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BACK TO THE PAST!

ある晴れた日に


投稿者名:核砂糖
投稿日時:06/ 1/ 1

「何とかできるのは、もはやお前だけだった。だが、もうそれも叶わないかも知れない」


誰かが、暗闇の中で言っていた。

そしてどういうわけか自分の存在が認識できない。

そして気付く。ああ、これは夢なんだと。


「もう一度、お前を導こう。またアレを、破壊してくれ。このままでは・・・








この世界は、終わる」


一瞬、闇の中に何かが見えた。
ソレは憂いを含んだ瞳で、寂しげに俺を見下ろしていた。


闇を光が吹き飛ばし、
目が、覚めた。

しかし不思議なもので、彼が目を覚ましたとき、その夢は全く覚えていなかった。









くぁぁと大きなあくびを一発。眠たげな目を擦り、寝床から起床。
そして隣に目をやり、幸せそうにスピーと眠る恋人の姿を視界に入れて頬をほころばせる。

忘れちゃいけない隠匿術を発動させている幾つかの文珠のチェック。
劣化しつつある物を、余裕を持って交換。

10年前は何時も着ていて、そしてこの十年間着ようとしなかったGジャン、Gパンを身につけて、鏡を覗き込む。「・・・この歳にはあんまり合わないな。この服」
そして完全に歳に似合わなくなってしまったバンダナは何時もどおり左手に巻きつける。


とあるホテル一室で

今日も全世界指名手配極悪魔人横島の逃亡生活の一日が、始まった。
春先で、やや肌寒いが、いい天気だった。







「こらうまい!こらうまい!!
いやー素晴らしいね。いっぺんでいいからこんな高級ホテルで豪遊したかったんだよなー。何か夢がかなった気分だ」
「先生!すごいでござるよ!この目玉焼き、あそこに居る料理人に頼んでその場で焼いてもらえるんでござる!」
「まじか!?ちくしょー金持ちってのは朝っぱらから人をこき使えるのか・・・。セレブってくやしいけどすげぇ!」

「ちょっと、もう少し静かにしなさいよ。・・・さっきから店中の客が皆こっちを見てるわよ」
「・・・もう少しマナーを学んだほうがええぞ。

それとすまんのぅマリア。わしらが食べているのにお前だけそれが出来なくて。まだ食料をエネルギーに変える機関と味覚回路は研究中なんじゃ」
「ノープログレム・ドクターカオス。マリア・液体燃料で・お腹いっぱい」


カチャカチャという食器の擦れる僅かな音に、食事をとりながら交わされる談笑の声が混じる。これでも方ばかりに広い窓ガラスは一点の曇りも鳴く、柔らかな朝日を部屋いっぱいに取り込み、テーブルを行き交うコックの白い服装をいっそう際立たせていた。

某ホテルの、レストランの片隅、一番眺めが良い席に陣取る横島達は、今まで経験した事が無いような豪華な朝食を取っていた。
横島が、逃亡しつつももぐりGSでそれなりに稼いでいた金を、ぱーっと使っているようだ。

もちろん、高級料理などというものと無縁だった横島とシロの二人は、目の前のバイキング料理に脳の90%を支配され、決して上品とは言い難かった。
それを、社交場には慣れ親しんでいるタマモ、そして昔は領主の庇護下にいたり発明で儲けたり等で中々の暮らしを経験してきたドクターカオスらは眉をひそめて彼らをたしなめ、機械のマリアは何もする事が無いのでぼーっとしていた。



一通りそれぞれの腹を満たした彼らは一息つくとテーブルを囲みながら今日の予定について話し始める。ちなみにウエイターが机の上からひっきりなしに皿を下げていると言うのにちっとも減らない、積み重ねられた食器類の山が、先ほど朝っぱらから繰り広げられたフードファイトさながらの食事のすさまじさを物語っている。そのあまりのすさまじさに、ホテルは久々にバイキング料理で赤字を出したそうな。

「さてと、この辺で何時もの相談に入ろうか。
とりあえずわしの予定を言っておこう。さっき言ったマリアのチューンと、後は情報集めじゃな」
まずカオスが口を開いた。
「私は・・・そうね。これといった予定は無いわ。でも遊びに行きたいって気があるわけでもないし、どうせだからカオスの手伝いでもしようかしらね」
タマモは「ん!」とその陶器のように白くそして洗練された腕を伸ばし、下品じゃない程度に伸びをしながら言った。

「それじゃあ俺も・・・」
そう言いかけたのは横島。しかしそれはカオスによって遮られる。
「いやいやいや。手伝いなら一人で十分じゃ」
「え、しかし・・・」
「だから間に合っとると言っとろーが」
カオスの目は、察すれよ、バカが。と言っていた。

「よーするにね、このじいさんはあんたたち二人で出かけてらっしゃいって言いたいのよ。
ほら、シロ来なさい。女の子ってのは身だしなみにを整えんのに時間がかかるのよ」
未だに頭を捻る横島に痺れを切らしたタマモが、ストレートな直球を投げてよこす。
そして先ほどから一言も発せずにもう一本ボイルソーセージを食べるか否か迷っていたシロの腕を引っつかみ、ずるずると引きずっていく。

「あ、ちょっとタマモ・・・何をするでござるか。ああぁ〜〜〜・・・・」

ずるずるずる・・・。

シロの声は、姿が見えなくなってもしばらく続いていた。「そーせーじぃぃ〜〜〜・・・!」



「しかし、いいのか」
シロタマコンビが消えた後、横島はカオスに向かってそう言った。
カオスは朗らかにこう言い、
「気にするな気にするな。手が足りとるというのは本当だし、



なにしろ・・・・」
急に言葉を濁した。








まるで「なにしろ・・・」の後に考えたくない事でも続くかのように。








「・・・貴様にやらねばならぬ事があるだろう?」
一寸の間の後、カオスは言葉を続けた。しかし、口調はさっきとは違い、まるで今新しく考えたようなセリフだった。
「やらなきゃならないこと?」
横島は先ほどの『間』にはあえて触れまいとしたのかそれとも気付かなかったのか、カオスの振った話題に乗ってきた。

「お前さん、相手がどう思っているとはいえとんでもない事に狼のお嬢ちゃんを巻き込んだのは事実じゃろ?

そこで男ならやらなきゃいけない事が一つあるのを、お前さんごまかしてきただろう」
「う・・・」
カオスの言葉に、横島の顔が困惑と弱りを足して二で割って、隠し味に照れを数滴こぼしたような表情になる。



「男ならそろそろ、責任を取れ」

ニタァ・・・。

そしてこう続けるカオスの顔を見て、なぜか横島は『からくりサーカス』に出てくるフェイスレスを思い出した・・・。


しかし、責任か・・・。う〜〜む・・・。

カオスの言葉に、真剣に考え込み始めた横島を見て、齢1000を越す老人は優しげに微笑んだ。











「馬鹿な!?ケータイで写真が取れるようになってる!!しかも何だこの画質のよさは!!!??」

「はっはっは。先生、最近のあいてぃーの発展は眼にも止まらぬ速さでござる。今時写メールどころかムービーメールだって・・・・ってウソッ!!

ケータイでテレビが見れるようになっている!?」


――――NTTドコモ、侮りがたしっ!!


携帯電話ショップの店先にて、二人そろってズギャーンとジョジョ風に驚愕のポーズ。
通行人の目線、そして特にこの上なく迷惑そうな店員の目線でさえ、何処吹く風の二人であった・・・。

東京某所。今横島とシロは、連れ立って街中に来ている。
数千にものぼる見知らぬ人間とすれ違い、遥か天空を突き上げるが如く伸びる高層ビルに見下ろされ、ありとあらゆる色彩の看板やネオンに囲まれて、自分の小ささを痛感する場所。それが都会。
しかしそんな孤独感も、共に歩む人の前では風の前の塵に同じ。

長い間俗世間を離れていた横島は、日本の電気製品の急激な成長に驚愕していた。また、シロのほうも一年と言うブランクで、中々の常識の遅れをとってしまったようだった。

一通り時代の移り変わりを痛感した横島とシロは、横島のエスコートにより予め決めていたルートに沿って歩き始める。
少し先を歩く横島の腕に、ちょっと恥ずかしがりながらもシロが腕を絡め、いかにもと言う感じで進む二人は、周囲の軽い嫉妬の篭った目線を受けつつ幸せいっぱいな様子で歩み去っていった。





何処からどう見ても、正真正銘ザ・デェトそのものであった。


ちなみにほぼ全ての人間が、嬉しそうに一定のリズムでパタパタと振られる尻尾に釘付けになっていたのは、まぁ仕方あるまい。


(アクセサリー・・・よね?でもそれにしては良く出来ているような・・・)

(コスプレっすか!野外でコスプレさせて見せ付けようって言うんですか!!)

(ふっ・・・まだまだ不完全だな。彼女に足りない物、それは耳のヘアバンド・・・)

(グッジョブ同士!)










「いいか、シロ。もう三十路に突入した俺だが、はっきり言ってまともに・・・その、なんだ?・・・デ、デート、と言う物をした事など殆ど無い。したがって大したエスコートも出来ん。というか今もどうすればいいかわかんねぇ・・・」
「は、はい」
真剣な口調ではなす横島に、こちらも真剣な口調で返すシロ。
お互いにかなり緊張しているようだった。
「しかしながら無い頭を捻ってデートコースと言う物を作ってみた。そしてこれがその第一チェックポイントだ。・・・・覚悟はいいか?」


ここは海沿いの小さなテーマパークのような所。
デートスポットとしてよく利用される所だ。
ベタではあるが、彼らはそこに来ていた。


第一チェックポイント・・・ボート。


ぎぃこぎぃこ・・・

湖畔に浮かぶ、ある意味の密室空間。舟をこぐたびに聞こえるオールの摩擦音が、この上なく心を和やかにするようで、近くに浮いているほかのカップル達のいちゃつきさえもそれほど意識せずにすむ。

二人は横島のオール捌きで一番人気の無いスポットを確保し、周囲に僅かな波紋を起こしながらのんびりと水面を漂っていた。

「只の船かと思いきや、意外と楽しいでござるなぁ。村に居たときに乗っていた船とはまた別の楽しさがあるでござるよ」
縁から少し身を乗り出しぱちゃぱちゃと水面をかき回していたシロがやがて口を開いた。
「ん、そうか、そりゃ良かった。
どの辺が違うんだ?」
オールを手に、縁に寄りかかるようにしてくつろいでいた横島が気軽に聞く。

「・・・どうって、それは。

やっぱり、先生が居るからでござるなぁ・・・」
そして彼は、やや間を置いてから帰ってきた、素直な彼女のこのセリフに赤面した。
「そ、そうか・・・」

ぽりぽりと、頬を掻く。
また、シロの後ろ姿から僅かにうかがえる両耳が、やはり真っ赤に染まっているので、シロのほうも赤面しているのだろう。

―――責任、ね。カオスのやろーが変な事言うから妙に意識しちまうじゃねぇか・・・。

もう既に夫婦並みの絆を持っているくせに、ますます顔を赤らめる横島。

たまらなく恥ずかしくなってきた彼はとりあえず無心にオールを動かした。


ぎぃこぎぃこ・・・。





・・・がつっ!!

「どわっ!」
「ひゃっ!」
・・・で、陸に乗り上げた。







第二チェックポイント・・・ジェットコースター。



ごぉぉぉっ!

―――きゃー!

唸り声のような轟音を上げて鉄のレールを爆進する鋼鉄の塊。
乗客に恐怖を与える、只そのためだけに作られたその機械は今日も落下と上昇、錐もみ回転を繰り返して己に身を預ける客達の魂を揺さぶっていた。

そのマシンは、高低差50m、最高時速220キロ(怪我するんだろうな。現実なら)は、五回の大落下と三回の錐もみループを売りとするこのテーマパークの目玉且つ起死回生の秘密兵器で、名を『激烈!天国と地獄のコラボレーション・君は宇宙(そら)を見たか』という。

そして今回も客達はなすすべもなく悲鳴を上げるのみ・・・。

しかし・・・

「・・・・」
「・・・・」

横島、シロの二人にはあんまりウケていないご様子。
何故なら、

「俺らが走った方が速いな」
「拙者らが走った方が速いでござるな」


いかせん、人外の連中には人間用にセーブされた絶叫マシンでは楽しめないらしい。

「あ、でも景色はいいでござるよ。ホラ、海が綺麗・・・」
「・・・・ん?ああ、ほんとだ。すっげ、ここからだと船がまるで玩具だな〜。
そうそう、次はあれ乗るぞ」
「ハイでござる」

最高時速220キロ別のスピードの中、平然と会話を続ける二人。少なくとも楽しむ事は出来たようだ。








第三チェックポイント・・・さっき見た船。


地平線の彼方まで続く水面。都会の海ゆえ汚いとはいえれっきとした海は海。海面の青と、そして時折現われる白い波しぶき、そしてきらきらと光る照り返しが悠然たる大海原を演出する。上空にはカモメが舞い、ふわりと漂う潮風が、気持ちよく彼女の長い髪をなびかせた。

ここは波に漂う船の上。そして恋人と一緒に白い甲板の上に立ったなら、やる事は一つ。



ちゃ〜〜〜ら〜〜〜、ちゃら〜〜ら〜ら〜ら〜♪(タイタニックのアレ)

「・・・」
「・・・(勢いに任せてこんな事しているのでござるが・・・。この行為にいったい何の意味があるのでござろう?・・・いや、密着できて嬉しいでござるが)」←シロはタイタニックを知らない。









第十チャックポイント・・・定番・観覧車。




色々とパーク内を回り、途中食事もとったので(一軒のバイキング料理店がまた一軒壊滅に陥った)その時辺りにはもう夜闇がさしはじめていた。
向き合って座る二人を乗せるゴンドラはゆっくりと空に上ってゆき、眼下には黒い海と、ライトアップされたアトラクション。そして申し訳程度に夜空に輝く星の代わりとばかりに、数え切れないほどの人工の灯りがまるで天の川のように人の住む世界を恐れ多くも神々の住む夜空のように飾っていた。

そして先ほどから少し落ち着きが無いような横島は、「お〜・・・」とかいいながらゴンドラの向かい側の席で窓に張り付いて景色を楽しむシロの姿を、じっと見つめていた。

その目線に気付いた彼女が、不思議そうに問い掛ける。
「・・・拙者の顔に何か付いているでござるか?」
「い、いや、なんでもない・・・」


―――ちくしょう。なんか恥ずかしいな・・・。


ぽりぽりと頬を掻く横島。

愛の告白・・・プロポーズ。恐らく自分が発すれば、彼女はほぼ間違いなく受け入れてくれるだろう。
なので、そう怖がる必要も無いのだが、それはそれこれはこれ。

やはり恥ずかしい。


だが男ならここで覚悟を決めねばなるまい。
しかも自分は大事件に彼女を巻き込んでいるともあれば、尚更だ。








なにしろ・・・




・・・いや。これは今は関係ない。
それでも俺は今を生きるって決めたんだ。あいつと一緒に。




・・・うし、覚悟完了!


「なぁシ「先生」・・・何だ?」

必死の思いで固めた覚悟を、一瞬で砕かれてしまった横島。何だかカウンターを喰らった気分だ。

仕方が無いので、シロの言葉に耳を傾ける。

彼女は、窓から見える夜景を見下ろしながら、淡々と言葉をつむいでいった。
「綺麗でござるなぁ。でも拙者はこうして夜の町を見下ろしていると、あのときを思い出して少し悲しくなるでござるよ」
「あの時?」
「先生がいなくなって、それで誰も先生を覚えていなくて、寂しくて寂しくて・・・そんな時こうして夜景を見つめながら不貞腐れてたんでござるよ」

横島の脳裏にその時のシロの姿が浮かぶ。

夜の闇の中、吹き荒ぶ冷たい風に吹かれながら何処かのビルの屋上で膝を抱える幼い彼女。
その瞳には何時もの生気は失せ、どんよりとした光が滞る。

悲しかったろう。辛かったろう。
ルシオラに死に行かれ、絶え間ない孤独感を味わった自分と、その姿が重なる。
ルシオラが自分の命を救ったように、シロのの為に良かれと思ってやった自分の行為が、如何に彼女を傷つけていたか、また生々しく突きつけられた瞬間だった。

「そっか・・・ごめんな」
うつむく横島。
そして目の前に気配を感じて顔を上げると、目の前にシロの顔があった。
その瞳には、過去のの孤独感が蘇り、ゆらゆらと揺れていた。

「・・・もう、二度とあんな事しないで下され」

ぎゅっ

そして彼女は自分を横島に押し付けるようにして抱きついた。
横島は彼女の体が、少し震えている事に気付き、寂しさを拭い去れるようにその身体を強く抱きしめる。

ぎゅぅっ


お互いにあんまりにも強く抱き合っていたので、少々息苦しい。しかしその苦しささえもが、寂しさを削り取るのに役立っているようで心地よい。










―――今よ横島クン、言いなさいっ!

―――ヨコシマ、この機を逃しちゃ駄目よっ!!

―――む〜・・・。しょうがないわね。今回だけはシロにポチを譲ってあげるわ・・・






腕にチカラを込めていた横島の中で誰かが囁いた。

・・・了解。ありがとう、みんな。

もちろん幻聴だと思う。しかし、横島は確かに彼女たちの存在を感じ取ったような気がした。


「シロ、聞いてほしい事がある」

横島は抱擁を解き、シロの肩を掴んでその目を真っ直ぐと覗き込む。
「は、はいっ!」
その真剣な声とまなざしに、思わずビシリと背筋が伸びるシロ。

「初めてお前とであった頃、俺ははっきり言って思えの事を異性として見ていなかった。そしてしばらくしても、俺はお前の事を弟子としか思えていなかった。
・・・でもシロが本気で俺の背中を追いかけて来て、そして本当に追いついて来た時、俺は正直お前にぐらっときたよ。でもその時俺はとんでもない事件に巻き込まれていた。シロの事を好きになりかけていた俺は、だからこそ遠ざからなきゃいけないと思っていた。

でもさ、もう無理だ。もう俺はお前の事を案じるよりお前の側にいたい。お前を感じていたいんだ。そう思うまでシロの事、好きになっちまったんだ。

だから言うよ。








・・・犬塚シロさん!」

「は、はひっ!」
もはやシロは、ガチガチになりすぎて声が裏返っていた。




びしー!と張り詰める空気。
それはさながら引き絞られた弓のツルのようで、この上なく破るのをはばかれる。

しかしここまで来てしまった以上、やるしかあるめぇ男なら。

横島は、ひゅぅっと息を吸い込むと、心の中にためてきた思いを声に変え、一気に吐き出した。





「お、俺と・・・結婚してくださいっ!

俺は、君と一緒に生きたいんだ!」






し―――ん。





―――い、言っちまった。

顔中真っ赤にして頭を下げつつ、プロポーズの後のひと時の沈黙に耐える横島。
そんな彼の頬に、シロの手の平が添えられる。

「・・・顔を上げてくだされ、先生」

顔を上げると、目の前には優しそうな顔をしてかがむシロの姿。

「そのプロポーズを受け入れるのには、一つだけ条件があるでござるよ」
「条件?」
「それは・・・・もう二度と、拙者の前からいなくならないって、約束してくだされ」
「・・・そうか。

わかった。約束する」

その答えを聞いた瞬間、柔らかなシロの顔が一瞬にして崩れ去り、一気に泣き笑いの顔になった。

「せんせぇっ!」
そして横島に抱きつく。


「・・・プロポーズ、凄く嬉しい・・・。でも遅すぎでござるよ。
拙者、どんなに待った事か・・・」
「わりぃ・・・中々覚悟が決まんなくてなぁ」
こちらも安堵と、そして大きすぎる幸せで少し涙ぐむ横島。
抱き合いながら、そっと愛しい人の背をなで・・・・












ピキリと固まった。










ゴンドラがもう地上に着いていたのだ。

順番待ちのお客さんたちの驚きの目は一瞬にして好奇の目にと変わり、一斉に祝福の言葉が投げられ、そして口笛までもが聞こえ始める。


「ひゅー!お熱いね!」

「何か訳ありみたいだけど頑張れよ男!」

「キャー、ロマンチック!!いいなぁ〜」


その喧騒に気が付いて「はうっ!?」と同じく真っ赤になって固まるシロ。


赤面しながら硬直する、この世界に生まれた新たなる夫婦に向けて、観覧車の管理員は一言優しい言葉をかけた。


「・・・サービスだ。もう一週回っていくかい?」

「「い、言え結構です・・・」」

二人はそう言いって、すたこらさっさと逃げ出すのが精一杯だった。















―――なぁシロ。


―――なんでござるか。先生?


―――おいおい、俺たちゃ・・・その、夫婦なんだぜ?今更「先生」は無いだろ。


―――・・・う。じゃぁ、なんと言えばいいのでござろう・・・?


―――えっ?そりゃぁやっぱ・・・・「あなた」とか、「忠夫さん」・・・とかかな?


―――・・・もの凄く恥ずかしいのでござるが。


―――・・・ああ。よく考えたら俺も死ぬほどハズい。・・・とりあえずは現状維持でいこう。


―――賛成でござる。


―――って、話がズレとる!・・・俺が言いたいのはなぁシロ、俺達の結婚に当たって一つ重大な問題がある事なんだ。


―――じゅ、重大な問題・・・!何でござるか!!??


―――愛を誓う神がいねぇ。


―――・・・それは重大でござるな。


―――ああ。俺達むしろ神様からうらみ買ってるからな。


―――でも、大丈夫でござるよ。


―――何でだ?


―――拙者には専属の神様いるでござる。魔神でござるが。


―――・・・って俺かよ。っていうか俺は(作者ですら間違うくらい)ごっちゃになりがちだが魔神じゃなくて魔人だけど・・・まぁいいか。・・・じゃぁ、俺は魔神の花嫁に誓おうかな。


―――うえでぃんぐどれすも、綺麗な式場も無いでござるが・・・まぁいた仕方ありませぬ。


―――うぅ・・・。わりぃなシロ。何時かきっと立派なトコで式を挙げ直そうな。


―――気にしないで下され。先生と一緒に生きられる・・・


それだけで拙者は、もうお腹いっぱいでござるよ。


―――そっか・・・。・・・それじゃ、結婚の作法なんか知らないけどとりあえず俺達風に、


―――始めるでござるか・・・・!





二人は、






―――私、横島忠夫は
―――私、犬塚シロは






怒涛の運命に翻弄されながらも、





―――犬塚シロを妻とし
―――横島忠夫を夫とし




お互いに求め合い、愛し合い、ついに幸せを手にした。






―――何があっても共に生き続ける事を




だが・・・彼らは知っていた。




―――魔神の花嫁に
―――魔神ヨコシマに




もはやあまり時間が、残されていない事を。




―――誓います。









なにしろ・・・そもそも今のこの安息の時間は、彼らが死ぬまでずっと暗闇に隠れ続ける事よりも、さながら蝋燭の最後の瞬きのように今一度だけ昔のように生きるすることを選んで作ったものだ。
長くは敵から隠れられもしないような移動型の小型隠匿結界を張り、長いかわりに暗い生よりも一瞬の、しかし輝かしい生を選んだのだ。






しかも・・・






「そろそろ・・・だな」

シロと横島が夫婦の契りを交わしたその晩、横島は自分のホテルの部屋にあるソファーでポツリとつぶやいた。
数十分前まで、共に色々と語らいを交わしていたシロが、その傍らですやすやと眠っている。



シロは・・・文珠の力を、妙神山で身に付けたって言っていた。
しかも殆ど偶然身に付けた俺とは違う。
弟子ゆえ誰よりも近くで見ていた俺のやり方を、正確に思い出しつつ試行錯誤の上、少しずつ鍛錬し、原理を解明しそして完成させたと言う。




この時の彼女は・・・秘技、文珠の極意を誰かの前で解かりやすく説明しているのと同じだ!





つまり・・・近い内に新たなる文珠使いが現われる可能性がある。いや、もはや現われているのかもしれない。だとしたら力をたくわえ、機会をうかがっているのだろう。

その上、俺の小型隠匿結界は文珠がベース。文珠を使えば、今すぐにでも破る事が出来る。と言う事は向こうの準備が整い次第すぐにでも文珠使いが攻めて来るはずだ。
























だけど・・・俺はまた引きこもりもしないし、簡単には負けないぜ?




何しろ、魔神の花嫁に一緒に生きるって誓っちまったからよ・・・。













横島は・・・ソファーに座る自分のとなりで、安らかに眠る彼女の肩を、ぐいっと抱き寄せた。

決して離れたくない、と言う意思を見せ付けるかのように。



そして何時しか・・・彼も、寝息を立て始める。




が、







―――シロは原作では目測で約六歳前後。それに十二年を追加して十八歳。そしてアンタが三十・・・・なに十二才も下の嫁なんかもらってんのよバカ横島っ!!

―――とりあえず私の復活のめどは立ったみたいだけど・・・何かムカツクー!

―――ポチー!そんなに年下選べるならなんで私にモーションかけなかったのよー!!


―――ちょっまっ・・・さっきと反応が違うーっ!?


ばちぃん!どごっ!ずぎゃーん!





「ううぅ〜〜ん・・・美神さん、ルシオラ、パピ〜・・・。堪忍やぁ〜〜・・・」
うなされる横島。
・・・なんか悪夢を見てるようだ。





―――でもま・・・

―――お前を残して逝っちゃった私たちが怒った所でどうにもならないし、

―――私たちの分まで・・・幸せになってね。



―――・・・わかった。







やがて寝息は安らかになり・・・夜がふけてゆく。

















だが、そうして彼らを包み込んでいる平和の終わりは・・・すぐそこまで迫っていた。


「・・・皆さん。良くそこまで強くなられましたね。これであの魔人めに仏罰を下す事が出来そうです」
この世ではない所。
一人の女性がキンッと言う硬い音を立てて剣を収めつつ、自分を囲む弟子達に笑顔を向けた。

「くくくく・・・。ようやく時が満ちたな。これだけの力があればあいつと戦える。長かったぜぇ・・・!」

「ええ。これで世界も落ち着きを取り戻すでしょう」

「そうですのー」





決戦は近い。


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