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上を向いて歩こう 顔が赤いのがばれないように

GSとハードボイルドワンダーランド 【終】


投稿者名:由李
投稿日時:06/ 1/13

キーボードに置いた手は先ほどからぴくりとも動かしていなかった。
同僚は全て取り締まりのために、街に出ているので、今事務所にいるのは自分一人だけである。
今回の事件、世界中に爆発的な広がりを見せたオカルトドラッグ“キャンディキャンディ”の捜査は難航を極めていた。
一体誰が、何のために、この悪魔のクスリを作ったのか。
そして未だ解析しきれていないこのドラッグには、どんな秘密があるのか。
日が落ちてきたらしく、事務所が薄暗くなっていることに気がついた。
窓から見える夕日は、ただ赤く、昼とも夜とも異なった姿を見せている。
椅子の背もたれにもたれかかり、椅子のきしむ音を聞きながら煙草に手を伸ばす。


「……そういえば、いつから煙草吸ってたんだっけ」


ぼんやりと揺れる煙の向こうで、夕日が歪んだ気がした。





ディストゥロート・ワールド





「先生、夕日でござるよ」

「ああ……」


消えたタマモ探しは全く進展が無いまま三週間が過ぎてしまった。
今日も必死になって探しているのでござるが、一体どこに行ってしまったのか、匂いの断片すら見つけられないのでござる。
海が見通せる橋の上、先生と見る夕日がこんなにも不安をかき立てるものなんて……。
タマモを見つけたら一発ぶん殴ってやる。いや、一発じゃこの気持ちは収まらない。
もう逃げ出す気が起こらないくらい、何度も、何度でも……。


「……日が落ちるから、今日はもう帰ろう」


夕日に照らされた先生の顔が一瞬血だらけに見えた。
こんなにも美しい光が、血の赤に見えるなんて。





**





「日が落ちるから、今日はもう帰ろう」


そう言うとシロは目を見開き、一瞬のことだが狼狽したように見えた。
もっとタマモのことを捜したいのだろうか。それは俺も同じだ。
もともと事務所には半強制的に移住させられたのだから、逃げ出されても文句は言えない。
でも黙って出て行くのは、誰がなんと言おうと、俺が許さん。
シロの目の下にクマを作ったんだから、タマモは美神さんからの直々のお叱りが必要なんだ。
アレは怖いぞ……アレをやられたらもうこんなことは起こらないだろう。


「先生、拙者先に帰るでござるよ」

「え、ちょっと待てって」


俺から逃げるように帰っていくシロの背中を追いかける。
人狼だろうと女というのはよくわからんもんだな……もっと捜したいんじゃなかったのか。


「先生ー早くー」


俺よりも随分先に行ってしまったシロがこちらを振り返った。
夕日の反射で、シロの両目が真っ赤に光って見えた。





**





「……キッドだけじゃない。チェリーも消えたわ。
冬休みが終わる直前までは連絡がついたんだけど、今は携帯も繋がらないの」

「チェリーもかい……わかった。何かわかったら僕も君に連絡するよ」

「ええ、お願いよ、吸血鬼さん」


トロと出会えたのは偶然だった。
キッドのアパートを訪ねたとき、部屋から出てきたのがトロだったのだ。
何日も悩んだ末、僕から会おうと思い立ちアパートまで行ってみたのだが、キッドは既に行方をくらました後だった。
そしてチェリーもキッドと時を同じくして消えたらしい。


「部屋はもぬけの空。もともと何もない部屋だったから、手がかりもなし。
入りたいなら今のうちに入って」

「……いや、僕は男だから」

「あ、そ。じゃあね」


素っ気ない返事はアパートの部屋に鍵をかける音と共に、トロの背中越しに聞こえた。
その後はいつも通り、僕に顔を向けることもせず、無愛想な態度のままアパートの階段を下りていった。
いや、あまり顔を見せたくなかったからかもしれない。泣きはらした顔だった。
何日も、何時間も、泣いて泣いて、涙が枯れたときの顔だった。
ちょうど今の僕のような、ひどい顔だった。
アパートの階段を下りている途中、踊り場から遠くに赤く輝く夕日が見えた。
キッドの赤毛と同じ色だとは、そのときは思えなかった。
あれは間違いなく、僕らバンパイアが好む、鮮血の色だ。





**





「大変な事件が起きました。
昨年末、麻薬所持容疑で逮捕されたおぎやはぎの突っ込みの方が、裁判所からの帰り、護送中のパトカーから逃走しました。
パトカーは数名の男たちに襲撃された模様で、計画的な犯行という見方で、逃走した犯人と一緒に現在追跡中です。
では次のニュースです。別居中の木村夫妻が、とうとう離婚……」


六時のニュースは、片方の耳から入って片方の耳からこぼれ落ちるように、頭の中に残ることは無かった。
およそ無駄なものが置かれていない部屋にあるものは、ベッドとテレビと洋服ダンスくらいだった。
古風な家柄に生まれてきた故に、灰色のモノトーンカラーのカーテンが精一杯のおしゃれだった。
生彩に欠けた部屋の中、以前の自分では考えられないことなのだが、私の頭には雪之丞のことしかなかった。
携帯を持つことを嫌がったアイツが、私の為に携帯を買った。
旅行が多いということで、いつでも連絡がとれるように携帯を持つようになったのだ。
私は携帯を持っていないから、家からちょくちょく電話をかけていた。
最後に直接話したのが十二月二十五日、クリスマス。
元旦だって会うことはできなかったが、電話越に新年のカウントダウンをしたものだ。
その後、中国に行くということを電話で聞いたのを最後にして、連絡が取れなくなった。
もうあれから三週間が経とうとしている。それなのに携帯はずっと繋がらない。
霊感が高いが故に、感じる胸騒ぎが不安をかき立てる。
灰色のカーテンの向こうから見える鮮やかな夕日までもが、胸をちりちり焦がす極彩色に見えて、思わずそっと自分の肩を抱きしめる。
逢いたい。すごく逢いたい。不安だ。恐ろしく不安だ。
雪之丞が私の手の届かないところに行ってしまいそうで、その恐ろしさを感じる自分がまた恐ろしくて。
再びカーテンの方に目をやると、極彩色の赤は先ほどと同じ位置で、遠い空の下、凶悪な光を放っていた。
あなたは今、私と同じ夕日を見ているのかしら。だとしたら見るのをやめて。
今日の夕日は、あまりにも醜いから。
あなたがあの色に染まるなんて、私には耐えられないから。





**





「私は言ってやったのさ。このままでは確実に死ぬ。
死にたくなければ、今から私の言うことをするしか道はない、とね」

「それでどうなったキィッ!?」

「私が言ったことを枢機卿は真に受けてね。結局パンツを被って裸踊りを始めたのさ」

「キキキキィ! 人間はアホウばっかだキキィッ!」


厄介な隣人は余が話を聞かないとわかると、今度は向かいの悪魔と毎日毎日くだらん雑談を始めた。
これはもう、余への宣戦布告と受け取っていいだろう。


「ククク、私の話はお気に召さなかったかね?」


顔は見えないはずの牢獄の中、いつもいつも余の考えていることがわかるこやつ。
それがまた無性に腹立たしい。


「ラプラスのダンナ! また何か話を聞かせてくれキキィッ!」

「では次は、未来の話をしよう」


やはり隣人は頭のネジがだいぶ緩めになっている。未来だって? 冗談も甚だしい。
未来のことがわかってたまるか。もしもあのとき未来を知っていたら、余は……


「……後悔というのは極めて高度な感情だ。
修正したい過去があるからこそ、それを未来へと生かせる。
そうやって世界は回っているのだよ」

「……余はもう寝る。後は勝手にしろ」

「そうさせてもらうキィ! ダンナ! 早く早くぅ!」

「では始めよう。実は結末は私にもわからんのだがな」


鉄製のベッドに横になり、支給された意外と高価な毛布を頭から被った。
後悔は抱えきれないほどある。やり直せるのならやり直したい。
だがきっと、過去に戻れたとしても、キッドが闇に落ちるのは目に見えている。
世界に蓄積した闇は、余の両腕では到底支えきれないものだった。
だから世界を変えようと、そのとき本気でそう思った。
初めて誰かの為に力を振るおうと思った。世界征服というかたちで。
それはもう遅いのか。だが、もしもまだ、余にチャンスをくれるというのなら……。


「これは世界が二分される話だ。
誰もが主人公となり、一つとして同じストーリーのものはない」

「キィ! そんなもの、悪が負けるに決まってる! 太古からの掟だキィッ!」

「ではどちらも正義だとしたら、結末はどうなるかわからないだろう?
これはそういう話なんだ。さらに私の力を持ってしても、全ては見えなかったよ」

「ダンナが予知できない未来……そんなものが存在するなんて初耳だキィ」


毛布ごしに聞こえる雑音の中、一人の男が思い浮かんだ。
あやつなら余の出来なかったことをやってくれるかもしれない。
キッドを深い闇の中から引きずり出してくれるかもしれない。
余の最強の遺伝子が混ざっているのだ。あやつも立派なバンパイアだ。
余が動けない以上、あやつに任せる他ないな…………………不安だ。
一日中くだらんおしゃべりを聞いていたせいか、疲れていた体はベッドに沈み込み、意識が柔らかくぼやけていった。


「大丈夫さ。じきにここから出られる。それは見えた」


隣人もたまには良いことを言うのだな。
それが余の最後の思考となり、深い眠りへと意識は遠ざかっていった。





ディストゥロート・ワールド 完
GSとハードボイルドワンダーランド 終
第一幕 終劇!


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