愛子を気に入ったのか、単に物珍しいだけなのか、老婆は愛子に飴を勧めながら行き先を尋ねる。

 「ありがとうございます・・・・・あてのない旅ってやつなんです」

 飴を受け取りながらの愛子の答えに老婆は目を丸くした。
 どうみても高校生の女の子が、荷物らしい荷物も持たず机を抱えて一人旅をするなど聞いたことが無かった。

 「目的地のない旅なんて青春ですよね!」

 飴を口に放り込んだ愛子が力いっぱい笑みを浮かべる。
 右頬が大きめの飴の形に膨らみ、その姿に老婆もつられて笑みを返した。

 「あ・・・」

 突然開けた車窓の景色に愛子の視線が釘付けとなる。
 愛子の乗った列車は海沿いの線路にさしかかったのだった。
 海面が午後の日差しを反射し、キラキラと輝いている。

 「大きい・・・・・・私、海見るの初めてなんです」

 初めて見る本物の海に、愛子は窓ガラスに両手をつく。
 視界に入りきらない景色に愛子はただ素直に感動していた。


 『次は富海〜富海〜』


 停車駅を知らせるアナウンスに、愛子は何かを思い付いたように机から飛び降りた。

 「今決めました!私、次の駅で降ります。飴、ごちそうさまでした」

 机を背負い、愛子は飴を貰った老婆へ深々と頭を下げる。
 何人か同じ駅で降りるらしく、俄に列車の中に慌ただしい空気が広がりはじめた。

 「お嬢ちゃん、気をつけるんだよ!最近、りぞおと開発とやらで物騒な連中がうろついてるからね。昔は落ち着いていて良い町だったんだけど・・・」

 開いたドアを挟み、老婆は下車した愛子に心配そうな視線を向けた。

 「大丈夫!私、こう見えてもとっても強いんですよ!!」

 一人旅の自分を心配する老婆を安心させるため、愛子は夏服の袖をまくり細い二の腕に力こぶを作る。
 細身の体だけに申し訳程度の盛り上がりしか無かったが、老婆を安心させるには十分な効果を発揮したようだった。
 目の前でドアが閉まり列車が動き出す。
 老婆は何事か口にしたようだったが、その声は愛子の耳には届かなかった。

 「こういう旅先での出会いと別れも青春よね!」

 愛子はこう呟くと改札口へと歩き出す。
 とりあえず、近くで海を見てみよう。
 愛子はそんなことを考えていた。








   あかい夕日よ燃え落ちて
   海を流れてどこへ行く
   机抱えてあてもなく
   夜にまみれて消えていく
   私と似てるよ赤い夕日よ


 自然に口をついた歌はとてつもなく古い歌。
 砂浜に置いた机に腰掛け、愛子は飽きることなく海を眺めていた。
 歌詞と同じく目の前ではもう日が暮れようとしている。
 海水浴の客は家路につき始め、波待ちしていたサーファーたちもコンディションが悪いのか既に殆どが撤収していた。
 夏という生命に満ちあふれた季節でさえも、夕暮れ時は何処か物寂しい気分になってしまう。
 しかし、そんな気持ちでさえ目の前の雄大な景色に吸い込まれてしまっていた。

 「ドラマで海に叫ぶ気持ちが初めてわかった・・・・・・・」

 海は全てにおいて大きい。
 その前では人も妖怪もちっぽけな存在だった。
 愛子はこのまま日が落ちるのを待ち、満天の星空を眺めながら眠りにつくのも悪くはないと思っていた。



 「うぜえガキだなー、ぶっ飛ばすぞ!」

 視界の隅から聞こえてきた如何にも頭の悪い恫喝に、愛子はようやくそちらの方に意識を向ける。

 「自分で出したゴミを持って帰るのは当たり前だろ!拾えよ!」

 如何にも地方都市の不良といった感じの二人組に一歩も引かず、少年はその視線を受け止めていた。
 二人組はいらついたように抱えていたショートボードを放り出すと、少年の胸ぐらを掴む。
 愛子は慌てて周囲を見たが、周りの人々はそのトラブルに気付いていないようだった。
 無関心なのではない。あまりにも風景が大きすぎ気付かないのだ。

 「ちょっと、止めなさいよ!いい年して恥ずかしくないの!?」

 本体である机を脇に抱え、愛子がそのトラブルに割って入った。
 聞こえてきた会話によれば、二人組がポイ捨てした缶を少年が注意した・・・ただそれだけの事だった。

 「恥ずかしいと思う神経があったら、一度も乗らないボードを抱えてこんな所まで来ないよ」

 少年の言葉に二人組の顔色が怒りに染まる。
 ナンパ目的で来たのは確かだが、ローカルに追いやられてポイントにすら入れなかったのは彼らなりに屈辱らしい。

 「図星だったみたいだね。湘南や御宿なら偽物が混ざっても目立たないらしいよ。少なくともここに来るのは、マナーを守れるようになってからにしなよ」

 「うるせえ!」

 完全に挑発の意図を含んでいる言葉に、胸ぐらの掴んだままの男は荒々しく少年を砂浜に叩きつけた。

 「ちょっと、乱暴は止めなさいよ!それに君も言い過ぎよ。ワザと怒らせているようにしか聞こえないわ」

 愛子は少年を庇うように起こすと体についた砂を払ってやる。
 ようやく愛子の容姿に気づいた二人組は、怒りの感情に見切りをつけいやらしい視線を目配せすると愛子の肩に手を回した。
 つまり、二人はサーフィンにそれくらいのプライドしか持ち合わせていなかった。

 「もう遅いよー。俺たち深く傷ついちゃってさー」

 「君が慰めてくれないと立ち直れそうにないんだよねー」

 なれなれしく愛子に絡み始めた二人組に少年が再び何かを言おうとしたが、その言葉は愛子の手によって封じられていた。

 「だから、これから俺たちと青春をエンジョイしにいかない?」

 「青春?あなたたちみたいな人がその言葉を口にするの・・・・」

 男たちが口にした死語になって久しい口説き文句は、愛子の神経を逆撫でしていた。

 「おお、三人で楽しく”性”春しようぜ!」

 男は自分の口にした下卑た台詞に自分でウケる。
 その笑い声に愛子の中で何かがキレた。

 「キミ、目をつぶってゆっくり10秒数えなさい」

 有無を言わさない愛子の口調に、少年は口を塞がれたまま黙って言うとおりにする。
 逆らえない迫力が愛子の言葉には含まれていた。





 いーち、にー、さーん・・・・








 ・・・・・・・・・じゅう!





 「委員長!俺たちが間違ってたよ!!」

 目を開けた少年の目に、信じられない光景が飛び込んで来ていた。
 自分が10数えている間に二人組に何が起こったのか?
 さっきまで健全さの欠片もなかったその目は、今では過去の行いを恥じ大量の涙を流している。
 しかも、自分の口に手を当てたままの女を男たちは委員長と呼んでいた。
 急激な状況の変化に戸惑う少年の口から、愛子はようやく手を離すと夕日を真っ直ぐに指さす。

 「分かればいいのよ・・・涙は心の汗よ!レッツビギン!!夕日に向かってビーチクリーンよ!!」

 「「はいっ!」」

 非常に良い返事を残し、二人は夕日に向かってゴミを拾いながら走り出していった。





 「怪我はない?」

 呆然と二人を見送っていた少年は愛子の一言で我に返った。

 「え、あ、ありがとうお姉ちゃん」

 さっきの憎まれ口からは想像も出来ない素直さで少年は頭を下げる。
 それは愛子の力を目の当たりにしたからではなく、こちらの方が本当の少年の姿なのだろう。

 「その態度ならあんなにはモメなかったのに・・・サーファーがきらいなの?」

 愛子の言葉に少年は大きく首を振った。

 「違うよ!僕んちに来てくれるサーファーは海も汚さないし、面白い人たちばかりだよ」

 「面白い人ね・・・・」

 決していい人と言わない所に、愛子は少年の感想にリアルさを感じていた。
 しかし、悪人で無いことは少年の表情を見れば明らかだった。

 「あまりお金が無いから滅多に泊まらないけどね。車で来てポリタンクのシャワーを浴びて帰るんだ。ご飯もコンビニ弁当だし・・・」

 少年の口ぶりでは、彼らは地元経済に殆ど寄与していないらしい。
 それだけに、時折混じるマナーの悪い者たちが起こすトラブルは地元民の頭を悩ましていた。

 「まあ、どんな所にもマナーが悪いヤツはいるからね・・・」

 少年が口にした問題は何処の地域でも言えることだった。
 さほど有名でないここならば、他の地域よりも抱える問題は小さいだろうと愛子は思っていた。

 「それだけの問題じゃないんだ・・・・・そうだ!お姉ちゃん、今日の宿は決まってる?」

 「いや、まだだけど・・・・」

 「それじゃぁ、僕の家に泊まってよ!僕の家、すぐソコの民宿なんだ!」

 少年は愛子の手を取り自分の家に案内しようとする。
 身に付いた営業手腕は天性のものらしい。
 野宿するつもりだったとは言えない雰囲気だった。

 「僕の名前はアキラ・・・!お姉ちゃんは?」

 すっかり自分に懐いてしまった少年に、愛子は苦笑に近い笑顔を見せる。

 「愛子・・・・愛情の”愛”に子供の”子”」

 すっかりペースを握られてしまった愛子は、アキラの家に泊まる事となった。








 アキラの家は先程の場所から見える距離にあった。
 丁度、宿泊客の夕食を支度していたアキラの母親は、愛子をすぐに部屋へ通さず食堂に案内した。
 民宿の一部を利用した食堂は一般客にも開放されているらしく、数種類のメニューが壁に掛かっていた。

 「すみません。ウチの息子が世話になった上に無理にお連れしちゃって」

 30代前半の若い母親がしきりに恐縮しながら愛子にお茶を差し出す。
 他の従業員の姿が見えないところを見ると、一人でこの民宿を切り盛りしているらしい。
 美人の部類にはいる顔立ちだが所々に疲れが窺えた。

 「いえ、丁度宿を探していた所ですから・・・」

 気遣いをさせまいとする愛子の態度に、アキラの母親は更に申し訳ない表情を浮かべた。

 「だったら悪いことは言いません。今からでも隣町にいった方が・・・」

 「母ちゃん!あんな奴らのこと気にすることないって!!愛子姉ちゃん、スゲエ強いんだぜ!」

 「あんな奴ら?」

 アキラの言葉に愛子が反応する。
 その様子にアキラの母親はため息を一つつくと、愛子の正面の椅子に腰を下ろした。

 「実はリゾート施設の建設計画が持ち上がってまして・・・立ち退きを迫られているんです。主人の残してくれた民宿だから手放すつもりは無いんですが・・・」

 これだけで愛子は大体の事情を察した。
 何処の地域でも開発の先鋒となるのは地元の地回りだ。
 おそらくこの宿にもその手の連中がおしかけ、そして居たたまれなくなった従業員は別な職場を見つけ移っていったのだろう。
 愛子は先程アキラが見せた攻撃性の原因を理解した。
 観光客誘致の為の施設は、その殆どが地元民にとって不要なものだ。
 しかも、飽きっぽい観光客がその施設に定着することはまず無い。
 この地に必要なのは綺麗な海と、落ち着いた環境、この地を愛し幾ばくかの金銭を落としていく観光客だった。
 常連の釣り客、海水浴に来る家族、面白いサーファーたち。
 この地はそれらを既に手に入れていた。

 「・・・ですから、いま泊まっていただいても、ロクにおもてなしが出来ないんです。常連のお客さんに迷惑をかけないだけで精一杯で」

 「ひょっとして人手が足りないんですか?」

 愛子は少しわざとらしい感じで目を輝かせた。
 本人は思いっきり自然な態度のつもりだろうが、学校コントばかりやっていた弊害か昔のアイドル番組並の演技力だった。

 「それじゃあ、私にバイトさせて貰いませんか?実は旅費が乏しくなっちゃって・・・住み込ませて貰えばお給料はどうでもいいです。雨風がしのげて、たっぷり青春できれば・・・・」

 「でも・・・・・」

 「いいじゃないかよ母ちゃん!」

 愛子の申し出に躊躇する母親にアキラが猛チャージをかける。
 救いの手は意外というか、予想通りというか典型的なパターンで現れた。

 「ごめんよ・・・ルリ子さん、今日は良い返事を聞かせてもらうぜ」

 ルリ子とはアキラの母親の名前なのだろう。
 軽い威圧感を漂わせ二人の男が店に足を踏み入れた。
 20代前半と30代の組み合わせ・・・典型的な兄貴と子分だった。
 あまりのお約束に愛子は必死に笑いを堪えると、精一杯真面目な顔でルリ子を振り返る。
 ルリ子は気丈にも男たちの視線を真っ向から受け止めていた。

 「この人たちに大人しく帰って貰えば採用ってことでいいですか?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ルリ子の沈黙を承諾の意思と理解し、愛子は入ってきた侵入者に向き直る。
 その顔は緊迫感の欠片もなく吹き出す寸前だった。

 「オーナーはこの場所を立ち退く気はないそうよ。そういう訳だから大人しく帰ってくれませんか?」

 「ああん?何いってんだこの小娘は」

 「まあ、よさないか・・・・」

 愛子の言葉に切れかかる若い衆を年配の男が止める。
 伊東四朗と小松政夫に匹敵するコンビネーションだった。
 もう少し見ていたい気もしたが、夕食の準備も急がなくてはならない。
 愛子は二人組から視線をそらさず、アキラに先程と同じ台詞を口にする。

 「わかった!ほら、母ちゃんも目を閉じて・・・いーち、にー・・・・・」

 アキラが10数え終わったとき、目の前で行われた青春コントにルリ子は口をあんぐりさせるだけだった。
 因みに二人のネタに電線音頭は含まれていない。
 新たな人生を踏み出した二人を見送ってから、愛子は壁に掛かったエプロンに手を伸ばす。

 「さてと、先ずは夕食の支度ですね。私、家庭科の調理実習で褒められたことあるんですよ」

 愛子は呆気にとられていたルリ子を促し厨房へ入っていく。
 こうして愛子は臨時のバイトとして働くこととなった。





 それからの愛子の働きは凄まじかった。
 掃除、洗濯、客室の布団の上げ下げ、食事の支度などの民宿業務に加え、人手不足から閉鎖していた一般客向けの食事処まで再開させていた。
 そして毎日のように現れる立ち退きの撃退も・・・
 狭い田舎町では噂はあっという間に広がる。
 机を持った新たな看板娘を一目見ようと、食事処は連日の盛況を見せるようになった。

 「ふう・・・・今日も一日青春だったわ」

 一日の仕事を終え、愛子は食堂でやっと一息ついていた。

 「ご苦労様、本当に助かります」

 明日の朝食の仕込みを終えたルリ子が、お茶菓子と麦茶を持って愛子の前に腰掛けた。

 「あ、いただきます」

 愛子は机に腰掛けたまま麦茶のコップに手を伸ばした。
 数メートルは離れることはあっても基本的に愛子は机と共に行動している
 最初は奇異に感じた光景だったが、3日目を過ぎてからは特に違和感は感じていない。
 人間の順応力の凄まじさに改めて感心するルリ子だった。

 「アキラ余程あなたの事が気に入ったんですね・・・」

 ルリ子はテーブルに突っ伏している息子をみてクスリと笑った。

 「まあ、こんなんなっちゃってますし・・・・」

 愛子も苦笑を浮かべ自分のスカートの裾をつまみ上げる。
 隣で寝息を立てているアキラはしっかりと愛子のスカートを握っていた。
 まるで、片時も離れないという意思表示のように。

 「気づいてました?この子、愛子さん目当ての客が来るとワザと自分で注文取りに行くんですよ」

 「はあ・・・」

 愛子も気付いていたのか妙な表情を浮かべていた。
 アキラは常に愛子の側を離れなかった。
 仕事を手伝い、共に食事をし、たまに姿を見せないと思うとすぐにゲームや花火を持って現れ一緒にやろうとせがむ。
 出会ったときのマセた子供のイメージは既に愛子の中から消えていた。

 「この子にとって愛子さんはお姉さんなのかしら?それとも・・・・・」

 「ごめんなさい」

 ルリ子が続けようとした言葉を愛子は遮った。
 妖怪であることを隠していることが、好意を寄せてくれるアキラに申し訳なかった。

 「私、そのどちらにもなれません・・・・」

 愛子はそっとアキラの手からスカートの裾を抜き取ると、机を抱え与えられた部屋へと戻っていく。
 自分の身の上に涙する愛子は、一向に進まない用地買収にしびれを切らした建設会社がGSを雇った事を知らない。
 愛子が民宿を手伝い始めてから明日で丁度一週間。
 別れの時はすぐ近くまで来ていた。









 翌日、愛子の一日はいつもと同じように始まった。
 いつもと同じように朝食の支度をし、いつもと同じように客室を片付け、いつもと同じように洗濯を行う。
 そして、昼食時で賑わう食事処で接客を行い、顔なじみになった常連客とたわいもない会話に花を咲かせる。
 時折アキラが割って入ってくるが、子供好きのイメージを崩したくない常連客は笑ってそれを許していた。
 愛子は今日もいつもと変わらない一日が過ぎていくことを信じて疑わなかった。

 「失礼します・・・ご主人はいらっしゃいますか?」

 今までとは明らかに毛色が異なる男がやって来たとき、愛子は一日の仕事を終えアキラと庭先で花火をしている所だった。
 ルリ子は机から立ち上がろうとした愛子を手で制し男の前に歩み出る。

 「主人は二年前に他界しました。今は私がここの主です」

 「おお、話に聞くよりずっとお美しい。こんな民宿の主で終わるのは勿体ないそう思いませんか?」

 ルリ子は男の差し出した名刺に目を落とす。
 男の肩書きは、リゾート施設を計画している建設会社の営業部長だった。

 「立ち退き交渉を任せていた下請けが深刻な人手不足になってしまいまして・・・・お恥ずかしい話ですが、私共が直々に交渉に参った次第です」

 男は愛子に憎々しげな視線を向けると慇懃な口調で更に続けた。

 「変わった用心棒を雇ったみたいですな。どういう訳か下請けは皆、自分の人生を見直してしまって・・・挫折したままでいればいいものを」

 「青春に挫折はつきものよ。肝心なのはそれを乗り越えること、人生は何度でもやり直しがきくわ」

 愛子は男の視線を真っ直ぐに受け止めていた。
 男は皮肉な形に口元を歪ませると軽く右手を上げる。
 それが合図だったのだろう、かき集めた地回りの残りが10名ほど庭先を包囲しはじめた。

 「おっと、誤解はしないでくれよお嬢ちゃん。アンタの相手は別にいる・・・・ジョーさん!お願いします!!」

 男の言葉を待っていたように背後の暗闇から小柄な影が歩み出た。

 「!」

 愛子はその男の顔を見て戦慄する。
 妖怪である自分の正体に気づいた男が雇った人物。
 モグリではあるが類い希な戦闘能力を有するGS、伊達雪之丞が愛子の前に立ちはだかっていた。

 「何処かで見た顔だな・・・・・」

 雪之丞は一分の隙もない動きで愛子の前に歩み寄る。
 既に戦闘態勢に入った霊圧に愛子の全身がチリチリと焼かれる。

 「ジョーさん!早くやっちまって下さい!!」

 雪之丞の霊波を受け男も緊張しているのだろう。
 先程までの慇懃な口調は剥がれ落ちていた。

 「慌てるな・・・確か何処かで・・・・」

 自分の手の内を思い出される前に一気に勝負をかけるべきか愛子は迷っていた。
 雪之丞クラスを相手にした場合、不意をつかなくては勝負にならない。
 そんな愛子の緊張が伝わったのか、記憶を遡ろうとする雪之丞と愛子の間にアキラが飛び込んだ。

 「姉ちゃんと母ちゃんに手を出すな!!」

 アキラは両手をいっぱいに広げ、雪之丞から愛子と母親を守ろうとする。
 雪之丞を睨み付ける目は立派な男のものだった。
 その目を見た雪之丞は、愛子以外の記憶を掘り当てる。

 「小僧・・・後ろにいる人は母親か?」

 雪之丞の視線に温かいものが浮ぶ。
 それに気付いたのかアキラは大きく肯いた。

 「そうだ!ここは父ちゃんが残してくれた場所だ!俺と母ちゃんは絶対に出ていかないからな!!」

 アキラは自分を”僕”ではなく”俺”と読んでいる。
 大切な者を守ろうとする気持ちが少年を男へと変えようとしていた。

 「分かった・・・母ちゃんを大切にしてやれ」

 雪之丞はアキラの胸を軽く拳でこづくと背後の男を振り返る。
 頭を撫でなかったのは、男を見せたアキラへの雪之丞なりの敬意の表し方だった。

 「契約時に嘘があったな。俺は弱い者を踏みつける手伝いはしないと言ったはずだぞ・・・」

 雪之丞はズボンのポケットから前金として受け取った小切手を取り出すと、スナップを利かせ男に投げつける。
 どの様な技か、小切手は予想外の展開に立ちつくす男の足下に深々と突き刺さった。

 「俺は降りさせて貰う。契約不履行で訴えるのは勝手だが、生憎俺は協会に属していない・・・・・・・」

 「青春ね!流石、横島君の友だちだわ!!」

 雪之丞の行動に愛子は感激の声をあげる。
 そして、アキラの行動にも愛子は勇気を貰っていた。

 「横島!?そうかっ!!お前は横島の学校の・・・・」

 愛子の正体を思い出した雪之丞は、唇に指を当てた愛子の仕草に言葉を止めた。
 どうやら目の前の妖怪は、自分の正体を自分であかしたいらしい。

 「だけど、その青春はここでは二番目よ!」

 「ほお・・・じゃあ、誰が一番だって言うんだ?」

 この手のノリが嫌いでない雪之丞は愛子の台詞に乗ってやることにした。
 愛子は不敵な笑みを浮かべると、親指で自分の顔を指さす。
 そして、一瞬浮かんだ寂しげな表情を無理に抑えルリ子に一礼する。

 「今までお世話になりました。今夜でお別れです」

 「姉ちゃん!お別れって何だよ!!」

 自分にすがりついたアキラを愛子は優しく引きはがした。

 「今まで黙ってて御免なさい・・・私、人間じゃないの。おねがい、目をつぶらないで見ていて・・・コレが本当の私」

 愛子はそう呟くと、机を抱え庭先を包囲する男たちの方へと走り出す。
 引き出しから伸びる舌に絡め取られ、恫喝に現れた男たちは次々と一人残らず机の中に姿を消した。

 「さよなら・・・もう地上げが来ることもないわ。アキラ、ルリ子さんを大切にね」

 予想を超える光景に立ちつくした母子に、無理に作った笑顔を向けてから愛子は民宿を後にした。












 「無理に正体を明かすことは無かったんじゃないか?」

 夜の海岸
 机に腰掛け、海を眺めていた愛子の隣りに雪之丞が現れる。
 その手には二本、缶コーヒーが握られていた。

 「いいのよ・・・横島君たちといると錯覚しちゃうのよ、妖怪と人間の共生は可能だって。いつかあの子も分かってくれるわ・・・」

 愛子は雪之丞からコーヒーを受け取るとプルトップを起こし中身を一口啜る。
 甘ったるい味が妙に今の心境に合っていた。

 「それに、ダメならダメで早く忘れた方がいいのよ。思い出はどんどん綺麗になっちゃうから・・・・それより、ありがとね」

 「気にするな。単にもう一本当たっただけだ」

 愛子は自分のお礼を、缶コーヒーに対してものと勘違いした雪之丞に呆れた顔をする。
 雪之丞はあれから愛子に付き合い、建設会社の社長以下主立った職員の拉致に協力してくれていた。
 自分の正体を知る前に依頼から手を引いた雪之丞が、アキラの姿に以前の自分を重ねていたことを愛子は知らない。

 「それで、いつまでアイツらを閉じこめておく気なんだ?」

 「もう少し・・・始発が動き出すまでやることもないしね。絶好のロケーションが揃うまで待っているのよ」

 愛子はそういうと明るくなりつつある水平線の彼方を見つめる。
 もうすぐ日の出の時刻だった。





 「そろそろね・・・」

 登りはじめた朝日に照らされ愛子と雪之丞の影が長く伸びている。
 二人を照らす朝日を遮るように、数十人の人影が砂浜に唐突に姿を現した。

 「マネージャー!俺、もう一度がんばってみるよ!!」

 先程、交渉に現れた営業部長が感動の涙を流し愛子の手を握りしめる。

 「そうよ!あなた達の青春は今始まったばかりよ!!」

 「そうだみんな!!ワン・オア・オール、オール・オア・ワン!一人はみんなの為に、みんなは一人の為に!!もう一度みんなでやり直すぞ!」

 どうやら社長が先生役らしい。
 熱い涙が似合う男に社長は変貌を遂げていた。

 「社長ーっ!!!」

 社員一同が社長を取り囲み感動の涙を流している。

 「さあ!あのライジングサンに向かって誓おうじゃないか!俺たちはこの地域の為に立派な建設屋になると!!」

 「分かりましたーっ!!!」

 社員一同は社長を胴上げしながら朝日に向かって走り出す。

 数年後、この建設会社は地味ながら堅実な成長を続け、構造計算偽造も談合も行わない希有な建設会社へと変貌を遂げる。
 そして、この会社が行った地域主導型のリゾート開発は新しい観光ビジネスの基礎となるのだが、青春コントに唖然とした雪之丞にはそんな未来は想像できなかった。

 「・・・・洗脳か?」

 若干、青ざめた顔で雪之丞は社員たちを見送っていた。
 考えようによってはものすごく気持ち悪い光景だった。

 「違う・・・と思うわ。青春をやり直して貰っただけ。挫折を乗り越え、自己肯定できる様にね・・・あの結果を望んだのはあくまでもあの人たち自身」

 どことなく愛子の答えは歯切れが悪かった。
 雪之丞は、能力の使用者が自己の能力に疑問を持つ点に安心する。
 その疑問を持ち続ける以上、愛子がこの能力を暴走させることはないと雪之丞は考えていた。



 「あのー、その缶捨てますか?」

 不意に声をかけられ、雪之丞と愛子は背後を振り返る。
 そこにはゴミ袋を持った二人組が立っていた。

 「あら、あなた達は・・・」

 「委員長!!お久しぶりっす!」

 一週間前、愛子の内部で更正させられた二人組は未だにビーチクリーンを行っている様だった。
 二人は愛子との再会に笑顔を浮かべると深々と頭を下げる。

 「俺、委員長に何てお礼を言っていいか・・・・ビーチクリーンを始めてからみんなに言われるんです。ありがとうって」

 「俺たち腐ったミカンじゃなかったんです・・・・最近、ローカルの人たちにも認められてポイントに入れて貰えるようになって。昨日、初めて立てたんですよ俺」

 二人の感謝の言葉に愛子の目に涙が浮かんだ。
 自分の行った行為が、この二人にとって良い結果を生じていると言って貰えたことが嬉しかった。

 「二人とも、まだ夏休みだよね?」

 「いや・・・俺たちずっと夏休みなんです」

 照れくさそうに笑った二人は、いわゆるニートとというやつだった。
 だからこそ、一週間もビーチクリーンを続けられた訳だったのだが・・・

 「それじゃあ、民宿を手伝ってみない?多分、お給料は出ないけど食事と寝るところぐらいは・・・・」

 「ホントっすか?」

 愛子の提案に二人は顔を輝かせる。
 ナンパ資金を切りつめ生活していたが、それもそろそろ尽きかけていた。

 「人手が足りないから多分大丈夫だと思うけど」

 「俺がついていって紹介しよう」

 民宿の窮地を救った人間である雪之丞の紹介なら大丈夫だろう。
 愛子は安心して後を任せることにした。

 「悪いわね・・・」

 「気にするな、あの母親が作った朝飯が食いたくなっただけだ。それよりお前、これからどうする気だ?」

 雪之丞にしては珍しく愛子の行き先が気になるようだった。

 「切符はあと4日分あるし・・・北の方にでも行ってみようかと思う」

 「そうか・・・達者でな」

 雪之丞はそれだけ言うと二人を連れ、遥か先の民宿を目指し歩き始めた。








 日が完全に登り、愛子は一人ホームに佇んでいた。
 やがて北へ向かう列車が到着し、次の地に愛子を誘うようにその扉をあける。
 ホームに見送りは一人もいなかった。

 「来たときも一人だったんだから去るときも一人・・・・これが普通よね」

 若干の寂しさを噛みしめながら愛子は列車に乗り込む。
 愛子はドア横に置た机の上に座り、手の中の切符に視線を落とす。
 手の中の青春18切符には二つめのスタンプが押されていた。
 このスタンプが5つになった日、愛子の旅は終わりを告げる。
 その日まで愛子はあてのない旅を続けるつもりだった。

 「お嬢ちゃん、また会ったね」

 急に声をかけられ視線を上げると、来るときの列車で飴をくれた老婆が微笑んでいた。

 「あての無い旅はどうだったね?」

 老婆はあの時と同じように愛子に飴を勧める。
 お礼と共に大ぶりの飴を一つつまみ、口に放り込むと口の中いっぱいに甘みが広がった。

 「とても楽しかった・・・でも、渡り鳥って悲しいですね。別れがこんなに寂しいなんて思わなかった」

 「そうかい、良い思いを沢山したんだね」

 「私の自己満足かも知れませんけどね・・・実を言うと見送りを期待してたんです」

 愛子は俯き寂しげに呟いた。
 列車は既に動き出しホームから遠ざかりはじめている。
 妖怪の自分はやはり受け入れられなかったらしい。

 「どうやら自己満足じゃないようだよ、愛子ちゃん!」

 教えてないはずの名前を呼ばれ愛子は驚いたように顔を上げた。
 そして老婆の視線に気づき、窓の外を慌てて振り返る。

 「あ、ああああ・・・・・・・・」

 愛子は言葉にならない声をあげ窓ガラスに張り付く。
 窓の外では、速度をあげ始める列車に併走するようにアキラや常連の男たち、ビーチクリーンの二人組が走っていた。
 ビーチクリーンの二人組は、ご丁寧に愛子の名を書いた横断幕を掲げている。
 その集団の旁らには、深々と頭を下げるルリ子と親指を立てた雪之丞の姿があった。
 愛子は窓ガラスに張り付き続け可能な限り後ろを振り返る。
 アキラは見えなくなるまで走るのを止めなかった。

 「愛子ちゃんまたきてね・・・・か、渡り鳥っていうのは次の年にまた来るモンだからね。来年の夏休み、絶対にあの町に行っておあげ」

 背後から語りかけて来る老婆の言葉に愛子は無言で何度も肯く。
 口の中の飴は少し涙の味がした。

 終


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