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時は流れ、世は事もなし

同舟 2


投稿者名:よりみち
投稿日時:05/12/23

時は流れ、世は事もなし 同舟 2

「君は、なぜこんな極東の地に来たのかね? まさか、儂を追ってきたわけではあるまい」
こと話し終えたモリアーティーは自分の番というように尋ねる。

「”あなた”が死んだ後も組織を根絶するのにずいぶんと忙しい思いをしましてね。先頃、それも片づいたので、休暇がてらに世界一周を思い立たったんです。アジアに来たのなら、この昇る旭を気取る小国を訪れても不思議はないでしょう」

「その小国が、隣接の半島をめぐり古き大国と対立をしている最中にかね。『休暇』という割には、キナ臭いな。そう言えば、君の兄上は、表向きはともかく、政府の決定に参画できる地位だったと聞いておるが」

「兄から、行くのなら目を開けて見てくるようには言われましたよ」

「それで、どう見る? たかが、一世代前には、ローニンというテロリストが闊歩し、基本的には自分の足しか移動手段の無かった国を」

「この国の真摯さは良い意味でも悪い意味でも相当なものですよ。あと、五十年もすれば、東アジアでの我が故郷のライバル、百年も経てば、追い越してるやもしれません」

「大陸の反対側の連中が聞けば吹き出す話だが、儂もそうと思っておる」

「それで、この国を見ているうちに、あなたらしい人物が政府の顧問を務めているとの話を聞きつけたというわけです」

「極東の地と死んだことになっていたことで油断したか」
モリアーティーは軽く肩をすくめてみせる。
「ところで、さきほどの話で気づいたんだが、君は魂の交換には詳しいのかな?」

「成り行きというやつで、体験したことがあります」

「その際、記憶はどうだった? 君の魂は、本来の体の記憶や知識を利用できたのかね」

質問の意図を悟った蛍の顔から血の気が引く。

 ちらりとそれを見るホームズ。
「質問の意図は? なぜ、あなたも護衛のお嬢さんも魂の交換といった特殊すぎる状況に興味を示すのですか?」

モリアーティーは自分の護衛に起こった出来事を、かいつまんで説明する。

「その女性−フォンでしたか−の魂が交換されている可能性はあります」
そう結論づけるホームズ。ゆっくりと蛍の方を向き、
「ただ、それは否定する材料はないというだけのことですよ。もっとありそうな可能性、本物の記憶喪失、あるいは悪ふざけなど、幾つも仮説は考えられます。経験則によれば、単純な仮説こそ事実に近いわけで、魂−人格の交換のような特殊な仮説を想定するのはどうかと思いますね」

「敵がオカルトに精通した連中ではなく、フォンが感情を無意識レベルでプロテクトするというマネをしなければな」

「それでも、誰か魂の交換を行ったという仮説には無理があります。入れ替える目的としては、魂の交換によりその女性になりすますことが考えられますが、交換した相手の記憶が残らないことは判っているはずです。そんな怪しまれやすい点をそのままにしての試みは無駄でしかありません。あなたの敵はそれほどバカなのですか」

「儂もそう考えるのが論理的だと思う。しかし、勘は魂の交換があったとささやいているのだ」

「『勘』‥‥ですか。非論理的で、(あなた)らしくもない論拠ですね」
言葉ほど自信なさげなホームズ。実のところ彼の勘も同じことをささやいている。
「とにかく、あまりに情報が足りません。提示された話は、あなたたちの主観に基づいたものに過ぎませんし、他の物的証拠もない。これで、全体像を見通せというのなら、僕ではなく霊能力者か超能力者に相談すべきです」

「足りない情報を集めることを含め、この問題の解決を君に依頼したいのだが、どうかね? 儂の正体は確認した以上、この後、特に用もないのだろう」

「ブラボゥ! 犯罪界のナポレオンたるあなたが僕に仕事を依頼を? 今世紀、最大のジョークの一つですな」
額に手を当て、笑いをこらえきれないといった風情のホームズ。

モリアーティーは、笑いの発作が収まるまで辛抱強く待っている。

「これは失礼。本気のようですな」

「自分の身の安全がかかわっている。そうであれば本気にもなるさ」

その言葉にもホームズは冷ややかな様子で、
「僕の仕事のスタイルはご存じのはずだ。その謎は、僕の興味を引く種類の謎ではありませんね。それに、4年前以降の犯罪に直接的な責任がないとはいえ、そういうものを造らせたという責任は免れないでしょうし、4年以前の犯罪についてだけでも極刑に値するはず。そんなあなたを助けなければならない理由を見出しかねます。あなたの身の安全など私にとってどうでも良い問題でしょう」

「さすが法の代行者たるホームズ君、悪には厳しいものだ」

「正義の代行者とは思っていますが、法の代行者だと思ったことはありませんよ」
剣呑な調子で言い返すホームズ。

「いいだろう。しょせんは無理な頼みのようだ」
モリアーティーは軽く手を上げ、話を打ち切ることを示す。
「そうなると、儂がここに至った経緯も判っただろうし、話すことはないな。言ったように微妙な身の上で時間も惜しい。そろそろお引き取り願おうではないか」

「おや、機嫌を損ねましたか? もともと歓迎される客とも思ってませんし、退散する潮時のようですね。まあ、今更、あなたの破滅を望むわけでもないので、無事は祈っておきますよ」

『心にもないことは良い』という感じのモリアーティー。ちらりと窓を見て、
「けっこう話し込んでいたようだな。この季節、昼の時間が故郷より長いとはいえ、日が沈むのは意外に早い。今から市街に戻るとすれば、途中で日が暮れてしまうな」

「別にどうということはないでしょう。途中、無人の荒野というわけではなし、それほど治安の悪い国とも思いませんが」

「周辺にはタチの良くない”野犬”がうろうろしているのは知っているだろう。危険はないとはいえん」

「怪しい訪問者ですから、居場所を確認するため、”野犬”がついてくるぐらいはあるかもしれませんね。しかし、むやみに手を出すこともないでしょう。それに、自分の身を守る術(すべ)くらいは心得ています」
 ホームズは、無造作に上着の下から銃を取り出す。

「”野犬”どもは魔に触れた者だ。彼らに銃など気休めにしかならん」

「では、どうすれば良いと?」

「蛍を供につけよう。彼女なら奴らを何度も撃退している」

不思議そうに首を捻るホームズ。
「あなたが他人の安全を気にするなど、似合わないことおびただしいですね」

「聡明なホームズ君にしては偏見に満ちた言いようだな」
モリアーティーは、わざとらしく首を振ってから、
「まあ、誰かの言葉を借りると『あなたの身の安全など私にとってどうでも良い問題でしょう』というところだ。しかし、君が戻らなければイギリス大使館あたりが動く手はずなのだろう。ここに余計な注目は集めたくない」

「なるほど、そういう考えなら納得できます。せっかくのご厚意ですから、甘えますか」
 うなずくホームズ。少し考える素振りを見せ、
「それにしても、彼女は最強の護衛なのでしょう。それを外しては、ここの守りが手薄になるのではありませんか?」

「この屋敷には、先に名前が出た芦君が設けた霊的な攻撃に対し自動で対応する結界など様々な防備が施されている。屋敷内にいる分には安全は保障されている」

「『自動で』とは素晴らしい。悪人に狙われることが多い我が下宿にも欲しいものです」

「屋敷に悪魔が取り憑いているようなものだ。それを受け入れる図太さは、君はともかく普通の人には無理だろう」

「たしかに、家主のハドソン夫人には受け入れてもらえそうにありませんね」
 指摘されたことに思い当たり苦笑するホームズ。
「しかし、そういう屋敷ということなら、敵がトロイの木馬を仕込もうとするのもうなずけます。それを踏まえ、かの件で忠告するとすれば、さっさと、外に放り出すことです。それこそがあなたらしい対応ではないですか」

それまで聞き役に徹していた蛍が挑むような視線をホームズに向け、
「ホームズ様が心を許した仲間が同じ立場なら、どうします? それとも、そのような仲間はいらっしゃらないのでしょうか?!」

「これは言い過ぎでした。知らぬこととはいえ、軽々しいことを言ってしまったようです。ナイトの国の紳士として謝罪します。受け取って頂けますか?」
日本式の謝罪を意識したのかぎこちない動きで深々と頭を下げるホームズ。

「あっ! こちらこそ、冷静に考えなければならない立場なのに感情的になってしまいました」
誠実な態度に、蛍はかえってあわてる。
「でも、フォンは実の妹以上に大切な仲間。それが、別人と入れ替わっているのではないかと疑うのは辛いことです。また、もし‥‥ もし、何者かの手で別な魂と入れ替えられているのなら、何としても魂を取り戻してやりたいのです」

「と、蛍も言っているが、どうかね?」さりげなく、話題を戻すモリアーティー。

「何を言われても、引き受けるつもりはありません。そもそも、オカルトは専門分野外で、期待されるほどの働きができないのは目に見えています」

にべもない言葉にモリアーティーは肩をすくめると、蛍に供の準備をするように言いつけた。


ホームズは、蛍が出ていった扉に目をやり、
「仲間を思う良い娘さんだ。非合法エージェントであれば、”汚れた”仕事もこなしているのでしょう?」

「君の思っている以上の仕事をしているよ。だからこそ、信じられる仲間を大切にしたいと真剣なのだ」

「そういえば、『蛍』といえばファイヤーフライのことですが、彼女にはルシオラという言葉の方が適当かもしれませんな」

「『ルシオラ』? ああ、蛍の学名だな。語源は『灯り』だったか。たしかに、彼女には『ルシオラ』が似つかわしい暖かさがある」
そう言ったモリアーティーは咎めるような視線を向け、
「その娘の懇願を拒絶するとは、君も意外に冷たい男だな」

「人は色々な側面を持つものですよ。だいたい、僕からすれば、あなたの暖かさの方が意外です。まるで、父親か祖父のようではないですか」

「念のために言っておくが隠し子ではないからな。まあ、儂自身、このような感情があったことに戸惑いはある。どうやら老いは人を愚かにするものらしい」
モリアーティーは自嘲気味に答えると、『さてと』と腰を上げ、
「蛍に少し伝えておきたいこともある。ここで待っていてくれたまえ」


その後、意外なほど待たされたホームズだが、蛍の姿を見て納得する。

それまでのメイドの服から濃紫の忍び装束になっているのを始め、ホームズほどの眼がなくとも、かなりの戦闘装備を身につけていることが見て取れる。

「おやおや、どこかの城を乗っ取りにでも行くつもりですか。人一人の護衛にしては大仰すぎますよ」

「重要度においては、君ほどの人物はそうおらん。ホストとして、客の安全を図るのは当然の義務だよ」
あきれるホームズにモリアーティは重々しく応えた。


蛍が先に立ち屋敷を出る。
 待たされたこともあり、外では足早に闇が訪れようとしていた。屋敷から市街へ続く途上にある森にさしかかった頃、辺りはすっかり暗くなってしまう。

「申し訳ありません。準備に手間取ったために夜になってしまいました」
持ってきていたランプに灯をともす蛍。

「帰路が夜になるのは覚悟していたよ。君のような優秀な護衛が居てくれるのだから、夜道であっても問題はないだろう」

「期待に添えるよう頑張ります」蛍は年相応の素直さでうなずく。
「ところで、先の件ですが、今一度、考えてはいただけないでしょうか?」

「なるほど、これを”伝言”されたということか。正面突破が無理なら搦め手、オーソドックスだが、効果的なやり口だな」

皮肉めいた指摘にも蛍は真摯な態度で、
「”教授”の過去が過去ですから、依頼を引き受けないのはやむをえないと思います。なら、私の依頼ということでお願いすることも無理でしょうか? ”教授”が頼りにするということは、あなた様に真相を見つけだす”力”があるということです。是非、私とフォン、それに私以上にフォンのことを心配する妹・蝶々のために引き受けてもらえませんか?」

「レディの依頼とあればたいていの件は引き受けるのですが」ホームズは困惑を隠さず、
「実のところ、友人にこの地での人捜しを依頼されていましてね。不慣れな土地なので、同時に二件を捌く余裕がないのです」

「やはり無理なのですか」蛍は変わらない拒絶にうつむき肩を落とす。

なぐさめの言葉を掛けようとするホームズだが、顔を上げた蛍を見て口をつぐむ。
 それは、少女から仲間を思う心を示す暖かい雰囲気が消え、得物を前にした猟犬を連想させる凄味が感じられたためだ。

「どうやら、”野犬”どもはついてくるだけで満足しないようです」
 蛍はランプを足下に置くと、軽く身を屈めたかと思うと跳躍。
 その姿は木々の間の闇に消えた。


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