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上を向いて歩こう 顔が赤いのがばれないように

指令その一:美神令子、及び横島忠夫を拉致せよ !!2


投稿者名:由李
投稿日時:06/ 2/11

工場の眩しいライトは、シザーズ兄妹の凶刃を刹那に浮かび上がらせた。


「おキヌ殿! 危ないでござる!」

「きゃっ!」


シザーズ兄妹の兄の方であるランランの攻撃を、おキヌを庇うようにしてシロは受け止めた。
ランランの持つ巨大なハサミは霊力を帯びていて、シロの霊波刀と大差無い力が込められている。


キィィン!

「シロ! おキヌちゃんは頼んだわよ!」


妹であるリンリンの攻撃をたくみにかわしつつ、令子はシロに指示を出していた。
シロはあごを少しだけ引いて了解の意を表し、おキヌは体を強張らせてシロの後ろについた。
幾多の戦闘を経験してきた令子と、人狼の反射神経が無ければ、三人は今頃切り刻まれていたであろう。
シザーズ兄妹は絶好調らしく、その姿を残像のみにするほどの速さで動きながら、幾分余裕のある会話をしていた。


「イヒヒヒヒ! きれいな肌をしているなお前ら今すぐ筋肉と骨に分解して妹の着せ替え人形にしてやるよ!」

「お兄様! 私、楽しみ!」


機械で出来た死角、工場の二階と一階の落差、天井のライトによる逆光、シザーズ兄妹にとってここはあの静かな村以上に隠れやすいフィールドであった。
シロはおキヌを庇いながら尚、少しばかり余裕があった。
しかし、神通棍を片手に神経を削りながら戦っている令子は少々辛そうである。
額には冷や汗が浮かび、体力よりも気力を削るこの戦いで、既に息が上がっていた。
その令子はリンリンの八度目の攻撃を神通棍で受け流したとき、シロたちに背中で叫んだ。


「シロ、おキヌちゃん! ここは退くわ。私たちには条件が悪すぎる!」

「合点承知でござる!」


シロの返事が聞こえた瞬間、イヤリングとしてつけていた精霊石を令子は地面に投げつけた。
巻き起こる閃光に辺りが照らされ、その隙におキヌを抱えたシロが令子の下に走り寄る。
三人は一瞬だけ目を合わせた後、閃光が終わらない内にさっさと工場から出ようと固まって走り出した。
しかし、即席のバトルフィールドから出ようとした瞬間、鈍い音がした。


ガンッ

「痛っ! なんでござるかコレは!?」


先頭を走っていたシロが見えない壁のようなものに突き当たった。
令子は精霊石によって背後に巻き起こる閃光を背中に浴びつつ、医者の触診のように見えない壁に手を這わせた。


「くっ……やられた! 結界で囲まれてる!」


瞬間、あたりを眩しく照らしていた精霊石の閃光が途絶えてしまった。
既に閃光が消えた工場内で、令子たちは悔しそうにうめいた。
令子たちの怒りを煽るような激しい音声がスピーカーから聞こえる。


「てめーらは逃げられないんだぜえ! 大人しくフィールドで戦うんだよ!
全部勝ち抜いて優勝したら見鬼くん一年分プレゼントしてやるよ!」

「ふ、ふざけるのも大概にするで……!」


一瞬の隙、シロがスピーカーの声に逆上した、その刹那の気の迷いを、ランランは見逃さなかった。


「……!」

「しまっ……」

ザクッ!

「あっ……!」


ランランは残虐、かつ巧妙だった。狙ったのはシロではなく、おキヌだったのだ。
おキヌがランランの攻撃をかわすことはできないし、シロがこの一瞬でランランの攻撃から無傷でおキヌを守ることも無理だ。
するとどうなるか。


「うぅ……ぐぅ…っ!」

「シロちゃん!」


おキヌが死ぬか、シロが身代わりになるか、選択肢は二つしかないのである。
シロは右手を大きく切り裂かれ、そこから血が噴出していた。
その光景は、令子にあの惨劇のクリスマスを思い出させた。


「シロちゃん! しっかりして!」


あのときと違うのは、おキヌがこの場所にいることだ。


「イヒヒヒヒ! 乳臭いガキのくせして一人前に剣を持つからこんなことになるんだよ負け犬ちゃーん!」

「負けを認めなさい負け犬共!」


そしてシザーズ兄妹にとっての最大の不幸もまた、今この場におキヌがいることである。


「許さない……」


おキヌは懐に忍ばせておいたネクロマンサーの笛を取り出し、力強い音色を奏でた。





**





エデンの研究所には、十数台のカメラからの画像が分割されてスクリーンに映し出されていた。
部屋の光源はこのスクリーンの青白い光のみで、その光に照らされる研究者たちもまた青白く少々不気味であった。
研究者たちは、スクリーンに映っている令子たちとシザーズ兄妹たちの戦いに逐一感嘆の息を漏らし、その場で好き勝手批評しあっていた。
人の生き死によりも、データが大切なのだ。
彼らはそうやって生きてきて、これからも生き続ける。


「ほう……これがネクロマンサーの力、か」


一人の年老いた科学者が感心するようにヒゲを撫で付けた。
画面にはおキヌのネクロマンサーの力に、完全に動きを封じられたシザーズ兄妹の姿がある。
初めて見るものが多かったのか、研究者たちはおキヌの力について口々に意見を出し合った。


「実に素晴らしいわ! 極められれば最強の能力かもしれないわよ!」

「どうだかね。結局は霊波の一種だ。結界で防げられないものは無いよ」

「君は結界にこだわるねえ。攻撃は最大のなんたらという言葉を知らないのかい?」

「あ、あー!……やられた」


研究者たちは一瞬静まり、令子とシロによって完全に止めを刺されたシザーズ兄妹をスクリーンで確認すると、また一斉にしゃべりだした。
内容はもちろん、おキヌの能力についてである。
その中で少し離れた場所にあるパイプ椅子に腰を下ろし、研究者たちと同じようにじっとスクリーンを見ていたものたちがいた。
鼻に傷のある男と、サバミソ博士であった。


「おい、次だ。次を出せ」


サバミソ博士のしわがれた声が、青白い光に浮かびだされた研究者たちの耳に届き、研究者たちはすぐさま次の相手の用意を始めた。
鼻に傷のある男は腕組みをしたまま、静かにスクリーンを見ていた。





**





「へっ、準備運動にもならねえか」

ドサッ


そう言うと雪之丞は、片手で軽々と持ち上げていたタイガーを教室の床に投げ捨てた。
タイガーは完全に気絶していて、当分目を覚ましそうになかった。
静まり返る教室、いや、雪之丞の手によって教室の窓は吹き飛ばされ、教室の面影はもはやほとんど残ってはいなかった。
雪之丞は教室と教室を区切る壁や、下に下りる階段なども全て破壊していたので、生徒たちの逃げ道はなかった。
そうでなくとも、オールバックのエージェントたちがところどころ闊歩しているので、壊さずとも逃げることはできなかったであろう。


「タイガー! お前……何も書かれてねえじゃねえか!」

「よ、横島サン……後は任せ…た……ぐふっ」


たった一発でやられたタイガーを見て、横島とピートは哀れむ気すら起こらなかった。
それよりも何よりも、これは雪之丞が横島をさらうのが本気だということだ。
かつて仲間として共に戦った、いわば戦友との戦い。しかし、それでも横島は戦う。


「横島ー!」


なぜなら彼は、


「横島さーん!! 頑張ってー!!」


このような注目を、


「横島クン! 頼りにしてるわよー!!!!」

「小鳩は何も出来ません! だから……横島さんと運命を共にします!!」


浴びたことが実は無かったのである。
アシュタロスを倒した男として、神界や魔界では伝説と化している男なのだが……。


(き、気持ちいい……! GS試験のときは卑怯な真似をして駄目だったんだよな……。
よっしゃ、ここは正々堂々とぶちのめして俺の株価を急上昇させてやる!
今年のバレンタインはいけそうな気がするぜ!)


急激に密度を濃くさせる横島の霊圧を感じ取り、雪之丞は体を震わせて喜んでいた。





**





雪之丞は空を見上げた。
自分で破壊した教室の天井の隙間から、透き通るような青が見えた。


(弓……もう一度だけ…お前に会いたかった………伊達雪之丞として…)


黒い光が雪之丞を包む。霊力が集束するこの感じは、横島もピートも知っている感覚だ。
ただし今日のソレは、何かが違っていた。


「魔装術か……? いや、あれはっ……なんだ………!?」


雪之丞は暗黒の魔装術に身を包んだ。それは横島たちの知っているものとは違っていた。
吸い込まれるような黒い装甲と、その体から生えている刃は、妙神山にいるカトラスに近いものがあった。
しかし、雪之丞のソレは禍々しさが違う。
雪之丞の両腕は手錠をされているように真っ赤な鎖に繋がれていて、それと同じ鎖が雪之丞の上半身に巻き付いていた。
一つ一つの鎖の輪はドーナツくらいの大きさがあり、雪之丞を拘束するように巻きついている。
そして、刃と鎖に覆われている暗黒の魔装術に、ひときわ目を引くオブジェクトがあった。
雪之丞の背中から、二人の人影のようなものが見えているのだ。
雪之丞に巻きついている赤い鎖は、その二人の人影から伸びていた。
背中からやさしく手を伸ばしている二人の黒い影。
まるで雪之丞を抱きかかえているようなかたちで手は伸びていた。


「よ、よ、横島さん、あ、あ、あ、あれは、ひ、人でしょうか」

「し、知らねえ……! 俺は何も見てねえ!」


横島たちを含めた、その場にいる全員が雪之丞の姿に凍りつく。
顔が魔装術で見えなくなっているので、雪之丞の表情は確認することはできない。
それでも、その場にいた全員が、雪之丞が泣いていると思っていた。
ゆらめく二人の黒い影と、真っ赤な鎖に繋がれた雪之丞。
それは魔装術ではなく、雪之丞の決して癒されない孤独の具現化だ。
雪之丞を見て涙を流すもの、震えるもの、哀れむもの、その場にいたものの反応はさまざまであった。


「ヨコシマ オレヲ 止メラレルカナ」


変声期で声を変えたような、ヘリウムを吸った後のような、そんな声が聞こえた。
その後横島は、空気がわずかに揺れるのを感じた瞬間、雪之丞が目の前から消えるのを見た。





つづく


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