椎名作品二次創作小説投稿広場


ツンデレラ

シロ頭巾


投稿者名:UG
投稿日時:05/11/21

シロ頭巾(※シロ好きな方は後書きからご覧下さい)

 ―――猟師のおじさんがハサミでオオカミのお腹を切り開くと、おばあさんと赤頭巾ちゃんが出てきました。
     赤頭巾ちゃんは大きな石を拾うとすぐにオオカミのお腹に詰めます。
     猟師のおじさんが針と糸でお腹を縫い合わせると、オオカミは二度と起きあがることはできませんでした。
     猟師のおじさんはオオカミの毛皮を手に入れ上機嫌で帰って行きます。
     おばあさんは赤頭巾の持ってきたぶどう酒とパンを食べすっかり具合が良くなりました。
     めでたし、めでたし


 「ちっとも、めでたくなぁあああい!!!!」


 美神除霊事務所
 今にも斬りかからん勢いでシロは応接間のプラズマTVに向かい霊波刀の切っ先を向けていた。

 「ナニ大声出してるのよっ!ひのめがビックリしてるじゃない!!」

 シロのあげた大声に美神は抗議の声を上げる。
 ソファに腰掛ける美神の膝の上では、先程まで食い入るように画面に見入ってたひのめがきょとんとした顔をシロに向けていた。

 「なんでござるか!?この話はっ!!」

 ひのめの目を意識したシロは興奮を隠せないままやっとのことで霊波刀を収める。
 しかし、未だにその息は荒く肩は大きく上下していた。

 「あまりにもサイコでござるっ!スプラッタでござるっ!羊たちも沈黙しちゃうでござるっ!!!」

 「フツーの幼児番組じゃない」

 預かっているひのめを退屈させないために、美神は最近職員がリアルでカチカチ山をやった某国営放送の幼児番組にTVのチャンネルを合わせていた。
 つられてみていたシロがその内容に突然怒り出したのだが美神にはその理由が分からない。

 「ドコがフツーの幼児番組でござるかっ!!こんな番組、ひのめ殿に悪影響を与えるでござるっっ!!!」

 「・・・・・・お前、ひょっとして」

 いつもの席でくつろいでいた横島は読みかけの漫画少年誌をテーブルの上に伏せる。
 スポンサー的にまずいのか、雑誌のタイトルはおキヌが絶妙の位置に用意したティーポットに隠れていた。
 紅茶を注ごうとタマモがティーポットを動かしたが、新たにおキヌによって置かれたお茶請けのクッキー缶が見事なまでのブラインド機能を発揮する。

 「オオカミに感情移入してみていたのか?」

 「当然でござるっ!なんでござるか今の話は!オオカミの尊厳を著しく傷つけているでござるよっ!!」

 「アンタねー、童話でのオオカミの扱いはそんなモンよ」

 横島の指摘に美神はようやくシロが怒り出した訳を理解した。
 シロの騒がしさにひのめが不機嫌にならないよう、美神はミルクティーに浸し柔らかくしたビスケットを口に運んでやる。
 騒ぎには慣れっこなのか、ビスケットを口にしたひのめは上機嫌で足をばたつかせた。

 「そんなの嘘でござる!」

 シロはその場で地団駄を踏む。
 ひのめはその姿を新しい遊びと思ったらしく、同じように美神の膝の上で笑いながら地団駄を踏んだ。

 「・・・仕方ないわねー」

 放置したままではひのめに悪影響が出ると考えたのか、美神はため息を一つつくとHDレコーダーのリモコンを操作する。
 妹のために録画した数々の幼児番組から三匹の子豚の回をチョイスし再生のスイッチを押した。
 画面の中の人形劇にシロは食い入るように、タマモは興味津々といった感じで見入っていた。

 画面の中ではオオカミがワラの家を吹き飛ばし、木の家を吹き飛ばし・・・・・・
 話が進むにつれてシロの顔がだんだん険しくなる。
 それとは正反対にタマモの口元は笑いを無理に押さえ込むようにヒクついていた。
 そして・・・・・・

 「ブ、ブタは豚小屋に住めぇぇぇぇっ!!!」

 レンガの家のかまどでオオカミが茹でられた瞬間、シロの怒りが爆発する。タマモはその様子に腹を抱えて笑っていた。
 童話のキツネもそれ程いい扱いを受けていない事を知っている他3名は、その姿に哀れみの視線を向けるがタマモ本人は気付かない。
 知らぬが仏というヤツだった。

 「ね、西洋の童話では大概オオカミはこんな扱いよ」

 「まだ、二つでござる・・・・中にはオオカミが活躍する話だって・・・」

 「オオカミと七匹の子ヤギって話も見てみる?」

 美神は手に持ったリモコンをHDレコーダーに向ける。
 シロはおキヌの方にチラリと視線を向けたが、おキヌが力なく首を横に振るのを見て悔しそうに唇をかんだ。

 「もういいでござる。しかし、なんででござるか!?オオカミは良いケモノと書いて狼なのではござらんか」

 「日本ではね・・・」

 流石に可哀想になったのか、美神はシロに西洋と日本の生活様式の違いを説明する。
 古くから牧畜を行ってきた国と、肉食文化が発達せず農耕中心で生活してきた日本とでは自ずと狼に対してのイメージが異なっていた。

 「つまり、日本では畑を荒らす猪や鹿を食べてくれる狼はありがたい存在だったのね。精霊信仰が盛んだった日本ではオオカミは大神であり信仰の対象でもあったし、実際、オオカミを祀っている神社ではオオカミの絵を描いたお札を盗難よけに売っているわ」

 「そ、そうでござるか!」

 美神の言葉にシロは嬉しそうにシッポをぱたつかせた。
 調子に乗りそうなシロにタマモは少し不愉快そうな顔をするが、キツネも信仰の対象であることを思い出し余計な口は挟まないことにする。

 「ヨーロッパでも一部ではライ麦狼(ロッゲンウォルフ)とか小麦狼(ヴァイツェンウォルフ)とか穀物の精霊として扱う所もあるみたいね。だけど・・・・」

 「だけど?」

 シロは身を乗り出して美神の説明に耳を傾ける。

 「多くは家畜を盗みに来るずるがしこくて貪欲な生き物としてのイメージが定着しているわ」

 「それは何かの陰謀でござる!」

 シロは背景に炎を背負い握り拳を固め力説する。

 「オオカミは善良で気高い生き物でござる!盗みなど絶対にしないでござるっ!!」

 「牛丼・・・」

 ぼそりと横島が漏らした一言にシロの顔色が一瞬で青ざめる。
 背中の炎はその一言にあっけなく消火されていた。

 「せ、先生、何か言ったでござるか?」

 「いや、お前、最初に会ったとき「わー、ナニを言ってるでござるか!!!!」もうとしたじゃ・・・」

 シロは慌てて横島に馬乗りになりその口を左手で塞ぐ。

 「ナ、ナニを言ってるでござるか!先生はナニか記憶違いをしているでござる!!あの時、先生は可憐な拙者が空腹で困っているのを見かね、食事をご馳走してくれたんでござるよ!!」

 「モガーッ!!!」

 シロの下で横島は何か抗議の声を上げたが、それはシロの手の平によって妨げられた。

 「いーや、先生は可憐な拙者をほっとけなくて弟子とする道を選んだんでござるよ!よーく、思い出すでござる」

 シロは右手の人差し指を立てると横島の目の前でクルクル回す。
 指先に徐々に霊力が集中し淡い光を放ち始めるとシロは妙に舌っ足らずな声で呪文のような言葉を口にした。


 パンプル・ピンプル・ニクコップン!


 光が横島の脳に吸い込まれるのを見てタマモが驚きの声を上げる。

 「そ、それは肉食を極めた一族にしか使えない禁断の記憶操作呪文・・・なんでそれをアンタが?」

 「フッフッフッ・・・人狼一族肉食の歴史は伊達じゃないでござる!」

 シロは背後に立つおキヌの方を振り返った。
 バトルものに必要不可欠な技の解説役を引き受けたタマモの背後でおキヌは顔を引きつらせていた。
 シロの目は完全に据わっている。

 「おキヌ殿・・・拙者と先生の出会いはそうだったでござるな」

 おキヌは顔を青ざめさせコクコクと何度も肯く。
 まだ脳をスポンジにされたくはない。
 おキヌはシロとの出会いの記憶を永久に封印することにした。

 「ハイ、くだらない馬鹿騒ぎはそこまでよ」

 状況がよく分からない美神が話題を打ち切るように手を打ち合わせる。
 その表情が若干不機嫌に見えるのは、その時現場にいなかった自分が蚊帳の外にされたと感じたからと・・・

 「美神殿!くだらないとは失礼で・・・・・・」

 シロは横島の上に馬乗りとなったまま美神に抗議の視線を向ける。
 冷たい怒りの炎を纏った美神に見下ろされシロのシッポが萎縮するように股間に巻き込まれた。

 「もう一度だけ言うわ・・・くだらない馬鹿騒ぎはそこまでよ」

 背後に揺らめく青白い炎がさらに勢いを増す。
 そんな姉の様子を見たひのめは、シロの下にいる男が姉の所有物であることを子供の本能で理解した。
 本人も完全には気付いていない姉の気持ちを察したひのめは、これから二人の仲に多大な影響を与えるのだがそれはまた別のお話。
 騒動の主役たるシロは美神の迫力に僅かな抵抗を試みるが悲しいことに格が違いすぎた。

 「・・・どうせ拙者は嫌われ者のオオカミでござるーっ!」

 目に涙を浮かべ自棄気味な捨て台詞を残すとシロは事務所の外に飛び出していった。

 「シロちゃん、だいぶ追いつめられてましたけど・・・」

 「大丈夫に決まってるじゃない、どうせ馬鹿イヌのことだからお腹が空けば戻ってくるわよ」

 心配そうに開けっ放しとなったドアを見つめるおキヌに、タマモは大した事ではないという風に答えた。
 美神もタマモの意見に賛成とばかりに肯く。

 「そんなモンよ・・・・・・おキヌちゃん、今日の晩ご飯は急に肉料理が食べたくなっちゃたからよろしくね」

 不器用な美神の優しさに口元を緩めたおキヌは、早速腕によりをかけてシロの好きな肉料理の下ごしらえにかかろうとする。
 それと同時に先程より無言だった横島が立ち上がり、おぼつかない足取りで外へ向かって歩き出した。

 「ちょっと、横島、何処に行く気?」

 普段と異なる様子が気になった美神はその背中に声をかける。

 「シロを迎えに行ってきます・・・可憐なアイツをほっとけなくて弟子にした師匠の務めですから」

 振り返った横島の目は虚ろだった。
 横島は生まれたての子鹿のような足取りでシロの後を追う。
 その様子を残された事務所の面々は背筋に冷たいモノを感じながら無言で見送った。

 「ねえ、おキヌちゃん・・・・」

 「はい、晩ご飯には牛肉は使わないようにします・・・・・」

 残された面々は、今後この件でシロを追いつめないようにしようと固く心に誓っていた。





 シロを探しているウチに呪文の効果が切れたのか横島の足取りは軽やかだった。
 いくつか思い当たる所を探し、横島は散歩の途中に良く立ち寄る空き地に来ていた。
 有刺鉄線をくぐると、ほどよく伸びた雑草の向こうに枯山水の庭石もかくやという絶妙な配置で土管が3本置かれている。
 その脇に置かれた廃材のなんと見事なことか。
 口笛拭いてここに来れば、知らない子がやってきて遊ばないかと笑って言うことだろう。
 未だに都心にあることが信じられない見事なまでの空き地だった。

 「やっぱりここにいたのか」

 横島が土管をのぞき込むと中には膝を抱えるような格好でシロが座っていた。

 「ほっといて欲しいでござる」

 土管に潜り込もうとする横島に慌てたようにシロは袖で涙をぬぐうと反対側から這い出そうとする。
 横島はすっかりふて腐れているシロに苦笑すると、それ以上の接近は諦め土管を挟んでの対話に切り替えた。

 「たかが童話じゃないか、気にすんなって!!」

 「たかがじゃないでござる!!重要な問題でござる!」

 シロは横島に背を向けたまま声を荒げた。
 よく見るとその肩は小刻みに震えている。

 「拙者は人間と人狼一族の交流の為に修行中の身でござる。村のみんなは迫害された同族の歴史を乗り越え、人間たちとの未来を作れることを期待して拙者を送り出してくれたでござるよ・・・・」

 「シロ・・・・」

 シロはようやく横島を振り返る。
 その目からは止めどなく涙が流れ落ちていた。

 「それなのに・・・酷いでござる!人間の子供はあのような話を見て、オオカミは貪欲で残酷な生き物と思ったまま大人になるではござらんかっ!!人狼族は悲しい過去を乗り越えようとしてるのに・・・・・・・・拙者は急に馬鹿らしくなったでござる。どうせ、貪欲で狡猾な血も涙もない生き物と思われているのなら、これからは非道の限りを尽くしてやるでござるよ」

 「シロ・・・お前なにをする気だ!?」

 シロは口元を笑いの形に歪める。
 それは何かを諦めた悲しい笑いだった。
 ゆっくりと上げた手は隣町の大型スーパーを指さしている。
 夕飯の材料を買おうとする客であふれるスーパーでシロは何をしようというのか?
 横島は緊張の面持ちでシロの答えを待った。



 「地下の試食品を根こそぎ食い尽くしてやるでござる!!買い物客の困り果てる姿が目に浮かぶでござるよ」



 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 シロの発言に横島は色々な意味で無性に腹が立った。
 霊波刀をハリセンの形で出現させると、人狼族にさえ回避不可能なスピードでシロの頭を思いっきりはたく。
 大きな音が1km四方に大きく響き渡った。

 「せ、先生・・・」

 シロは驚いた様子で横島を見上げていた。

 「だからお前は馬鹿だというのだーっ」

 東の方のヒトが乗り移ったかのような迫力で横島はシロを怒鳴った。

 「童話がオオカミを悪だと言うのなら、お前がそれを変えるだけの伝説をつくれば良いだけの話だっ!!答えろ、シローっ!!」

 「せ・・・いや、師匠ーっ」

 なんか濃いエフェクトが二人をとりまく。
 空き地で周囲に人がいないのが救いだった。

 「お前の足は何故そんなに早いんだーっ!!!」

 「それは悪者を逃がさない為でゴザルーっ!!!」

 「お前の鼻は何故そんなに鋭いんだーっ!!!」

 「それは悪者を追いつめる為でゴザルーっ!!!」

 「お前の牙は何故そんなに鋭いんだーっ!!!」

 「それは悪者を懲らしめる為でゴザルーっ!!!」

 カンフーの型のようなアクションを交えた問答が終わり二人は何処かスッキリした様子で対峙する。
 二人以外には理解できない空気が辺りに濃密に漂っていた。

 「先生!拙者やるでゴザルよ!オオカミが正義の味方だとみんなに理解してもらうでござる!!!」

 光を取り戻したシロの目に横島は満足そうに肯く。

 「よし、それじゃぁ手始めに・・・・・」

 横島はシロに何かの計画を耳打ちし始めた。










 「横島さんと、シロちゃん遅いですね・・・」

 「馬鹿イヌおそーい!」

 おキヌはテーブルの上に所狭しと置かれた牛肉以外の肉料理を残念そうに眺める。
 腕によりをかけて作った身としては、できたての最もおいしいタイミングで食べて貰いたいのは当然だった。

 「今夜は仕事がオフだからね・・・」

 携帯電話を持たしていない事に若干の後悔を感じながら美神が口を開く。
 横島に携帯を持たせた場合のコストと利益のバランスをシビアに計算しすぎたかもしれない。
 昼だけの仕事でも、夕飯まで事務所でとることが当然の流れになっていたことに美神は改めて軽い驚きを感じていた。
 事務所の面々と食卓を囲むことを当たり前に感じている自分を、15歳の自分が見たらどう思うだろうか?
 美神はそんなことを考え軽く口元を緩めた。

 「仕方ないわね。ひのめのご飯もあるし先に食べちゃいましょう」

 美神の言葉におキヌとタマモはめいめい自分の席に着く。
 しかし、いつも騒がしい二人がいないのは何か火の消えたような寂しさを感じさせていた。
 美神はそれを紛らわせようとTVのスイッチを入れる。
 ひのめがいるときには食事中のTVは控えていたのだが今夜は特別だ、チャンネルは昼間のまま某国営放送に合っていたのだが画面の感じが何処か普段のニュースと変わっていた。

 「臨時ニュースのようね」

 美神は新聞のTV欄と番組の内容を照会する。
 歌謡ショウに代わって、放送局トップの不祥事に関しての緊急会見が行われているらしかった。
 受信料を意地でも払っていない美神に不祥事に腹を立てる筋合いは無かったが、かってテロリスト扱いされたこともあり半分ざまあみろ的な気分でTVの音量をあげた。

 「うわー悪そうな顔」

 普段ニュースに興味がないタマモも、TVに映る某国営放送トップの会見のようすを興味深そうに見ている。
 会見の内容を要約すればトップを降りるつもりはないと宣言したに過ぎなかった。
 受信料未払い問題が噴出している中、彼の行動を裸の王様と呼ぶ有識者がいたが裸でも王様には違いない。
 トップを降りた瞬間、裸の一般人になるよりは数段ましと本人は考えているのだろう。
 なにより、裸を見せることを恥ずかしいと思わなければ案外楽しいモノかも知れなかった。

 「自局の放送でこうなのだから、民放ではもっと悪辣に叩かれているはずよ」

 美神は至ってクールにこの問題を受け止めている。
 どの局も、結局は受けそうな不満のはけ口を国民に提示してるに過ぎない。
 それを受け取る側に、理知的な判断力があれば良いのだろうが全国民にそれを求めるのは酷というものだった。

 「政党、スポンサーに影響されず中立な放送って言ってもね・・・・・イギリスほど徹底してやっている訳じゃないし、ハッキリ言って電波の押し売りの域を脱してないからね。ひのめにつきあったおかげで教育番組に若干の光るモノがあるって分かったけど、モンティパイソンみたいな番組を作れるようにならなきゃ誰がトップでも変わらないでしょうね」

 画面の中では会見を終えたトップが駐車場から出てくる姿を撮影しようと、民放のカメラが駐車場前を取り囲む様子が映し出されていた。

 「心配なのは、さっきアンタが言った悪そうってイメージね。よく考えないで周囲の雰囲気に流されるのは時として非常に危険な流れを生むわ」

 美神の言葉にタマモは自分の身に降りかかった悲劇を思い出す。
 国家に仇なすというイメージを広められ、事実を説明するまもなく封じられた前世の自分はさぞ無念だった事だろう。

 「だからこそ、マスコミの役割は重要なんだけどね。真実を伝える一方、時として考える力を奪う諸刃の剣のようなものだから・・・」

 美神の言葉に、タマモは今までとは違った印象でTVの映像を見ていた。
 自分は大勢のカメラに囲まれた姿に何を見るのか、人間の世界で生きてゆくために必要な何かが其処にあるような気がした。
 少なくとも、画面から聞き覚えのある声が聞こえて来るまでは。

 『オオカミが来たぞーっ』

 TVから聞こえて来た聞き覚えのある若い男の声に、美神は飲みかけのお茶を派手に噴き出した。
 画面の中ではマスコミ各社が声の主を捜そうとTVカメラを周囲に向ける。

 「どこだ」
 「どこだ」
 「どこだ」
 「いたーっ!あそこだーっ!」

 レポーターの一人がビルの屋上を指さす。
 そこには白い着流しを着込み、白い頭巾で顔を隠した人影が満月を背に立っていた。
 頭巾から一房だけこぼれる赤い毛に、事務所のメンバーだけは人影は先程の声の人物では無いことを見抜いていた。

 「何者だ!」

 「何者でもないっ!」

 レポーターの問いに身も蓋もない回答をしたのは若い女の声だった。
 その回答にずっこけた黒子の格好をした人影が、白い人影の耳元でなにやら囁いたのだが下のマスコミからは見えなかった。

 「もとい!悪!即!斬!この世にはびこる悪を切り捨てる、正義のオオカミ怪傑シロ頭巾!!」

 カメラのフラッシュが一斉に焚かれ、白い人影を夜空に一層くっきりと浮かび上がらせる。

 「私腹を肥やすだけでなく、全国のちびっ子に歪んだ番組を見せるなど言語同断・・・・・・月に代わってお仕置きでござる!」

 人影はビルの屋上から身を躍らせると、壁面を蹴り飛ばしながら黒塗りの車に一直線に向かって行った。









 『オオカミが来たぞー』

 その晩、至る所でこの声を聞いた者が断罪の刃を受けていた。
 命どころか先程横島がやって見せた霊波ハリセンのため怪我すらしないのだが、自分がテロの対象になるとは夢にも思っていない連中なだけにその効果は絶大だった。
 唯一問題なのは、やってる本人にもテロだという実感がなく時代劇の世直し程度にしか捉えていない所なのだが。

 この日、シロ頭巾は様々な悪を(ハリセンで)切って捨てた。


 いらない道路を作り続ける政治家と建設業者


 農薬をまき散らしアトピーを増やした農協と農薬会社


 飲まなくていい薬を出し続ける医者と製薬会社


 クォリティペーパーではない新聞社


 etc、etc

 何となく怖くねえか?と、人々は思いながらもとにかく伝説にはなったらしかった。







 深夜、横島のアパート
 シロの足取りは軽かった。
 途中から横島の協力なしでも活動を行えたことが一層の自信を深めている。
 しかし、今夜の活動を終わらせる前にシロはどうしても横島と話がしたかった。

 「先生、起きてるでござるか?」

 どうやら鍵は開いているようだった。
 少しはしたないかとも思ったが、シロは返事を待たず横島の部屋に入っていく。
 部屋の中央に立つ、月明かりに照らされた人影を見たときシロの心臓が一瞬停止した。
 中央には怒りの炎を背負った美神が、血まみれの横島のようなモノをぶら下げ仁王立ちでシロを待ちかまえていた。

 「み、美神殿・・・なんで此所に?」

 「それは、色々とマズイ事をやったヤツがいるからよ」

 「美神殿は何で炎を背負っているでござるか?」

 「それは、私が怒っているからよ」

 「何で先生は血まみれなんでござるか?」

 「それは、コイツが馬鹿な事をやったからよ」

 シロは九割方自分の運命を悟っていた。
 覚悟を決め最後の質問を口にする。

 「美神殿は何で神通棍を持っているのでござるか?」

 「それは、あなたをシバくためよっ!!!」


 オオカミの絶叫が夜空に木霊する。
 夜空に浮かぶ満月は血のような色をしていた。

 ―――その後、シロ頭巾の姿を見た者は誰もいない。


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