燈された街灯の明りを受け、白刃が宵闇に煌く。
「ハアァッ!!」
裂帛の気合とともに振り下ろされた太刀は、眼前に群れなす異形の者どもをまとめて薙ぎ払う。
剣尖より放たれる衝撃波は扇状に広がり、太刀筋から辛くも逃れた者も引き千切り、吹き飛ばしていく。
その爆心地。
刃の輝きよりも鋭い眼光で敵を見据えるは、赤頭の竜神天女。
その麗姿、苛烈なほどに凛然。
不意に、その頭上に羽音とともに影が差す。
振り仰げば、髑髏を模した凶鳥が数体ほど、その蒼い翼を翻して襲い掛かろうとしていた。
彼女が太刀を身構えた刹那。
光芒が奔る。
それも一本ではない。幾筋もの光跡が空間に焼き付けられ、それぞれが凶鳥の群れを貫いていた。
撃ち抜かれた凶鳥らは、断末魔の叫びすらあげる事は許されず、ただ塵へと還っていく。
思わず後ろへと目を向ければ、美少女と見紛うような少年が、黒髪の少女を庇うようにして、こちらへ駆けてくるところだった。
その表情は険しく。
「だから!! 一人で突っ走りすぎだって言ってるだろ!! 本当に考えなしかよ、アンタは!!」
開口一番、指を突きつけて怒鳴りつける刻真。
その勢いに押されながらも、負けじと小竜姫も言い返す。
「私なら平気ですと言ったでしょう!! それより、貴方こそおキヌちゃんと安全なところにいなさいと…!!」
「どの口が平気と抜かすよ!? 簡単に『グルル』ごときに背後取られて襲われそうになっといて!!」
「あの程度、自分でもあしらえました!! 誰が助けてくれなんていいましたか!?」
「うっわ、最悪!! 可愛くない台詞ランキング上位に入るお約束を吐きましたよ、この人!!」
「んな…ッ!? どーせ、私は…!!」
「可愛くないです、か!? さらに王道パターンをありがとう!! 単純すぎて思わず先読みしちまったよ!!」
「喧嘩売ってるんですか、貴方!?」
「二人とも、いい加減にして下さ──いッ!!」
今にも噛み付かんばかりの勢いで口論する二人を見比べながら、おキヌが悲鳴に近い声で叫ぶ。
だが、二人の耳には届いていないのか、ちっとも治まる気配はない。
その背後。
言い争う刻真と小竜姫、それぞれの死角からアクマの生き残りが忍び寄っていることに、おキヌが気づく。
息を呑み、慌てて警告を発しようとしたが、それよりも一歩早くアクマが二人に飛び掛った。
が。
「「邪魔だぁ(です)!!」」
瞬殺。まさに瞬き一つの間だった。
二人が交差したと思った瞬間、小竜姫は刻真の。刻真は小竜姫の背後のアクマを屠っていた。
さらに、示し合わせたかのように横へ跳び、おキヌの背後に廻り込むと同時に。
神剣と魔銃が重なる。
おキヌの背後に忍び寄っていたアクマは、銃撃に頭を吹き飛ばされ、胴を一刀両断にされ、きりきりと宙を舞って散っていった。
え、とおキヌが思う間もなく、二人はさらに駆ける。
その先では、彼らを中心に異形の存在が、闇の向こう側からわらわらと這い出してくるところだった。
「やぁッ!!」
それを気合一閃、片端から斬り伏せていく小竜姫。
逆方向では、次々に現れる敵を撃ち抜きながら、刻真が不敵に笑っていた。
「さあ、来い。こっちはイラついてるんだ…まとめて相手してやる─ッ!!」
◆◇◆
公園のベンチに腰掛けて、おキヌは刻真の腕にヒーリングを始める。
あの大群を退けた後、さすがに消耗が激しいということで、少し奥まった休憩所で一息つくことになった。
小竜姫は周囲を見張りながら、ちらちらと二人の方を、少しだけバツの悪そうな視線で窺っている。
一方、刻真は大人しくヒーリングされながらも、不機嫌な空気を漂わせていた。
その沈黙に耐えられず、おキヌは治療を続けながら取り繕うように微笑んだ。
「そ、それにしても、二人とも凄かったですねぇ! あれだけいたアクマをあっという間に退治しちゃうんですから。」
「…まーね。どこかの竜神様がヘマやらかさなかったら、無傷のパーフェクト勝ちを見せてあげられたんだけどね。」
針鼠の如く刺々しい刻真の言葉に、小竜姫はわずかにたじろいだ。
「で、ですが、まさかあれで立ち上がってこられるとは…。」
「油断大敵って言葉を知ってるか、武神様? 俺が飛び込まなかったら、今頃どうなってたことやら…。」
刻真の負傷は、小竜姫を庇ってのことだった。
確実に斬ったと思ったのが油断のもと。その敵が、次の敵に向かおうとしていた小竜姫に襲い掛かってきたのだ。
完全に注意の逸れていた小竜姫が気づいたときには一歩遅く、回避は間に合わない。
その時、敵の攻撃を身をもって防いだのが刻真だった。
左腕で敵の一撃を受け止めると同時に、右手に構えた銃を相手の額に押し付けるようにして一発。
呆気にとられる小竜姫と、塵に還る敵を残して、ふたたび自分の戦線へ戻っていった。
その左腕から、血を流しながら。
刻真はさらに苛立たしげに、というより明らかな怒りを見せて。
「おまけに戦いに集中しすぎて敵陣深くに突撃。取り残されたおキヌちゃんの危険度が増すことは考えたのか?」
「わ、私はいいですよ! 私は…私は、足手まといですよね。」
急に話を振られたおキヌは、苦笑を浮かべるも、その表情がすぐに沈んだものになる。
自分はこれといって何も出来なかった。
ネクロマンサーの笛で何体かを浄化することは出来たが、ほとんどの相手には効果がなく、刻真がいなければ自分こそ危なかったのだ。
自分の言葉に落ち込むおキヌを見やって、刻真は。
「そうだな。」
と、至極あっさりと頷いた。
「戦闘自体は問題外だし、浄化も悪霊や幽鬼といった種族ぐらいしか効果はない。」
「……。」
淡々とした刻真の言葉に、さらに落ち込んでいくおキヌ。
だが、と刻真は続ける。
「しかしそんな事は問題じゃない。
何故なら、おキヌちゃんの場合、自分が出来ること。そして出来ないこと。それを把握しているからだ。
それを知っていれば、自分の役割がわかる。
役割がわかれば、持ち場が生まれる。
そして、その持ち場で自分の役目を果たすことが、結果として全体に繋がっていく。」
あくまで淡々と、事実を述べているだけという口調で刻真は語る。
おキヌと小竜姫は、ただ目を丸くして聞いていた。
そこで刻真は、眉間にしわを作り。
「それに引き換え、小竜姫。アンタは何をやってるんだ?
全部自分でやろうと気負いすぎた結果、突っ込んでった敵陣ど真ん中で油断。
役割も何もあったもんじゃない。」
「ぐ…!!」
悔しげに口を引き結ぶ小竜姫。
どれほど悔しかろうと、言われていることは正しかった。正しいが故に、悔しい。
しばらく刻真は、そんな小竜姫を無言で睨んでいたが、はぁと息を吐くと今度は諭すような響きで。
「…アクマにだって、得手不得手はある。
炎に強い奴。寒さに強い奴。浄化に弱い奴もいれば…体技に得意な奴もな。
美神さんが今回この班にしたのも、事前調査でそういう傾向を考えた上でだろう?」
回避能力の高い相手には、小竜姫の剣技が。
剣や技に長けた相手には、刻真の狙撃が有効になる。
小竜姫はふっと力無くうな垂れ。
「……すみません。」
「そう思うのなら無茶はしないでくれよ。俺を信頼するのは構わないけど、もう少し自分のことも考えろ。」
それから刻真は、「少し休んどけ。」と言って休憩所の外に立つ。
その後姿を呆然と小竜姫が眺めていると、くすくすと小さな笑い声が聞こえてきた。
振り返れば、おキヌがおかしそうに笑っている。
「刻真さん…凄く必死だったんですよ。小竜姫様が公園の奥に行っちゃった後、すぐ追いかけようって。
厳しいこと言ってたけど、安心の裏返しみたいです。
……なんだか、美神さんみたい。」
そう言うと、またおキヌは堪えきれないように、くすくすと笑い始める。
小竜姫は、ふたたび視線を刻真に向ける。
今、刻真は『俺を信頼するのは構わないけど』と言った。
自分がとった行動は、ともすれば信用してないように思われかねないにも関わらず。
彼は理解していたのだ。
自分が振り返りもせず、おキヌの身の心配もしていなかったのは、単に彼の力をそれだけ評価していただけだということも。
彼の力を認めているからこそ、自分は飛び出せたのだ。
鹿爪らしく周囲を警戒する刻真の横顔が、なんだか違うもの見えてきて。
小竜姫は小さく、くすっと笑った。
◆◇◆
そこから、少し離れた場所で。
「あれだけの数を、こう簡単に葬られるとはなぁ…。」
わずかな畏怖が込められた声が、羽音をともなって降ってくる。
どこか愉快気な響きが混じっているのは、やはり我も奴も、所詮同じく血を好む者ということか。
「我もここから感じていた。特にあの少年…心躍る相手となりそうだ。」
「おい、待て待て。お前の性分もわかるが、今回はちとよろしくない。俺のやり方に従ってもらうぞ。」
「ふむ…我が敗北すると?」
「万が一、だろ。しかし、そうなったら面白くない。万全を期すって奴さ。」
しばし考える。
答えは、さほど時をおかずして出た。
「致し方ない。ならば、我はあちらの竜神を相手にしよう。あれもまた手練のようだ。」
「ああ、そうしてくれ。剣ならお前が負けることは無いだろうしな。クククッ!!」
ばさりという羽音が遠ざかっていく。
周囲の暗がりにあった無数の気配も、同じく去って行った様だが、どうでもいい。
ゆっくりと手を肩から後ろに回し、背に背負った二本の刀剣を引き抜いていく。
反りのある、青竜刀にも似た刃。
涼やかな金属音を響かせて交差させれば、夜の闇を切り裂く光に濡れる。
いざ、戦場へ。
抑え難い闘争の衝動を抱えて、今。
一匹の鬼が征く。
次回の話と、構成混ぜ合わせればよかったか?と思いつつも、それなりに満足。
小竜姫は何より戦っているときが一番美しいのではないでしょうか。
刻真…いろいろ考えてます。そして、そのやり方があの人みたいと笑うおキヌ。
今頃、その人もくしゃみをしてるでしょう。
では最後に、お馴染み解説へ。
凶鳥『グルル』はスリランカの伝承に登場する悪鬼の一種。
実はインドのガルーダが、伝えられたときに悪魔にされたもの。
ヒンドゥーの神々は、仏教を信仰するスリランカではたびたび悪魔とされるそうで。
それをほぼ雑魚扱いでごとき呼ばわりの刻真って…。 (詠夢)
次回のバトルの件ですが、敵は二人でこっちは三人。人数的には有利ではありますが、おキヌが何処らへんで活躍してくるのかが気になるところですね。
バトルを通して二人の間に上手くいく決定的なことが何かあれば、これから先は今よりもう少しまともな関係になっているように思えます。
これからも頑張ってください。 (鷹巳)
小竜姫になんか起こりそうな…そんな嫌な予感もしてみたり。
次回も楽しみにしとります! (堂旬)
刻真と小竜姫の二人については、もう少しやきもきさせようと考えております。
でないと話があっという間に終わってしまうので(笑
次回はバトル中心の展開です。
スピード感重視のちょっと濃厚なバトルになると思いますので、ギャグは控えめ。
迫力ある文章をかけるよう、頑張ります!!
堂旬 様:
カタルシス…とまではいかないにしろ、シリアスな感じのお話にしていきます。
横島(ボケ担当)がいないと、なかなかギャグを絡ませにくいです。
彼の重要さを、ひしひしと感じますね(笑
>小竜姫になんか起こりそうな…そんな嫌な予感もしてみたり。
起こしますとも(爆
起こさないでか、物書きとして。刻真たちにも起こしたろうと考えてます。
というわけで、次回もよろしくお願いします。 (詠夢)