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山の上と下

12 寅吉一家・前編


投稿者名:よりみち
投稿日時:05/11/23

山の上と下 12 寅吉一家・前編

涼と横島のところに加江がやってくる。

「すっ〜け〜さ〜ん!!」
加江の姿を見たとたん横島は、一間(1.8m)ほどの距離を一歩で跳ねると‥‥

べしゃ!! 何かが叩きつけられるような音と共に加江ではなく地面に抱きついていた。

こうなることを十分過ぎるほど予想していた加江が、鞘のまま抜いた刀で打ち落とした結果だ。

「忠さん、いいかげん懲りませんか?!」咎めるような口調だが目元が笑っている加江。

「これくらいで『懲りる』だったら、最初からしません!! そこにきれいなおねーさんがいる限り、男・横島の挑戦は続くんです!」
起きあがった横島は、自慢できないことに堂々と胸を張る。

「あら、もういっぺん、地面と対面したいの?」

刀を軽く胸元に擬する加江にあわてて首を振る横島。

涼は”お約束”な展開を見つつ、「ところで、助さん。ご隠居は?」

加江は表情を引き締め、
「途中までは一緒だったんですが、引き返してきたれいこちゃんから、忠さんが無事だと聞いたので、ヤクザや追っ手の様子を見に引き返しました」

「なるほど、考えてみると終わってないどころか始まってもなかったな」
涼は何となく安心していた自分に気づいた。
「助さん、忠さん、急いで引き返そうぜ!」

「あの〜 俺、ついて行って良いんですか?」恐る恐るという感じの横島。

「良いから言っているのよ」と加江。
「でも、私たちといると極悪人一味ってコトで打ち首、獄門に一直線になるかもしれないけど? 離れるとしたら最後の機会よ」

「うっ! 言われてみれば‥‥」と考え込む横島。
「でも、あきらめるぐらいならここに来た意味はなくなるし‥‥ でも、でも、きれいなねーちゃんとお近づきになる前に、人生が終わるのも‥‥ そうだ、助さん! その時になって未練が残らないように、今夜は俺と一緒に熱い一時を‥‥」
ここで、すでに涼も加江もいないことに気づく。後に続くために、あわてて走り始める。



引き返すと、智恵、ご隠居、れいこが、身を隠し様子を窺っている。同じように身を潜めご隠居の元に近づく三人。

涼たちを認めるとご隠居は声を潜め、
「戻った時は、ちょうど、追っ手の連中が逃げ始めたところでね。ヤクザたちは深追いすることもなく、小休止ってとこだ」

見れば、それほど激しいやりとりはなかったようで、手傷を負った者はいるが、死人も重傷者も出ていない。ちなみに、野須の側も、死者なり重傷者は出なかったようだ。

「どうする、ご隠居? このままばっくれるなら簡単なんだが」と涼。

「旅の途中の俺たちはそれで良いんだが、”神隠し”の件がある智恵の姐さんはこの界隈から離れるわけにはいかねぇだろ」

「そうなんです」言葉少なく返す智恵。

「いっそ、格さん、助さん、智恵の姐さんで、ヤクザを皆殺しにするってのはどうだい? 三人ならヤクザの十人やそこら軽いだろ。今なら”神隠し”のせいにできるし、問題ねぇんじゃねぇか」
冗談とも本気ともとれる口振りで過激な提案をするご隠居。

「さすがにそれも‥‥ だいたい、あのヤクザたち、仕返しに来たとも思えませんし」

「だよな」ご隠居は、そこでにやりとすると、
「まあ、おいらがヤクザ屋さんから事情を聞いてくるから、待ってな」

「「「「「えっ?!」」」」」

戸惑う一同を後目に、隠居は知り合いに声をかけるような気安い風情で歩み出る。

「ちっ! 毎度のことだが人を喰ったジイさんだ。並の人外なんかより、よほど喰った人の数は多いんじゃねぇのか、ありゃあ」
涼は肩をすくめ後に続いた。

「ご隠居と格さんでうまくやります。万一ということもありますから智恵殿が出るのは最後で良いでしょう」
加江はさらに続こうとする智恵を押さえる。


 姿を見せたご隠居と涼にヤクザたちは身構えるが、例の大男がそれを制する。

 自分だけで二人の前に歩むと不器用そうに身を小さくし深々と頭を下げる。ヤクザの挨拶の定番である仁義を切らないのは、二人をカタギ(堅気)と見てのことだろう。

そのまま、しばらく話し込む三人。区切りがついたのか、ご隠居が振り返ると、智恵たちを招いた。


「この辺りを縄張りにしている大河の寅吉親分さんだ」
恐縮しきっている大男−寅吉に代わりご隠居が一同に紹介する。
「”神隠し”のことで、”美神”の姐さんの耳に入れておきたいことがあるってさ。それで、わざわざここまで来てくれたんだよ」

寅吉も、寅−虎の名前に相応しい、凄めばそれだけで子供が泣き出す厳(いか)つい顔に懇願を浮かべ、
「”神隠し”のことで、是非ともお伝えしておきたい話があるんですジャー。ただ、詳しくとなると長くなるんで、できれば、ワッシの家までご足労願えるとありがたいんジャが、どうですかいのー?」

ある程度の予感はあったのか、智恵はそれほど考え込むことなく、
「判りました。除霊師風情に足を運んでもらったばかりか、危ないところを助けていただいたお礼もあります。喜んで、お招きを受けさせていただきます」

「うおぉぉぉ〜! 良かったぁぁ! 受けていただいてありがたいこってす! これで、縄張りを預かっとるワッシの責任も果たせるというもんですじゃぁぁ〜」
大型肉食獣並の声量で吠え涙を流しながら感激を示す寅吉。

 その大仰さあきれた表情の智恵。それには何も言わず、涼たちに顔を向けると、
「ご隠居様たちもご一緒にいかがですか? ”神隠し”に興味がおありなんでしょう。来れば、色々と話のタネがあるかもしれませんよ」

「願ったり‥‥ って言いてぇところだが、いいのかい?」真顔で問い返すご隠居。
「追っ手の連中が言っていたような身の上だ。オイラたちに係わっちまうと、もしもの時に、とばっちりが行くかもしれねぇぜ」

「今更、水くさいですよ。私がご隠居様や渥美様、佐々木様を見て決めたこと、それがどのように跳ね返ってこようと、ご隠居様に気を掛けていただくいわれはありません」
軽く言い放つ智恵。そして、悪戯を自慢する少女のような笑みを見せると、
「それに、お誘いしているのはご隠居様を引っ張り込んで、渥美様の手を借りようって策略ですから気にしないでください」

「何だい、俺を頼りにしてくれたと思ったんだが、お目当ては格さんかい」
わざとらしく残念がるご隠居。
「たしかに、土地の親分さんが身を張ってまで来なさったことを考えると、”神隠し”、一筋縄じゃ済まない問題にちげぇねぇからな」

「渥美様、どうでしょうか?」

「『どう』って訊かれてもな‥‥」涼は口を濁し、ご隠居を見る。

「オイラを相良に送るのが仕事だから断るって話はナシだぜ。こんな面白そうな話を見過ごせば、これから一生悔いを残しそうだからな。それに、こうした縁ができた以上、何十人も犠牲が出ている件を放っておける格さんじゃないだろ。頼られたというだけで、たった二人のために大藩一つを敵に回したって話は聞いているぜ」

「そいつはだだの与太話だ。話が万倍ほどになって伝わっているだけぜ」
後半だけを反論する涼。言われるまでもなく、”神隠し”を見過ごせない自分であることは理解している。

引き受けることは決まっているとばかりに、ご隠居は寅吉に向かい、
「そんなワケで、オイラたち四人は”美神”の姐さんの助っ人なんだが、ちょいとワケありの身でね。親分さんにはそれでもかまわないかい」

「どんなワケかは判らんですが、こう見えても大河の寅吉、仁義は十分に心得ておりますジャ。除霊師の先生様が頼りにされるお方なら、ワッシらにとっても大切なお方。どんなワケがあっても、それでどうこうは絶対に致しません、安心してつかーさい!」
体躯に見合う堂々とした態度で請け合う寅吉。伊達に一家の親分を張っていないというところだ。


話がついたということで、寅吉は戻る支度をするために乾分たちの方に戻る。
その間を待っていたように智恵は娘の手を引き横島の前に来る。

?? 理由が判らない横島は間の抜けた顔で二人を迎える。

 そんな横島に、智恵は娘の頭を押さえつけながら自分の頭も下げる。
「横島様、娘から話は聞きました。さきほどは、この娘(こ)を助けていただきましてありがとうございます」

‘ほう、正直に喋ったのか’ちらりとれいこを見る涼。
 そのふてくされた表情から進んでというわけではないが、洗いざらいは喋ったようだ。

一方、話の成り行きにきょとんとする横島。次の瞬時、
「お姐さまぁぁ!! 会った時から愛してました!! だから、この俺をその豊かな胸の中に埋めさせて‥‥」
声と共に跳びかかるはずが、喉笛の紙一重の所に差し出された金剛杖の先に牽制され動きが止まる。

「いやですよ、横島様。こんな子持ちのオバサンをからかうんじゃありません」
智恵は空いた手を口元に添え穏やかな笑顔を浮かべる。

‘うわぁぁ 目が笑ってない! それに、マジで怖い!’
これほとの恐怖は母親を怒らせた時しか感じたことがない。本能が、この女性に対してこれ以上余計なことをするなと叫んでいる。

「さすがの忠さんも、蛇に睨まれた蛙ってところだな」
ご隠居はそう言いながら、半ば真剣、半ば冗談といった顔つきで、
「どうだい、忠さん、智恵の姐さんに弟子入りを頼んでみるっていうのは?」

「で、弟子入りですか?!」予想外の提案に唖然とする横島。

「元々、師匠探しの旅だったんだろ。この姐さん、除霊師としてはとびきりの凄腕だし、人となりもしっかりしている。この人を師匠にすれば、忠さんもすぐに立派な除霊師になれるってものさ」

「でも、そうなるとご隠居たちと別れる‥‥」

「”神隠し”が片づけば、旅は長くて四・五日。相良についちまえば解散で、その後は、みんなバラバラだ。それを考えりゃ、ここが、”漢”としての勝負所じゃねぇのか?!」

「といっても‥‥」今度は智恵を見る横島。
 最初や今の印象を考えると、間違いなく断られる。

『そこは任せておけ』とご隠居は智恵の方に向き直り、
「この忠さんは除霊師の卵で師匠を捜しての旅の途中でね。姐さんなら、師匠としちゃ打ってつけと思うんだ。さしあたりは、荷物持ちの雑用で良いから引き受けちゃもらえねぇか?」

「何、勝手をなことを!!」
 脇でにいたれいこが、智恵が反応を示すよりも早く詰(なじ)る。
「除霊師の仕事は命がけなのよ! それも、ささいな失敗でもまわりの人を危なくすることが珍しくない厳しい仕事なんだから。闇雲に人狼に仕掛ける考えナシなんか勤まるはずないじゃない! だいたい、お母さんは、旅から旅の除霊師なんかしているけど、”腕”は江戸の有名どころに引けを取らない一流よ。一流の師匠につけるのは、私みたいに一流の素質を持った者だけ! こんな素人以下のバカを『弟子』にって、冗談だって質(たち)が悪すぎるわ!!」
ここで一呼吸間を空けると、止めとばかりに語気を強め、
「おまけに、最初のアレは何! チチだの、シリだの。まるで、目の前に鰹節をぶら下げられた猫じゃない! そんな危なっかしい男を側に置るもんですか!!」

「いいねぇ〜 威勢の良い啖呵は。勢いだけで除霊の一つもできるってもんだ」

「!!」舌鋒をご隠居に向けかけるれいこ。母の手が肩に掛かったことで口をつぐむ。

「たしかに、男手を欲しいと思う時もありますが、娘の言う通り、稼業が稼業だけに荷物持ちであっても、生半可なことでは勤まりません。失礼ながら横島様には難しいのではありませんか。似合わぬコトは本人を潰し、まわりに要らぬ負担を掛けるだけです」
 やんわりと、そしてきっぱりと拒絶する智恵。

母娘(おやこ)ともどもの拒絶にも、ご隠居は楽天的に、
「そこんとこ、格さんはどう思う?」

「おいおい、何で俺に振るんだ?!」

「オイラが言っても説得力がないからさ。その点、智恵の姐さんに頼られた格さんなら説得力があるだろう」

「ダメ押しになっても知らねぇからな」涼は誰ともなしに言ってから、
「お嬢ちゃんや智恵さん言いたいことは判るし、忠さんを見てそう思うのも当然だ。女にゃ目がねぇ、後先は考えずに突っ走る。性根の座ってねぇ割に頑固だし、あきらめも悪い」

追い打ちをかけられ情けなさそうな横島だが、自覚があるので黙っている。

涼は、それを横目で見つつ、
「それでも善いところも少しはあるかな。咄嗟の判断力や行動力は人狼を出し抜くほどのものだし、女好きが前に出ちまうところは疵(きず)だが、それを含め相手に対して裏表を持たない正直者だ。人としての義理だって心得ている。なんたって、昨日の今日でも、俺たちに付き合いたいってんだからな」

『昨日の今日』を問いかける視線を受け、加江は経緯(いきさつ)を説明する。そして、締めくくるように、
「ちょっとホメ過ぎと思いますが、格さんの言ったことは嘘ではありません。私も保障します」

涼は『ありがとよ』と言う感じで微笑むと、
「そうそう、そんな人としての値打ちに比べりゃささいなことだが、素質だって妙神山の神様から誘いを受ける程度はあるんだよ」

「妙神山‥‥ですか?」さすがに驚きの表情を見せる智恵。

「あんたなら、それがどれだけの意味を持ってるかは知ってるよな。何十年に一人ってコトだ。素質を伸ばし世に出していくのも、上の者の立派な勤めじゃねぇのか」

「渥美様は商人(あきんど)の才もあるようですね。そこまで言われると、弟子入りを断ることが間違っているように思えます」

「真鍮を黄金(こがね)だって売りつけているつもりはないぜ。まあ、光るには、きっちりとした磨き手と時間がかかるコトとは思うがね」

「いきいなりな話だから、すぐに返事をって言ってるわけじゃねぇ」
ご隠居が話を引き取る。
「この一件が片づくまで、お試し期間ということで良いんだ。それで気に入らなきゃ、縁がなかったということで良いんだからよ」

「そういうことなら、ご一緒している間に値踏みをさせていただきます。その上で、お断りしても気を悪くなさらないでくださいまし」

「上出来、上出来、それで十分だ。なぁ、忠さん、ここは性根を‥‥」
 横島に話を振ろうするご隠居だが、造型が溶け始めたかと思うほど緩んだ顔に言葉が止まる。

‘一発で蹴られるって思ってたのが、何か、脈があるって感じかな?! 放浪、苦節1年、ここに来て、急に運が向いてきたのか? ここで良いとこ見せりゃ、智恵様の弟子にしてもらえそうだ。そうなれば、きれーな姐さんのすぐ側でずっといられるってことに‥‥ すぐには無理だろうけど、いっしょにいれば、覗いたり触れる機会も巡ってくるに違いない。それに、弟子として身の回りの世話ってコトになると、洗濯なんかもするだろうから、下着なんかにも‥‥ウヘヘヘ それに、一年でもしっかりと務めれば、情を掛けてもらって‥‥ うっーー、さらば、少年の身の上、俺は大人への階段を一歩ふみだすのだぁーーー」

「いや、その、なんだ、最後のは、さすがにねぇんと思うが。それに、そこまで進むもなにも、覗き一発で破門だぜ」
いつものように思い?妄想?の後半を口にする横島に、ある意味、完全な手遅れとでもいうべき釘を打つご隠居。

 『手遅れ』というのは、同じように独白を耳にした女性三人−智恵、れいこ、加江−の上で空気が歪んで見えるからだ。

 投げやりな顔の涼がご隠居の袖を引き、横島の側から離す。

 横島も動こうと思っているようだが、物理的な拘束力すら発揮している三人の”気”にあてられては、足がすくんで動かない。

 その後、力と力がぶつかり合うだけのヤクザ同士の出入り(喧嘩)を何度も体験している寅吉一家の乾分たちですら目を背けたという凄惨な光景が展開されたことは言うまでもない。


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