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ニューシネマパラダイス

風の谷のウマシカ


投稿者名:UG
投稿日時:06/ 1/15

 春の日差しに和む美神事務所に一組の来客があった。

 『オーナー、お来客です』

 人工幽霊の言葉に美神は軽い違和感を覚えた。

 「あれ?人工幽霊・・・アンタ、私のことマスターって読んでなかったっけ?」

 『気のせいですオーナー。私はずっとオーナーとお呼びしてます』

 「そうだっけ?」

 美神は納得できない様子で首をひねる。

 『そうです。もしも、いや、万が一私がマスターと呼んでいたとしても・・・・それは』

 人工幽霊はタグが使えるならば<b>と<h1>で囲んだような声で断言する。



 『気のせいですっ!!!』



 「そーよね」

 美神も笑いながら人工幽霊に追随する。



 「気のせいよねっ!!!」



 『で、お客さんはどうします?マ・・・オーナー』

 人工幽霊に手があったならば、思わずセーフとやったことだろう。
 いつ果てるともない二人の掛け合いに、横島は呆れたような表情を浮かべると来客を迎えるために事務所のドアを開けた。




 「いらっしゃい、美神除霊事務所にようこそ」

 ドアの前に立つ二人の女性は横島の姿を見ると石になったように身を固くした。

 「あの?どうしました?」

 突然固まってしまった依頼者を横島は心配そうにのぞき込む。
 なかなかの美人・・・そっくりな所を見ると双子の姉妹だろう。
 そのうち二人は目に涙を浮かべると感動に声を震わせる。

 「お、おおお、その者青き衣を纏い・・・・」

 「・・・・姉さん!この方が村の救世主様なのね!?」

 呆気にとられる横島にすがりついた二人は声をそろえてこう叫んだ。

 「「伝説の救世主様!村をお守り下さい!!」」









 「・・・で、あなた方の村に伝わる言い伝えでは、ウチの丁稚が救世主だと?」

 接客用の応接セットに腰掛けた美神は、客に対する態度とは思えないジト目で奇妙な来訪者を眺める。
 その隣りに畏まるように小さく座っている横島の顔には打撃の跡が色濃く残っている。
 打撃を加えた人物とその理由については推して知るべし。

 「「はい!その通りです!!」」

 二人の依頼主は声をそろえて答える。
 作品が違えば巨大な蛾を呼べそうな二人だった。

 「えーっと、風谷ウマ子さんとシカ子さんだったわよね・・・・一体何が村を脅かしているのかしら?」

 「これです」

 美神の問いかけに、ウマ子は一枚の写真を手渡す。
 その写真を見た美神の全身に鳥肌が立った。
 美神は慌ててその写真から視線を離すと、二度と見ないようにテーブルの上に裏返して置く。

 「悪いけどこの話は受けられないわ!他所に依頼して!!」

 「美神さん!酷いじゃないですか!そんな断り方しちゃ気の毒ですよ・・・・」

 普段とは違う断り方をした美神を横島が諫める。
 テーブル上の写真に手を伸ばした横島はすぐにその理由を理解した。
 その写真には巨大なダンゴムシが写っていた。

 「横島・・・知ってるでしょう?ワタシがゴキブリを大っ嫌いなの・・・ソレは、ワタシの中でゴキブリと同格の存在なの!!!」

 「でも・・・・」

 横島は依頼主の方をチラ見した。
 自分を救世主と崇めるウマ子とシカ子の小動物のような目と視線がぶつかる。

 「でも、困っているヒトを見捨てるのは・・・」

 「救世主様・・・・」

 ウマ子とシカ子は感動の視線を横島に向ける。
 それは恋する乙女の視線にも似ていた。

 「アンタ、丁稚のクセにワタシに逆らう気?」

 美神はいつも以上に不機嫌な表情で横島を睨み付ける。
 彼女をいつも以上に不機嫌にした理由によって、横島もまたいつも以上に美神の視線に耐え続けた。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかったわ、アンタの好きにしなさい」

 しばしの沈黙の間にどの様な考えに至ったのか奇跡的に美神が折れる。
 しかし、美神は一つだけ条件を加えることを忘れなかった。

 「ただし、事務所のメンバーと組むことは認めないからね!アンタが責任を持って自分で仲間を集めるのよ!!」

 この言葉によって、横島は彼の友人たちと共に風谷村に出かける事になった。




 「美神さん・・・私だけでもついていった方がいいんじゃないですか?」

 横島と依頼主を見送った後、黙って事の成り行きを見守っていたおキヌが口を開く。

 「いいの!アイツ一人で勝手にやらしておけばいいわ。兎に角、今回は事務所のみんなは関与禁止よ!!!」

 美神とおキヌの間に微妙な空気が流れたのを近くにいたシロは気がつかない。
 しかし、抜け駆け防止の苦肉の策に開いている大きな穴をシロは野生の本能で指摘した。

 「でも、拙者は心配でござる!あの二人の先生を見る目!!!アレはただ事ではござらん」

 「それも、心配ないわ」

 美神はシロに話しかけるように装い未だに張り続ける微妙な空気を解消しにかかる。

 「アイツが助けを求めるとしたら、また4馬鹿パーティの結成でしょ。どうせロクな展開にならないわ!」

 美神は絶対の確信を持ってこう宣言した。









 風の谷のウマシカ

 ―――あるいは愛すべきバンパイアハーフによる窮鼠猫ひろし―――








 「さあ、ここが風谷村です・・・」

 「・・・長旅ご苦労様でした」

 ウマ子とシカ子がバスの終点を告げ、横島、雪之丞、タイガーの下車を促す。
 この姉妹は交互に話すのが癖らしい。

 「ピートさんが羨ましいノー・・・・・」

 長時間の移動に酔ったのか、タイガーが青い顔でトトロに出てきそうな年代物のバスから倒れ込む様にして降りてくる。
 後に続く横島と雪之丞も多少ふらつきながらその後に続いた。

 「流石の俺も、ピートの野郎が羨ましくなった・・・・アイツは駅から飛んで此所まで来るんだろ」

 「仕方ないだろ・・・・唐巣神父の仕事を手伝ってから合流するんだから」

 無理矢理巻き込み連れてきた二人の不平を、横島は尤もだと思っていた。
 風谷村にたどり着く迄、一行は新幹線を含む数回の電車の乗り換えと、延々と続くバスによる山越えを体験している。
 平たく言えば、風谷村はとてつもない辺境にあった。

 「「救世主様、驚きましたでしょこんな辺鄙な所で」」

 ウマ子とシカ子が横島の腕を両側から抱え込む。

 「イヤ、全然、東京の汚れた環境とは大違いで、自然や生命の素晴らしさに思わず目覚めてしまいます。僕も将来はこんな所に住みたいなーなんて!ハハハ・・・・」

 肘に当たるふくよかな感触に、横島はこれ以上ない笑顔で答えた。

 「確か横島さん、緑ばっかりのナルニアが嫌で日本に残ったんじゃなかったかノー・・・」

 「ほっとけ、今に始まった事じゃない・・・・ところで・・・」

 数回の深呼吸で気分が治ったのか、雪之丞は先頭を歩くウマ子とシカ子に話しかける。

 「風谷村に着いたんじゃないのか?それらしき所は見あたらないが」

 どう見渡しても家らしきものは周囲になかった。

 「え、ほんのすぐそこです・・・・・」

 ウマ子が遥か彼方に見える山頂を指さす。

 「・・・・・あと、2時間くらいで着きます。日が落ちる迄には付きますよ」

 シカ子がさらっと言った言葉にタイガーが顔を引きつらせた。






 「・・・マチュピチュかここは」

 ひたすら続く山道に雪之丞は思わず悪態をついた。
 修行のために妙神山に登ったことのある彼が、たった2時間の登山でなぜ悪態をつくほど消耗しているのか?
 答えは簡単・・・2時間の距離とは一般人の2時間ではなかったのだ。
 強いて言えばシェルパ族の健脚が空身で全力を出したときの2時間に近い。

 「そろそろ休憩を入れないか!このままではタイガーが遭難する」

 雪之丞はとうとう先頭を歩く3人に声をかける。
 先程から遅れ始めたタイガーは遥か後方に置き去りになっていた。
 元々目立たないタイガーのことだ、一度遭難した場合二度と発見することは不可能だろう。

 「それにしても化け物かコイツら・・・」

 煩悩の権化と化した横島はともかく、その腕を抱えたまま山道を登るウマ子とシカ子も息一つ切らしていない。
 タイガーを待つために歩みを止めた3名に雪之丞は多少プライドを傷つけられていた。

 「そろそろ、お前らが頭を悩ます巨大ダンゴムシについて教えてもらおうか」

 間を持たすために、極力疲労の色を感じさせないように注意しつつ雪之丞は今回の除霊対象について質問する。
 ウマ子とシカ子からは、未だ具体的な説明はされていなかった。

 「村の大ババさまの話では・・・・」

 「・・・・自然を汚した者に警告を与えると」

 この言葉に雪之丞は皮肉な笑顔を浮かべる。

 「自然を汚すね・・・・・・」

 視力2.0の雪之丞がざっと見回しても周囲には自然しか無かった。

 「一応・・・本当に念の為に聞くんだが、自然を壊すという事について思い当たる点はあるのか?」

 「「ありません!!」」

 その質問にウマ子とシカ子は拒絶とも言える反応をする。
 インファント島に匹敵する周囲の景色に、巨大な蛾の襲撃を受けるような気がして雪之丞は思わず周囲を見回した。

 「私たちはなによりも・・・・」

 「・・・・自然を大切にしています」

 ウマ子とシカ子の言葉に雪之丞の疑問は更に深まる。

 「それじゃあ、なんで巨大ダンゴムシが村を襲う?」

 「「わかりません!」」

 「何か狂っているようで・・・・」

 「・・・・とても怖い」

 不安そうなウマ子とシカ子に、先程まで肘に全神経を集中していた横島が初めて口を開いた。
 横島は笑顔を浮かべるとウマ子とシカ子の頬にそれぞれ両の手の平を添える。

 「大丈夫、ほら、怖くない・・・怖くない」

 「「救世主様・・・」」

 下心があふれ出している横島の笑顔に、ウマ子とシカ子は小動物もかくやという懐き方をした。
 今にも懐に潜り込みそうな懐きぶりに横島はだらしなく鼻の下を伸ばす。
 もしこの場にウマ子とシカ子の両親がいたら、「この子たちくださいなー」くらいのことは言いそうだった。

 ―――コイツらは何かおかしい

 横島がモテているというだけでなく、雪之丞はまだ見ぬ村に言いようのない不安を感じていた。











 30分後、雪之丞の不安の原因はあっけなく正体を現した。
 ようやく追い付いたタイガーを文珠の力で回復させ、一気に頂上にたどり着いた一行は風谷村を一望する。
 向こう側に見える海からの風が優しく頬を撫でる。
 海を望む斜面の上に作られた村に住む人々は、僅かばかりの農地を耕し慎ましくも心豊かな生活を送っているのだろう。
 しかし、雪之丞はそんなのどかな光景ではなく別なモノに目を奪われていた。

 「コラ・・・・アレはなんだ!!」

 ウマ子とシカ子にすり寄られたまま隣りに立つ横島も、流石に表情を引きつらせている。
 そこには、サイロのような構造を持つ発電所が稼働していた。

 「「すごいでしょ!村から見える唯一のコンクリート建造物です!!」」

 「・・・お前らさっき、何よりも自然を大切にするっていってなかったか?」

 雪之丞はこめかみに青筋を立てながら質問した。
 隣に立つ横島の脳内では肘の感触とツッコミに燃える関西人の本能が激しく争っているようだった。
 見たところ6:4で肘が優勢らしい。

 「「大切にしています!!」」

 「あの発電所は二酸化炭素を出さないんですよ!・・・」

 「・・・石油資源のない我が国向けの発電です!」

 「もっとヤバイもん出してるじゃないか!それにアレの燃料も日本は産出してないぞ!!」

 にこやかに説明するウマ子とシカ子に、ツッコミ慣れしていない雪之丞では分が悪かった。
 横島のツッコミは未だ発動せず、タイガーはいるかいないか分からない。
 雪之丞は孤独な戦いを覚悟していた。

 「それに日本の発電量の1/3はあの発電所と同じ種類の発電だし・・・」

 「・・・発電しっぱなしだから夜の電気代が安いんですよ!」

 「それは安全面とは全く関係ないし、メリットでもない!」

 「それと、色々便利ですよ!となり村の晴久さんや蜘夫さんはあの発電所からでる光で不思議な力を得ましたし・・・」

 「・・・とっても映画向けの発電所です!」

 「・・・・・・・・・」

 自分のキャパシティを遙かに超える、ウマ子とシカ子による電力会社以上のボケに雪之丞は完全に敗北する。
 電力会社のPRはボケじゃないという話はこの際どうでも良かった。






 「ふざけんじゃない!自分が何したか分かっているのか!!」

 敗北感にうちひしがれる雪之丞の耳に若い女の怒号が聞こえる。
 視線を向けると村の中央で若い女と村人らしき男が言い争っているのが見えた。

 「コイツらは昆虫以上の情報伝達手段を持つ!何度言えばわかるんだ!!」

 「うるせえ!生態学者だか知らないが他所モンは黙ってな!!」

 屈強そうな村人が女の胸ぐらを掴もうとする。
 その光景を見た雪之丞の顔が輝いた。

 「やっと・・・やっと俺向きの世界が現れた」

 歓喜の表情を浮かべた雪之丞は急いで喧嘩に割り込もうとしたが、それを遙かに超えるスピードで横島が雪之丞を追い越す。

 ―――コイツまた腕を上げやがった!

 横島の体裁きに驚嘆した雪之丞であったがすぐにその理由を理解する。
 絡まれていた女はかなりの美形・・・しかも巨乳だった。


 「双方そこまで!!!」

 つかみ合いに発展する二人の間に割り込んだ横島は、男の首筋に霊波刀を突きつけその動きを止めた。
 因みに、女を止めた方の手はどさくさに紛れて胸に当てられている。

 「こんな美人の姉ちゃんにする態度ではなかろう!こんな美人の姉ちゃんには、まず段階をふんで・・・・えーっと」

 なんか含蓄のある口上を言おうとしているが、所詮は美人の巨乳姉ちゃん目当てに飛び込んだだけなのでたちどころに台詞に詰まる。
 そんなグダグダな雰囲気を救ったのは老婆の声だった。

 「引くのじゃ・・・盲たババにもわかる・・・・その方は青き衣のお方じゃ!」

 ウマ子とシカ子に支えられるように家の中から現れた老婆は、横島を指さすと争っていた両名に語りかける。
 口では盲ていると言っているが、その動作は思いっきり見えている人のソレだった。
 村の男たちは納得していないような雰囲気であったが、舌打ちを一つ残しその場を後にする。

 「横島!!この人が何も言わないからって何時まで触っている気だ!」

 見ていて流石に気が引けたのか、雪之丞は美女の胸に当てられたままの横島の手を荒々しく払った。

 「構わんよ。私の夫になる男はもっとおぞましいモノを触ることになる・・・・私は九四菜姫子、お前たちは外部の者らしいな」

 ものすごく広い心の持ち主らしく、九四菜姫子と名乗った美女は横島のセクハラに何の反応も示していなかった。
 横島を見る視線から察するに虫にたかられた位にしか感じていないようだった。

 「今はそんな事で騒いでいる時間はない!外部のお前たちなら理解できるだろう!この村はもうすぐ壊滅するぞ!!!」

 唯一、話の通じそうなキャラクターだと思われたのだろう。
 九四菜姫子は雪之丞に向かって話しかける。
 近くに立つ横島は九四菜姫子の胸の余韻に浸りつつ、ウマ子、シカ子にすり寄られ鼻の下を伸ばしていた。

 「一体どういう事だ?」

 「あの発電所の影響で変異した巨大ダンゴムシには高い知能が備わっている!仲間を傷つけられた奴らは大挙してこの村に押し寄せてくるはずだ」

 「さっきの男が傷つけたとでもいうのか!?」

 九四菜姫子は小さく首を振ると雪之丞の背後を指さす。
 そこでは107行ぶりに脚光を浴びたタイガーに踏まれ、断末魔の痙攣をしている小型犬程度の大きさのダンゴムシの子供の姿があった。

 「てめえッ!久しぶりに描写されたと思ったら何てことしやがる!!」

 「ス、スマンです!話に加わろうと近づいたら踏んでしもうたんジャー!!!」

 徐々にツッコミ慣れしてきた雪之丞がタイガーの胸ぐらを掴む。

 「そう責めるな・・・・」

 その腕を九四菜姫子は諫めるように外させた。

 「このダンゴムシの子はさっきの男に相当痛めつけられていた。普通の状態ならば人の気配を感じ踏まれるようなことはない・・・・」

 九四菜姫子の言葉に、雪之丞は今の事態が100%タイガーの過失であることを確信していた。
 ステルス機能を有した大男に、ダンゴムシは踏まれる瞬間まで気がつかなかったのだろう。

 「見ろ、この目に浮かんだ真っ赤な攻撃色を、この子の怒りはすぐに群れ全体に伝わる・・・」

 九四菜姫子は身をかがめると、痙攣を続けるダンゴムシをいたわるように触った。

 「そんな悲しい顔はしないで下さい。美しく胸の大きな人」

 目いっぱいのイイ笑顔を浮かべ横島は九四菜姫子の手を握りしめる。
 美人の手に触れるためなら節足動物の体液は気にならないらしい。

 「俺の、青き衣の者の力でこの虫を回復させましょう」

 (治)

 「「救世主様!!」」

 虫という存在と相性がいいのか、(治)の文珠は神懸かり的な速度でダンゴムシの傷を回復させる。
 それを見たウマ子とシカ子は横島の力に感激の声をあげた。

 「・・・これで、この虫の怒りも治まるでしょう」

 「いや、まだだ、まだこの子の攻撃色は消えていない・・・こんな事だけじゃ殺されかけた怒りは消えない」

 楽観的な横島の言葉を九四菜姫子が否定する。
 ダンゴムシの子供の目は燃えるような赤色のままだった。

 「その方の言う通りのようです!」

 突然かけられた言葉に周囲の者は一斉に上空を見上げる。
 そこには唐巣の手伝いを終え、無事に合流を果たしたピートの姿があった。
 仕事先から直接来たのか、仕事着でもあるスーツ姿のままピートは夕闇の空に浮かんでいた。

 「ピート!」

 遅れてきた親友の登場に3人が同時にピートの名を叫ぶ。
 ピートは華麗に着地を決めると、挨拶もそこそこに空中で見た景色を横島たちに報告する。

 「この村に向かって飛んでくる途中に見ました。それと同じ目の色をした巨大なダンゴムシが地を埋め尽くす数でこちらへ向かってきます!!」

 「そうか!貴重な情報をありがとう」

 横島はピートのもたらした情報に感謝すると、驚きの表情でピートを見つめるウマ子とシカ子に紹介しようとする。
 仲間の最後の一人がバンパイアハーフであることを横島は二人に説明していなかった。

 「紹介するよ。最後の仲間のピート」

 「よろしく」

 横島の紹介にピートが軽く頭を下げる。

 「驚いたかもしれないけど、ピートはバンパどわっ!!」

 「「救世主様!!!!」」

 ウマ子とシカ子は横島を突き飛ばし、何のことかわからず硬直しているピートにすがりついた。
 ピートは自分の着ている青いスーツが原因であることに気づいていない。

 「コラ―――っ!!!俺が救世主じゃないんか―――っ!!」

 雪之丞よりも数段切れがよい横島のツッコミが復活する。
 しかし、ウマ子とシカ子は全く動じずピートにすがり続けた。

 「おお、その者青き衣を纏い金色の頭を下げる・・・盲たババにもわかる・・・・その方は青き衣のお方じゃ!あの壁の絵を見よっ!!!」

 大ババは村の一角を指さす。
 盲たという割に正確に方向がわかるのは何故だなどと突っ込む者はいない。
 何故ならそれ以上の光景が大ババの指さす先に展開していた。



 「なあ・・・横島」

 「なんだ、雪之丞」

 呆然とした雪之丞の呼びかけに、似たような調子で横島が答える。

 「念のため確認したいんだがいいか?」

 「いいぞ、俺も自分の考えが間違っている事を信じたい」

 二人とも自分の頭にある考えを認めたくないよう様だった。
 大ババが指した先には、電力会社の設置した工事中の看板が一枚。
 その看板の中で、青い作業着を着た男が黄色いヘルメットを被ったままお辞儀している。

 「残念ながらその考えは当たっている。大ババは認知症、孫の二人は天然・・・この村最強のボケユニットだ。私の知っている限り、お前は6人目の救世主だぞ」

 無慈悲な九四菜姫子の言葉に横島は真っ白い灰になった。

 「みんな大変ジャー!巨大ダンゴムシの大群がすぐそこまで!!」

 描写されなかった御陰で色々なところに目が届いたのだろう。
 タイガーはいち早く巨大ダンゴムシの接近に気づくと、みんなに知らせるためにそっちの方向を指さす。
 怒りに燃える真っ赤な目をした巨大ダンゴムシの群れが、海から村へ続く急斜面をかなりの速度で駆け上がって来ていた。






 「なんて数だ・・・」

 斜面を見下ろした雪之丞は顔を青ざめさせる。
 赤々と光る目をした巨大ダンゴムシに埋め尽くされ、村へと続く斜面はまるで燃えているように見えた。

 「一匹、一匹、相手してたんじゃコッチが参っちまう・・・横島!文珠だ!!一気に焼き払え!!!」

 雪之丞は背後にいる横島を振り返る。
 しかし、四人の中で最も広範囲に攻撃可能な能力を持つ横島は、九四菜姫子が伝えた衝撃の事実に膝を抱えその場に座り込んでいた。


 「・・・・チッ、クサってやがる」


 雪之丞は横島のサポートを諦め霊力を高め巨大ダンゴムシの来襲に備える。
 如何に巨大とはいえ、ダンゴムシごときに背中を見せるのはプライドが許さなかった。
 過酷な戦いの予感に雪之丞の口元が笑いの形をとる。
 交戦開始まであと数百メートル。




 「いくぜ!!」

 機先を制そうと雪之丞が斜面を駆け下りようとしたその時、いままでしゃがみ込んでいた横島が突然動き出す。
 雪之丞に先んじ先頭に飛び出た横島は、あらん限りの気合いを込めこう叫ぶ。









 「のっぴょっぴょ――――ん!」









 突然の出来事に周囲の人間はおろか巨大ダンゴムシまでずっこけ、ズルズルと斜面を滑り落ちていった。

 「チッ、浅かったか!」

 横島は何か吹っ切れたような顔で呟くと周囲の仲間たちに指示を出す。

 「いくら巨大化して知能が発達したとしても所詮はダンゴムシ!腹を抱えるほど笑わせればただのダンゴ、あとは自然に海まで転がっていく。雪之丞、後に続け!!!」

 「テメエ・・・マジで言っんのか?」

 雪之丞が殺気を含んだ目でゆらりと立ち上がる。
 そんな雪之丞を見下すように横島は軽く笑った。

 「おや、雪之丞さんはダンゴムシ程度を笑わせられないと?」

 挑発めいた横島の言葉に雪之丞の殺気が更に密度を増した。

 「テメエとは一度、トコトンまで闘りあう必要があるようだな・・・」

 雪之丞はこう呟くとゆっくりと着ていた黒いジャケットを脱ぐ・・・・・・そして、体を一周させるともう一度着直した。
 斜面では巨大ダンゴムシが新喜劇ばりのズッコケを見せ更に滑り落ちていく。

 「そ、それはめだか師匠の技・・・・やるな!雪之丞!!!」

 「フッ、お前の前振りがあったこそだ」

 お互いを認め合った横島と雪之丞は近くにいたタイガーを振り返る。

 「タイガー、場は暖まり始めている!」

 「一気にたたみ掛けろ!!!」

 二人の指示を受け、タイガーはいきなり浴びたスポットライトに戸惑いつつも渾身のネタを力いっぱい叫んだ。





 「タイガー・タイガー・目立ちタイガー!!!」








 「「風が止んだ」」

 ピートにすがりついたままウマ子とシカ子が呟く。
 風谷村は水を打ったように静まりかえっていた。

 「流石タイガー、期待通りの前振りだ!」

 雪之丞はよくやったとばかりに、地面にうずくまり指先で”の”の字を書くタイガーの背中を叩く。
 巨大ダンゴムシの目の色はより一層攻撃性を増し、先程以上の速度で再び斜面を駆け上ってきていた。

 「ピート!オチに向けて最高の流れが出来上がっているぞ!!救世主としての役目を果たすんだ!!!」

 横島はウマ子とシカ子に抱きつかれ固まっているピートに流れを振った。
 多少悪い顔になっているのは嫉妬の感情からだろう。

 「ぼ、僕には無理ですよ!」

 ウマ子、シカ子に抱きつかれたままピートは哀れなほど狼狽した。
 モノの本には面白いことを言えと言われた瞬間に、面白いことは言えなくなるとある。
 真面目が服を着ているような男には無理な注文と言えた。

 「「救世主様!!村をお救い下さい!!!」」

 信じ切っている目でピートを見上げるウマ子とシカ子が祈るように呟く。
 この二人は風は読めるがその場の空気は読めなかった。

 「「救世主様!!お願いします!!」

 ピートの良心にこれ以上はないという程の重圧がかけられる。
 それは徐々にピートの心を蝕み、迫り来るダンゴムシのプレッシャーと相俟って彼の心を臨界点に導く。

 ―――窮鼠猫を咬む

 その瞬間、ピートの中で大切なモノがメルトダウンした。


 「しょっ!しょーりゅー・・・・・・・・・・・・・・・































 ※ピートの人権保護のため描写を自粛していますご容赦下さい


 ――――――――――m(_ _)m――――――――――































 「す、すげえ威力だったな横島・・・」

 「ああ、マヒャドとヒャダルコを同時に喰らった気分だ・・・見ろ!雪之丞」

 横島が指さした先、巨大ダンゴムシが登っていた斜面は見事に凍結していた。
 摩擦係数がゼロに限りなく近づいた地面に留まる事はかなわず、巨大ダンゴムシは斜面の麓まで滑り落ちていた。

 「・・・・・・・・・・」

 居たたまれない迄に凍り付いた空気を作り出した最大の功労者であるピートは、膝を抱えその場に座り込んでいる。
 ウマ子とシカ子はその両側から彼をいたわるようにそっと抱きしめた。

 「「大丈夫・・・・ほら、寒くない・・・寒くない」」




 ランランララランランラン・・・・・・・



 舌っ足らずな子供の口ずさむメロディが聞こえ始める。
 さっきからうつむいたままのピートに、子供ダンゴムシが歩み寄り触覚でそっと手に触れた。

 「見ろ!ダンゴムシの目から攻撃色が消えていく・・・・」

 九四菜姫子の指摘通り、ピートに寄り添うダンゴムシの目は澄んだ水色に変化していく。
 その変化に合わせ斜面下で村を包囲していたダンゴムシの目からも赤い光は消えていった。

 「おお・・・呆れと同情の心がワシの胸をしめつける・・・・ダンゴムシが心から哀れんでいる」

 大ババ様が言った何気に酷い一言にピートの背中が強張り、膝頭に頭を潜り込ませるように更に丸まった。

 「その者青き衣を纏い・・・・・・金色の頭を下げる」

 大ババの両目からは大量の涙が流れていた。

 「風が吹き始めた・・・・」

 「・・・・ダンゴムシたちが引き上げていく」

 「「村は助かったのね!!」」

 ウマ子とシカ子の言葉の通り、巨大ダンゴムシは方向を変えると夕闇の中に姿を消していった。

 「「ありがとう救世主様!」」

 ウマ子とシカ子は両側からピートの頬にキスをする。

 「「そして、君もありがとう・・・ダンゴムシ君」」



 ピカッ!



 ウマ子とシカ子がピートに寄り添うダンゴムシにキスした瞬間、ダンゴムシの体から眩い光が溢れその姿はみるみる品の良い青年の姿となった。
 雪之丞と横島の目が点になる中、その青年はウマ子とシカ子に恭しく一礼をする。

 「呪いを解いてくれてありがとうございます。私は悪い魔女に呪いで姿を変えられていた電力会社の御曹司です」

 流石に呆然としたウマ子シカ子の代わりに九四菜姫子がその青年を諫める。

 「その二人の心はお前には向いてないよ!お前はまずあの発電所を止めてきたらどうだい?コジェネとかもっと他の方法でさ」

 「それではそうさせて貰います。しかし、人の心はうつろいやすいもの・・・・・いずれまた」

 九四菜姫子の言葉に一礼すると青年は発電所の方へ姿を消していく。

 「おやおや、ハッピーエンドってわけかい?」

 大ババの台詞に、今まで無言だった横島と雪之丞が同時に同じ台詞を呟く。


 「「ホントにこれで落ちてるのか?」」


 それは、二日前にレンタルして見たDVDの感想にも聞こえた。


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