椎名作品二次創作小説投稿広場


上を向いて歩こう 顔が赤いのがばれないように

指令その一:美神令子、及び横島忠夫を拉致せよ !!


投稿者名:由李
投稿日時:06/ 2/ 3

エデンの薄暗い研究所には十数人の研究者がひしめき合っていた。
研究者たちにはそれぞれに秀でた分野があり、また国籍や性別、年齢もさまざまであった。
あるものは高名な外科医で、大勢の患者に不正手術――人体改造を施したことにより、余生全てを塀の中で過ごすはずだった。
またあるものはコンピューターのエキスパートで、イギリス経済を乗っ取ろうと画策したこともあるものだ。
そして一癖も二癖もある研究者たちを束ねるのは、史上二人目となる人口の魂を作り出したオカルト科学者、サバミソ博士である。
本名は渋鯖陽一なのだが、犯罪者が多数集う研究所では一人一人コードネームが決められていて、本名で呼び合うことなどなかった。


「サバミソ博士。試験体、雪之丞のサンプリングデータが完成しました」

「うむ。見せろ」


白衣に身を包んだ女性の研究者から、一枚のディスクがサバミソ博士に渡された。
ちなみにこの三十代前半の女研究者は、遺伝子工学の不法実験によって学会から追放されたものである。
サバミソ博士はディスクを差し込み、間もなく画面に雪之丞の姿と、何かの統計値が映し出された。
それを見て研究者たちは満足そうな顔を浮かべ、サバミソ博士もまんざらでもなさそうに笑った。
サバミソ博士は一人の研究者を呼びつけ、実験が成功したことをある男に伝えろと命令した。
間もなく行われる実践のデータ採集のため、研究者たちはすぐさま自分たちの仕事に戻った。








第二幕開戦!
指令その一:美神令子、及び横島忠夫を拉致せよ !!








「一体どうしちまったんだよ、ピートは」


昼休み、既に教室にいるものは弁当を片付け、各々の時間を過ごしていた。
その中で横島の席の周りに集まり、ピートのことで密談しているものたちがいる。


「なんでも、女子に振られたとかなんとか……」


横島の隣の席に大柄な体を丸めて座っているタイガーが、他のものたちに聞こえないように、声を小さくして言った。


「青春はときに甘酸っぱく、切ないものよ。それがバンパイアでも、机でもね」


机はどうなのかな、と横島は思った。
それよりなにより、ピートが女に振られるとは信じがたいことだ。
横島は笑いをかみ殺している。
恋愛事情にいつも苦労している彼なのだから仕方ないといえば仕方ないが、それはあまりにも不謹慎であった。


「ちょっと! 人の不幸がそんなに面白いの!」

「い、いや、スマン……でもあそこまで落ち込むってのは少し重症だな……」


横島が教室の隅の席に顔を向けた。それに合わせて、タイガーと愛子も視線を移す。
教室の隅にある席には、どす黒い負のオーラを吐き出している、金髪のバンパイアの姿があった。
顔が少し痩せたように見える。目の下にもわずかな黒ずみが確認できた。


「みんな、あれを通過して大人になるもんよ」


机妖怪は一体大人の何を知っているのだろうか。
横島とタイガーは同じことを考えながら、ピートを心配そうに見ていた。
ピートが大きなため息をついたとき、昼休みが終わるチャイムが鳴った。





**





「はいはーいちゅうもーく。いいですかぁ? 『人』という字はぁ、『入』るという字に大変よく似て……」


午後の一発目の授業である現代国語の先生の言葉は、横島の右の耳から左の耳へと通過していった。
ピートに悩みがあるように、横島にも悩みはある。それは失踪したタマモのことだった。
タマモは一体どこに消えたのだろうか。
歴史に名を残すような有名人の父親で、「タバコを買ってくる」と言って失踪した人がいるらしい。
タマモの最後の言葉は、「いなり寿司を買ってくる」だった。同じレベルだ。
横島は窓の外から見えるグラウンドを憂鬱そうに眺めていた。


「いいですかぁ。あなたたちは出来る子なんでぇす。
決して夢を諦めない人にだけ、幸せになる権利が与えられるのでぇす」


ふとグラウンドから学校に入ってくるものが見えた。
随分遠かったが、どうやら黒いスーツを着ているようだ。
そして横島は、ありえない光景を目撃してしまい、誰かに教えようにも言葉が出ず、ただ口をぱくぱくしていた。
グラウンドから進入してきたスーツ姿の男たちは、その数約十人。
おかしいことはそのスーツ姿の男たちの中で、一人だけいた黒いコートの男。
顔が確認できる距離ではないが、あれは間違いなく雪之丞だった。


「ゆ、雪之丞!」

「どうしたんですかぁ横島クン。私の授業を邪魔しようたってそうは問屋がおろしませぇん」


先生に意味は伝わらなかったが、横島の言葉により同じ窓際の席の生徒たちが黒いスーツ姿の男たちを目撃し、授業は一時中断した。
教室にいる生徒たちは何事が起こったのかと窓際に集まった。
タイガーに目配せすると、タイガーも雪之丞が見えたらしく、窓の外を指差し口をぱくぱくさせている。
愛子は机の上に体を乗せてスーツ姿の男たちを見物していた。
雪之丞のもう一人の知り合いであるピートは、相変わらず放心状態で机に座っていた。
黒いスーツの男たちが学校に近づくにつれ、全員が一様にオールバックにサングラスをしていることがわかった。
その姿はまるで映画に出てくる組織のエージェントだった。
スーツ姿の男たちはぞろぞろと学校の中に消え、雪之丞の姿も見えなくなった。
授業が遅れることが嫌なのか、国語の先生は教壇を出席簿でばんばん叩き、みんなを振り向かせた。


「はいはいはいはい椅子に座ってくださぁい。
先生はちょっと様子を見に行くので、みんなは教室にいるんだぞぉ」


普通の中年男性なら決してやらないようなロングヘアを掻き揚げ、現代国語の先生は足早に教室から出て行った。
生徒たちは思いもよらぬ事態にやや興奮気味だったが、横島とタイガーは雪之丞が学校にきたことに困惑していた。


「横島サン、これは一体……」

――ぐわぁあああ!


突如悲鳴が聞こえた。階下で何かが起こっているようだ。
それとともにけたたましい警報のベルが聞こえ、教室はパニック状態になった。


「何が起こったんだ!」

「先生はどこに行った!」

「火事!?」

「とりあえず横島だろ!」

「なんでだよ!」


他の教室も同じ状態らしく、生徒の悲鳴が壁を通して聞こえてくる。
中には先生の言いつけを破り廊下に出たり他のクラスに行っているものもいる。


「横島! お前ちょっと見てこいよ!」

「そうだそうだ! こういうときくらい役に立てよ!」

「もう金貸してやんねーぞ!」


口々にまくし立てられ、横島はしぶしぶ教室から出ようとした。
教室のドアをくぐろうとしたとき、現代国語の先生が横向きに吹っ飛んできた。
横島の目の前を飛んでいった先生は、髪を振り乱し白目を剥いて気絶した。
先生が吹っ飛んできた方向から現れたのは、黒いスーツにオールバックの男たちだった。
エージェントたちは目の前の横島を発見すると、仲間と目配せし横島忠夫である確認を取った。


「横島忠夫だな」


「やっぱりお前関係じゃねーか」という視線を横島は背後から感じた。
教室の出口はスーツ姿の男たちに封鎖され、教室から一歩も出られない状況になった。
生徒たちは窓際に集まって固まっているが、横島の周りにはタイガーとピートもいた。
愛子と小鳩は他の生徒たちと一緒に横島たちにそっとエールを送っていた。
突然の事態に緊張した教室に、黒いスーツのエージェントたちをかきわけて、背の低い黒いコートの男が割って入ってきた。
横島たち三人には、それが誰なのか既にわかっている。


「よお、横島。随分懐かしく感じるぜ……」

「俺は全然懐かしくねえよ!」


雪之丞はコートを脱いで近くにいたエージェントの一人に手渡した。
コートの下はささやかな抵抗なのか、足長スーツと白いカッターシャツだった。


「雪之丞。不法侵入してまで、横島さんに何の用だ」


ピートが雪之丞に質問する。顔色はさっきよりも大分いい。
悩みごとを抱えている人間は、他に気を使っているほうが気は楽なのである。


「いいだろう。率直に言ってやる。横島、お前を誘拐しにきた。
邪魔するものは横島以外なら始末する」


横島を含めた、教室にいるもの全員が言葉が出なかった。
一度は想像するであろう『授業中に不審者が来る』妄想が実現したとき、本当に喜ぶ人間などいないという証明であった。





**





ガシャン ガシャン ガシャン
ガガガ ピー ガガガガガ カタン
ウィィン プシュー ウィィン プシュー


令子とおキヌ、そしてシロは指定された溶接工場へと来ていた。
依頼ではここで仕事の邪魔をする悪霊を退治することになっている。
しかし依頼者の姿も、悪霊の姿もそこにはなかった。
ベルトコンベアーや、溶接したものをプレスする機械、何のものかわからない計器は動いていて、まるでさきほどまで誰かが仕事していたようだった。
高い天井には眩しいライトがついていて、奥行きのある工場を隅々まで照らしていた。


「何よ、誰もいないじゃない」

「いや……いるでござる」


シロはこの溶接工場で何者かの匂いを感じ取っていた。
鉄の溶ける匂いに混じって、複数の人間の匂いと、人外の匂いをかぎ分けていたのだ。
ひとまず帰ろうと令子が提案しかけたのを、陽気な男の声に遮断された。


「レディースエーンドジェントルメン! ただいまより、無制限一本勝負を始めます!」

「な、なんですかこれ!」


おキヌは訳がわからないという風に、スピーカーからの騒がしい音声に対抗するように声を張り上げた。
令子は辺りを見回し、機械の間を縫うようにして備え付けられた、小型カメラを数台発見した。
誰が、何のために、ということはわからなかったが、これは一種のショーなのだと、令子は確信した。


「中国より来日! 中国雑伎団を彷彿とさせる運動能力をもつ兄妹!
だが彼らの舞台は死臭漂う戦いというステージだぁぁ!
GSたちに立ち向かう一組目の挑戦者たち、ランラン、リンリンの極悪兄妹の入場です!」


チープなファンファーレと共に、今まで単調な動きを続けていた機械が移動を始め、体育館ほどの広さの場所が確保できた。
床が大きく割れ、割れた地面からスポットライトに照らされたステージがせり上がってくる。
現れたのは、歌舞伎のようなメイクを施した、中国の民族衣装のようなものを着ているシザーズ兄妹だった。





つづく


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