椎名作品二次創作小説投稿広場


ニューシネマパラダイス

火星年代記


投稿者名:UG
投稿日時:06/ 1/21

 ―――― 約7割の人々に愛を込めて ――――



12月24日      冬の夜

 街を彩る赤、白、緑の装飾が点滅する電飾に照らされている。
 クリスマスイブ。道行く人々の様子もいつもとは少し違っていた。
 何処か自棄気味のケーキ屋の店員や、ケーキを手に家路を急ぐ父親の姿はもうない。
 街を歩く人影の多くは仲睦まじい男女の姿や、微妙に張りつめた空気を醸し出すパーティ帰りの若者の集団くらいだった。
 そんな普段とは異なる町中を男と女は歩いていた。


 年齢は女の方が少しだけ上だろうか?
 褐色の肌は身につけたクリスマスカラーのドレスを一層際だて、隣を歩く男と共にすれ違うカップルに不和の原因を振りまいている。
 女の隣には透けるような白い肌をした金髪の男が歩いており、その二人の姿をすれ違ったカップル達は一様に振り返り、そして些細な口喧嘩を始める。
 しかし、背後で起こる喧噪は二人の耳には届いていなかった。
 二人の意識は繋がれたお互いの手に集中していた。



 仲間内での騒がしいパーティを抜け出し二人は夜の街を歩いていた。
 底なしの同業者に付き合わされ、彼女の身内が次々に潰れるのを尻目に彼女は店を後にしている。
 隣を歩く男は彼女を送る役目だった。
 一見冗談の様にも見えた女の熱烈なアタックが実を結んだのではない。
 何度か仕事で組む内に、お互いの中に感じ取った寂しさが二人の距離を縮めていた。
 しばらく無言のまま街を歩く二人。
 前から歩いてくるカップルとすれ違うために、男がほんの少し進路をずらしたとき二人の手が僅かに触れる。
 きっかけはそれだけだった。
 最初からお互いが求めていたような自然さで二人は手を繋いでいた。



 手を繋いだ後も二人は無言のまま街を歩いていた。
 やがて男は手を繋いだまま、その手をコートのポケットに突っ込む。

 「こっちの方が温かいから・・・」

 緊張した面持ちの男が掠れた声で呟く。

 「ええ、とっても温かいわ」

 女は幸せそうな表情を浮かべ、この時間が少しでも長く続くよう歩く速度を落とす。
 男も同じ気持ちなのか、二人は点滅するイルミネーションの中ゆっくりと歩いていった。
 タクシーが拾える場所に辿り着くまで、二人が交わした会話はこれだけだった。



 タクシー乗り場にたどり着いてからも二人の手は繋がれたままだった。
 そして、二人の前にタクシーが止まってからも。
 どちらともなく握る手に力が込められ、二人の結びつきは一層強いものとなる。
 結局、男は女と共にタクシーに乗ることとなった。

 「¥―――― です」

 「私が出しておくわ」

 女の自宅前に着いたタクシーの運転手が口にした金額に、女は素早く右ポケットから数枚の紙幣を取り出した。
 同業者の従業員が開いた会費制パーティーのお釣りを無造作にポケットに仕舞っていた幸運に女は感謝する。
 左手は未だに男と繋いだままだった。
 女は手を離した瞬間に男との運命が決まるような気がしていた。
 更に先に進むか、それとも何事も無かったかのように別れるか。
 少なくともタクシー代を払うために繋いだ手を離すわけにはいかなかった。

 「はい、毎度どうも」

 差し出されたお釣りを女は無言で受け取る。
 これから先どうするか?
 女は先程から何度も頭の中で言うべき台詞を繰り返してきた。
 男の方も多分似たようなものなのだろう。
 女の自宅前で二人はもどかしげな沈黙の中見つめ合う。


 最初に少しだけ勇気を出したのは女だった。
 男の気持ちを確かめるよう、また、男の勇気を奮い立たせるように握った手にほんの少し力を込める。
 それだけで十分だった。
 男は頭の中で何百回と繰り返してきた台詞をいとも簡単に捨て去る。
 お互いの気持ちを確かめるには一度のキスで十分だった。
 そしてその夜、二人は初めて肌を重ねた。









12月31日      月は今でも明るいが


 電気を消し暗くなった室内で、女は満ち足りた気分を味わっていた。
 つい先程までお互いを求め合っていた男は、女の隣で軽い寝息を立てている。
 この時になって、女は男の寝顔を見るのが初めてな事に気がついた。
 教会に居候している男の立場ではそう度々外泊は出来ない。
 イブの晩より続く男との逢瀬はいつも帰る男を見送る切なさで幕を閉じていた。


 男の寝顔を見ながら一晩中愛する者と共にいる幸せを女は噛みしめていた。
 女は一人暮らしには若干大きめだったベッドを今は手狭に感じている。
 しかし、女はその手狭さを好もしく思っていた。
 女は自分の左側に感じる男の体温や肌の感触が好きだった。


 先程まで男と行っていた行為も必要なことだと女は思う。
 お互いに緊張しっぱなしだったイブの晩に比べ、1週間が経とうとしている今では大分なじんできた事も確かだ。
 シャイな男の性格故か、電気を消し布団を被って行うその行為を女は嬉しくさえ思っていた。

 ―――愛なんて粘膜が作り出した幻想だ

 しかし、何処かの軍人が口にした言葉を思い出し女はその軍人に哀れみを感じる。
 自分と男との行為はお互いの愛を確認する儀式のようなものだ。
 女はその儀式が無くとも満ち足りる事が出来ると思っている。

 ―――このまま世界がベッドの上で閉じてしまえばいいのに

 旁らに男の存在を感じこうしていることが、女には何よりも幸せな時間だった。
 自分の柄にもない想像をしてしまった事に女は軽く口元を緩める。



 カーテンの隙間から覗く月の光が、明かりを消した部屋の中を照らした。
 女は有名なSF小説にも使われたバイロンの詩の一節を思い出す。


    われらはもはやさまようまい、
    こんなにおそい夜の中を。
    心は今でも愛に満たされ、
    月は今でも明るいが。


 窓の外から街のざわめきが聞こえてくる。
 時計に視線を向けると丁度新年を迎えたようだった。
 女はこんな満たされた気持ちで新年を迎えるのは初めての事だった。

 ―――こうやって迎える新年も悪くないわね

 女は男の体温と肌の感触を感じるため、寝息を立てるその体にそっと手を回す。

 「うわっ!・・・・・あ・・・いつの間にか寝ちゃってたみたいですね」

 急に触られて驚いたのだろう。
 男は目を覚ますと布団の中から脱いだ服に手を伸ばし、もぞもぞと下着を着け始める。
 それは、行為に及ぶ前と全く逆の行動だった。

 「シャワー浴びてきます」

 そう言うと男は、布団を抜け出しバスルームへと向かっていく。
 その姿に漂う若干のよそよそしさに、女は少しだけ寂しさを感じていた。







1月1日     火星の人


 男がシャワールームに消えてからすぐ、女は先程シャワーを浴びた時に自分がボディーソープを使い切っていた事を思い出した。
 肌を重ねるようになってからも男と女は共に入浴することはなかったが、女はそれを単に男が育った文化圏の為だと思っている。
 混浴の習慣があった日本と男が育ったイタリアとの、肌を見せるという行為への感覚の違いを女は理解しているつもりだった。
 しかし、肌を重ねた気安さから女はバスタオルを巻き付けたままの姿で、ストックしておいたボディーソープの容器を手に脱衣所に入っていく。

 「ピート!古いヤツ切れっちゃったからコレ使って」

 「うわっ!!エミさん何ですか!?急に!!!」

 パンツを脱ぎ終わった途端に脱衣所のドアを開けられたピートは、慌てて浴室に駆け込み浴槽に飛び込んだ。
 浴槽に張ったままにしておいたお湯は若干冷めていたが、ピートが飛び込んだ事による飛沫はまだ十分に湯気を立てるだけの温度を有していた。
 湯煙の向こうで背中を見せるピートは、微かに振り返ると横目でエミの様子を窺う。
 その仕草に、エミはピートに感じていたよそよそしさの理由を理解した。


 ―――全く、男って下らない事を気にするんだから

 エミが下らないと感じる事を気にするのが男の習性ならば、好きな男を元気づけたいと思うのは女の習性だろう。
 自分の気持ちの赴くままエミは巻き付けていたバスタオルを外すと浴槽に近づく。

 「え、エミさん何を・・・・・」

 「ちょっと詰めて、二人で入るには少し狭いワケ」

 エミはこう言うとピートに反論の暇を与えず素早く浴槽を跨ぐ。
 ピートの背中を抱きかかえるような姿勢でエミは縦長の浴槽に体を沈めた。

 「やっと念願の混浴がかなったワケ」

 エミはこういうと後ろからピートの体を抱きしめた。
 丁度ピートの肩胛骨の辺りでエミの胸がつぶれる。
 接触面で感じる早鐘のような鼓動はどちらのものか二人にも分からなかった。

 「すいません・・・黙ってて」

 申し訳なさそうなピートの言葉にエミは半分本気で腹を立てた。
 下らない事を気にする愛しい男を懲らしめようと、エミはかなり強めにピートの耳に歯を立てる。

 「うわっ!何するんですか!!!」

 「女を・・・小笠原エミを舐めるんじゃないわよ!」

 慌てて離れようとするピートはしっかりとエミにホールドされていた。
 エミはピートが気にしている事が大したことではないとばかりに笑いかける。

 「そんなモン気にすると思っているワケ?それに日本人の7割はそうだって雑誌にも書いて書いてあるわよ!」

 「僕はイタリア人ですし・・・その・・・エミさんを満足させているか心配で」

 ピートの奥手さの影に隠されていたコンプレックスを感じ、エミは脱力したような笑みを浮かべる。
 そして、愛すべきバンパイアハーフが今まで売れ残っていた訳を理解し、己の幸運に感謝した。

 「それじゃあ、ピートは私が横島の持っているビデオみたいな反応しないと満足できないワケ?」

 「違います!エミさんは最高です!!綺麗で柔らかで暖かくって・・・・・・」

 慌てたように弁解するピートをエミは優しく抱きかかえる。

 「私もよピート、だから自信を持ちなさい・・・あなた最高よ。もう、あなたのいない生活が考えられない程に私はあなたに夢中なのよ・・・分かった?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 無言で肯いたピートの肩越しにエミは浴槽の水面を見る。

 「ちょっと!ドコで返事してるワケ!!」

 エミはおかしそうに浴槽の水面を指さす。
 そこにはエミの言葉によって自信を取り戻した仮性人の姿があった。



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