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上を向いて歩こう 顔が赤いのがばれないように

GSエボリューションプロジェクト


投稿者名:由李
投稿日時:05/11/24

 これは出来損ないの物語である。主人公の僕が言うんだから間違いない。大体ジャンルもごちゃ混ぜだ。僕が本当に裸でドジョウすくいを踊っていればコメディだったかもしれないが、それはまた別の話だ。



GSエボリューションプロジェクト



 空は青々として散歩日和と言える。しかし冬の気温は太陽が出ていても冷たく乾いた風は体の芯まで凍えさせるものだ。
 僕はこの寒空の下、横島さんたちと六道女学院に向かって歩いていた。横島さんと並んでいるのは同じクラスのタイガー。そして雪之丞だ。先ほどから六道女学院の話題で持ちきりである。それもそのはず、僕たちは六道女学院の、少し時期遅れな学園祭に招待されていたのだ。特にはしゃいでいるのは横島さんだったが、タイガーや雪之丞もまんざらではない様子だ。それはそうだろう。タイガーや雪之丞はその高校に親しい女友達がいるからだ。恋人の一歩手前のような仲だと聞いている。
 あの最低のクリスマスの後、タイガーと雪之丞があのとき一緒にパーティーをした女の子と仲良くなったと聞いたのは、おキヌちゃんから聞いた話だ。正直腹立たしい。なぜ僕が最低のクリスマスと称したかというと、僕は開始早々、毒(ニンニク)を盛られてパーティーには実質参加できなかったのだ。クリスマスを楽しみにしていた僕にとってあれは本当に最低だった。
 横島さんが立ち止まった。

「うおおお!感じる。感じるぞお!お祭り騒ぎにはめを外した危険な思春期の匂いだ!許せん!俺が青春とはなんたるか教えねば!」

 この人の感覚にはどうもついていけない。



**



 六道女学院の校門前にについた僕たちは、手作りのアーチの前で立ち止まる。僕と横島さんがおキヌちゃんからもらった可愛らしい文体の招待状を、受付のボストンタイプのメガネをかけたクールビューティーな女の子に手渡した。タイガーはおキヌちゃんから招待状を受け取る前に既に招待状を貰っていた。雪之丞の招待状もそうだろう。
 受付の長い黒髪のクールビューティーは、見たことのないパソコンのような機械で、招待状が本物かどうか照合している。そしてミネラルウォーターのように澄んだ声で僕たちに言った。

「身元を証明できるようなものを持っていますか?」

 いやに厳重だな、と僕は思いつつ学生証を出した。横島さんはGS免許を。タイガーと雪之丞も何かしらの証明書だろうと思わしきカードを提示する。僕たちの身分証明書と画面を交互に見渡し、クールビューティーがパソコンのような機械に手早く文字を打ち込む。ふちの厚いメガネの奥に見える大きな瞳が妖しく光った。次にクールビューティーはとんでもないことを言い出した。

「全員不合格です。学校の中に入れることはできません。お引取りください」
「え“!」

 最初に出合った時と全く変わらない態度、変わらない表情で『さっさと帰れ』とは。冷静沈着。まさしくクールビューティー。

「どどどど、どういうことですケンノー!?」
「規則に違反するからです。招待状の裏にある規則を読んでみてください」

 一度提出した招待状を返された。僕たちは顔を寄せ合い裏面にびっしり書いてある規則を読む。まず目に付いたのは、女子高生と女子中学生は制服着用という条件で招待状なしでも入れる、ということだ。女子高ならではという感じ。その下に『下の規則に該当する人は入場できません』と前置きしてあるところがあった。その部分に目を光らす。僕はタイガーが入場できない理由だと思わしき一文を見つけた。

規則第五条『見た目』体格が極端に大きく、威圧感のある人は入場不可。

「なんで、ジャアアアア!」

 タイガーがあらぬ方向に向かって叫ぶのも無理はない。こんな素敵な規則があるなんて夢にも思わない。他にもこんな記述がある。

規則第五条『経歴』前科があるものは入場不可。

「おーろろーん!」

 雪之丞がタイガーと一緒に叫び出した。あんたは何をしたんだ。
 おそらくこれは僕だろうと思わしき項目には、人外のものは入場不可、と書かれてあった。ここは僕も叫んだほうがいいのだろうか。ただ横島さんだけは僕たちと違った。

規則第五条『ブラックリスト』横島忠夫は無条件で入場不可。

「神よ!神は何故私にこのような試練を与えたのだ!」

 横島よ、それはあなたの日ごろの行いがアレだからです。神がその質問の答えを返すとすると、きっとこう言うだろう。

「ってなんで俺は名指しなんだよ!」

 横島さんはクールビューティーに詰め寄る。ぐっと顔を近づけたと思ったら、次の瞬間にはその女の子に飛びついていた。美人となれば人間だろうが魔族だろうが敵だろうが受付だろうが見境ない人だ。ただここは六道女学院だ。そう甘くはない。
 横島さんは空中で停止し、その後目には見えない力で道路まで吹っ飛ばされた。偶然通りかかった軽トラックに撥ね飛ばされるのを、僕たちは遠い目で見ていた。横島さんはドクドクと頭から血を流しつつダッシュで戻ってきた。すぐに復活したあたり、流石横島さんといったところだ。

「実力行使ということでしたら、諦めたほうがいいですよ」

 メガネをかけた仏頂面だった表情が少しだけ子供っぽくなった。笑うと子供らしい顔になる。ふと胸のプレートが目に入った。そこには学科と名前がはいっていた。『霊脳科二年:藍前サツキ(あいぜんさつき)』と書かれている。僕や横島さんと同学年だ。先ほど横島さんを吹っ飛ばした能力はサイコキネシスだろうか。だとしたら相当の実力のある能力者である。

「トロちゃーん。不審者でも出たー?」

 まだ声変わりしていないような甲高い声が聞こえた。藍前サツキの後ろ、柱の陰から一人の背の低い女の子が姿を現した。肩にかからない程度のレイヤードのショートヘアは茶色に染められていて、大きなリボンが童顔の丸顔と合って可愛らしい。ただそのリボンはドクロの柄だった。ひび割れた頭蓋骨に、肉の無い両手が中指を立てている。腰にはチェーンと骸骨の人形が垂れ下がっていた。流石に霊能科は一癖ある。胸のプレートからして藍前サツキと同じ霊能科で二年生。名前は『神崎マイコ(かんざきまいこ)』。神崎マイコは藍前サツキを『トロちゃん』と呼んだ。まさかとろいのトロじゃないだろうが。

「いいえ。チェリーが心配することじゃないわ」

 どうやら神埼マイコのあだ名はチェリーだそうだ。あだ名が好きな女の子たちだ。

「トロ。そこの外人さんは入れてあげてもいいんじゃない?」

 チェリーが出てきた柱と対になっている、もう一本の柱からまたもや女の子が出てきた。背の低いチェリーとは頭一つ分違う。髪はナチュラルな赤毛で、ベリーショート。ボーイッシュでコケティッシュという、矛盾しているがそんな表現が似合う感じ。顔からして日本人ではない。他に追記するとすれば顔のピアスだ。鼻に一個。唇に二個。眉毛に一個。両耳に一瞬じゃ数え切れないくらいある。美人というよりは男前だ。いや美人には変わりないが。プレートにはまたもや霊能科、当然のように二年生とあった。名前は……削られている。
 そしてもう一つ。僕はこのボーイッシュでコケティッシュな女の子をどこかで見たことあるような気がするのだ。そしてこの女の子の体から漂う、特徴のある香水の甘い香りもどこかで嗅いだことがあるような気がする。気のせいかもしれないが、気になった僕はしばらくその子を見つめていた。その子は僕が見ていることに気付くと、ぱちっとウインクをしてきた。急に恥ずかしくなった僕は顔をそむけた。

「持ち場を離れては駄目でしょう。キッド」
「退屈だもの。男のいない文化祭なんて苺が乗ってないショートケーキよりも興味無いわ」

 名無しの女の子はキッドと呼ばれた。名前がわからないので、これは本名かもしれない。キッドの性格は横島さんと気が合うかもしれない。男のいない学園祭は、出来損ないのショートケーキと言ってのけた。そのキッドのご指名はどうやら僕らしかった。

「でも駄目よ。吸血鬼を文化祭に入れるわけにはいかない」

 驚いた。トロ(面白いあだ名なので僕もこう呼ぶことにする)は僕が人外なのを見抜いていただけではなく、僕がバンパイアであることも分厚いレンズのメガネの下にある、水晶のような目で見抜いていたのだ。これは大変凄いことだ。美神さんでも僕の正体には最初気付かなかったのに。
 トロが椅子から立ち上がる。トロは三人の中で一番身長が高かった。おそらく百八十近いだろう。門の前に三人が立つと、何か凄みを感じる。この先は入らせないという無言の意思表示。僕たちはすごすごと退散していった。



**



 六道女学院の塀に面した裏路地で、僕たちはこれからどうするか話し合っていた。先ほどの不当な扱いには三人とも腹を立てていた。

「どうすんだよ横島。ここまできて帰れないぜ」
「当たり前だ!女の花園を目の前にしてすごすごと帰るほど俺は人間できちゃいねえ!」

 横島さんはそう言うと壁をよじのぼり、無理矢理学校の中に入ろうとした。しかし壁を乗り越えようとしたとき何かにぶつかった。バランスを崩した横島さんは地面に激突した。なんと学校には結界が張り巡らされていたのだ!横島さんはあきらめずに文珠を使って結界を破ろうとしたが、結界はびくともしなかった。このとてつもなく巨大で、強力な結界はおそらく六道家のものだろう。いや、六道家でもこんな結界は作れるのだろうか。

「ふ……ふっふっふっふっふ。どうやら俺を本気にしてしまったようだな!作戦会議を始めるぞ!」

 横島さんは座り込み、僕たちも地べたに座って作戦会議を始めた。横島さんに諦めるという選択肢は存在しないらしい。タイガーと雪之丞もかなりヤル気だ。目が違う。女の子が絡むと皆横島さんと同じ思考になってしまうのか。
 本当なら僕はもう帰っているのだろうが、キッドのことが頭にちらつく。あの女の子が何者なのか気になる。僕は横島さんの作戦に乗ることにした。僕も女の子が気になるらしい。
 学園祭は三日間の日程だ。もう一度あの子に、キッドに会えるだろうか。

「では、学園祭潜入ミッションを開始する。作戦の説明をするからよく聞いておけ。作戦名は……『GSエボリューションプロジェクト』だ!」

 僕はタイガーと雪之丞と並んで座り、横島さんの説明を静かに聞いた。



**



 日本人はノーとは言わず、検討しておきます、とか。前向きに善処いたします、とか。曖昧な表現を好む。ぼくはその表現があまり好きではなかった。できないならできない。やらないならやらない。はっきり言ったほうが事はスムーズに進むと思う。だから僕は言った。

「無理です」

 しかし簡単には作戦を変更してはくれないようだ。何故僕が女装して学校に潜入しなきゃいけないんだ。

「ピートが女装して学校に潜入。おれたちとピートで外と内から結界を破壊し突破する。今のところこれしか思いつかないんだ」
「そんなこと言われたって、すぐばれるに決まっているじゃないですか!」
「ふっ、甘いな。これを見ろ」

 横島さんは右手の中にある文珠を見せた。案の定『女』という字が見える。本当はそういう問題じゃないんだが。
 横島さんたち三人の視線が体に突き刺さる。どうやら後には退けないらしい。だがこれでキッドに会えるなら、と僕は自分に言い聞かせた。
 意を決して文珠を飲み込む。僕は光に包まれた。僕が目を開けると横島さんたちが僕を見て固まっていた。僕は手鏡を取り出して自分の顔を確認する。金髪は変わらないが、とくに整えてなかった髪形はきれいに揃えられていた。後ろと横の髪が外側に跳ねるように緩いカーブを描いている。瞳が大きくなり、輪郭が丸くなった僕はどこから見ても女の子だった。胸も控えめだが、しっかりとついている。そしてついていたものがついていなかった。そのことに何故かすごく落ち込んだ。
 横島さんは何処から出したのかブレザータイプの女の子の制服を取り出した。着替えろ、ということらしい。着替え終わると僕はバンパイアハーフから普通の女子高生に変身していた。今更ながら文珠の多用性には驚く。
 これくらい変装していたらばれないだろう。僕は不安と期待を胸に、再び受付に向かった。



**



「女子高生だよねー?」
「あ、はい」

 受付にいたのはトロではなくチェリーだった。チェリーは大きなリボンをゆらゆら揺らしながら僕に聞いてきた。トロと同じようにパソコンのような機械に何か打ち込もうとして、手を止めた。再び僕に顔を向け言った。

「身分証明できるものはあるー?ないなら名前と生年月日を言ってくれるだけでいいよ」

 僕は戸惑った。女子高生なら難なく通過できると踏んでいた僕たちは細かい設定など微塵も考えていなかった。
チェリーが僕を怪しんできた。まずい。ひとまず帰ろうとした時、僕は見えない力によって背中を思い切り突き飛ばされ、前のめりに倒れた。タイガーにタックルされるよりもきつい衝撃かもしれない。膝をついてたまらずせきこむ。その拍子に文珠の効果が切れた。

「やっぱりね。ここは通さないから、諦めなさい吸血鬼」

 後ろを振り向くとさっきまでいなかったトロがチェリーの横で仁王立ちしていた。チェリーは何故か僕を見て大笑いしている。

「あはは!その格好すごく可愛いよー!」

 僕は自分がどんな格好をしているのか忘れていた。文珠の効果が切れた今、僕は女子高生の制服を着ているただの変態だ。いや、ド変態だ!校舎を出入りしている何人かの女子高生が僕を見て笑っている。なんという屈辱!こういう役回りは横島さんの分野だ。

「ピ、ピートくん……?何してるの?」

 心臓が口から飛び出るくらいびっくりした。声がした方には机を背負った女子高生、机妖怪の愛子さんがいた。こんな格好を知り合いに見られるなんて、一体僕が何をしたというのだ。

「ち、違うんだ愛子さん!これは……その……」

 慌てて弁解しようとしたが、言葉がうまく出てこない。『これは女子高に潜入する為なんだ!』と言ってもそれは弁解じゃない。さらなるドツボにはまるだけだ。

「い、いえ、いいのよ別に。私は気にしないわ。それもきっと青春という名のアルバムの一ページなんですもの」

 もしもそんなアルバムがあるなら僕はそのページを切り取って焼却するよ。
愛子さんは僕をちらちらと見ながら受付に行く。どうやら愛子さんも学園祭目当てらしい。

「人外のものは中に入れることはできません」
「ななな、なんですってー!」

 どうやら仲間が増えたようだ。



**



 その日、僕たちはひとまず帰路についた。今日学園祭に潜入するのは無理だと判断した横島さんが、明日また集まろうと言い、皆を解散させた。何か策でもあるのだろうか。自信満々な顔は僕たちを期待させた。
 愛子さんに僕たちのことを話すとすぐに話に乗ってきた。机妖怪はよほど青春に飢えているらしい。帰り際に夕陽に向かって『メガネー!』と叫んでいたが、意味は不明だ。トロのことか?
 僕はなんとしてもキッドに会う為に、明日も横島さんの作戦に参加する。その為には僕のオカルトの知識全て総動員するつもりだ。キッドには人を引きつける魅力があると思う。それはトロやチェリーにもあるのだが僕の頭の中はキッドのことで一杯だ。明日が楽しみだ。



**



 次の日の朝、校舎の裏側の路地にある集合場所には既に皆が集まっていた。横島さんは学校の見取り図を広げて何か説明している。愛子さんは机の上に座って脚をぶらぶらさせながら聞いていた。

「お、ピート。今回の作戦はぬかりないぜ。最初から簡単に説明してやるからそこら辺に座れよ」

 作戦は既に前準備が整っていた。昨日の夜おキヌちゃんに学園祭に潜入する為に手伝って欲しいと頼んだらしい。おキヌちゃんは横島さんの頼みを素直に聞いたそうな。きっとタイガーと雪之丞のことが関係しているだろう。魔理さんやかおりさんの顔が思い浮かぶ。
 横島さんはあの三人のこともおキヌちゃんから聞いていた。六道女学院では知らない人はいないほど名が知れ渡っているのだという。
 トロは生徒会長にして、最優秀成績者。クールで面倒見のいい性格が女子に大うけしているのだという。ファンクラブがあるらしい。
 チェリーは高校生にして既にGSとして活動しているという。そんな人が僕たち以外にもいるとは知らなかった。しかも免許を取ったのはなんと中学生の時。更に成績は二位。グレイト。十四歳でGSになったというのは最年少記録らしい。トロも十六で歳でGS免許を取っているということだった。そして成績は一位。やはり只者ではなかった。
 僕が一番聞きたかったキッドについてはあまり情報がなかった。ただキッドというのは本名らしいのだが、フルネームは誰も知らないのだという。おキヌちゃんが六道女学院に入学した後、留学というかたちで転入してきたのがキッドだったらしい。そしてその年にあった二年生のクラス対抗戦では、トロとチェリーがいるチームと初戦で当たったのだが、あの二人相手に善戦したのだという。あなどれない。

「時間だ。そろそろおキヌちゃんがこっちに来るはず」

 腕時計で時間を確認した横島さんは耳を研ぎ澄ましているのか、目を瞑っている。
タッタッタッタッタ
 塀の向こうで誰かがこっちに駆けて来る音が聞こえる。足音が止まり、ケーキのスポンジみたいな物腰柔らかな声が聞こえた。

「横島さん?いますか?」
「おキヌちゃん!結界は大丈夫か?」
「あ、はい。今弱めますから、そっちからも霊波を送ってください」

 おキヌちゃんがそう言うと、塀の上の結界が歪み出した。僕たちはその歪んだ辺りに全力で霊波を送った。結界はガラスが割れるような音を出して壊れた。壊れた部分はタイガーでも楽に通れるくらいの広さがある。

「よっしゃあ!行くぞ。勝利は目前だ!」

 横島さんが一目散に塀に攀じ登り、結界が壊れた部分から中に入っていった。僕たちも横島さんのあとに続いて穴から学校へと入った。



**



 破れた結界から侵入した僕たちは学校の裏手に出た。横島さんはさっきから鼻をひくつかせて匂いを肺一杯に吸い込んでいた。横島さんいわく『夢と希望と思春期の危なっかしい匂いがする』らしい。僕は人間より鼻がきくのだが、そんな匂いはもちろんしない。ただ、つい昨日嗅いだあの特徴的な甘い香りがするのに気がついた。

「ストップ。それ以上中に入られると私がトロに怒られるのよ」

 声のした方に顔を向けると、腰に片手をついてまるでモデルのようなポーズで立っているキッドの姿があった。

「動かないほうがいいよ。既にここは地雷原だからね」
「なーに訳わかんねえこと言ってんだよ!俺は行くぜ!」

 雪之丞がキッドに構わず先に進んだ。三歩目で雪之丞は舞い上がる砂に体が見えなくなる。雪之丞の足元で何かが爆発したのが見えた。まさに地雷原だ。ここはベトナムか?違う。ここは夢と希望と思春期の危なっかしい匂い漂う女子高だ。決して火薬の匂いなどしないし、塹壕もない。姿が見えてくると雪之丞は息も絶え絶え、かろうじて立っているという状態だった。

「もうすぐトロとチェリーがこっちに来るよ。そしたら私も手加減できない。あなたたちの退路には爆弾はないわ。さっさと帰って」
「ワッシは愛の為なら死ねるケン!」

 タイガーは勇敢にも先に進もうと足を踏み出した。しかし一歩目で見事地雷を踏んだ。タイガー、君の雄姿はきっと忘れないよ。
 よくよく匂いを嗅いでみるとわかったのだが、これはただの爆弾ではなかった。火薬の匂いが全くしない。おそらく呪術の一種だろう。踏むことによりそれが発動するのだ。だがどんなに目をこらしてもどこに爆弾があるのか皆目検討がつかない。呪術に詳しいエミさんなら対処できるのかもしれないが、今ここにいるのは女好き。バトルマニア。女性恐怖症のトラ。机妖怪。ネクロマンサー。そしてイケメンバンパイアハーフの僕だ。まともにやりあうのは難しい。

「お、覚えてろよー!」
「地雷なんて青春じゃないわー!」

 横島さんと愛子さんはタイガーと雪之丞に肩を貸し、すごすごと退散していった。おキヌちゃんも横島さんについて逃げるつもりらしい。別におキヌちゃんは逃げなくてもいいかと思ったが、潜入の手引きをしたことがばれると、あとあと問題になるかもしれない。おキヌちゃんの判断は正しいと言える。
 キッドは僕が未だ動かないでいるのを見ると、悪戯っぽく笑った。ボーイッシュな見た目と違い、普通の女の子っぽい笑いかただった。

「あなたは逃げないの?それとも私とホテルにでも行く?」

 キッドの言葉が僕の脳髄を駆け巡る。僕は反射的に後ろを振り向き、そのまま横島さんたちの後をおった。後ろから「照れてるのー?」と声が聞こえたが、何も答えずに塀を登り始めた。塀を登りきった時、遠くからトロとチェリーがこっちに走ってくるのが見えた。僕たちは塀を降りた後一目散に走って逃げた。



**



 雪之丞とタイガーは結局二、三日入院することとなった。あの地雷には爆発と同時に霊力を吸い取る効果もあるらしい。爆発を喰らった本人たちがそういうんだから、まあ間違いないだろう。
 雪之丞は最後まで入院を拒否していたが、学園祭帰りのかおりさんが見舞いに来ると、急に大人しくなった。やんちゃな弟とそれをしかる姉みたいだった。何か無性に胃がむかむかする。見舞いには魔理さんも来た。タイガーに学園祭の出店で買ったフランクフルトを持ってきていた。
 仲間が二人もドロップアウトして、明日の潜入は無理かと思われたが、横島さんはまだやる気だ。おキヌちゃんの為にも行かなくてはならないんだ、と僕に熱弁した。だがおキヌちゃんの手引きはもう期待できない。大体今日のことだって無理を言って手伝ってもらったのだろう。

「うし。帰って作戦会議だ。お前らの分まで明日はやってやるぜ!」
「横島。俺たちの犠牲を無駄にすんじゃねーぞ!」
「うぅ……ワッシの仇をとってつかぁさい」

 たかが学園祭なのに、このテンションはなんなんだ。
 僕はこの三人のずれた青春に苦笑しながらも、横島さんと病院を出た。おキヌちゃんと愛子さんはまだ病室に残るらしい。外に出た僕たちは特に行くあてもなかったが、気がつくと夕陽のよく見える橋の上で立ち止まっていた。



**



 眺めの良い橋の上、僕たちは絶望的に赤い夕陽を眺めていた。

「俺はなにやってんだろうなあ」

 横島さんが顔を夕陽に赤く染めながらぽつんと呟いた。そういえば横島さんは夕陽を見るといつも思い深げな表情になる。それはあのアシュタロスが巻き起こした一連の騒動にあると聞く。でも僕は深く聞いていないし、横島さんに直接聞くなんて野暮なことはしないから、何があったのかはあまり知らない。でも横島さんの顔を見るとこっちまで切なくなってきて、僕も黙って夕陽を見ていた。

「大体学園祭に潜入できても、別にどうってこともないしなあ」
「あら、結果よりも過程を楽しむことはどんなことにおいても重要よ」

 後ろから声がした。振り返るとキッドが顔面のピアスに夕陽を反射させてそこに立っていた。横島さんも僕も慌てふためく。横島さんが一瞬逃げようとして、僕もそれに続こうとした。男として非常に情けない行動だ。するとキッドは僕たちを引きとめ、少し話をしようと言い出した。
 僕たちは警戒しながらもキッドの隣に立って、水平線で滲む夕陽に顔を向けていた。

「ちょっと背のびた?」

 キッドは夕陽ではなく僕を見て、まるで親戚の子にあった時のようにそう言った。その言葉で全てわかった。でも僕は大して驚きもしなかった。頭のどこかで気付いていたのか、そうであってほしいと願っていたのか、どちらなのかはわからないが。

「君はバンパイアだね」
「な、なんだってー!」

 横島さんが信じられないと言ったようにキッドを見る。キッドは横島さんを見てくすっと笑い、僕に言った。

「そう、私はバンパイアハーフ。あなたと一緒。日本にいるのは理由が二つあってね。一つはきっとあなたと同じ理由よ」

 僕が日本に留まっている理由はいくつかある。その中での最大の理由はGSの勉強をするためである。昼の間働けないバンパイアは、その日その日をかろうじて生活を送っている状態だ。GSとしてお金を稼ぎ、早く故郷の皆に楽をさせたいと思っている。それがキッドの二つの内の一つの理由だとしたら、もう一つの理由とはなんなのだろう。

「私が言う前に気付いたのは貴方で二人目ね。一人目はトロよ。あの子は霊感が鋭くて困るわ」
「あの、君は」
「明日も来るよね。学園祭」

 僕の言葉を遮ってキッドは言った。それには横島さんが答えた。

「もちろんだ。雪之丞とタイガーのためにも、俺は死ぬ覚悟だぜ!」

 拳を握り締め熱弁を振るう。そんな横島さんを見てキッドはまたくすっと笑った。
 その後キッドは何も言わずに帰った。結局バンパイアハーフということはわかったが、それ以上は名前すらも教えてくれなかった。これは挑戦状だ。明日学園祭に潜入して、学校でキッドに会うことができたら、そのときキッドは何もかも教えてくれるだろう。根拠は全く無いが何故か僕はそう確信していた。

「女子高の学園祭に潜入する。そんな青春があってもいいかもしれないですよね」

 愛子さんがよく使う言葉を僕も使ってみた。七百年も経ったが、僕はようやく青春を過ごせる時がきたのかもしれない。

「俺は決めたぜ。やるなら中途半端は無しだ」

 そういい残して、横島さんは帰っていった。夕陽はまだ半分以上見えていた。キッドの赤毛と同じ色だと、今気付いた。



**



 決戦の朝、横島さんに会った時愛子さんはいなかった。横島さんいわく、『愛子は置いてきた。この戦いにはついていけそうにないからな』だそうだ。
 六道女学院につくと、入り口に仁王立ちしているトロとチェリーが目に入った。僕たちは臆することなく二人の前に出る。トロは僕たちを発見すると、メガネの奥で微かに目が光った。チェリーは性懲りも無く僕たちがきたことに、まるで喜んでいるかのようにこっちに向けて手を振っていた。しかし簡単には通してはくれないだろう。
 朝、横島さんから作戦を聞かされた時は正直驚いた。でも僕はこれが一番いいような気がした。だから僕は横島さんの無謀な作戦を呑んだのだ。

「こりないわね。また道路まで飛ばされたいの?」

 トロは既に勝ち誇った顔でいた。チェリーは僕たちが何をするのか、面白い見世物でも見るようにわくわくした目でこっちを見ている。
 横島さんが不敵な笑みを浮かべる。なにしろこっちには秘密兵器があるのだ。

「これを見てもそんな事が言えるかな?」
「ひっ!そ、それは……」

 横島さんは後ろ手にして持っていたあるものを見せる。それは田んぼになら何処にでもいるあの緑色の両生類だ。トロはそれを見るとクールビューティーが台無しになるくらい慌て出した。メガネが目よりも下になるくらいずり落ちている。
 横島さんは昨日の夜、トロに弱点はないかとおキヌちゃんに聞いたそうだ。おキヌちゃんは少し考えた後、この両生類の名前を出したらしい。これが今回の作戦の秘密兵器だ。

「カ、カエルー!」

 横島さんは秘密兵器のカエル(生きている)を手に持ち、トロに近づく。トロの顔は青ざめている。この作戦はトロの動きを封じた後は正面突破だ。正々堂々と戦う、と横島さんは言っていた。本当に正々堂々と戦うならカエルはなんだろうか。
 僕たちは入り口を突破しようと走り出したが、ふとチェリーがいないことに気付く。チェリーはトロと距離を置いてがたがたと震えていた。チェリーの体にあわせて頭につけているドクロ柄のリボンが左右にゆらゆらと振れている。

「逃げて―!トロちゃんのトロっていうのは、ニトログリセリンのトロなのよー!」

 チェリーが周りに結界を張ったのが見えた。その結界はチェリーだけを包み込み光をあわく反射させている。感じる霊圧からそれがどれだけ強力な結界なのかわかった。学校を取り巻く結界はチェリーの力が及んでいるものなのかもしれない。
 チェリーが言ったニトログリセリンを想像する。普段は無色透明の液体が、何かの拍子で大爆発を起こす。
目の前にいるトロの霊圧が膨れ上がったのを感じ、本能的に頭を伏せた。僕の後ろにあった受付の机があとかたもなく粉砕された。トロのサイコキネシスだ!

「みどりー!ぬめぬめー!」

 トロが奇声を叫びつつ、充血し殺気だった目でこっちを睨んでいた。いや、トロの顔はカエルを持っている横島さんに向いていた。トロの様子に横島さんが後ずさりをする。それを見たトロはエフワンのスタートを連想するようなダッシュで横島さんに向かって走り出した。スプリンターのような素晴らしい加速であった。

「のわああ!」
「げこげこー!ぷくぷくー!」

 奇声を発しつつトロは横島さんめがけて猛然と走る。命の危険をリアルに感じたのか、横島さんはカエルを持ったまま必死に逃げた。周りの壁や道路を破壊しつつ追いかけるトロ。そのまま二人はどこかに消えてしまった。
 ぽつんと取り残された僕とチェリー。目が合うとチェリーはぎこちない笑いを僕にむけた。僕も苦笑で笑い返す。

「どうする?私はトロちゃんを追いかけるけど、そしたら君は中に入っちゃうよねー」

 そう言いつつチェリーは周りを覆っていた結界を解いた。しばらく考えた素振りを見せていたが、僕のほうに顔を向け、「君は入ってもいいよー。女装してまで入ろうとしたんだからねー」と言った。僕は何か言い訳しようとしたが、そんな僕には構わずチェリーはトロを追って消えてしまった。



**



 学校の中に入った僕はキッドを探す為聞き込みを開始した。近くにいた六道女学院の生徒らしき女子高生の何人かに尋ねる。十七人目で校舎の屋上に向かって歩いているのを見た、という情報が入った。僕はありがとうとお礼を言ったのだが、僕の後ろから悲鳴がのぼり、僕の謝辞はその声にかき消された。

「こいつ……おととい校門のところにいた変態、いえド変態よ!」

 その声に僕の周りにいた女子高生や女子中学生、一般の人が後ずさり、僕を中心に円ができる。なんてことだ。僕の長い人生において、女の子に敬遠されたことなど(アンを除いて)一度も無かったのに。

「ち、ちがっ、僕は変態じゃない!」

 僕は学園祭に潜入しようとしただけなんだ!なんて言えるわけないだろう。ひそひそと周りから声が聞こえる。僕の言うことなど誰も聞いてはくれない。何を言っても僕が不利になるような気がした。
 人垣の向こうから警察がやってくるのが見えた!一体何処から来たんだ!?僕は人垣を掻き分けて逃げるように校舎へと入っていった。校舎に入ると人、人、人。校舎の中は所狭しと女の子が占拠している。後ろを振り返ると警察が走ってくるのが見えた。僕は人ごみの中を通ることを諦め、体を霧にした。霧にした体で階段を上り、渡り廊下を通り、また階段を上り、たまに下りる。それを繰り返し、やっと僕は屋上に出た。



**



 屋上からは雪之丞とタイガーが入院している病院が見えた。そしてあの一度嗅いだら忘れられない甘い香りがした。

「なーにしてんの?」

 僕が屋上に出た入り口の真上、貯水タンクなどがある場所にキッドが居た。足を組んで垂らしている。もう少しで短いスカートからパンツが見えそうだが、僕はキッドの下着の色の確認よりもするべきことがあった。

「キッド。話して欲しいことがいろいろとあるよ」

 僕はキッドのほうに振り返る。キッドはけたけた笑いながら「ゲームオーバー」と言った。
 キッドの足下のドアから警官がぞろぞろと出てきた。日本警察のしつこさには脱帽だ。僕はここで捕まると将来(オカルトGメンへの就職)に大きく響く。僕は屋上の手すりまで走った。警官は僕が飛び降りようとしていると思ったのか、「早まるな!」とか「まだ人生は長い!」とか叫んでいる。僕は手すりにまたがり、霧になって逃げる直前、キッドが大声でキッドの本名であろうか、名前を言うのを聞いた。その後僕は霧となり屋上から逃げた。



**



 うまく逃げ出せた僕は横島さんが救急車で運ばれたと聞き、病院へと急いだ。随分日が短くなったせいで外はもう真っ暗だ。
 横島さんは雪之丞たちがいるのと同じ病室に入院していた。僕が部屋に入ると包帯に巻かれた痛々しい姿でベッドに寝ていた。

「よ、横島さん何があったんですか?」
「……何も言うな」

 横島さんは顔が青ざめている。生けるニトログリセリンに追いかけられたのだ。死ぬ思いだったのだろう。もうすぐ退院の雪之丞たちと違い、横島さんは全治一週間の怪我だ。横島さんにはマリアナ海溝よりも深い同情を送っておく。
 見舞いには今日も学園祭帰りのおキヌちゃんたちの姿があった。愛子さんも横島さんのことを聞きつけたのか、僕が来る前に既に病室にいた。雪之丞はかおりさんが剥いたリンゴを頬張っている。幸せそうな顔を見ると何か無性に殴りたくなった。今日魔理さんがタイガーの為に持ってきたのは焼きそばらしい。

「でも俺たちの勝利には変わりないぜ!」

 包帯を頭と腕に巻きながらも横島さんはいつもの調子で言った。雪之丞とハイタッチする横島さんを見て、愛子さんが「青春よねー」と笑う。

「そう言えば僕の霧に紛れ込めば簡単に潜入できましたよね」
「……もっと早く言えよ」

 言わないほうがよかったのだろうか。消毒くさい病室の空気に横島さんたちのため息が混じった。
 僕はキッドが最後に言った言葉を頭の中で繰り返していた。キッドの本名であろう。『チェルケッティ・キッド・ブラドー』。ブラドーの名前を持つこと、これは偶然じゃない。僕はキッドと出会ったのに何かしらの運命を感じた。このことは横島さんたちには話していなかった。キッドが何か邪悪な意思を持っているのならまだしも、そんなものは微塵も感じなかったし、それに僕だけの秘密にしておきたかった、というのもある。それが僕の最大の失敗だったと思い知らされるのは、割とすぐのことだった。


GSエボリューションプロジェクト 完


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