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山の上と下

13 寅吉一家・中編


投稿者名:よりみち
投稿日時:06/ 1/17

山の上と下 13 寅吉一家・中編

「するってぇっと、智恵さんは、最初から”神隠し”の解決に来たってことなのかい」
 宿場に戻る道すがら、ご隠居は精力的に寅吉や智恵と言葉を交わし、情報収集に勤めている。
 その脇では涼も注意深く話に耳を傾けている。

そうした二人に対し、加江は、内容こそ耳に入れているが、あまり集中できない。

 智恵やれいこのような霊能はもちろん、ご隠居の知識も涼の図抜けた”腕”もない自分が”神隠し”の解決に係わることに戸惑いを感じているからだ。

 もやもやした気分のまま、何となく後ろが気になり、ちらっと振り返る

 そこには、一行から少し間を空け、横島がとぼとぼとついてきている。

 アザだらけの顔と手足に壊滅的なまでにボロボロな服、ご隠居かられいこまでの荷物を一纏(まと)めに背負っている姿は、地獄で使役される亡者でも自分の方がましだと思うほどだ。もっとも、それでも普段と変わりない足取りで歩くしぶとさ、というか強靱さは、相変わらずではある。

 ちなみ、最後尾にいるのは、れいこから、女性の誰からも二間は離れておくよう厳しく言い渡されたためだ。

‘そういえば、忠さんは、どう思っているのかしら? ”神隠しに”係わって師匠を捜すつもりだって言っていたから、この成り行きは歓迎なんでしょうけど‥‥’
そこまで考えた時、さきほどの惨劇?を思い出して不機嫌になる。

‘その師匠になるかもしれない智恵殿に、チチ・シリ・フトモモなんだから、ホント信じられないほどスケベでバカね’
その時の横島のにやけた顔が思い浮かび、余計に腹立たしくなってくる。

‘それにしても、智恵殿のチチ・シリ・フトモモって、そんなに良いのかしら? そりゃあ、服の上から見て、女の私が『すごい』って思う大きさや張りだけど‥‥ でも、大小で決まるものじゃないはず‥‥ 私のだって形は良いし、肌の張りじゃ負けていない‥‥ って、考えてるの! まるで、悔しがっているみたいじゃない!!’
 思わぬ方向に考えが向いてしまった自分に笑ってしまう。

‘と‥‥ とにかく、弟子入りの件は首の皮一枚でつながったけど、あの調子じゃ、しくじるのも時間の問題よね。そうなったら、忠さんはどうするつもりかしら? 隠れ家住まいになるご隠居じゃあ、忠さんの面倒を見られないし、貧乏道場主の涼殿だって余計な口は養えるはずはない。一人旅に戻ったとして‥‥’
 最初に出会った時のことを思い出し、顔をしかめる。

‘それで、野垂れ死になんてされたら後味が悪いじゃない! そうね、ウチ(家)で引き取ってやろうか。仲間(ちゅうげん:雇いの家来/使用人)が一人ぐらい増てもかまわないし、除霊師みたいに危ない目に遭う仕事をしない分だけ、忠さんにも悪くない話じゃない。あっ! でも、覗きや夜這い‥‥ まあ、その程度ならシバけばすむことだし、問題はないか’
 『良い結論だ』と満足げに微笑む加江。
 そこで、横にいたれいこがこちらを不思議そうに見上げているのに気づいた。何となく気恥ずかしさが先に立つ、
「ど‥‥ どうしたの? な‥‥ 何か気になることでも?」

「『気になる』って言えばそうなんだけど。さっきから、怒ったかと思うと、笑ったり、真剣な顔になったりと百面相でしょ。それに、何度も後ろのスケベ男の方も振り返っているのも不思議よね。ひょっとして、アノ男のことを色々と考えていたのかなぁって」
小首を傾げてみせるれいこ。

「そっ‥‥ そんなに、そんなに何度も見ていた?!」
 図星を指された加江は顔に血が集まるのを感じる。

「さあ、どうなのかしら。振り返ったのを見たのは、今が初めてなんだけど」
 大人びた微笑みで応えるれいこ。

 少女には母親の、悪く言えば、策士的な辣腕さが受け継がれているようだ。

「何回振り返ったかはともかく、あのスケベのことが気になるって、佐々木様の趣味ってどうなってるの?」

「そういうことなら、れいこちゃんだって、よく、その『スケベ』が見習いになるのを認めたわね。てっきり、断るんじゃないかって思ったんだけど?」
質問をはぐらかすため、加江は質問で返す。

さっきの一幕の後、れいこが強硬に反対していれば(弟子入りの)話はなかったことになったはずだ。ところが、少女はそれほど反発することもなく横島の『お試し』は続けるということに同意した。

苦し紛れの問いだったが、少女は生真面目な表情で考え込む。
「なんか‥‥ そう‥‥ 横島って面白そうじゃない」

「『面白い』? どういうことでそう思うの」
 加江は、目上の男性をあっさりと呼びつけ、それが自然に聞こえる少女の威厳めいたものに感心しつつ、質問を重ねる。
 横島が『面白い』という点は同じだが、この少女が、彼の何を感じたのかは興味深い。

「特別、何ってわけじゃないけど、人狼−シロだったっけ、彼女がアイツを助けたでしょ。人外って、けっこう人の”中身”を見抜く力があるからね。だったら、あのスケベにも何かあるんじゃないかなって‥‥ まあ、思いっきり勘違いしているだけだとは思うけど」

「そうでしょうね」
 同意してみせる加江だが、自分もその『何か』を感じていると薄々自覚している。そして、この勘の鋭い少女もその『何か』を感じ取っているのだろう。

何となく加江の考えていることを読めたのか、れいこは、それを否定するような厳しい口ぶりで、
「まっ、人狼の件で借りもあるし、一回ぐらいは大目に見てやろうってとこよ。それ以上じゃないわ」


‘二人とも惚れてるってわけじゃないんだろうけど、忠さんには”良い”女の気を引く何かがあるんだろうな。もっとも、一筋縄じゃいかない女ばかりっていうのも、因果な話だが’
ご隠居と今後のことについて会話をしながらも、加江とれいこのやりとりを小耳に挟んだ涼は内心でにやつく。
自分も、すいぶんとクセ(癖)のある女性たちに好意を持たれた経験があるが、かの少年以上大人未満は、それ以上のようだ。もう少し聞いておきたい気もするが、趣味が悪いと思い直し、意識をご隠居との会話に戻す。



「なんつーかすげぇ屋敷ですね」最後尾から横島が感嘆する声が聞こえる。

 一行が足を止めたのは宿場の端に構えられた大きな屋敷であった。周囲に溝を巡らし土塀まで構えたそれはまるで武家屋敷を彷彿させる。

「ウチは、元亀天正(:戦国時代)の頃まではこの界隈の領主だったと聞いとります。その後も代々、大庄屋として辺りを仕切ってきた”家”ですけん、これくらいは当たり前ですジャー」

「そんな歴史があるから先代が一家を構えたんだね」とご隠居。

元来、この辺りは小藩の境が入り組んでおり、それを利用して悪事を働く者が多かったのに対し、そうした悪人から村々を守るために先代が、自らの屋敷と財産を提供して立ち上げたのが『寅吉一家』で、いわば自警団というべき存在だそうだ。地元の人が”遊ぶ”賭場も開くことはあるが、いわゆる”やくざ”とは一線を引いているとのこと。

 それは、帰路において、強面(こわもて)のする一団なのに避けたり恐がったりする者もなく、時には、寅吉に尊敬の眼差しを向ける者がいたことからでも裏付けられる。

「そうですケン、ワッシも先代に恥を掻かさないよう頑張っとるんです」
答える寅吉の言葉にも素朴ながらも強い誇りがあった。



 母屋らしい大きな家屋にさしかかると、乾分の一人が小走りに先に進み、丸に寅の字が入った障子を開く。そして、寅吉自らが恭しく一同を招く。


「お客人が見つかったんだって」

一同が土間で足を洗っていると奥の方から良く通る声がする。

「あっ、姐御!」その声に乾分たちが下がり場所を空ける。

間を空けず、奥から伸びやかそうな肢体を持った女性が出てきた。

 年は加江と同じぐらいで、短く借り整えられた赤に近い栗色の髪(かなりの癖毛らしく逆立って見える)にメリハリの利いた目鼻立ち、それに、芝居に出てくる江戸前の魚屋のような男物の衣装と、如何にも拳を使った喧嘩に慣れてそうな印象を漂わせている。
 もっとも、よく見れば、目元・口元には人の善さを感じさせる可愛さがあり、さらしで押さえ込んでいるにもかかわらず豊かな胸、腰回りから太腿にかけての生気に満ちた張りと、女性としての魅力も十二分に備えている。

‘‘魅力?!’’同時に身構える涼と加江。

ここで横島が、乾分たちが恭しい態度を示す『姐御』に跳びつきでもすれば、話がややこしくなる。

が、自分たちをすり抜け横島が跳びかかっていかない、相手を見ないというか、区別しないはずなのに。

振り返ると、れいこが横島の足の甲を地面に縫いつけるように踏みつけている。どうやら、跳びかかろうとしたが機先を制されたらしい。よほど、的確に急所を踏みつけているらしく、痛みで横島の目に涙が溜まっている。


「ようこそ、お客人。摩利ってんだ、よろしくな」
 そんな寸劇に気づくこともなく女性−摩利は、見た目の通りのからりとした口調で挨拶する。

 後で聞くと、母親が身ごもった時に摩利支天が体内に入る夢を見たことから、名付けられた名前で、真っ直ぐできっぷのいい気性から、”一文字”の二つ名も持ってあるそうだ。

「こちらこそ、お世話になります」代表をする形で智恵が挨拶を返す。

「摩利しゃん、このお方たちが‥‥」

喋りかけた寅吉を制する摩利。
「いいかい、乾分やお客人がいる前でアタシに『さん』づけはやめろって言ってんだろ! アンタは、この一家の親分でアタシの旦那なんだから、もっと偉そうにしなきゃ。だいたい、そんな下手に喋られたら、アタシが尻に敷いているように誤解されんじゃないのさ!」

顔を見合わすご隠居たち。目の前の女性を、この一家の客分のような立場だと思っていたのだが、今の台詞から判断すると‥‥

「事情を知った客人はよくそんな顔をするんだが、寅吉っあんは、れっきとしたアタシの旦那様なんだよ」
きつい目の表情がくずれ嬉しそうに笑う摩利。
「それも、アタシが惚れてさ。婿さんに来てもらったんだ」

‥‥ 摩利の説明にさらに戸惑顔の一同。

「なっ 何ですかいのー この冷たい空気は。ワッシが女房を持ったり、惚れられたら悪いとでもいうんですかいノー」
 半ば涙目になっている寅吉。

何か気の利いた言い訳をしようとご隠居が口を開きかけた時、木に何かを打ち付けるような音が‥‥

どこから取り出したものか、横島が五寸釘でわら人形を柱に打ち込んでいる。
「チクショー チクショー チクショー チクショー なんでぇぇー こんなでかくてブサイクで影の薄い男に、こんな良い女の人が惚れたんだぁぁ 世の中、根底から間違っているぞぉぉぉ」

「何、バカやってんの!!」手にした金剛杖で、間髪を入れず打ち据えるれいこ

霊力が相応に込められた一撃のためハデにふっとぶ横島。

「いくら似合わないからって、あんたがとやかく言うんじゃないの! 人にはいろんな趣味があるわけだし、この姐さんにだって、何かこう、言うに言われない事情で、いやいや婿入りを受け入れたのかもしれないじゃない」
どさくさながらも、けっこう失礼なことを言い放つれいこ。

その言われように、寅吉は天を仰ぎ摩利のこめかみもひくついている。

「すみません、世間知らずの娘と弟子なもので、今のコトは忘れてくれればありがたいんですが」
げんなりした顔つきで頭を下げる智恵。


そんな、なごやか(?)なやり取りの後、場が奥の間に移る。


奥座敷で一同が腰を降ろすと、摩利が、戸棚を開き、年季の入ったとっくりと人数分の茶碗を取り出した。そのまま、手慣れた手つきでとっくりから液体を注ぐとそれぞれの前に配る。

その液体は、焦げ茶色で僅かながら粘り気もある。それだけでも十分に不気味だが、広がる強烈な臭いがそれに輪をかける。

「まっ、長くなる話だ、一杯やってくんな」
『まずは毒味』と液体を一気にあおる摩利。『ぷはっー!!』という擬音が聞こえてきそうな、豪快な飲みっぷりだ。
「マムシの黒焼きに薬草を十八種類ほどを混ぜて作った秘伝の酒だ。見た目は悪ぃが精がつくぜ」

湯飲みを目の前に躊躇する一同。
こういう場合、主人の面子を潰さないように形だけでも付き合うのが礼儀ではあるが、色と臭いに誰の手も出ない。
幸い、親分である寅吉も手を出さないようなので、さりげなく無視する。

 摩利は全員の態度に気づいているようだが、咎めるつもりはないようで、手酌でもう一杯あおる。そして、口べたの主人(あるじ)に代わってと言うことで本題を語り始めた。


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