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上を向いて歩こう 顔が赤いのがばれないように

特別編:第一話 *この話は本編ではありません


投稿者名:由李
投稿日時:06/ 1/27

「須藤権守貞信(すどうごんのかみさだのぶ)殿、討伐隊選抜を開始しました。
次こそは九尾を討ち果たし、那須の平穏を取り戻したく……」

「慣れぬ挨拶はせんでもいい、義明よ」


貞信はあぐらをかき、肘たてに体を預け余裕の症状を浮かべ、領主の風格とも言える雰囲気でその部屋の空気を支配していた。
ふすまで区切られた簡素で重厚な作りの和式に見事なまでにしっくりくる人であった。
貞信と同じ部屋にいるのは武将・三浦介義明(みうらのすけよしあきら)である。
この二人は一度九尾討伐を行ったのだが、九尾の妖術に惑わされ、八万からいた大軍があえなく撤退するという惨敗を期していた。
二度目の討伐は少数精鋭で行うことにして、たったいまその選抜が貞信の屋敷の中で行われているところである。


「して義明よ、選抜はどのような形をとったのじゃ」

「はい。まずは九尾を遠方から射る能力を測るための“犬”追物で弓の技術を見ています。
選抜は順調に進んで……」


――ウォォォオオオオ!


そのとき屋敷の中庭から心の底から響いた怒りの咆哮が聞こえなければ、貞信と義明の顔がひきつるようなことは無かったであろう。


――くぉぉぉらあああ! 貴様ら、犬の気持ちを考えたことがないでござるかぁ!
――な、なんだこいつ!?
――誰か! こいつをひっとらえろ!
――つ、強い! 全員でかかれ! 九尾と思え!


「……選抜はさっきまでは順調に進んでおりました」

「そのようじゃな」








特別編:ノッキング・オン・ヘブンズ・ドア








「何があったんだ!?」


義明が外の様子を見ようと中庭に行ったときには、そこには既に数人の武士が倒れ付していた。


「義明殿! あそこにいる白髪の女が急に暴れだしまして、手がつけられんのです!」


縁側の近くにいた全身を鎧で纏ったヒゲ面の武士が、大きな体格を縮めこませて指をさした。
その指の先には、白髪の長髪を後ろで二つに結んでいる、武士というよりは町娘のような女がいる。
二の腕と太ももが露出した麻の着物を着た背中だけ見れば、手に持った刀が無ければ町娘以外の何者でもない。
その女はちょうど一人の武士と対峙しているところであった。


「犬に謝れ犬に謝れ犬に謝れ犬に謝れええ!」

「ぐはぁ!」


武士は女の一撃の下に一蹴される。
そのとき義明には女の尻から尻尾が生えているのを目にした。


「……あの女、人狼だな」


義明のつぶやいたことに「へ?」と間抜けな声で答えたのは、体格の割に気弱なヒゲ面の武士である。


「人狼は剣の名手と聞く。面白い逸材だ。おい、そこのヒゲ」

「ヒゲ……私のことですか?」

「そうだ。上総介広常(かずさのすけひろつね)がいるであろう。やつと戦わせてみよう」


広常も義明と並ぶ武士の一人である。
義明は名も無い人狼の娘がどこまで強いのかを知りたかった。
そしてその強さを、自分のものへとしたかったのである。
もし広常よりも強いというのならば、相当のポテンシャルを秘めていることになる。


(勝てないとしても、武将・広常を相手にしてどこまで戦えるか……見ものだな)

「上総介広常さまなら、二十九行ほど上で『ぐはぁ!』と言ってやられましたが……」


スクロールして確認して欲しい。武将・上総介広常が一撃でやられるレア映像である。


「うそぉ!? あ、本当だ! 何やってんのぉ!?」

「すまぬ義明……後は任せた………ぐふっ」


白髪の人狼の前で気絶した広常を、義明は遠い目で見ていた。
そのとき人狼が義明の方を振り返る。
十代後半ほどの年齢で、鋭い目と牙がちらりと見えた。
女はまだ興奮が収まらない様子だったが、女以上に興奮していたのは義明であった。


「広常え! 戦うところすら書かれておらんではないか! もういい! 俺がやる!」

「次はお前でござるかぁ……犬の恨み、拙者が晴らしてくれようぞ!」


義明は刀を抜くと人狼の女へ一直線に走り出した。





**





「まだやるでござるか?」

「ま、参った。もういい」


威勢良く飛び出した義明であったが、こちらも何も書かれていない。
そんな義明の様子をニヤニヤしながら見ていたのは、先ほど義明にさんざんなじられた広常であった。


「はっはっは。結局おぬしも何も書かれておらんではないか」

「うるさいぞ! 俺はけっこういい勝負していたんだ!
書かれていないから誰もわからんけどなあ!」


不毛な争いを続ける広常と義明の姿は、武将とは到底思えないほどおそまつなものだった。





**





結局人狼の女は貞信が中庭に出てくるまで暴れ続けており、貞信の屋敷の中庭は情緒のかけらがなくなるまで破壊されてしまった。
貞信は女を気に入り、中庭に正座させるだけで許したのだが、なぜかその正座には義明と広常も加わっている。
貞信いわく「お前らもついでじゃ」らしいのだが、何のついでなのか義明と広常に質問する権限はない。
いつの時代でも下につくものは苦労するのである。


「そういえば、おぬしはなんと呼べばよいのじゃ?」


中庭で正座させられている義明と広常の横で、さすがに中庭を壊したことは悪いと思っているらしく、きちんと正座している人狼に向けて貞信は言った。
義明と広常も興味があるらしく、上半身はその人狼に向いている。


「拙者の名前は犬塚シロ。
両親の敵をとるため、九尾討伐隊に加わりたく思い、ここを訪ねてきました!」


貞信をまっすぐ見返すシロの目には、迷いなどかけらも存在しなかった。
人狼と九尾の何百年にも及ぶ宿命の戦いは、ここから始まったのだ。





**





「もうすぐ貞信の屋敷につくぞ」


山道をとぼとぼ歩いている仰々しい格好をした中年の陰陽師、安部泰成(あべのやすなり)は後ろを振り返りながら言った。
泰成の後ろには、歩きなれていない山道を今まで必死に泰成についてきていたので、もう体力の限界といった感じに荒い息をしている女が一人。
紺の着物を着た女の髪はこの時代では考えられない金髪だった。
その金髪を短く結って小奇麗なヘアスタイルにしているのだが、山道を歩いていたのでやや崩れ気味になっている。


「泰成様……もう限界。ここで死なせて……」


突然女の口をついて出た言葉に、泰成はあわてて止めに入る。
今にも近くの崖から飛び降りようとするジェスチャーは、本気ではないにしろ泰成をおおいに慌てさせた。


「な、ならん! そなたは九尾を封印するための人柱なんじゃぞ!」


泰成の言った『人柱』に女は大きく反応し、激昂する。


「知らないわよそんなもん!
生まれたときたまたま西の方角でちょっと髪の色素が薄かったら人柱だっていうの!?」

「風水で決めたことは、いまや絶対的な決定ともなり得るんだ。
辛抱してくれ、珠藻(タマモ)」


タマモと呼ばれた女は悔しそうに唇を噛み、それでもまた泰成のあとについて山道を下っていった。
玉藻の前(九尾)を封印する為の人柱、その為名前も玉藻の前からとってある。
死ぬためだけに生かされてきたタマモは、未来に何かを期待する権利を生まれたときから持ってはいなかった。
両親を奪われた過去に縛られた人狼・シロと、未来を生きる権利を持たず生まれた悲劇の子供・タマモ。
二人の物語もまた、何百年にも及ぶ宿命に彩られたものである。




つづく


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