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上を向いて歩こう 顔が赤いのがばれないように

静かなる村の中で それは終わりではなく 【終】


投稿者名:由李
投稿日時:05/12/22

** 第九話 修羅と修羅





「食らいやがれ!」


魔装術を発動した俺は、ゼクウとの十メートルほどの距離を二歩で詰めた。
目の前には憎らしいほどの恍惚の笑顔。その顔目掛けて霊波砲を打ち込む。


「たわけっ、てんで話にならん!」


ゼクウは緑色に輝く反射結界を張り、俺の霊波砲を跳ね返した。
俺は自分の霊波砲を喰らって後ろ向きに吹っ飛んだ。


「てて……防ぐだけならまだしも、跳ね返すとはやるじゃねえかジジィ!
 てめえ結界士か?」

「如何にも。この村の結界はワシが張ったんじゃ」


これで一つの謎が解けた。そして結論としては、こいつを倒せば村から出られる。


「だったらやっぱりてめえを倒せばいい訳じゃねえか!
 ヒャッハー、一石二鳥だぜ!」

「愚かな……」


今度は真っ直ぐ突っ込まずに左右に移動しゼクウをかく乱する。
ゼクウはスピードについては行けず、俺はついに後ろをとった。
右手に霊力を集束させ一気に叩く。そして……


「……消えた」


拳が当たる直前、ゼクウがいた辺りの空間が揺らいだ。
目標が無くなった俺の拳は空を切った。


「何をしておる雪之丞。ワシはここじゃぞ?」


後ろを振り返ると、してやったりと言わんばかりの皮肉な笑顔。
空間を捻じ曲げる術……そうだ、こいつにはそれがあったんだ。


「ワシは世界で二番目に強い結界士を自負しておる。
 甘く見てもらってはいかんぞ……こわっぱがぁ!」

「俺が……こ、こわっぱだと……?」


俺は大変な勘違いをしていたらしい。敬老精神は、今捨てた。


「おおおぉぉ! 後悔してももう遅え!」


完全霊圧解放。ケシ畑に俺が中心となるもう一つの円が出来た。
お互いの霊圧がぶつかり合い霊力の渦が巻いている。まるで戦いの聖域だ。
命をかけた究極のゲーム。誰にも賛美されず、誰の特にもならない、二人だけの聖戦。


「もう俺は誰にも止められねぇぇぞぉぉ!」


生きる喜びとは、戦うことだ。


「戦える手! 戦える足! 戦える頭! 戦える体! 戦える力! 戦いの相手!
 ワシはそれ以外欲したことがない!
 さあ魅 せ て く れ 雪 之 丞!」

「うおおおおおおおぉぉ!」


戦いとは、生きることだ!





** 第十話 世界で二番目





「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……くそっ」

「ほ……若いくせに、な、情けないぞ……」


戦い始めてから一体どのくらいの時間が経ったのだろうか。
俺はまだゼクウに一度も攻撃を浴びせていない。俺の攻撃は全て結界に阻まれた。
先手を取る攻撃を主とした俺の戦い方、後手で返す防御を主としたゼクウの戦い方。
そして実力が拮抗していれば、戦いが長引くのは当然のことだ。


「防御ばかりじゃ……俺には勝てない」

「ほっほ、それはどうかの」

「なにぃ?」


ゼクウは戦いの最中だと言うのに、あぐらをかいてくつろいでいた。
俺もゼクウに合せ、その場に腰を下ろす。


「お主、ここに来るまでに傷を負っておるな?
 霊力が底をつけばその傷でも致命傷となる。
 結界士は下手に動かぬことが勝利への一番の近道じゃ」

「しゃらくせえ戦い方だぜ……」

「ほっほっほ、何とでも言うがよい」


ゼクウには見えないようにそっとわき腹に手を当てた。
リンリンにつけられた傷は霊力を使って無理矢理塞いだのだが、それがまた開いてきている。
わき腹から流れた血でコートは軽く湿っていた。
黒いコートでなければ血で真っ赤になっていたところだ。


「結界を極めるとはこういうことじゃ、雪之丞。
 貴様を倒してワシは世界最強の結界士として君臨するのじゃ」

「はっ、結界士としては間違いなくお前が最強だぜ」

「ほっほっほ、世界は広いぞ雪之丞」

ゼクウはあぐらを直してもったいぶった口調で言った。


「ワシの弟子の一人なんじゃが、そやつは既にワシの力を越えておる。
 ワシは更に高みに上らねばならんのだ。
 お前を倒せば新たな力を手に入れることが出来る。
 お主も更なる力を求めてここに来たのじゃろ? ん?」

「まあ、あながち間違いじゃねえけどな」


俺は立ち上がり軽くのびをした。ゼクウの方も休憩はやめらしい。
あぐらをやめて起き上がったゼクウは、真っ直ぐ俺を見返してくる。


「俺は力が欲しいんだ。誰よりも強くありたい」

「うむ、わかっておる」

「壊す力じゃねえ、守る力だ。
 守る力さえあれば……それさえあれば、全部上手くいってたんだ」

「それは違うな雪之丞。力とは常に支配するべきものが奮えばいいものじゃ。
 守るための力など、ただの偽善に過ぎん」

「俺が正しいか、お前が正しいかは、この戦いが終わればわかることだ」

「それもわかっておる」


暗い曇り空の切れ目から一筋の光が射した。
光は俺とゼクウを照らし出し、二人の戦いを祝福するような力強い輝きを与えてくれた。
光の中、俺は残った霊力全てと自らの命をかけた、最後の攻撃に出た。





** 第十一話 終戦





「ワシの結界を破る策でもあるのかの?」


目前に迫った俺を見ても、ゼクウの表情は揺るがない。


「あるさ。それは俺にあって、お前にないものだ」


俺は霊波砲の連打でゼクウを攻撃した。霊波砲はゼクウの周りで爆発を起こす。
その隙を縫って俺は魔装術を解き、ある技を発動した。その時点で俺の霊力は尽きた。
爆発はゼクウの周りの地面を掘り返し、砂煙を起こしていた。
砂煙の中から無傷のゼクウが見えたとき、俺はかた膝をついてゼクウを睨むだけで精一杯だった。


「終わりのようじゃな。瞳孔が開いておるぞ」

「……一つだけ聞かせてくれジジィ。
 お前よりも強い結界士ってのは、一体どういうやつなんだ?」

「これから死ぬというのに、そんなことが気になっておるとはな!
 お主はどこまでも面白いやつじゃな!」

「………」


ゼクウはまだ結界を解いていない。


「冥土の土産として、き、聞かせてくれても、いいじゃねえか」


その瞬間非常に気持ちの悪い浮遊感がして、俺は血が混じった嘔吐物を吐いた。
ゼクウは勝ち誇ったように微笑むと、結 界 を 解 い た。


「そやつは今日本におる。やつもまた力を求めている修羅の一人だ。
 ワシとは随分考え方が違うらしいがの……では雪之丞、そろそろ死んでもらおうか」


ゼクウを見上げるような格好で、かろうじて動く左腕を動かし、親指を下に向けた。
GO  TO  HELL


「……さよならだ、ゼクウ」

「な、なにを言って……」

パァン……


横島、お前の技、貸してもらったぜ。
霊力を円盤状に引き伸ばした塊、サイキックソーサーっていうのか?
ゼクウの後頭部にそれが当たったとき、俺の気のせいかもしれないが、ゼクウが笑った気がした。
激しい衝撃音や爆発などせずに、ゼクウは静かにケシ畑の中に倒れこんだ。
俺はゼクウの生死を確認しようと這いずるようにゼクウに近づいていったが、焦点が合わなくなった途端、意識が深い谷へと急降下した。
最後に感じた感覚は、誰かがケシ畑の中を歩いてくる音だった。





第十二話 サイレント・ヴィレッジ





まぶたを開き、最初に見えたのは数え切れないほどのろうそくだった。
空の雲は晴れていて、東京の濁った空では見ることのできない無数の星が確認できた。
少し顔を傾けさせると見事としか言いようの無い満月が煌々と輝いている。
次第に意識がはっきりしてきた。気絶する直前の出来事が走馬灯のように駆け巡った。


「! ゼクウ!」


上半身を起こすとろうそくが自分を囲むように立てられていると知った。
ろうそくの光は辺りをぼんやりと照らし、俺がいる場所が最初に霊魂たちと戦った集落の中だと教えてくれた。


「気がついたかい」


山奥で人の存在しない村の中、完璧な静寂を保つその場に澄んだ声が響いた。
ろうそくの光で照らされたのは景色だけでは無かった。
リ・シュンの姿が淡い光の中に浮かび上がっているのを、緩慢になっている思考の中でなんとか理解した。


「手当てはしたけど、まだ動かないほうがいい。
 正直な話、ボクは生き残るのは是空の方だと思っていたよ」

「お、お前は、何者……だ」


ろうそくの炎が揺らぎ、一瞬だけ光がリ・シュンの顔まで届かなくなった。
満月から届く光が青白く体を浮かび上がらせているだけで、その表情は全く読み取れない。
ろうそくの炎が姿勢を戻し、再びリ・シュンの顔が見えたとき、男はリ・シュンではなくなっていた。
長かった髪は短くなり、細身の体は筋肉質な男の体となっていた。
優男という表現はもう似合わない。一陣の風が吹きぬけ、ろうそくの光が瞬く。
男の姿が闇に消え、案の定男は再びその姿を変えていた。
長い赤髪に抜群のスタイル。それは金にがめつい知り合いのGSの姿だった。
二度の変化で変わらなかったのは鼻の傷だけだ。


「ボクに実体はない。名前もない。あるのはたった一つの真理さ。
 いや、真実の方がカッコよかったかな……うん? まあいいや」


男はすっと顔に手を当てると、もとの優男のリ・シュンに戻っていた。
人の存在しない村で行われたタネの無いマジックは、どこか酷く滑稽に思えた。


「雪之丞くん、ボクたちの仲間にならないかい。君が何よりも望んでいるものを与えよう」


静かなる村の中、俺は破滅の道を歩みだした。





** 終話 修羅をゆく





「ふざけやがって……誰が、お前の言うことなんかに従うか……」

「最初は皆そう言うんだ。でも人の欲望は底をつかない。ボクはそれに付け入る」


男は覗き込むように前かがみになり、真っ直ぐに俺の目を見た。
ぐら。心が揺らぐ。


「君が力を渇望する理由。それをボクは知っている」

「……なっ」

「ボクは覗き見が好きなんでね。君のことなら君以上に知っているさ」


ぐらぐら。心を見透かされた気がした。
落ち着け、騙されるな。


「君のお母さんはなんで死んだのかな?」

「……病気だ」


無駄だとわかりつつも、あえてそう返した。男は微笑し口元を緩ませる。
くそっ、なんでそれがママに似ているんだ!


「違うよ……病気というのは死因に過ぎない。本当の理由は君の家の経済状況にあった」

「………」

「決して治らない病気ではなかった。
ただ金があれば君の母親は今も元気に生きていただろうね。
そして君は世の不条理を物心つく前から知ることとなった」

「て、てめえにっ、何がわかる!」


俺の怒声など気にする素振りも見せず、男は話を続けた。


「じゃあ次に、君の父親のことだ」

「お前、どこまで知っているんだ……?」

「全てさ」


ぐらぐらぐら。やめてくれ……そんな笑い方をするのは……やめてくれ…………


「君の八歳の誕生日、君のために誕生日ケーキを買った帰り道に、父親は悪霊に襲われて死んだ。
 違うかい?」

「やめろ!」

「随分悲惨な死に方だったらしいじゃないか。
 その後君は安易な力に走り小さな世界の支配者となった」

「やめてくれ!」

「見かけだけの力に疑問を感じていた君は、ある魔族と出会い、戦う力を手に入れた。
 仲間を手に入れた。だが君は「それ以上言うな!」」

ぐらぐらぐらぐら。

「戦いの面白さを知ってしまった君は、力を渇望し始める。
 君は守るための力がどうこう言っていたけれど、君の守るべきご両親はもうこの世にいないからね。
 それは仕方の無いことだよ」

「お、お、俺は……そんなつもりは………」

「本当に守りたい存在はもういない!
 それなのに自分の中に眠る暴力への衝動を抑えきれない!
 だから君は自分を騙し続け強くなるのは仲間を守る為だと思い込み力を求め続けた!
 だがどうだい!
 君は自分の中に眠る両親への想いと、世の中の全てに対する敵対心、そして戦いへの欲求の三つの心が存在し、どれも満たされないでいる。
 ボクなら君の欲望を満たしてあげられる……」


もう聞きたくない……助けて…誰か………助け………


「君の両親を生き返らせてあげよう。そして是空を倒した君に新しい力を与えよう。
 ボクたちと一緒に新世界の創造を始めるんだ。
 正義の為に、君のご両親の為に、全ての秩序の為に、修羅の道を歩む覚悟を決めるべきなのだ!」

ぷつん


何かが壊れた。それが何だったかわからないくらいに、めちゃめちゃに壊れた。


「本当に俺の両親を、生き返らせてくれるのか……」


カミソリのように鋭かった目は、赤子を抱く母親のような優しい目になっている。


「ボクが嘘をついていないことはもうわかっているだろう」


首が痛くなるくらい顔を縦に振った。


「では契約をしてもらおう。ボクに絶対服従の契約を」

「俺は何をすればいいんだ?」

「簡単さ。ボクは戦いを好まない。ボクに降りかかる火の粉を払ってくれればいい」

「戦えということか……? フハハハ! お安い御用だ!」


男は掌を空に向けると、一枚の契約書が掌の上にろうそくの炎で浮かび上がった。


「我、あるものを創造し、ある場所へといざない、あるときの流れを彷徨う実体無き監視者。
 我に服従の誓いを立てしもの、血の契約を結べ……」


右手の親指を噛み千切り、掌を血でべっとりと塗りつけた。
差し出された契約書の空白の部分に右手を押し付け、俺は血の契約を結んだ。


「おめでとう雪之丞くん。君を歓迎するよ」


もう後戻りはできない。
今まで手に入れたもの全てを捨てて、俺は再び裏の世界へと戻ってきた。
そしてもう二度と表には出てこられないだろうと、そのとき悟った。
空を見上げた。
煌々と輝いていた満月や星たちは、いつのまにか厚い雲に遮られていて、空には光の余韻すら残さない無限の闇が広がっているだけだった。


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