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GS美神 アルカナ大作戦!! 〜Endless Expiation〜

Chapter3.EMPRESS『足手まといにはならない』


投稿者名:詠夢
投稿日時:06/ 1/23



へし折られた枝とともに、小竜姫は宙に放り出された。


「くッ!!」


身を翻して体勢を立て直し、舗装された歩道に着地する。

勢いを殺すために、地面を数メートルほど滑ってから小竜姫は顔をあげた。

その眼前に、ゆらりと降り立つ影。

体躯はさながら鎧の如く。双眸が燐光を放ち、そのすぐ上あたりから二本の角が天を衝くように伸びている。

両手に携えた二本の青竜刀が重なり、涼やかな音色を響かせる。

それは、深紅の妖鬼であった。

鬼は無言で構え、小竜姫もまた無言で構える。


(この者…かなりできる…!!)


小竜姫は、内心で歯噛みする。

今、目の前の、隙の無い立居振る舞いもそうだが、先の一撃。

信じがたいほどの鋭さと重さを持った剣筋は、驚愕に値するものだった。

さっきは殆んど反射的に受け止めることが出来たが、次も受けきれるかどうか、自信は無い。

人質にされたおキヌや、残った刻真の安否も気になる。

出来れば早く片付けてそちらへ向かいたい。ならばとるべき道は超加速しかない。

だが。


(消耗が激しい…残りの力で、いけるか…?)


先の戦闘で相当の霊力を消費してしまったのが悔やまれる。

出来て、一度きり。それも、短時間だろう。

じりじりとした焦りを感じながらも、小竜姫は動かずに機を窺う。


「─…あらかじめ言っておくが…。」


妖鬼がわずかに剣先を下げ、何事かを言おうとしたとき。

おキヌの悲鳴が、それより先に響いた。

それが、合図となった。

瞬時に決断すると、小竜姫の霊力がさらに上昇し、一気に壁を突破する。

世界が緩やかな流れとなり、小竜姫はその中を駆け抜ける。

懐深く肉迫しても、相手はまだ数センチも動いていない。

さらに小竜姫は右側面から背後に回り込んでいくが、やはり相手は動かず、まるで案山子のように突っ立っている。

そろそろ超加速が解ける頃合だが、十分に間に合う。

小竜姫は旋回の勢いのまま神剣を振り下ろし、切っ先が奴に食い込んで─。







小竜姫の腕から、血飛沫が噴き出した。


「あぐッ!?」


衝撃は腕を伝わり、肩口まで一気に切り裂いた。

吹き飛ばされると同時に、超加速も解けて、小竜姫は地面を転がる。


「く…あッ…一体、何が…ッ!?」


わけがわからない。

小竜姫は混乱した頭で、それでも今起きたことを理解しようとした。

奴は超加速に対応できていなかった。

斬りつけたときは、超加速の効果がまだ続いていた。

確かに自分の切っ先は、奴に届いていた。

なのに。ならば、何故自分の腕が斬られている!?


「人の話は最後まで聞くものだ、竜神の娘よ。」


見上げれば、ようやく妖鬼が振り返り、こちらを見下ろしていた。

ぎりっと、奥歯を噛み締め、小竜姫は立ち上がる。


「何が…一体、何を…?!」

「我は何も。その傷は、其方自身がつけたものだ。」


妖鬼の言葉に、小竜姫は眉根を寄せる。


「ふむ。先に説明しておこうと思ったのだがな。我らアクマには相性とでも呼ぶべきものがある。
 火に強いもの。水に強いもの。
 そして、その中には稀に、特定の攻撃を無効あるいは反射するものがいる。
 例えば─。」


そこで妖鬼は何を思ったか、自分の首筋に青竜刀の刃を押し当て。

一気に引く。

だが、そこには傷一つ見当たらない。


「このように。我に剣は通じぬ。我に剣を向けるものは、総じて己が身を傷つけるのみだ。」

「な…ッ!?」


何だそれは。反則だろう。

喉もとまで込み上げた言葉を、小竜姫は呑み込む。

戦いの場において、そんな泣き言は通用しない。

恨むならば、相手の特性を見抜けなかった自分自身の未熟さを恨むべきだ。

小竜姫は、未だ理不尽だと騒ぐ心を隅に追いやり、相手を打倒することにのみ、思考を切り替えていく。

と。


「ちなみに打撃も通じない。この身はそれほど甘いものではないぞ。」

「どこまで反則なんですか!!」


続けられた妖鬼の言葉に、一度は呑み込んだ台詞を今度こそ吐き出す小竜姫。

そんな様子に相手はわずかに苦笑の気配を浮かべ。


「そう嘆くな。ゆえに公平を規すためにも教えておく。
 見たところ、其方は竜神…神族であろう。
 なれば、霊波攻撃が我には有効だ。我は破邪の力に弱いのでな。」

「……随分と親切なんですね。」


小竜姫は目を眇めて、相手を睨む。

敵対する相手に、自分の特性どころか弱点まで教える、その真意を測ろうとしているのだろう。


「なに…敵に塩を送るというものだ。戦いの歓喜を得るためにな。」

「!!」


即ち、ハンディキャップである、と。

暗にそうほのめかされ、小竜姫の赤い髪がぶわりと浮き上がる。


「…いいでしょう。存分に味わいなさい…後悔とともに!!」


叩きつけられる言葉と威圧に、妖鬼はその双眸の輝きを一層強くした。

これより始まる、闘争に向けて。


「それこそが、望みよ!! 我はラクシャーサ!! 血に塗れし修羅の魂、満たさせてもらおう!!」








          ◆◇◆








血が飛び散る音。

肉が引きちぎられる音。

骨が砕ける音。

アクマが群がるその場所は、すでに肉のドームとでも呼ぶべき様相を呈していた。

中の様子を窺い知ることは出来ないが、中から断続的に響く嫌な音が、その惨劇を物語っている。


「いやぁぁぁッ!! 刻真さん!!」

「クカカカッ!! いいねぇ、これだ!! これだよ!! 人がぶち壊されていく心地いい音だ!! クカカカッ!!」


おキヌの悲鳴さえも嘲笑うかのように、カマソッソは嗜虐の悦びに身を震わせる。


「ざまぁねぇ! つくづく間抜けだなぁ、あぁ!? 足手まといを気にしてるからこうなるんだよ!!」

「!!」


吐き捨てるようなカマソッソの侮蔑の言葉は、おキヌの心にも突き刺さる。

足手まとい。

それが、自分のことを指していると。

理解するとともに、おキヌの中でかちりと、何かが押される。


「オラ、お前もしっかり見といてやれよ!! お前のためにミンチにされてるんだからよ!!」


カマソッソはさらに愉悦に満ちた声で、おキヌをなじる。

頭を掴み、その顔を眼下の惨状に向けさせようとして。


「あン?」


ふと、様子がおかしいことに気づく。

俯いて目を伏せているおキヌの四肢から、力がまったく抜けている。

気を失っているのか、と初めは思ったが、そのわずかに開かれた口から何やら呟きが漏れ出している。

よく聞き取ろうと、カマソッソはそっと顔を近づけていき─。








「ガァァァァアア──ッ!?」


突如として襲い掛かる衝撃に、絶叫して身をのけぞらせる。

視界が明滅し、神経を無理やりに引き千切られていくような嫌な感覚が、全身を駆け抜ける。

何が起こったのかわからずにいると、自分の背後から声が聞こえてきた。


『…じゃない。』


それは、小さな呟き。

振り返ったカマソッソは、身体を襲う衝撃よりもなお大きい衝撃に目を見開いた。

そこにいたのは、仄かに青白い人影。

うっすらと透けるその人物は、確かに今、カマソッソ自身の腕に捕らえている娘。

彼女は。おキヌは、眦を決して叫ぶ。


『私は!! 足手まといなんかじゃないッ!!』


さらに強さを増した衝撃に、びくんとカマソッソの体が大きく震える。


「ば、バカなぁ!! 何で、お前がそこに……はッ!?」


確かに腕の中には、おキヌの身体がぶら下がっている。

だが、その足元あたり、ちょうど自分の死角になる位置から、魂の尾が出ているのが見えた。

それはぐるりと回りこんで、カマソッソの背中に張り付いている、おキヌの霊体にまで伸びている。

幽体離脱。


「グッ…ガッ、くそったれがぁぁぁ──ッ!!」








『私、は…足手、まといじゃ…ないッ!!』


おキヌの霊体の腕は、カマソッソの背中から体内へと潜り込んでいた。

カマソッソの心臓を握り締めながら、込み上げてくる悔しさに涙を浮かべて、おキヌは呟く。

そう、悔しかった。

足手まとい。

いつも自分自身に投げかけてきた言葉だった。


ワタシハ、アシデマトイナノ─?


これといって、戦う力を持たない自分。

守られる側の自分。

大好きな人が泣いているのに、抱きしめてあげることも、支えてあげることも出来ない自分。

何も出来ない、自分。

彼女には、それが何よりも許せなかった。悔しかった。

だから、彼女は決意した。

もう、二度と。

誰かの足を引っ張るなど、絶対に御免だと─。


『私は!! 足手まといなんかじゃないッ!!』


おキヌは、さらに指先に力を込めていった。








「グッ…ガッ、くそったれがぁぁぁ──ッ!!」


カマソッソは、掴んでいたおキヌの身体を投げ捨てる。


「『あうッ!!』」


落下し始めていたため、それほど高さはないものの、地面に叩きつけられる衝撃におキヌの霊体が肉体に戻る。

そこに、荒い息を繰り返し、よろめきながらも、カマソッソが憎悪を全身に漲らせて見下ろしてくる。


「この…粋がったところでお前に何が出来る!! あぁ!? あの間抜けを助けられるとでも!? 出来ねぇだろうが!!」


おキヌは答えない。

ただ、ぐっと歯を食いしばり、決然と顔を上げてカマソッソを睨み付ける。

その視線に、さらに神経を逆撫でされたか、カマソッソは唾でも吐きかけるようにして叫ぶ。


「どれだけ睨んだところでなぁ、現実は変わらねぇんだよ!! お前一人じゃ何も出来やしねぇ!!
 足手まといがいくら頑張ったところで、あの間抜けはとっくにミンチだ!!
 竜神の娘も切り刻まれてる頃だろうぜ!!
 何が出来るよ!? 何が出来るってんだ!?
 足手まといは足手まといらしく、しおらしくしてやがれッ!!」

「足手まといじゃない!!」


負けじと、おキヌも叫ぶ。

何一つ言い返すことができない。それでも叫ぶ。

認めるわけにはいかないから。

足手まといだから諦めるなんてことは、絶対に認めるわけにいかないから。


「私は!! 足手まといになんかならないッ!!」


おキヌは叫ぶ。

すっと、カマソッソの顔が無表情になる。

あまりの激情に、表情さえも消えうせたのだ。


「…そうかよ。そんなに足手まといが嫌ならよ…俺の餌になっちまえッ!!」


牙を剥いて飛来するカマソッソを、それでもおキヌは睨み続けた。

逃げる素振りすら見せず、ただ屈さぬ意志だけを宿す瞳で。

そして─。










「足手まといなんて、とんでもない。」


唐突に聞こえてきた声。

刹那、爆音とともにアクマの群れが吹き飛んだ。


「な…ッ?!」


驚愕するカマソッソは、見た。

まるで、凄まじい力で引きちぎられたかのようなアクマ達は、それでも辛うじて息があった。

その顔には一様に恐怖の表情が張り付いている。

何よりカマソッソの心胆を寒からしめたのは、先ほどまであった肉のドームの中心に、誰の姿も無かったこと。

そして。

背後に膨れ上がる、魂ごと握りつぶされかねない威圧感。

振り返った視界に映ったアレは、何だ。

舞い散る肉片の影から、自分を睨めつけてくる灰銀の双眸。

狂気を内包した、兇眼。


「ひゥ…ッ!!」


その兇眼に囚われたカマソッソは、空気の抜けるようなそれが、自分の口から漏れた悲鳴だと気づいただろうか。

次の瞬間。

轟音と閃光が、夜空へと向かって奔り抜ける。

自分の視界が反転するのを、カマソッソは感じた。

続いて襲ってきた激痛に、自分の片翼がまるで削り取られたかのように綺麗に無くなっている事に気づく。


「〜…ッッ!!」


声無き絶叫を上げ、死に物狂いでがむしゃらに、カマソッソは残った片翼を動かす。

ともすれば、落ちそうになる体を必死で無理矢理に持ち上げる。

何処に向かっているのかなど、わかるはずもない。

とにかく逃げなければ。

アレは。アレは。何なんだ。










先の一撃で結界に穴が開いてしまっていた。

片翼になった割には機敏な動きで、その穴から逃げ出していくカマソッソを見やって、刻真は小さく舌打ちした。

その眼から、体から、灰銀の輝きがゆっくりと引いていく。

まるで回路図のように四方へ走る光跡が、胸元に収まり消えていくのを確認して、刻真は振り返る。


「おキヌちゃん!!」


その視線の先では、その場に頽れるおキヌの姿が。

慌てて駆け寄る刻真に、おキヌは疲弊の色はあるもののしっかりと微笑む。

その様子に、どうやら先ほどの自分の姿は見られていないようだと、刻真は内心で安堵する。

そんな思いは、おくびにも出さないが。


「大丈夫? 霊体で攻撃するなんて不慣れなことするから……おかげで助かったよ。」


刻真の感謝の言葉に、おキヌは一瞬だけ嬉しそうに笑う。

だが、すぐに表情を曇らせて。


「わ、私は平気です。それより…。」


おキヌの言葉に力強く頷いて、刻真は立ち上がる。

周りを見渡せば、先ほどまであれほどいたアクマの気配が残らず消えうせていた。

用心のため、おキヌの周囲に霊符で結界を作ってから、刻真は植え込みの向こうを見上げる。


「小竜姫…!!」


呟いた声は、焦燥に擦れていた。


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