椎名作品二次創作小説投稿広場


上を向いて歩こう 顔が赤いのがばれないように

サイレント・ヴィレッジ


投稿者名:由李
投稿日時:05/12/18

** 第五話 ケシ畑と二匹の死神





村の集落を抜けた先にある崖は、一面の畑となっていた。
ドラッグの原料となる数種のケシがずらっと並んでいる。もちろん観賞用など一つも無い。
見たことのない植物も生えていた。それが何なのか調べる前に、一つの気配を察知する。
一つ、二つ。今度は二匹か。
そいつらは空気を切る音しかさせず、姿自体は見えないほどスピードがある。
家で死角になっている場所や木の陰、背の高い草、岩などに隠れつつだんだんと近づいてきていた。
感覚を研ぎ澄まし、全神経を集中させて攻撃の瞬間を見切る。
右と前。今度は右と後ろ。一匹ジャンプした。もう一匹は左。来る。

「上だな!」
「きひぃえ!?」

右腕から先に霊力を集中させて上から攻撃したものにカウンターを浴びせた。
先ほどの霊魂なら一撃で消えるほどの力だが、そいつは消えなかった。
俺の攻撃を食らいながらも空中で身を翻し、見事俺の目前で受身を取ったのだ。

「イヒヒヒヒヒヒ 結構やるね! 俺の攻撃を見切るなんて大したもんだおめでとう拍手を送っておくよ伊達雪之丞でも次は当たるよ当てるよ当てちゃうよ!」

まるで早口言葉選手権チャンピオンみたいな口調だ。
俺の名前を知っているということは、俺への刺客だろう。くく、面白い。
そいつは隠れるのをやめて俺の前方十五メートルほどの場所で、両手をだらんと垂らして狂気の顔を見せていた。
もう一匹のやつも草むらから出てきた。
そして二人が並んだとき初めて俺はこいつらの不気味さに気付いた。
格好はまるっきり中国雑技団。二人とも背中に大きな金属片を背負っている。
顔はメイクされていて、日本でいう歌舞伎のような感じだったが、おそらくは二人とも中国人。
先ほどの早口選手権チャンピオンの男は、両目をかっと開いた笑顔と猫背が特徴。
もう一人はまだ少女だった。男の曲がった背と同じくらいの身長で、無愛想な顔。
そして二人とも先ほどの霊魂とは比べものにならないほどの霊圧だ。
だが、これでも俺は足りない。
やはり俺の渇きを癒してくれるのは、まだ見ぬ村を覆う高い霊圧の持ち主だ。
こいつらはさっさと片付けてやる。俺はサーカスよりオペラが好きなんだよ。





** 第六話 シザーズ兄妹





「リンリン! お前は俺のサポートサポート! イヒヒヒヒヒヒヒヒ 次に俺の姿を目にしたときがお前の最後だ雪之丞祈れ神に仏に俺様にぃぃ!」

少女の方の名前はリンリンというらしい。
リンリンは男が俺に迫ると同時に横向きに走り出し姿を消した。
男は一撃だけ俺に受けさせると自分も死角に入り込み、そいつも俺の前から姿を消した。
さてどうするかな。魔装術を使ったらいくらなんでもこの後の戦いが辛くなる。

「となるとこいつの出番か……そう言えばまだ使ったことねえな」

俺は随分前に武器商人の依頼を受けたときに、報酬代わりにもらった霊刀をコートの中から取り出した。
大きさはサバイバルナイフを少しだけ大きくしたくらいで携帯に便利な霊刀だ。
だがこいつは神通根と同じで、霊力を込めれば刀と同じくらいの長さになる。
さらに霊力を増幅する効果までついている。でも俺の趣味じゃないんだよな。
自分の拳で戦ってこそ男ってもんだろ。気乗りしないまま刀を構えた。
俺は再び精神統一し相手の動きを探った。相変わらずスピードだけは速い。
右と左。はさまれたと思った瞬間、既に前と後ろに移動している。
姿は見せずに移動するというのは得意技らしい。地面を蹴る音と空気を切る音しかしない。

「イッヒヒヒー!」
「! 後ろかっ」

俺は霊刀で背後からの男の攻撃を防いだ。
男の手には庭師が使うのをさらに大きくしたような、ハサミのかたちをしたエモノが握られていた。
男の目がかっと見開いた瞬間、背中で微かな殺気を感じ反射的に身をかがませた。
さっきまで俺の首があった位置でハサミが閉じられ、鉄の質感剥き出しの刃が空中でカチンと音を立てた。

「……ちっ」
「イヒヒヒ 俺たちシザーズ兄妹に狙われた人間で今まで首と体がおさらばしなかったものはいない! 命乞いでもしなよ俺はそんなもの聞かないけどね! イヒッヒッヒッヒ」

巨大なハサミを持った二人は、俺が攻撃態勢を整えるまでに姿をくらましていた。
ハサミを模した霊刀といったところか。今のはかなり危なかった。
兄貴の方にだけ気を配るとリンリンの攻撃が防げない。
それどころか二人同時にこられたら一本の霊刀じゃ防げないかもしれない。
もう一本、もう一本あればこと足りるんだ。もう一本……刀があれば。

「次は右かな左かな前かな後ろかな上かなあ!? ルーレットスタぁぁト!」

俺は二人の気配を追うのではなく、兄貴の方だけに絞って耳を研ぎ澄ました。
地面を蹴る音が重い方が兄貴の方だ。今度はリンリンの方にだけ意識を集中させる。
そこで二人の移動に癖があることに気付いた。
不規則な移動を繰り返す兄貴と、円の動きで攻撃のタイミングを計る妹。
そして必ず……

「もらったよーん!」
「っざけんな!」

ザシュ

「! ぐうぅ……またかよちくしょうっ」
「ナーイスナイスタイミングだよぉ! 隠れるぞ!」
「はい、お兄様」

兄貴の攻撃の後に、リンリンが攻撃する。この戦いで突破口を掴むには、そこからだな。
このまま戦えば首と体がおさらばだ。だったら一撃に賭けてやろう。
それが男の生きる道ってもんだ。へっ、次に俺に攻撃をしたときがお前らの最後だぜ。





** 第七話 漢(オトコ)





兄貴の方だけを追って顔を動かす。このスピードにも大分目が慣れてきた。
残像だけだが、姿を捉えるまでに俺の反射神経は二人の動きに追いついてきた。
俺は霊刀を構え直すとすっと目を閉じた。空気の流れが二人の動きを俺に伝える。
一瞬の殺気。だが見切った。

「右だ!」
「イヒぃ!?」

俺は霊刀ではなく自分の左手で作り出した小さな霊波刀で兄貴の攻撃を受け流した。
即座に自分の背後に右手に持った霊刀を振りかざす。手ごたえアリ。
後ろを振り返ると霊刀が深々と胸を貫いたリンリンが、呆然とした顔でハサミを顔の高さで構えていた。
俺が霊刀を強引に胸から抜き出すとリンリンはその場に倒れ伏した。

「お兄様……めっちゃ痛い……………」
「リンリン! 死んじゃうのぉぉ!? 駄目駄目駄目駄目死んだら駄目だよぉ!」

兄貴はリンリンに駆け寄り胸の傷を必死に塞ごうとしていたが、間もなくリンリンは淡い光だけを残して消えた。
リンリンが消えた辺りには大きなハサミだけが残されていた。やはり人外の存在か。

「お前が攻撃する瞬間、そいつは必ず俺の後ろから近づいてくる。とっさに霊波刀を出したのはただの思い付きだったが、勝負あったな」

片割れとなったシザーズ兄貴は地面に膝をつき、顔の前で両手を組んで俺に懇願してきた。

「ま、ま、ま、参りました雪之丞さま俺だけは助けてくださいもう人は殺しません人を殺して食ったりはしませんどうか俺に救いの手をお願いしますこの哀れな男にご慈悲を「体とお別れを言いな」

シュッ

霊刀が空気を切り裂き、真一文字に首を通過した。
ずりっと血の滑る音、シザーズ兄貴の首が地面に転がった。
兄貴も妹と同じく淡い光と一筋の煙だけを残し消えていった。
大ぶりのハサミだけを残して。
辺りに静けさが戻ると、残された二つのハサミを一瞥しただけで、俺はさらに村の奥へと足を踏み出した。
もうすぐ会える。強いやつと会える。ツヨイヤツト タタカエル。

「ひゃーはっはっはっは!」

俺の名前は伊達雪之丞。生粋のバトルマニアだ。





** 第八話 真っ白な花畑の中で





霊圧の感じる方へ歩くこと五分、細い道を抜けたところで開けた場所に出た。
学校のグラウンド程度の広さがあるそこは、膝丈の純白の花が覆い尽くす美しい場所だった。
ただ美しい光景ではあるのだが、全てドラッグの原料となるボスニア種のケシ花だ。
この村で産出されたドラッグでどれだけのものが人生を狂わされたのだろうか。

「……いやがったな」

遠くに佇む人影が見えた。村に入った瞬間から感じていた霊圧はそいつからだ。
俺は警戒してそいつの後ろ側から気配を消して近づいた。
僧衣姿のそいつは、俺が近づくと後ろを振り返ることもせずに言った。

「ほっほっほ、お主が雪之丞かな」

しわがれた老人の声は、俺の耳に妙に透き通って聞こえた。
隙間無く生えそろえたケシ花が風で一斉に揺れ、明るかった空が一瞬で雲に覆われる。
振り返った僧衣姿の老人は、しわを緩ませて優しい笑顔を作っていた。

「ワシがいるのはわかっていただろうに。よほど殺されたいらしいな」

ザザザザザ

老人が霊圧を解放すると、老人を中心にしてケシ畑が円を描いて倒れてゆく。
顔と相反する極悪な殺気のせいで、俺の全身の毛が総立ちだ。
俺は最高の恋人に出会っちまったらしい。くくく、ひゃはははは!
肌に突き刺すような霊圧と乾いた風を感じながら、風と同じ乾いた笑顔でそいつに言ってやった。

「ジジイ、名前を聞いとくぜ。俺の輝かしい戦績にお前のでっかい黒星を書かなきゃならねえ」
「ほほ! 言ってくれるわ若造が!」

バトルマニア同士は惹かれあう運命らしい。そうだろ、横島。

「ワシを名前で呼ぶなら是空と呼ぶがよい……そして雪之丞、ワシたちがここにいる理由は何か、お主にわかるかな?」


依頼状が送られてきたからか、違う。
村から出られなくなったからか、違う。
偶然か、違う。

「戦いが俺たちを結び付けたんだ。それ以外はただの後付けに過ぎない」

俺は魔装術を発動し、いつでも飛びかかれるようにした。

「正解じゃ、雪之丞。やはりお主はこちらの人間じゃな……さて、後は拳で語るとするか」

ゼクウが霊圧を完全に解放した。
それはまるでゼクウが歩んだ人生の道を表しているかのような邪悪な霊圧。
なんて……なんて心地いいんだ。

「雪之丞! 行くぞ!」
「いいぜ……来い!」

俺たちは同時に駆け出していった。
まるでデートの待ち合わせをしていた恋人たちのように、ゼクウも俺も心の底から笑っていたんだ。





第九話 修羅と修羅 へつづく


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