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上を向いて歩こう 顔が赤いのがばれないように

子供の夢 【終】


投稿者名:由李
投稿日時:05/12/ 1

結局キッドの魔力に僕は自由を奪われてしまったのだが、ひょっとしたらキッドを一目見た時から僕は操られていたのかもしれない。
恋という魔力にね……駄目だ。やっぱり僕にはセンスが無い。顔にピアスでもしてみようか。
いや、余計僕の女性ファンが減るだけだろうな。
そろそろエミさんにも愛想をつかされない勢いだ。本当に僕が何をしたというのだ。





子供の夢





キッドは僕を操ることにまんまと成功した。キッドがブラドーの仲間だったことは僕に大きなショックを与えた。
裏切られた気分だったが、それは僕の身勝手な幻想だろう。
これから僕はどうなるんだろう。
僕は今キッドに連れられて下水道を歩いている。
一回目のデートは欲望渦巻くホテル街で、二回目のデートが腐臭を発する下水道。
どっちがいいかなんて考えているうちに目的地についたらしい。
キッドが立ち止まった。しかしそこにはひび割れた壁があるだけだ。

「霧になってこの壁の先に行くのよ。ついてきて」
「わかりましたキッド様」

僕は言われた透りに霧となり壁の割れ目から中へと入っていった。
中に入ると意外と整頓された部屋で少し驚く。横島さんのアパートよりもよっぽど綺麗だ。
三つある薄汚いベッドの一つの上で、僕と同じ顔の男、ブラドーがこちらを見てせせら笑っていた。
そしてブラドーの周りには、先日の襲撃で仲間になったと思われる一般人が多数いた。
部屋には他にもいくつか出入り口らしきものがあった。
さっきの入り口はバンパイア専用で、人間は普通の出入り口を使っているのだろう。
ブラドーが人垣をかきわけこちらに向かって歩いてくる。まずブラドーはキッドに言った。

「よくやったぞキッド。これで最大の脅威は去った。世界征服まであと一歩だな!」

最大の脅威とは僕のことだろう。
確かにバンパイアの僕がいなければブラドーを倒すことはできない。
こうなったらもう息の根止めてやるからなくそ親父!

「ん。結構簡単だったよ。後はGSを味方につければ私たちの勝ちね」
「余はすぐにでも戦える。そんなまどろっこしいことしなくとも、そこらに群がる人間共を吸血鬼にしてしまえば事は簡単ではないのか?」

僕は先の街中での襲撃事件を思い出した。

「だから昨日あんなことしたのね。そのせいでGSたち警戒しちゃったじゃない。それに仲間にするなら強い仲間の方がいい。明日にでも私が六道女学院を占拠するわ。GSの方はピートに任せればいい。後は簡単。ネズミ算式に仲間が増えていく」
「フハハハハ! お前という頭脳を持った我々は無敵だな!」

まずい。非常にまずいぞ!頭の大事なネジがいくつも吹っ飛んだブラドーだけならなんとかなったかもしれない。
しかしキッドという参謀がいる限りブラドーはただのおっさんではない。
キッドの作戦は少なくとも僕には完璧と思えた。そして六道女学院に留学した理由がこれでわかった。
もしもあそこの生徒が暴動を起こしたりしたらオカルトGメンでも抑えきれるかどうか。
ひょっとしたら本当に世界征服できてしまうんじゃないか?

「どうしたピート。マメがハト鉄砲くらったような顔をしておるではないか」

お前だけは許さない。そしてそれを言うならハトがマメ鉄砲だ!

「……いえ、何でもありません。GS共を根絶やしにしてやりましょう」
「フハハハ! 作戦は明日だ。今日は寝よう。明日の日の沈む頃に起こしてくれ」

そのまま永眠してしまえ!僕に出来るのは心の中で悪態をつくことだけだった。

「じゃあピート。あなたはもう帰っていいよ。明日の夜までにGSをなんとかしておいてね」
「はい。わかりました」

僕がそう言うと、キッドの表情が一瞬だけ曇った気がした。
そう言えば僕はまだ聞いていないことがある。僕とキッドが以前何処で会ったかということだ。
しかし命令外のことはできない僕は、その質問は胸に留めることしかできなかった。





**





僕が解放されたのは既に日が沈んでからだった。
教会に戻ると誰もいない。唐巣神父の姿もトッティさんの姿も無かった。
もちろんキリストを信仰している泥棒が聖書をあさっている姿も無い。
だが僕の嗅覚は確かに人間がこの教会にいることを伝えていた。
視界の端から何かが飛び出すのが見えた。猟師が投網を打つように僕に向かって網が飛んできた。
その網はただの網ではなく霊的加工が施されていて、僕は身動きができなくなった。

「今よ! 噛まれないように気をつけて取り押さえて!」

机で死角になっている場所から美神さんたちが出てきた。
周りには事務所にいたGSたちの姿が。僕は追跡者をまいた時から既に敵に落ちているととられたのだろう。
ナイスな判断だ。流石にいくつもの修羅場を潜り抜けているだけのことはある。

「くっ、愚かなる人間共め!」

と僕は言っているが、本心では裸でトジョウすくいしているのだ。
どうやら世界は滅亡の一途を辿らないですむらしい。ざまみろ。ボケ親父。





**





事務所まで連行された僕は、頭から手足の先まで網でぐるぐるまきにされていた。
口にはさるぐつわをはめられていて大変息苦しい。
確かにこうしておけば僕が何かやらかすことはないが、もっと僕をいたわって欲しいところだ。

「ったくデートなんかして鼻の下伸ばしてるからこんなことになるのよ。横島クンじゃあるまいし」
「一言多いっすよね! 大体俺はデートの相手がいない!」
「威張るな!」
「令子ちゃん。キッドの住所がわかった。それと一応六道女学院の生徒は今夜中にも全員保護できるよ」
「ありがとう西条さん」

どうやら作戦は全てお見通しらしい。僕が思っていたよりも皆はずっと優秀だ。
キッドはどうするつもりだろうか。
うちの恥ずかしい身内は間違いなく極楽よりも居心地の悪いところへ送られるだろう。
そのことに関しては金魚の水槽くらいの深さの同情を送っておこう。キッドも同じ処分なのだろうか。気になる。
だが僕の体の支配を解くにはキッドを殺すか、僕が噛み付くかしかない。
キッドに操られている以上噛み付くのは難しいだろう。
となると誰かがキッドを殺すのか?僕はそれを黙って見ているのか?

「明日の夜明けを待ってアジトを捜しましょう。キッドの自宅捜索も一応夜明けを待ってからにしましょう。仲間がいないとも限らないし、慎重にいかないと敵が増えて味方が減ることになるわ」

歴戦のGSたちにぬかりはない。キッドはこうなることがわかっていてブラドーに手を貸したのだろうか。
キッドはブラドーの世界征服を子供でも考え付かないものと言った。それは本心からなのかもしれない。
子供よりも子供らしい夢。さしずめキッドはブラドーという幼稚なバンパイアに夢を与えるサンタクロースか。
恋愛映画やホラー映画よりもファンタジーの方が面白そうだ。
僕はいつの間にか眠っていて、気がつくと夜が明けていた。





**





僕はキッドの自宅に皆と一緒についていくことになった。目を離すと何をするかわからないので、ということか。
キッドの自宅であるマンションは五階建てで比較的新しい作り。
そのマンションの二階にキッドが住んでいる部屋があるらしい。時間からしてそろそろ学校へと向かう頃だ。
皆は息を潜めてドアの前に立っていた。しかし三十分経ってもキッドは姿を見せない。もう学校には遅刻する時間になっている。
美神さんと西条さんが目配せし、強引に部屋の中へと突入した。
部屋の中には大きなテディーベアと、簡素なベッドをはじめとした最低限の家具と日用品しか無かった。
キッドの姿は無い。

「昨日の夜からずっとオカルトGメンが見張っていたんだ。昨日ここには帰らなかったらしいな」
「テープルの上に何かあるわね。これは……地図かしら」

美神さんが見つけたノートの切れ端には下水道のアジトまでの行き方が書いてあった。
僕は直感した。キッドは作戦を成功させるつもりなんかない。
僕は勘が恐ろしいくらい鈍いんだが、これに関しては間違いないという自信がある。

「罠じゃないっすかあ?」
「それでも日が沈むまでにできることはしなくちゃね。行くわよ」

その紙きれを手に取り皆が部屋を出る。親父とキッドはまさしく下水道に追いつめられたネズミだ。





**





再びこの悪臭漂う下水道に行かなければならないとは思っていなかった。
しばらく進んでいたが、急に美神さんが立ち止まる。
その場所はあの時僕がキッドに連れられて通った場所だ。しかし人間がここを通るのは無理だ。
違う入り口を捜すのかと思ったが、美神さんはぺたぺたと壁に粘土のようなものを貼り付けた。
皆を壁から遠ざけて手元にある携帯くらいの大きさのスイッチを押した。
スイッチを押したのとプラスチック爆弾で壁が吹き飛んだのはほぼ同時だった。
中に入ると棺おけが無いのか、ベッドでブラドーが包まって寝ていた。
ブラドーに支配された人たちも地べたや壁にもたれして仲良く寝息を立てている。
皆が寝ている中、一人だけこちらに背を向けて立っていたものがいた。
赤毛のベリーショート。六道女学院の制服を着ていて、耳からピアスが計四つ見える。

「手を頭の後ろに回してゆっくりと振り向け。大人しくしたほうが身のためだぞ。お前がキッドだな?」

キッドが西条さんに言われた通りにして、こちらを振り向く。
ボーイッシュな見た目にコケティッシュな笑顔がそこにはあった。

「流石ね。もう少し遅いと思ったんだけど。あらピート。何よその格好。ウケを狙っているなら上出来ね」

未だ網でぐるぐる巻きにされ、タイガーの肩に担がれている僕に向かってそう言った。

「ピートを操っているのは君だな。気の毒だが、僕のジャスティスで神より先に裁かせてもらおう」

西条さんが懐に忍ばせておいた霊剣を抜いた。キッドは全く動じずにこう言った。

「動かないほうがいいわ。ここは第二次世界大戦の時に使われていた日本軍のものなの。今でも地雷がそこら中に転がっているかもよ」
「何を馬鹿なことを。天誅をうけるんだ!」

地雷という単語が透き通るように頭に響いた。
おそらくその場にいた者で理解できたのは僕とタイガーと雪之丞とおキヌちゃん。
西条さんにはキッドの言ったことが冗談にしか聞こえなかったに違いない。

「ぐあ!」
「西条さん!」

学園祭の時とは比べ物にもならない火力が西条さんを襲った。
おまけにそれが近くに置いてあった火薬に引火したらしい。地下下水道は戦場となった。

「うわあ!」
「動かない方がいいワケ!」
「西条さんしっかりして!」
「美神さーん!」

タイガーの肩から落ちた僕は地面に転がった。部屋の中は爆発による粉塵で視界ゼロだ。
その中でキッドは霧となって僕に近づき、僕を拘束していた網を解いた。
僕たちは霧となってそのアジトから脱出した。
あーあーこちらチェックメイトキングツー。脱出は成功した。繰り返す。脱出は成功した。





**





下水道を抜け出した僕たちはとある高層ビルの屋上まで逃げた。
このコンクリートのジャングルに身を隠すには地下か空に近い場所でないといけないらしい。
まだ日が昇りきっていないので突き刺すように肌が寒い。
バンパイアである僕たちでなければこのもろにビル風が当たる屋上には三十分もいられないだろう。
僕たちは貯水タンクに背を預けて並んで座った。

「結局世界征服なんてできなかったね」

キッドがぼそっと僕に笑って言う。妖艶だなんて表現は似合わない。
やっぱりキッドはコケティッシュでボーイッシュな女の子だ。

「最初から計画が失敗すると思っていたんですか?」

まだ支配が解けていない僕は敬語で尋ねる。

「まあそんなとこ。私ができることはしたし、これでブラドーにも借りが返せれたってことかな」

その後キッドはブラドーとの出会いから僕に話してくれた。
最初の辺りはブラドーから聞いた話らしいので、あまり当てにはならない気もしたけど、僕は黙って聞いた。
キッドは特殊な捨て子だったらしい。母親は人間で、父親がバンパイアだとは知らずに結婚してキッドを生んだ。
その母親は最初から精神がおかしかったらしい。
それはそうだろう。ブラドー島で生活しておきながらバンパイアの存在を信じていなかったというのだから。
そして夫がバンパイアだと知ったキッドの母親は父親に杭を刺し、あろうことかキッドの胸にも杭を刺したという。
そこに現れたのがおつむの足りない救世主ブラドー。ブラドーはキッドの母親の手から死にかけのキッドを奪い、ここまで育てたらしいのだ。
ただ城の一室に幽閉されていたというのが気になった。
それがキッドの意思なのか、ブラドーの究極のおせっかいなのか、それは教えてくれなかった。
僕はブラドーと一緒に住んでいた期間が極端に短く、物心つくまえからトッティさんの下で育ってきた。
僕にとってはあの額が後退したトッティさんが親代わりだ。キッドを知らなかったのはそのせいもある。
キッドは城にあった古い書物で呪術を知り、研究をしはじめ、溢れんばかりの好奇心と向上心で単身中国に渡っていたらしい。
僕は城の生活が嫌になっただけじゃないかと思ったけど。
ブラドーと再会したのは僕たちがブラドーを土の中に埋めた後だ。
その事に関しては仕方の無いことだと思って、割と簡単にあきらめがついたようだ。いたたまれないやつ。
ブラドーに対しての同情心が水槽から二十五メートルプールくらいの深さに変わった。
今まで育ててもらった恩返しのつもりで復活させたブラドーが、世界征服を手伝って欲しいとキッドに頼んだことから、今回の事件は始まった。
僕にはいくつかの疑問があった。
そしてその時ジグソーパズルが完成したように、全ての疑問は一つの確信となって僕の頭で完成した。

「でもあなたは」
「はい今から敬語禁止」
「……君は計画が失敗するのを願ってた。違うかい?」

僕がそう言うとキッドがまた笑った。それで僕の顔がほのかに赤くなるのを見て、それでまた笑う。
よく笑うバンパイアだ。親父もよく高笑いをしているが、それとこれとは訳が違う。
何が違うのか説明しろと言われても、うまく言えないけどね。





**





「どこから気付いてた?」

キッドは覗きこむように首を傾けた。僕は一呼吸置いてから話し始めた。

「気付いたのはつい今朝のことだけど、そう思わせる要素は実はいっぱいあったんだ。まずは名前。僕に近づくだめだけならブラドーの名前は伏せておくべきだ。もし僕が美神さんに君のことを話していたらブラドーと君はすぐに結びついた。次にブラドーが日本にきたとき、本名で飛行機に乗り込んでいた。よくよく考えればタクシーにも乗れないブラドーが、一人で飛行機を使えるはずがない。あれは君が手配したんだろ?」
「ええ、そうよ」
「本名で飛行機を使わせて君は僕たちにわざとブラドーが日本にきていることを伝えただ。わざわざ監視カメラを使って美神さんを挑発するようなことをしたしね。そしてアジトへの地図だ。君は僕をアジトに連れて行った時地図を使わなかった。既に道順を覚えているにも関わらず君が地図を持っていたのは変だ。しかもわざわざその地図を人目につきやすいテープルの上に置いていた。他にもいろいろある。ブラドーを掘り返した跡をそのままにしていたし、僕をアジトから帰したとき僕を一人にしたのは無用心と言える。大体この作戦自体「もういいわ」





**





キッドはやれやれと言ったように肩をすくめた。

「つまんない。全部正解よ」
「……君は一体何が目的なんだ?」

キッドは俯き加減でぽつぽつと語り出した。

「世界征服なんてさせたくなかった。この世界には美しいものがたくさんある。それを全て自分のものにしようとするなんて。まあわからなくもないけど。でもあの人の頼みを断れないし、私が断ってもあの人はやろうとするわ。だからね、ひとときの夢を見させてあげたの。本当は穴だらけの計画をブラドーに教えた。ブラドーは目を輝かせていたわ。結局、私はブラドーとあなたと、両方を騙していたことになるわね。前に騙されるほうが悪いって言ったけど、そんなの嘘よね。騙すほうが悪いにきまっているもの」
「結果がわかっているというのに、君は作戦を行ったのか?」

キッドが顔を上げた。僕に向けられた顔は満面の笑みだった。

「結果よりも過程を楽しむことはどんなことにおいても重要よ」

ふわりと浮かぶ羽毛みたいな柔らかい笑い。僕はその全てを包み込むような笑顔の前に言葉も出なかった。
結局僕もブラドーもキッドの手の上で踊っていただけなのだろう。キッドの笑顔が全てを物語っていた。
キッドはぽかんとしている僕に向かって言った。

「あなたには迷惑かけたわね。本当は街であなたをナンパするつもりだったけど、あなたの方から来るなんてびっくりしたわ。作戦を早めたのはその為よ」

どうやら僕たちの運命の出会いはどんなかたちにしろ必ずあるシナリオだったらしい。まさしく映画だ。
僕が主人公でキッドがヒロイン。誰がどんなにこの出来損ないの話を侮辱しようとも僕は演じてみせるさ。
ラストはどんなにお粗末なものでもいい。
この不幸な少女が幸せになるなら僕はピエロだって演じるし、裸でドジョウすくいだって踊ってやるさ。
バンパイアがドジョウすくいを踊る感動のファンタジー。グレイト。

「あなたに会えてよかったわ。これは本当よ。普通の女子高生は楽しかったし、友達もできた。ちょっと服装のセンスがおかしかったり、ぬるぬるしたものを見ると発狂するような友達だけどね。夢を見させてもらったのは、ブラドーだけじゃなくて私も同じ」

今度トロの前で納豆にとろろでもかけて食べてやろうか。
僕は顔を青ざめさせたトロと、爆発するニトログリセリンを想像した。
心臓がはちきれんばかりの血液を体中に送り出してきた。
なぜなら僕の横にいたはずのキッドがいつの間にか僕の正面の、投げ出した両足の間にいたからだ。
四つん這いになって顔だけ僕に突き出している。唇のピアスがなくなっていることに気付いたが、そんなことどうでもいい。
僕の体からもうすぐ蒸気が吹き上がりそうだ。

「どうせ私は遅かれ早かれ捕まる身。その前にあなたの洗脳といてあげるわ。命令よ、唇を噛んで血を吸いなさい」

ぐぐっと顔が近づいて僕の視界はキッドで遮られた。セカンドキスでも体が痺れるような感覚はファーストの時と変わらない。
僕はキッドの柔らかい下唇を遠慮がちに噛んだ。あまり吸い過ぎて今度はキッドが僕に支配されないようにした。
キッドが唇を離すと、キッドの唇から赤い筋が下に続いていた。キッドの髪の色よりもなまめかしい色だ。
キッドはハンカチを取り出して僕に手渡した。僕の口からも血が垂れているのだろうが、まずは自分のを拭いたらどうなんだ。
僕がそう言ってハンカチを返す前に、既にキッドは手の甲で血を拭っていているところだった。
以前見た『もののけ姫』のサンを連想した。僕も渡されたハンカチを使わずに手の甲で強引に血をからめとる。
お互い口の周りを血で汚している。二人のもののけ姫。ファンタジーからジブリへと転回する物語。

「せっかく渡したんだから使えばいいのに」

そう言いつつ僕の手からハンカチを取ったキッドは笑っていた。僕も笑う。
ここで終わればよかったのに、物語は横から割り込んできたものに邪魔をされた。

「そ、こ、の、不純異性交遊者どもー! お縄につきやがれー!」
「違うでしょ!」

いつの間にここまで接近していたのだろうか。近くでホバリングしているヘリから拡声器を通した横島さんの声が聞こえた。
そして横島さんが美神さんに殴られた音も拡声器で大きく響いた。
僕は立って手を大きく振り、支配が解けたことを伝えると、ヘリはビルの屋上にゆっくりと下降してきた。
さて物語はハッピーエンドとなるのだろうか。





**





僕に発信機がついていると知ったのは、キッドがオカルトGメンに連行された後の話だ。本当にぬかりのない人たちだ。
ここから先は全て後から聞いた話。
キッドは色々と事情を聞く必要があるのでオカルトGメンにしばらく拘束されるらしい。
その後の処遇に対しては僕が心配することはないらしい。
ひとまずヒロインが死ぬような安易な悲劇は避けることができた。
そして最初から皆、ブラドーやキッドを殺すつもりなど無かったらしいのだ。それにはキッドも驚いていた、らしい。
僕が思っていたよりも皆は遥かに優秀なGSだった。
ただ僕はジャスティスを手にした西条さんは本気でキッドを殺すつもりだったとしか思えなかった。
霊刀を扱う際には用法、要領、使用者を選んで正しくお使いください。
ブラドーはヴァチカンに送られて幽閉されるのだという。それを聞いたキッドはほっと胸を撫で下ろした、らしい。
そしてなぜか僕も。あんな親父でも死んでいるより生きているほうがいいらしいのだ。
今度ヴァチカンにキッドと一緒に遊びにいってやろう。
うちの身内が巻き起こした恥ずかしい騒動は一人の死者も出さずに終わった。
出来損ないの物語にひとまず納得できるオチがついたという感じだ。
ただ地雷を踏んだ西条さんはしばらく入院するらしい。
西条さんにはマントルに届くくらい深い同情を送っておくとしよう。





**





ここからは後日談の後日談。
Gメンから解放されたキッドはまた六道女学院に通うらしい。
キッドもGSスイーパーを目指して勉強中なのだという。僕も負けてはいられない。
僕は結局キッドに聞けなかったことがあった。
キッドと僕が学園祭以前に何処で会ったかということだ。
あの事件以来キッドには会っていない。今度会うときにはその聞き逃した質問をぶつけてみようと思う。
それには僕がどうやってキッドを三度目のデートに誘うかという課題が残っていた。
その課題は今も終わっていない。
出来損ないなのは物語ではなく、主人公の奥手な性格のことかもしれない。





子供の夢 【終】





**





これは出来損ないの物語のあとがきではない。もっと先の話になる、さらに出来の悪い物語のまえがきだ。
僕は疑問に思うべきだったのだ。キッドの話にはたくさんの嘘があった。
その嘘を一つでも気付いていれば、僕はまだまだ夢を見ることができたかもしれない。
キッドは言った。「この世界には美しいものがたくさんある」と。でも本当は、キッドにはこの世界がゴミの塊に見えていたのだと思う。
この醜い世界を支配して何になる。キッドが本当にブラドーに言いたかった言葉はたぶんこれだ。
夢はいつか終わる。嘘はいつかばれる。別れはいつか訪れる。
当たり前のことだけど、これほど残酷なことは無いよ。本当に出来が悪い。


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