――急速に接近している! あと三十秒で接触するわ!
イヤホンからの指示が怒声に変わり、ついに霊圧を肌で感じる距離まで奴が近づいてきた。
俺はその指示にも軽く手を上に挙げて答えた。俺たちは歩くのをやめて、辺りに注意を払う。
視界に白いものがゆらゆらと落ちてくるのが見える。また一つ、一つとそれは数を増していく。
雪だ。積もるほど勢いはないが、きらきらと光をうけて降り注ぐ雪はとても幻想的だった。
明日はホワイトクリスマスか、それともシロの命日か。くそ、やつはどこだ。ぶっ殺してやる。
「横島くん。ちょーっとこっち見てくれないかなー」
背中からチェリーの声が聞こえ、俺は反射的に振り向いた
四十メートルほど離れたところの街灯に、微かに光る真っ赤な斧と赤いサンタ。
舞い散る雪の中で血の塊が浮遊しているような、毒々しい赤だった。
――二分間! 二分間やつの攻撃に耐えて頂戴! 危なくなったらすぐに逃げることも忘れないで!
その指示に、俺の手が挙がることはなかった。
「プレゼントガ アルンダ ウウウウウウウウケトッテ クレぇぇ!」
あの時と全く同じ格好でやつは現れ、同じようにこちらに走って向かってきた。
あのときと違うのはGメンによる銃声が無いことと、この場にシロとタマモがいないことだ。
「タタタタノシミニ シテタダロぉぉ! サササンタクロース ダヨヨヨ!」
「来るぞ! チェリー!」
「わかってる! 私から離れないで!」
チェリーはまず薄い結界で俺たちを包み込み、その上に三重の結界を張った。
四十メートルほどあった距離はすぐにつめられ、やつはもう目の前だ。
「イイイイマスグ クククク クククク クビヲハネテ アゲルカラネぇぇ!」
五つ目の結界を張っている最中に、サンタの真っ赤な斧が俺たちに振り下ろされた。
斧は一番外に張ってある結界を破ったのだが、その次に張られていた結界によって弾かれた。
サンタはぽかんとして斧と結界を見比べていたが、奇声と共に再び斧を振り上げ結界を破ろうとしてきた。
「やっばーい! これ二分ももたないかも!」
「美神さん! まだですか!」
――あと一分三十秒! 文珠を使ってマイコを援護するのよ!
俺の文珠を使って結界の修復を手伝ったのだが、チェリーが結界を作るよりも早くサンタは次々と結界を突破していく。
徐々に俺たちを包む結界が層を薄くしていった。
「プレゼントトトトトト イラナイぃぃ!? エンリョ スルナヨぉぉ!」
「あと五回しのぐのが精一杯! それと私結界張るしかできないから結界解けたらあんたが守ってよ!」
「結界が破られたら終わりだ!「マジ!?」美神さん!」
――もう少し! 何かわかりそうなの。もう少しだけ耐えるのよ!
俺たちの周りにある結界は既に二つしかない。
そしてその二つのうちの一つを今サンタが破り、即座に俺の文珠とチェリーでもう一枚結界を張る。
しかしその間にもサンタは斧を振り下ろしてくる。
「モウチョット ダネぇぇ! タノシミ ダネぇぇ!」
バリンッ!
「あと三回!」
「美神さんっ!」
「ホラホラ! ハヤク チヲ フキダシナヨ! フンスイ ミタイニサぁぁ!」
バリンッ!
「あと二回! 早くしてー! 死にたくないー!」
「まだか! まだなのか!」
「ボクノ プレゼント ウケトッテヨぉぉ! サミシイヨぉぉ!」
バリンッ!
「一回! もう駄目ー!」
――わかったわ! そいつの体の本体は斧よ! ありったけの文珠で斧を攻撃するの!
「メリぃぃぃぃクリスマぁぁぁぁぁぁぁぁス!」
ガシャンッ!
最後の力を使って張った結界が弾けたガラスのように音を立てて砕け散った。
結界が解けた俺たちは踊るような雪のシャワーの中で、真っ赤な斧が天高く掲げられるのを見た。
「くそっ間に合わない!」
「お父さんお母さん今会いに行きますー!」
バァン――
「グゥ!?」
チェリーが叫ぶのと、高く掲げられたサンタの斧に銀の銃弾が当たったのはほぼ同時だった。
一瞬だけ茂みに視線を送ると、あの鼻に傷のある軍人のようなGメンが地面に膝を立ててこちらに銃を向けていた。
サンタは何がなんだかわからないといった様子で、ぽかんとしている。今しかない。
俺は手元に残っているありったけの文珠に『滅』の文字を込め、ひるんだサンタの斧に向けて力いっぱい放り投げた。
「グウウウウウ! プレゼント……! アゲタカッタ……ダケナノ……ニ……」
文珠の閃光と同時にサンタの体は拡散し、夜の公園に散っていった。
急に音が無くなった公園には、俺の荒い息遣いだけが妙に大きく響いた。
「あれ、もう天国についたの?」
チェリーは胸の前で手を組み、静けさを取り戻した夜の公園をきょろきょろと見回している。
俺はチェリーの頭にぽんと手をおいて言った。
「いや、地獄さ。ただし逝ったのはサンタだけどな」
「……助かった」
チェリーは腕をだらんと垂らし長い安堵のため息をついた。
茂みのほうに顔を向けると、勢いを増し斜めに降り注ぐ雪の向こうから、美神さんがこちらに走り寄ってくるのが見えた。
俺はそこでようやく右手を掲げた。
** Telephone
「じゃあ、これでどう?」
「死ぬところだったのよー。割増して、これくらいかな」
「く、ガキのくせしてしっかりしてるわね」
Gメンのお役所仕事である書類手続きを済ませ、事務所に戻った時には既に日付が変わりそうになった頃だった。
ぐったりして帰ってきた俺たちへのおキヌちゃんの心配などよそに、さっきから美神さんはチェリーと報酬の取り分の話をしている。
俺が座っているソファーの後ろには、あの軍人のようなGメンが仁王立ちしていた。どうやら美神さんの話が終わるのを待っているようだ。
美神さんによればあのサンタの姿は斧が映したホログラムのようなものらしい。
ただし霊力が常に斧から循環しているので生きている肉体と見分けがつかなかったらしいのだ。
種がわかれば不死身の怪物ももろいものだ。
「はい商談せいりーつ。じゃあ私帰るから、口座に入金よろしくね。ばっははーい」
商談が終わったらしく、チェリーは椅子から立ち上がった。
そして頭のリボンを揺らしつつ、来たときと同じように、いやそれ以上に意気揚揚として事務所から出て行った。
「あの女とはもう二度と一緒に仕事しないわ。まったくがめついガキね!」
あんたが言えるのか。
「美神さん。霊刀はこちらで回収しました。事後処理は全て我々が済ませますので、ご心配なく。報酬は後日小切手にて支払います。では私はこれで」
「はい、お疲れ様」
軍人のようなGメンはそそくさと事務所を出て行った。
緊張の解けた事務所で突然電話のベルが鳴り響き、おキヌちゃんが受話器を外した。
二、三言葉を交わした後、おキヌちゃんの顔色が変わる。
「シ、シロちゃんが……!」
俺はその言葉だけで十分だった。
「くそっ、美神さん!」
「わかった! 今日のコブラは韋駄天よりも早いわよ!」
「あ、ちょっと待って!」
「おキヌちゃんも来なさい!」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「さあ早く!」
俺たちはまだ何か言いたそうなおキヌちゃんを引っ張ってガレージへと走った。
今なら裸足で走っても韋駄天に勝てる気がする。
** Merry・Christmas・of・an・atrocious・event
雪の中をオープンカーで飛ばしても、熱くなった体が冷めることはなかった。
駐車場に薄くつもった雪をドリフトで散らしながら病院の玄関口に車をつけ、俺たちはドアを飛び越えて病院の中へと走った。
フロントで病室を確認し、エレベーターを待つ時間すら惜しかった俺たちは、猛スピードで階段を駆け上った。
シロが入院している病室のある階につくと、廊下の椅子に座って眠りこけているタマモの姿が目に入った。
そしてタマモが寝入っている椅子の前にある病室には、犬塚シロの文字の入ったプレートが見える。
俺たちは病院であることも忘れて勢いよくドアを開けた。
「シロ!」
「また君たちかね。ここは病院……」
「邪魔よ!」
「ひでぶ!」
病室の中にいた医者に美神さんのエルボーが当たり、その医者は壁に軽くめり込んだ。
ベッドに横たわっているシロはぴくりとも動かず、まるで眠っているようだった。
俺はある電子音に気が付いた。そのピーと絶え間なく流れる音が、そのときとてつもなく不快だったのを覚えている。
ドラマなどでよくあるだろう。ベッドに横たわっている人が死んだとき流れる抑揚のないあの電子音。
だが今ベッドに横たわっているのは、ブラウン管の中の虚像の人物ではない。かけがえのない仲間だ。
俺は膝をついてベッドによりかかり、ぴくりとも動かないシロの手を握り、構うことなく泣き出した。
「あの、先生……?」
もう二度と大切なものを失いたくなかった。だからあのとき守る為の強さを持つことを誓ったのだ。
だが守るはずの自分は守られて、また俺はかけがいのないものを失った。
全て俺のせいだ。俺の弱さのせいだ。
「先生ー、もしもーし」
ああこんなことなら毎日五十キロでも百キロでも散歩に行っておけばよかった。
もうあの地獄の散歩コースを全力疾走することもないだろう。
「拙者まだ生きてるでござるよ」
ドッグフードだって買えるだけ買ってやったものを。
だが今となっては遅すぎる。なぜならまだ死んでない……ってええ!?
「でででで、でたー! ナンマイダブナンマイダブ……」
「いい加減頭を冷やせ!」
美神さんが張り手を繰り出し、今度は俺が壁にめり込んだ。
だが冷静になった俺は、今度はシロが生きていたことに感極まってまた泣いてしまった。
俺が手を握り続けていることに、シロは少し照れくさそうにしている。
俺はにじんだ景色の中でシロが動いていることが嬉しくて、胸がはちきれそうだった。
「先生は泣き虫でござるな……でも心配してくれて、嬉しいでござるよ。先生……」
「うるせえ! よかった……本当によかった……」
俺はシロの手を握り続けたまま大きな安堵のため息をついた。
すると美神さんの手が俺の肩に置かれ、美神さんらしくない言葉が出てきた。
「偽者のサンタがいなくなったんだから、本物が命をプレゼントしてくれたんじゃないの? ほら、時計を見てみなさいよ」
時計を見ると、時刻は十二時をとうにまわっていた。
窓の外は雪が絶え間なく降り注いでいて、遠くに見えるビル群の明かりに反射してきらきらと輝いていた。
今日はシロの命日ではない。ホワイトクリスマスだ。
俺はシロが無事だったときに必ず言おうと思っていた言葉がある。今なら言える。
クリスマスは毎年祝うことにしよう。キリストをあがめる意味ではなく、一人の人狼の為に。
サンタクロースはもう見たくもないけどな。
惨劇のメリークリスマス 完
後で西条から聞いた話だ。
あの後回収されたはずの霊刀が本部に届かなかったらしい。そして鼻に真一文字の傷のある男など、Gメンにはいない。
何かが始まっている。
そして、それは闇から闇へと移動し、俺たちの知らないところで少しずつ進行していくのであった。
投稿して二秒で気付いたんですが、「惨劇のメリークリスマス:後編」って入れるのを忘れてました。そして本当は前編の一時間後に投稿しようと思ってたんですが、突然家のブレーカーが落ちてしまい、結局一番びっくりしたのは私でした。
何はともあれ完結です。オリキャラはもう出さないって言ったにも関わらず、何か不穏な影が…。
次回に投稿するネタはいくつかあります。
その1:ピートがブラドーに会いにヴァチカンに行く話(タイトル未定)
その2:雪之丞が中国で仕事をする話(タイトル未定)
その3:再び超回復したシロがボン!キュ!ボン! になる話(タイトル未定)
どれから消化しようかなーと考えている最中です。
でもとりあえず次に投稿するのは惨劇のメリクリのおまけ話にしようと思います。
次の主人公は誰になるでしょう(当ててみよう!)。
ちなみにタイトルは「マイ・フェア・レディ」です。クリスマスネタなんでクリスマスが来る前に投稿するつもりです。 (由李)
消える間際のセリフとそれまでの狂気じみた言動が一致してないですし。
結局消えた謎の男が誰に視線を向けてたのかも気になります。横島たちにむけてでないとすると、六女の子?でも別に不審なとこもなかったし。
それにしても、シロの病室のピーーーという音はタチが悪すぎですね。偶然そういう音が出たにしてもタイミング悪すぎです。 (九尾)
九尾さま
殺人サンタっていう響きが気に入って、そこからどんどん膨らましたのがこの話です。サンタさんの謎は置きっぱなしないようにしますので、安心してください。
>六女の子?でも別に不審なとこもなかったし
でも実はちょこっとだけ変なこと口走ってたり。余談です。
>シロの病室のピーーーという音はタチが悪すぎですね
これはちょっと個人的な話なのですが、以前入院している祖母のところにお見舞いにいったときに、寝ている祖母の横で何かがピーって鳴っていたんですよ。そりゃあもう焦りまくって同じ階にあるナースステーションに駆け込み。「てぇへんだてぇへんだ!」「どうしたんでぇ弥吉!」の状態に。これ、オチは目覚まし時計の音だったんです。やり直したい人生の汚点ベストテンに見事ランクインしました。あー恥ずかしかった。 (由李)
まぁ、これは僕の個人的意見ですけど。
そして・・・
斧こえぇぇぇ〜!!!!(ガタガタガタ)
何かちゃんと舌回ってないし!!
ちょっと危ないお薬やってそうで怖かった〜!!!(涙ボロボロ)
そうですねぇ・・・
後は、霊刀と言うよりは、霊斧ですかねぇ?
斧は刀ではないですし。
まぁ、何はともあれ完結でよかったよかった。
由季さんの文章構成は早いですねぇ。
そして、ちゃんと話がまとまっていていいですねぇ。
次回への伏線もちゃっかり入っていますしね。
むむむ・・・
僕も見習わなくてはいけませんねぇ。
次回の構想もうしてるんですか!?
再び超回復したシロがボン!キュ!ボン! になる話・・・
これ滅茶苦茶興味あります!!
あぁ、そうですよ!!!(何)
それは僕が横島のような人間だからです!!(カミングアウトー!)
由季さん!!これにしましょう!!ね!?ね!?(煩い) (雅樹)
傷の男は何者なのか・・・・・
霊刀の行方は・・・・・
これから何が始まるのか・・・・・
みたいな感じで楽しみです♪
ところで次の話ですが・・・・・俺はその2の『雪之丞が中国で仕事をする話』が読みたいです。雪之丞のファンなので(笑)
でも、どんな話でも絶対読みますので投稿をお待ちしております。 (鷹巳)
雅樹さま
原作ではカミソリでも霊刀っていってたんで、霊力が宿る刃は全部霊刀にしちまえをコンセプトに斧を作りました。
あの口調はちょっとやり過ぎた感もあったんですが、怖がっていただけたなら思惑通りでニヤニヤもんです。
話をつなげるには伏線は欠かせないのですが、あとから見て「あーそうだったのか」と思ってもらえる伏線とはいきませんでした。そこが残念でした。
>再び超回復したシロがボン!キュ!ボン! になる話・・・
>これ滅茶苦茶興味あります!!
私も興味ありありなんですが、これは冗談です(汗)超回復したのならば成長してもいいんですけど、構想が全然思いつきません。ぬか喜びさせてすみませんでした。
ピートと雪之丞の話はやるつもりなのですが、横島さんタイプの人間にはそぐわない悲しい話とバトルメインの話の二本です。
シロが超回復してボンキュッボン……本当に見てみたいものです。
鷹巳さま
コメントありがとうございます。謎が謎を呼ぶ今回の話でしたが、謎が出すぎてワケわからん状態になることだけは防ごうと思っています。
実際かなり設定がややこしいオリキャラばかりなんで、どこでどうやって話の説明をさせようか今四苦八苦しています。
オリキャラの独白なんか入れれたらわかりやすくなるんですが、何の小説だよ! と突っ込みを入れられること必至ですし、難しいものです。
雪之丞ファンなんですか、私もです。そんな雪之丞ファンには嬉しいお知らせが下に。
次回投稿しようとしていた「マイ・フェア・レディ」なんですが、中止せざるおえませんでした。なぜなら全然面白くないからです。
小鳩と横島のクリスマスネタなんですけど、話にほぼ関係性が無く、お蔵入りとなりました。有限不実行な私ですみません……。もっと考えて次回予告いたします。
そこで次回の話は繰上げで雪之丞が中国の山奥で大暴れする話を入れます。
雪之丞メインな話なんですが、話の都合上雪之丞のキャラがやや変です。原作を超える戦闘狂になっています。それはもう戦闘まっしぐらです。
そんな雪之丞でも愛でてくれるあなたにお送りする雪之丞視点の話、「サイレント・ヴィレッジ」。
謎の男が再登場する話でもあります。これは絶対投稿中止にしません。こんどこそ有限実行を守りたいと思います。 (由李)