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ニューシネマパラダイス

あらしのよるに


投稿者名:UG
投稿日時:06/ 1/28



 雨が轟々と叩きつける嵐の夜、美神と横島は油断のない動作で滑る階段を降り、つぶれかけた小さなゲームセンターにもぐりこんだ。





 ――――― あらしのよるに ―――――



 10分前
 土砂降りの雨の中、美神事務所の面々は依頼があったゲームセンターに到着していた。
 除霊対象はゲームセンターに潜む妖怪。
 以前、UFOキャッチャーに潜んでいたものと同種である可能性が高い。
 ビルのテナント入れ替えの障害となるその妖怪の除霊が今回の依頼だった。

 「ひどい嵐・・・全く嫌になっちゃうわね」

 外の天気にぼやきながら美神はダッシュボードから懐中電灯を取り出す。
 天気予報で予想されてたとはいえ外は土砂降りの雨。
 屋根をセットしたポルシェの窓ガラスは、事務所のフルメンバーの吐息によりうっすらと曇っていた。

 「みんな、もう一度作戦の確認よ」

 美神は取り出したゲームセンターの見取り図を広げた。
 ビルの地下部分に外部からの階段で入る、昔よくあったタイプのゲームセンターだった。
 見取り図を指さす美神から当然のように懐中電灯を受け取った助手席の横島の姿に、後部座席のおキヌが微かに口元を強張らせる。
 最近、おキヌは美神と横島の阿吽の呼吸がどうしても気になってしまう。

 「見ての通り店内は狭く、ゲームの筐体が障害物のように配置されている・・・大人数でなだれ込むのは逆効果なのよ」

 「だから、俺と美神さんが先発チームとして乗り込む訳ですね」

 横島は納得したように店内の見取り図に視線を落とす。
 ビルの地下1階にあるゲームセンターは、確かに柱や置かれている筐体による死角が多い。
 万が一乱戦になった場合、同士討ちの危険性が心配された。

 「でも、やっぱり万が一の事を考えたら美神さんと横島さんだけじゃ・・・」

 自分が先発チームから外されていた事が意外で、おキヌは珍しく美神の立てた作戦に口を挟む。
 美神もおキヌの疑問を予想してたのだろう。
 あらぬ誤解を受けぬよう気をつけながら、美神は先発チームの根拠を後部座席の三人に説明し始める。

 「おキヌちゃんは知ってると思うけど、他の二人はUFOキャッチャーに取り憑いていた妖怪の事は知らなかったわね」

 美神の問いかけにシロとタマモは同時に肯いた。

 「ゲームに取り憑く特殊能力を持ったヤツは厄介でね・・・損害を最小に抑えつつ倒すには相手のルールで勝負しなきゃだめなのよ。つまり、ビルを壊さないで除霊するには霊能力以上にゲームの腕前が必要・・・前と同様、不本意ながら横島君がこの仕事での最大戦力って事なのね」

 景品のぬいぐるみに変えられた屈辱を思い出し美神の拳が小刻みに震えた。

 「でもそれじゃ、先生以外は誰が行っても同じ・・・・」

 「私が行くのは横島君が苦手なゲームに相手が取り憑いていた場合に備えてのことよ。アンタたちクイズゲームや麻雀で勝つ自信ある?」

 シロの疑問を美神はぴしゃりと遮った。
 美神は少なくとも仕事に関してはプライドを持って取り組んでいる。
 教室の座席を争うレベルの議論をするつもりは無かった。

 「とにかく、おキヌちゃんとタマモは私たちの10分後に来て様子を確認。そして、状況を外で待つシロに連絡。シロは状況が悪化していた場合や、二人が5分経っても帰らなかった場合にすぐにママに連絡する。分かったわね!」

 「何で拙者がただの連絡役なんでござるか!」

 戦力外通知を受けたよう感じ、不平に口をとがらせたシロのほっぺたを運転席から身を乗り出した美神が強くつまむ。

 「そーいう事を言うのはこの口?DSの本体にスタイラを貫通させた程のゲーム音痴のアンタがこの口で言うかっ!!!」

 「ヒュッ、ヒュマンデゴヒャルッ!!」

 額に青筋を浮かべた美神にシロが慌てて謝る。
 脳年齢が実年齢を下回る直前にデータを飛ばされた怒りがその手には含まれていた。
 最近の美神は妙に自分の年齢を気にしていた。

 「美神さん、不味いですよ!」

 曇った窓ガラスを指先でこすり、外の様子を窺った横島が美神に声をかけた。

 「依頼主が設置した立ち入り禁止の看板が強風で飛ばされています」

 「急がないと!みんな準備は良いわね」

 除霊現場に一般人が紛れ込む事は時に重大なアクシデントを巻き起こす。
 少しでも早く状況を確認するため、美神はポルシェの運転席から外に出た。
 美神以上の素早い身のこなしで助手席を後にした横島は、運転席側に回り込み大きめな傘を開くと美神と自分の上に差し出す。
 オフェンス担当である美神の両手を開けさせる為に身につけた動作だが、その姿を見て自分の傘を握るおキヌの手が強張った。

 「おキヌちゃんも両手を開けとかなきゃね」

 そんなおキヌの頭上にタマモが傘を差し出す。

 「あれはただの役割分担。一々気にしてたらバカ犬と同レベルよ」

 「・・・ありがとう、タマモちゃん」

 タマモの言葉におキヌは笑みを浮かべると、しっかりとネクロマンサーの笛を握りしめた。

 「・・・バカ犬とはどういう意味でござるか」

 「そういう意味よ」

 タマモは呆れた様子でシロが手にしたモノを指さす。
 美神と横島の姿に思わず入りすぎた力。
 シロの手にはひしゃげた元傘だったモノが握られていた。

 「はい、コレ使って」

 おキヌはどこか複雑な表情でシロに自分が持っていた傘を渡す。
 程度の違いこそあれ、おキヌは仕事の現場に余計な感情を持ち込むようになった己の姿をシロの中に見ていた。

 「意識しすぎちゃダメみたいね・・・だけど、このままじゃ二人にどんどん置いていかれちゃう」

 おキヌの視線の先にはゲームセンターへの階段を下り始める二人の姿が映っている。
 残された3人は少しでも二人に追い付こうと嵐の中を駆けだした。









 扉の前に辿り着いた美神と横島は、階段の半ばで待機していた3人に視線を向けた。
 作戦通りの体制が出来ているのを確認した美神と横島は、アイコンタクトで突入するタイミングを計る。

 「・・・なんだかんだ言っても、あそこまでの連携はなかなか真似できないのよね」

 純粋に感心した様子でタマモが呟く。
 美神と横島は一言も発さないまま、僅かな停滞も見せずゲームセンター内に侵入する。
 お互いの死角を補う完璧な位置取りは、3人の中で最もつきあいが浅いタマモにも、二人がくぐり抜けた修羅場の数を容易く想像させた。
 そんなタマモの感想に、おキヌとシロが複雑な表情を浮かべる。
 二人の心情を表すかのように上空の雷雲が激しく音を立て始めた。

 「地下だから落雷の心配はないけど・・・・・・」

 タマモはこう呟くと、おキヌとシロを促し激しい雷雨を避けるため地下への階段を完全に下りようとする。
 その瞬間、激しい稲光と雷鳴が周囲を襲った。

 「・・・キャッ!」

 「・・・ウワッ!」

 不意をつかれたおキヌとタマモは、急な稲光と雷鳴に悲鳴の様な声をあげる。
 稲光と雷鳴の間隔が短かったこと以外にも、3人は今の雷がすぐ近くに落ちた事を理解する。
 落雷による停電で周囲は闇に包まれていた。

 「近くに落ちたようね・・・」

 停電で真っ暗になった周囲の様子におキヌが戸惑う。
 月も星も出ていない嵐の夜に起こった停電に、周囲は完全な闇に包まれていた。

 「おキヌ殿!大変でござる!!」

 3人の中で最も暗視能力の高いシロがまずその事に気がついた。

 「どうしたのシロちゃん!?キャッ!」

 慌ててシロの方を向こうとしたおキヌは、暗闇のため階段を踏み外しそうになる。
 間一髪のタイミングで転落を食い止めたのは、おキヌの腕を掴んだタマモだった。

 「今、明かりを点けるから動かないで・・・」

 タマモはこう言うと、傘を持った方の指先に小さな狐火を灯す。
 僅かな光量であったが、徐々に暗闇に慣れ始めたおキヌの目もシロが気付いた事態を映し始める。

 「・・・・美神さんのお母さんに知らせなきゃ」

 呆然と呟いたおキヌの目前にはただの黒い壁があるだけだった。
 美神と横島が突入したゲームセンターの扉は、先程の落雷と共に姿を消していた。











 明かりが完全に落ちた室内。
 突然視界を奪われた美神と横島は、敵の襲撃に備え全身の感覚を研ぎ澄ませている。
 明かりが消える前に起こった一際大きな雷鳴を最後に、室内は静寂に包まれていた。

 「横島君・・・場所の移動はしていないわよね」

 「はい。敵らしい気配もありませんし何が起こったんでしょう?」

 どうやら美神も敵の気配は無いと判断したらしい。
 横島は緊張を解くと手探りでその場に腰掛ける。
 真っ暗闇の中、周囲が何も見えない状況で立ち続けるのを危険と判断したためだった。

 「霊波刀を出せば明かりの代わりに・・・・」

 「待って!どうも様子がおかしい」

 美神の制止の理由を横島も薄々ではあったが感じていた。
 室内は霊的に不安定な状態にあった。

 「・・・外の音が聞こえない所を見ると、私たちは外界から切り離された所にいるようね」

 「どういうことです?」

 「このゲームセンター自体が敵の内部ということよ。店に入った瞬間、私たちは敵の内部に囚われた・・・」

 「じゃあ、何で襲って来ないんです?」

 美神の言葉に不安にかられた横島は緊張を取り戻し周囲に意識をむける。
 完全な闇が内包する根源的な恐怖が、見えない敵を作り出しているようだった。

 「何かの理由・・・多分、あの落雷だと思うけど・・・敵は私たちを内部に捕らえたまま意識を失っているみたいね。イタズラに刺激して内部に囚われたままになったら厄介な事に・・・机妖怪の愛子に囚われたまま愛子が意識を失ったらどうなると思う?」

 美神の説明に、横島は愛子の内部に囚われた時の事を思い出した。
 あの時、脱出に成功したのは愛子の隙をついたからだった。
 愛子が自分たちの前に姿を現さなければ、脱出の機会が訪れることはなかっただろう。
 未だに青春コントをやらされてたであろう自分の運命を想像し、横島は軽く身震いする。

 サワッ

 そんな横島の手に何かが触れた。
 一瞬、驚いた横島だったが、すぐにそれが人の手であることを理解し驚きの声をあげるのを止める。
 その手から感じる緊張が横島にも伝わってきていた。

 ―――美神さんも不安なんだ

 周囲は完全な闇、しかも敵の内部に不安定な状態で囚われている状況。
 横島は急に保護意識が高まるのを感じた。

 「もう少しくっつきませんか?暖めるくらいしかできませんが・・・」

 擦れそうな声で横島はそっと呟いた。









 おキヌからの連絡を受け、美智恵が現場に到着したのは落雷より30分後の事だった。
 霊視スコープでドアのあった部分を霊視した美智恵は、持参した情報端末で過去の事例と現状を照会する。
 類似の事例を数件見つけ、美智恵はようやく安堵のため息をついた。

 「過去の事例から判断すると、今回の相手は自分の作り出した仮想空間に相手を閉じこめ勝負するタイプの妖怪らしいわね」

 「すると、先生と美神殿は今、勝負の真っ最中って事でござるか?」

 シロの発言に美智恵は小さく首を振った。

 「ビデオゲームに取り憑いている以上、この落雷による停電の影響を受けているはず。敵は多分、落雷のショックで意識を失っている・・・意識を取り戻すか、電力が復旧しない限り除霊に関しては事態に進展はないでしょうね」

 娘の実力を余程信頼しているのだろう。
 美智恵は何処かのほほんとした様子で3人に笑いかけた。

 「肝心なのは、霊力で下手に干渉して仮想空間そのものを壊してしまわないこと。今は待つしかない・・・真っ先に連絡をくれたのは良い状況判断だったわ」

 美智恵に頭を撫でられ自慢げに胸を張るシロとは対照的に、おキヌは美智恵の言葉に何処か違和感を感じていた。

 ―――除霊に関しては事態に進展はない

 この言葉がおキヌの胸に妙に引っかかっていた。
 それでは何か別な事態は進展するというのか?

 「それじゃあ、入り口が現れたらばすぐに救出に行けるんですね?」

 「すぐは止めた方がいいわね」

 焦りから出たおキヌの言葉を、何かを含んだ様子の美智恵が諫める。

 「どうしてです!!中の二人が危険な目に遭ってるかも知れないのに!!!」

 「私はまだいいけど・・・おキヌちゃんが現場に踏み込んで・・・・」

 感情的になったおキヌに、美智恵は人の悪そうな笑みを浮かべこう続けた。


 「二人が「びくっ!」とかして急に離れたら・・・気まずいわよー」


 美智恵の発言をリアルに想像し、おキヌとシロの顔色が変わる。


 「しかもその後、令子が―――心配しないで、何もなかったよ―――なんて、妙にしおらしい雰囲気に変わったりしてたらどうする?」


 「「ひいいぃぃぃぃぃ!!」」

 思わずしてしまったキツイ想像におキヌとシロは頭を抱える。
 どこか今の事態を楽しんでいるタマモは、美智恵の想像に更に上乗せを試みる。


 「そのクセなんか、目と目で会話するようになる二人!?」


 「そう、そんな感じ」

 美智恵は「分かってるじゃないアナタ!!」とばかりにタマモの想像に更に肉付けする。


 「そして帰り道では二人こっそり指を絡め合ってたりするのよ!!」


 「最低!!不潔!!!」

 「そんな事務所でこれから脇役として生きていくのは嫌でござるーっ!!」

 おキヌとシロの魂の叫びが暗闇に木霊する。
 いつの間にか嵐は過ぎ去ろうとしていた。











 「もう少しくっつきませんか?暖めるくらいしかできませんが・・・」

 真っ暗闇のゲームセンターの中。
 自分の手を握る美神に対しての横島の言葉は、想定外の返事によって打ち崩された。

 「なんだ、男の方か。それにしちゃ華奢な・・・」

 突如として現れた第三者に横島は慌てて手を振り払うと、声のした方へ蹴りを飛ばす。
 手応えは感じないにも関わらず、派手な打突音と男のくぐもった呻きが暗闇に響いた。

 「ひでえな・・・急に暗闇に放り出され怖がっている一般人に」

 さして悪びれた様子もない謎の男の声だけが聞こえる。
 大方、立ち入り禁止の看板が外れたことによって迷い込んだ者なのだろう。

 「アンタ誰?ココは立ち入り禁止の看板が出ていたはずよ」

 必要以上に不機嫌な美神の声がすぐ近くで聞こえた。

 「看板?そんなモノはなかったが・・・」

 「無くったって関係ない!!何でアンタはこんな寂れたゲームセンターに、それも嵐の晩にわざわざ来てるのよっ!!!」

 かなり無茶苦茶な美神の言葉だが、男の存在を疑問に思っている事は横島も同じだった。

 「・・・雨宿り兼、仕事で凹んだ憂さ晴らしってやつだ。ここには長いこと来ていなかったが、自分が輝いていた頃を思い出すのは悪い事じゃないだろう?」

 「・・・・・・・・・・・」

 何処か寂しげな男の言葉に、美神は感情的になりすぎた自分を微かに反省する。
 少なくとも、看板が外れた事に関しては男に責任は無かった。

 「ゲームなんて子供じみたモノで青春を語るなんて変に思うヤツもいるかもしれないが・・・・・・最初にゲームに夢中になったのは大人なんだ。百円玉を高く積みハイスコアを競い合う。金のない子供は大人以上の真剣さで色々なテクニックを吸収したものさ・・・・インベーダー、ギャラガ、ギャラクシアン・・・・プログラムの表現力が次々に既存の常識を打ち壊す度に、当時ガキだった俺たちは夢中になって目を輝かせた。断言する。最初から子供騙しに作ったものじゃ、子供は本当に夢中にはならない」

 「へえ、アンタとは意見が合いそうだな」

 男の言葉を黙って聞いていた横島が口を挟んだ。

 「俺の読んでいる少年誌も、低年齢路線とか訳の分からん事をやって自分の首をしめているからな・・・大人が読んで面白いモノは子供が読んでも面白いと思うし、ソレが理解できないアホな子供は将来の購読層として期待できんと思うのだが・・・・・」

 この件には美神も思うところがあったらしく、さっきまでの不機嫌を何処吹く風といった具合に横島と男の会話に加わってくる。

 「ホントに、少子化時代に低年齢路線って言うのが正気を疑うわよね。低年齢に絞って発行部数が伸びるのならコ□コ□は100万部突破してるハズよ」

 「ソレにはソレの良さというか、需要があると思うが・・・」

 美神の口にした低年齢向けの雑誌に男の声がトーンダウンした。

 「・・・しかし、確かに後の世にまで影響を与えた名作の多くは少年誌より生まれた。名作は時代と共に生まれ時代を越える・・・黒い医者、真っ白に燃え尽きたボクサー、ハルマゲドンで命を落とした悪魔・・・それ以外のきら星の如き名作の数々、そのどれもが低年齢層を意識したモノでは無かったはずだ」

 「やっぱり、アンタとは意見が合うな!!」

 暗闇の中で盛り上がる、21世紀の高校生がするとは思えない漫画やゲーム談義に美神は黙って耳を傾ける。
 闇の中で輝いているはずの横島の笑顔を想像し、美神は暗闇の中でしか見せられない無防備な笑顔を浮かべた。
 美神は自分の知らない子供時代の横島の姿を夢想していた。





 ブン――――





 いつ果てるともない思い出話は、意識を取り戻した妖怪の目覚めと共に終わりを迎えた。
 店の一番奥にある、立ってやるタイプの年代物のゲームのみが起動していた。
 長時間の暗闇に慣れてしまった目に、ディスプレイの光は眩しすぎたのだろう。
 3人とも目を細め店の奥に近づく。
 一見するとプリクラの機械と勘違いしそうなゲーム機の上部には、飾りに擬態した妖怪の姿がありそれは天井を通じ店全体に広がっている。

 「縦スクロールの面クリア型シューティングとはまた年代物に・・・・・」

 「横島君!何とかなりそう!?」

 敵が取り憑いたゲーム機を見た横島の呟きに、美神は不安そうな声をあげる。

 「この手のゲームは敵の出現パターンを知らなくては対応しづらいんです」

 予想していた格闘モノならば妙神山で嫌と言うほどやり込んだ実績があるのだが、この手のレトロゲームでは正直厳しい。
 遙か昔に駄菓子屋の前でやって以来の機種に、横島はハッキリ言うと自信がなかった。

 「まだ、外との連結は完了していないけど・・・確実に倒せないなら、このまま様子を見ておキヌちゃんたちとの合流を待つのも手ね」

 「コイツを倒せばここから出られるのか?」

 珍しく消極的な意見を口にする美神の言葉に、暗闇で偶然であった男が反応する。

 「霊力があまり関係ないとはいえ、一般人では危険よ!」

 「面白い・・・・こんな風に血が滾る勝負は久しぶりだぜ!!」

 どこか雪之丞を彷彿とさせる台詞を口にし、男は美神と横島の脇をすり抜けゲームに100円玉を投入するとスタートボタンを押した。

 

 「すごい!アンタだいぶコレをやり込んでいるな!!」

 次々に披露される高度なプレイに魅了される美神と横島。
 画面に集中している二人は、男の前歯が異常に大きかった事に気づいていない。
 次々に面をクリアしていく男だったが、やがて難易度を増したゲームの中では敵が放つ凄まじい数の弾幕が男の操る戦闘機を襲いはじめる。

 「チイッ!!危ないぞ!少し離れていろっ!!!」

 二人が撃墜を予感した瞬間、男が大きく左手を振りかぶった。
 その迫力に美神と横島は大きく後ろに飛び退き、そして信じられないものを目撃した。




















 「炎のコマ――――っ!!!」

 ※わからない人は近所にいる大きなお友達にきいてね!



















 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 激しい戦闘を繰り広げる男を他所に、ゲームセンター内には気まずい沈黙が広がっていた。

 「・・・・・・・・・・・・・ねえ、横島君」

 「なんです美神さん・・・・・・・・・・・」

 勇気を出して最初に声を出したのは美神だった。

 「アレの・・・あの人の正体わかる?」

 「・・・・残念ながら分かっちゃいます」

 横島の答えに美神は密かに胸をなで下ろす。
 目の前で戦っている男は現在ハタチの自分が知るはずのない人物である。
 年下の・・・高校生の横島が知っている事が心強かった。

 「だけど・・・・・・・・」

 「だけど何?」

 不安そうな横島の言葉に美神の心がざわめく。
 ハタチのまま二回目の戌年を迎えた女心は、色々な所に敏感になっていた。

 「表にいるおキヌちゃんやシロタマには絶対に分からないでしょうね」

 「そうよね・・・・・・ねえ、横島」

 美神が何か言いかけたとき、送電が回復し店内が明るさを取り戻す。
 横島と美神はお互いに顔を見合わせ肯くと、姿を現した出口に向かって歩き始めた。

 ―――ここはあの男に任せておけば大丈夫。
     自分たちは何も見なかったし、何も起こらなかった。

 美神と横島はこの場所であった記憶を完全に封印することに決めていた。



 「水魚のポ―――ズ!!!」


 背後から聞こえてきた叫びに美神と横島は男の勝利を確信し、一度も振り返らず通常空間と繋がった扉の前に立った。




















 「電力が回復したようね」

 次々につき始めた街灯に周囲の光景が照らされ始める。
 嵐は既に過ぎ去り、上空では目に見える速度で雲が流れている。
 所々に生じた雲の切れ間からのぞいた星たちが、明かるさを取り戻した街のなかで徐々にその存在を擦れさせていった。

 「おキヌ殿!扉のあった辺りに霊気が濃くなってきたでござるよ!!」

 先程から一時も目を離さず扉のあった場所を睨んでいたシロが変化に気付く。
 やがてその変化は、同じように隣で睨んでいたおキヌの目にも明らかになった。
 具現化を始めた扉の向こうには美神と横島の姿が透けて見えた。
 やがて像が安定するように扉の存在がハッキリと固定されると、二人は扉を越え表の世界に現れる。

 「先生!!無事でござるかっ!!!」

 「美神さん!横島さん!無事でよかった!!」

 一刻も早くこの場から立ち去りたい二人は、おキヌとシロの呼びかけにも歩みを止めず地上へと繋がる階段を目指す。
 おキヌとシロはそんな二人に必死で追いすがり、タマモと美智恵はその様子を興味津々で眺めていた。

 「先生!一体、中で何が!?」

 「教えてください!いったい何が・・・・」

 必死に食い下がる二人に、横島と美神は目を見合わせる。
 その様子を見て周囲の緊張が一気に高まった。



 「大丈夫・・・・・たいしたことは何もなかったから」



 「「!!!」」

 何処か誤魔化すような横島の言葉におキヌとシロは戦慄し、美智恵は小さくガッツポーズをとった。

 「令子!ママには後で話してくれるわよねっ!!」

 妙に上機嫌な美智恵の言葉に、美神と横島は再び目で会話する。

 「そうね・・・・ママなら分かってくれると思うから・・・・・」





 「「ひいぃぃぃっ!!!」」

 美神の言葉が駄目押しとなり、声にならない叫びをあげるおキヌとシロ。
 タマモはどこか楽しそうにその二人を慰めにかかる。
 美智恵は南米にいる夫に向かって大急ぎでメールを打ち始めた。






 「嵐は・・・過ぎたようね・・・・」

 背後で起こる喧噪など耳に入らないように、美神はどこか意味深な様子で隣りに立つ横島に話しかける。
 横島も美神の言わんとしていることを理解し夜空を見上げた。

 「まあ、最後ぐらいは綺麗に決めましょうよ。月も綺麗に出ていることだし・・・・・・」

 美神も横島にならい夜空を見上げる。




 つきはしずかにそらたかくのぼっていった



 終


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