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時は流れ、世は事もなし

同舟 3


投稿者名:よりみち
投稿日時:06/ 1/ 9

時は流れ、世は事もなし 同舟 3

 蛍の姿が闇に消えるや周囲の木々がざわめく。そこに、金属同士ぶつかる甲高い音が被ってくる。森が闇に沈んだため目で追うことはできないが、音で複数の人間が高度な技と運動能力を駆使して戦っているのが判る。

しばらく音に集中していたホームズは、小径脇にある大きな木を背にする位置に移動する。

その前に、忍び刀を逆手に構えた蛍が着地。間を空けず、苦内(クナイ)を次々と周囲の地面や木に撃ち込む。
 それらには仕掛けが施されているようで、柄の部分が燃え始め、辺りを照らす。

「明るいものだ。それも乱波の技かね」
 刀についた血糊に気づいたホームズだが、あえて触れない。

 そこで初めてホームズに気づいたのか、驚いた表情を見せる蛍。何か言おうとするが、覆面をした男が姿を現したことで口元を引き締める。

蛍・ホームズと正対する形で無造作に立った男は、素手ながらも、人を殺すのはそれで十分という自信を湛えている。

「まあ、愚問だろうが、彼は、話に出ていた君たちの敵の一人かね?」
緊迫感のない様子で蛍に尋ねるホームズ。


 その口調が気に障ったのか、蛍は、若干、苛立った声で、
「その通り、”教授”の命を狙っている連中の一人です。そして、昨年来、帝都を騒がす残忍な凶賊でもあるんです」

「そういうことだ」覆面の男はうなずいてから、ホームズに凄味を効かせた声で、
「さて、手前ぇだが、このアマ(女)が守っているということは、それだけの何かを持っているということか。女の始末をつけた後で、ゆっくりと教えてもらうから、そのつもりでいな!」

「何も持っていない‥‥ と言っても信じる気はなさそうだな。なら、私も身を守るとしよう」
ホームズは、早撃ちと言って良い速さで銃を抜くや引き金を引いた。

 銃声に続き鈍い音。男の服に弾痕がつくが、それしか命中を示す変化はない。
「フッ、そんな玩具(おもちゃ)俺様に効くものか‥‥」

言葉は連続する銃声により遮られ、続けざまの衝撃で半歩ほど後ずさる。もっとも、初弾と同じく、服に弾痕が増えた以上の効果は見えない。

「驚いたな。教授の言った通り、魔の世界に触れた者が相手では、銃は気休めにしかならないようだ」
 そう言うホームズだが言葉ほどには動揺した様子はない。一歩下がるとシリンダーから空薬莢を落とし、弾を込め始める。

‥‥ その人を喰った態度にどうツッ込むべきか言葉を探す蛍。
 結局、見つからず、意識を覆面の男に戻す。

覆面の男も、同じく、呆然としていたようだが、蛍の動きに構えを取り直す。

半秒ほどの間。双方、同時に踏み込む。そのまま、至近距離での戦いが始まる。

 男は甲高い奇声を発しながら、続けざまに突きや蹴りをくり出す。その鋭さは刀槍にも匹敵する威力を実感させる。
 それに対し蛍は、刀と体を巧みに操り全てをかわしてのけ、時折は、反撃も試みる。

 まるで、入念に打ち合わせを行った剣舞のように隙のない攻防が十秒ほど続き、今度も、同時に、双方が退く。

「二回は切られたか。体術はなかなかだ」男は、服についた裂け目を一瞥する。
「しかし、”気”を練り込み銃も通じない俺に、その細腕が使う剣ではどうしようもないな。どうやって俺を倒すつもりだ?」

「その程度で自慢とは、たいしたことはなさそうね」挑発には挑発という感じの蛍。
「私の攻撃は通用しないようだけど、そっちも一発も入れてないじゃない」

「ふん! 今のは小手調べだぜ。では、我が奥義”撲天”を見せてやろうじゃないか!」
 言い捨てると同時に男の姿が消える。

予備動作がないため、普通の者なら見失うところだが、蛍は、男が跳躍したことを見て取っている。
 『たかがその程度!』と嘲笑おうとしたが表情が固まる。

 男は体の重さがないように上昇し続けている。それは、『跳躍』ではなく『飛翔』と言った方が正しい。そのまま、枝葉の重なり合った森がつくる闇に姿が消える。

反射的に後ろ跳ぶ蛍。
 元いた位置に三本の苦内に似た小ぶりの短剣が地面に突き刺さった。いや、正しくは、その三本に加え、一本が頭部を護るためにかざした蛍の腕に刺さっている。

「闇より降るヒ首(短剣)、払うのは無理だろう」声と共に軽やかに着地する男。

「そうね」蛍が腕を振ると短剣は抜け落ちる。
 防具により深くは刺さらなかったようだ。しかし、血のにじみからまったくの無傷でもないようだが。
「でも、これくらい、どうということはないわ! 払えないけど、かわせば同じコトよ」

「口の減らない女だ。だが、次はかわせるのか?」

蛍は男の視線がすぐ後ろのホームズに向けられていることに気づいた。かわせば、守るべき人を攻撃に晒すことになる。

「そういうことだ」
 男が拳を振ると、手品のように両手の指の間、全部に短剣が挟まっている。
「お前の体術なら逃げ切れるだろうが、後ろの男はどうかな? 見捨てるのも良し、盾となり針鼠になるのも良し」

「どちらも嫌かしら」

「選択肢があるとは思えんな」再度、男は闇に消える。

「動かないで!!」風を切る音に短く叫ぶ蛍。

 短剣が刺さる鈍い音がするが、刺さったのは蛍でもなければホームズでもなかった。刺さったのは蛍から少し離れた地面で、当然、何の効果もない。

地に舞い戻った男も攻撃が逸れたことに気づいたようだが、それだけとは思えないほど無防備な仕草で動揺を示す。燃える苦内に目を移しながら切羽詰まった感じの声で、
「何ぜ、当たらん! それに、何ぜ、火が舞う!」

蛍は勝ちを確信した口調で、
「それは、あなたが私の術、”蛍火”に嵌っているからよ。命だけは助けてやるから、手を上げなさい」

「くっ!」不利を悟ったのか、男は身を後ろに躍らせる。
 同時に、腰につけていた革袋の口を弛めると、そこから鼠大で狐のような姿をした四足獣飛び出した。

 その獣は体を大きくしつつ、宙を駆ける。

「そんな式神、通用すると思っているの!」
 そう言って踏み込む蛍だが、瞬く間に、狩猟犬ほどの大きさになったソレが自分を飛び越えホームズに向かっていることにあわてる。

「ホームズ様、逃げて下さい! そいつにも銃は通用しません!」と身を翻す蛍。
 ホームズが逃げさえすれば、追いつき仕留められる。

しかし、蛍の言葉を無視して動こうとしないホームズ。”獣”を十分引きつけたところで引き金を引いた。

銃声と同時に獣は粉々に飛び散る。

?! 蛍は、意外な成り行きに呆然とする。

「相応の準備をしていると言ったでしょう。しかるべき筋から手に入れた対魔用の弾でね。見ての通り、使い魔程度ならこれで十分さ」
 ホームズは、大したことではないというように応える。
「それより、あの男の判断力は存外まともだ。この隙に逃げるつもりらしい」

蛍が振り返ると、ホームズが指摘したように、多少ふらつきながらも男が森の奥に逃げ去るのが見えた。いったんは追う姿勢になるが、立ち止まり刀を収める。
「深追いは禁物ですね。追い払えれば十分です」

「そう、『十分』だろうね」ホームズの声には皮肉の色が混じっていた。
「それにしても見事だな。教授が護衛として頼りにするはずだ」

「お褒めの言葉ありがとうございます」
 軽く頭を下げた蛍は、袖を上げ防具をゆるめ手当を始める。

「深いのかね?」

「いえ、舐めておけば直るという程度ですが、念のためです」
懐から出した包帯を器用に自分で巻く蛍。
「ところで、伺いますが、どうしてあの場所に?」

ホームズは、結びやすいように手を貸し、「君の術の巻き添えにはなりたくないからな」

「?!」

「木々のざわめきから、君が敵を風下へ風下へ誘導しようと動いていたのは読めたよ。幻覚剤を風に乗せ撒いていたのだろう? 君自身は耐性はあるようだが、あの火にも何らかの薬が仕込まれているのではないかね」

蛍はそれには答えず、
「あなたが”教授”に敵対する方でなく本当に良かったと思います」

「さて、屋敷に戻るとするか」ホームズは足下のランプを拾うと蛍に渡す。

「『戻る』?」

「そうだよ。教授から奴らについて詳しいことを聞かなければならないからね」

「ということは、私たちに協力してくれるということですか?」

「そうなるか。逃げた男が僕を敵だと報告するからな。この不慣れな地でオカルトを使う連中が相手では、いくら僕でも分が悪い。となれば、教授と協力するのが最善ということになってくる。まあ、すごく気の進まないことだがね」
ホームズは、そこまで言うと一息、間を空け、
「君の妹のことも、奴らとやり合う中で解決できると思う」

「あっ、ありがとうございます!」蛍は大きく頭を下げ、
「それにしても、敵を逃がしたばかりにホームズ様を巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」

「指示通りにやったことだ。君が謝ることはない」

「『指示通り』?」

「”教授”が言ったはずなんだかねぇ 僕を巻き込むために、適当な場所で尾行者に仕掛けた上で逃がせと」

‥‥ 蛍は気まずそうに下を向く。

「気にしなくていい。どのみち、私が策を見破ることもあの”悪党”の計算に入っていることだから」

「そこまで判っておられるのでしたら、なぜ断らなかったのですか? ホームズ様一人なら、奴らも手は出さなかったはずなのに」

「今回はそれで良いとしても、”教授”が私を巻き込むための二の矢・三の矢を放つのは間違いないからね。それなら早く引き受け、解決する方が時間の節約だよ」

「では、屋敷で引き受けておけば良かったのではありませんか。危険に身を曝すようなマネをわざわざ。それはどうしてですか?」

「引き受ける以上、状況、特に、敵味方の戦力を把握することは重要なことだからね」
そう答えたホームズは、
「さて、そろそろ戻ろうか、”教授”が夕食の準備をさせているだろうからな。この寒い季節、せっかくの料理が冷めてしまってはコックにも失礼だ」


ホームズと蛍が、屋敷に戻った時、テーブルには、湯気を立てた料理が並んでいた。


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