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ザ・デウス・オブ・ハーツ !!

キズナ


投稿者名:由李
投稿日時:05/11/17

 ようやくぷっつんが収まり、冥子は霊力を使い果たしたのか、倒れるように眠りについた。倒れる寸前タイガーが受け止める。
 GSたちは全員動けるまでに回復していた。冥子のぷっつんのせいで霊力と体力と気力が消耗している雪之丞とおキヌ以外は、戦えるほどの余力がある。
 パピリオは塔の内部で二つの巨大な霊圧がぶつかるのを感じていた。一つはアシュタロス。霊圧から本気を出しているのがわかる。本気のアシュタロスを相手している霊圧は、おそらく横島のものだろう。横島がここまで強いのは予想外だったが、その方がパピリオにとっては都合がよかった。ただしアシュタロスの死に立ち会わないわけにはいかない。ここでGSたちを相手している時間はない。


「開門せよ!」


 GSたちがパピリオを警戒して距離をとっているのをいいことに、開門させた扉からパピリオは中に入ろうとした。


「逃げるのか!」
「……」


 ピートが中に入ろうとするパピリオを呼び止めた。パピリオはちらっとピートに視線を送ると、「入りたければ入ればいい」と言い残し中に駆けていった。


「罠かもしれんが、我々も中に入ろう。二人が心配だ」


 唐巣神父の言葉に全員がうなずくと、GSたちはパピリオを追って塔の内部へと入っていった。















ザ・デウス・オブ・ハーツ
第六話:キズナ















 二人分の荒い息が広めに石造りの壁に響いて吸い込まれた。三度の激闘は部屋のかたちを変えていて、天井すら一部崩れ落ちていた。崩れ落ちた天井からは太陽の光が降り注ぎ、幻想的な空間を作り出していた。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 崩れた天井からの光を横島は全身に受けていた。体全体が呼吸する度に大きく上下する。限界を超えた霊力を使い、それでも尚戦う横島は辛そうな顔をしていた。上半身の服ははだけ、その体にあるいくつもの生傷が戦いの辛さを物語っている。


「……横島……次で決着を、つけようじゃないか」


 見た目は横島ほど傷ついてはいなかったが、霊的なダメージは横島とほぼ互角だった。そのアシュタロスは次に全霊力をこめることを宣言する。このまま戦い続ければ二人とも死ぬだろうと考えた故のものだった。


「いいぜ……勝つのは俺たちだ……」


 誘いに乗った横島は、文珠に霊力を込め始めた。込められた文字は「滅閃光」。とくに具体的な文字を意識したわけではないが、全霊力を込めると自然とその文字が込められた。
 アシュタロスは両手に霊力を集束させた。その後左手の霊力を右手に移すと、右手から弾けるような霊圧を感じた。アシュタロスの右手からは今までのどの攻撃よりも巨力な攻撃が来ると予想された。
 ぴんと張り詰めた空気が流れた。まるで肌よりも一枚隔てたところに、少しでも触れれば爆発する水銀装置が張り巡らされているような、そんな空気。


「おおおおおおおおおおお!」
「ガァァアアアア!」


 示し合わせたかのように同時に駆け出して行く横島とアシュタロス。お互いが全霊力を込めた攻撃。喰らったほうが死ぬのは二人ともわかっていた。
 ルシオラとベスパは覚悟を決めたように二人を見ていた。どちらが勝つかは全く予想できなかった。





 ヨコシマ。おまえに会えて本当によかったと思ってる。おまえを好きなって本当によかったと思ってる。一年で消えるはずだった私はおまえから未来をもらった。優しい思い出をもらった。それはかけがえのないものよ。まだおまえとしたいことが山ほどある。話したいことが山ほどある。全宇宙に溢れている言葉を全て使っても言い表せない想いがある。今までたくさんおまえからもらってきたけれど、まだそれでも私には足りないの。お願い。勝って。信じてるから。ヨコシマ……。





 私はこの世界のことを百分の一も知らないでしょう。それと同じように貴方のことも。でもきっと貴方への想いは誰かが誰かのことを強く想うそれと同じだと思うから。でもそれを貴方に伝えることはできない。貴方は私を見ていない。貴方はいつももっと高く、もっと遠い場所を見据えている。こんなに近くにいるのに、きっと私は見えていない。でもこれだけは許してください。貴方の望みが叶わないように願うことを。生きてください。アシュ様――。





 あと三歩。二歩。一歩。その後閃光。爆発。
 二人の体が重なった瞬間、耳をつんざく爆音と目が眩むほどの閃光が二人を見守っていたものの聴覚と視覚を奪った。


「――――!」
「――!――!」


 人狼の娘とハニワAが何か叫んでいるのが、うっすらと見えた。聴覚が狂っているのか、ルシオラには何を言っているのかわからなかった。
 舞い上がる煙の中、二つの人影が見えた。一つは地面に倒れている。どうやら決着はついたようだった。
 煙が薄くなり見えてきたのは――倒れた横島と、横島を見下ろしているアシュタロスだった。


「そんなっ……」
「アシュ様!」


 唇を震わし、ただ立ち尽くすことだけが今ルシオラにできる最大の行動力であった。
 ベスパはほっとした顔でアシュタロスの傍に駆け寄った。しかし突然アシュタロスの目前で立ち止まる。その肩は微かに震えているように見えた。





「見事だったぞ……横島……」


 アシュタロスの胸には人が通れそうなほどの大きな穴が開いていた。
 致死量のダメージを喰らったアシュタロスは、立つことができなくなりその場に倒れこんだ。


「ヨコシマ!」


 ようやく思考の停止が解けたルシオラは、ボロボロの体だったが全速力で横島の傍に近寄り、体を抱き上げた。目を閉じたままの横島に最悪の予想が頭をよぎった。
 胸に耳を当てると、ドクッ、ドクッ、と規則正しいリズムで生を告げる心臓の音が聞こえた。そこでようやくルシオラは安堵のため息をついた。


「おまえたちの勝ちだよ……」


 アシュタロスの横に座り込んでいるベスパは消え入りそうな声で呟いた。
アシュタロスの体からはいくつもの青白い小さな光が立ち昇り、やがてそれは一つの光の塊となった。その光の塊――アシュタロスの魂は強い輝きを放ち、宙を舞っていた。


「ルシオラ、もう大丈夫だ」


 ルシオラの胸の中で意識を取り戻した横島は、上半身だけ起き上がるとアシュタロスの魂を見上げて、「勝ったんだよな」と呟いた。


「ええ。私たちの勝ちよ」


 宙を舞っていた魂は、やがて開いた天井から空を目指してゆっくりと昇り始めた。おぼつかない飛行を繰り返しているが、真っ直ぐに空を目指している。
 その場にいたもの全員が小さいながらも強い輝きを放つそれを見守っていた。アシュタロスに対しての憎しみなどとうに消えていた。










 こちらに走ってくる足音が聞こえ、誰かが飛び出してくるのが見えた。その誰かはアシュタロスの魂めがけて高く跳躍した。


「勝っただって?何寝ぼけたこと言ってるんでちゅかねー!?」
「なっ!おまえ!」
「パピリオ!」


 天井から空に出るはずだった魂は、パピリオの手によって捕えられた。急な展開についていけなかった横島たちは、パピリオがアシュタロスの魂を大口を開けて飲み込むのを、何か全く別の世界の出来事のように見ていた。
 間もなく部屋をとてつもない霊圧が襲った。アシュタロスの解放された霊圧によく似ていたが、感じる霊圧はアシュタロスを超えていた。
 一瞬の静寂。その後パピリオに向かって飛び出した者がいた。


「うわああぁぁあぁあぁあ!」


 声を張り上げ飛び出したのはベスパだった。怒りの形相でパピリオの向かって跳躍し、霊波砲を放つ。しかしベスパの攻撃は片手で弾かれ、逆にパピリオから放たれた霊波砲がベスパを直撃し、ベスパは逆さになって地面に激突した。地面から這い出るように出てきたベスパに先ほどの威勢は既に無かった。
 横島も、ルシオラも、ベスパも、ハニワAも、パピリオの変わりように声も出なかった。
 その横島たちの様子を面白そうに見下ろしているパピリオはあざ笑うかのように霊波砲を放った。自分たちを狙ってきたのだと思って身構えたが、パピリオの霊波砲は既に事切れたアシュタロスを粉々にした。アシュタロスの残骸を見てわなわなと肩を震わすベスパを見て、パピリオは今度は声を出して笑い出した。今までのパピリオのイメージからは想像もできないほど邪悪な笑いだった。


「おまえ一体……何がしたいんだよ!」


 そう言ったベスパの顔には大粒の涙が伝っていた。その表情は悲しみと怒りと焦燥が入り混じったものだった。
 すたっと地面に降り立ち、パピリオは依然動くことのできない横島のほうを向いた


「アシュタロスを倒すなんてよくやりまちたねー。えらいでちゅよポチ。いや、もう横島でいいか」
「……な、何が目的だ」


 ようやく出た声は酷く上ずっていて、自分の声とは思えなかった。パピリオは横島のそんな態度が面白いのか、再び声を出して笑い出した。


「本当にパピリオなの!?」


 圧倒的な霊圧とパピリオとは思えない残忍さにルシオラは酷く混乱していた。いや、パピリオを除いた、この場にいる全てのものがまともな思考などできるはずもなかった。


「横島大丈夫か!……な、なんだこりゃあ?」


 部屋の開いていた扉から雪之丞たちをはじめとしたGSたちが、なだれ込むように部屋に入ってきた。
 部屋の荒れようもそうだが、肝心なアシュタロスがどこにも居ず、しかし不穏な空気が漂っている部屋にGSたちは訳がわからず横島たちの前で立ち尽くした。


「さて、役者も揃ったようでちゅし。冥土の土産に種明かししてやるでちゅ」


 GSたちは横島たちの傍に近寄り、美神を保護した後、パピリオの言葉を待った。
 西条がそっと皆に「動けば死ぬ。今の内に作戦を考えるんだ」と言ったのが聞こえたが、パピリオの体から放たれる霊圧はアシュタロスのそれを上回っている。この状況を覆せるような策士家がいたら教えて欲しいところだ。
 焦燥が部屋の空気を支配し、パピリオだけがその部屋で浮いているようだった。





「まずは、土偶羅が何故廃棄されたかを言う必要がありまちゅね」


 ぴくっと反応したのはルシオラとベスパだった。横島は土偶羅がいないことには気付いていたが、まさか廃棄されていたとは夢にも思っていなかった。プルトニウムが入ると同じ言葉を繰り返すが、あれで中々いい上司だった。


「土偶羅は命令外のことを勝手におこなったが故に、処分された。私にも土偶羅が何故命令に反した行動をとったかは知らない。だがその行動のおかげで今の私があるんでちゅ。手っ取り早く言えば、私はパピリオではない」


 信じられないと言ったようにルシオラが息を呑んだ。ベスパはどこかで思い当たるふしがあるのか、短く舌打ちをした。「ぽー」と首をかしげたのはハニワAである。


「土偶羅はパピリオに、ある魂をインストールした。その魂とはアシュタロスと契約したある魔族の魂でちゅ。あらかじめその魔族が死んだとき、魂が戻ってくるような契約をしていたんでちゅ。美神令子。おまえは既に私の正体がわかっているみたいでちゅねー」
「あんたみたいな性悪女、私が忘れるはずないじゃない」
「美神さん!」


 いつの間にか意識を取り戻していた令子はまだふらふらしている体で言い返した。パピリオはいまだ負けん気でいる令子の様子を見て鼻で笑った。


「その魔族の魂はパピリオに取り込まれるはずだったんでちゅが、逆にパピリオが取り込まれる結果となった。上級魔族の魂が加工に適していないことくらい、知ってて当然なんでちゅがね。そしてパピリオを乗っ取った私はその過程である極意を身に付けたんでちゅ。魂を喰らい、その者の過去と未来、全てを手に入れる全く新しい創造と再生。しかしアシュタロスの制御下に置かれているパピリオを乗っ取った私は下手に動くことはできない。このことがばれれば土偶羅よりも先に処分されていただろうでちゅしね。ならばそれを利用してアシュタロスを取り込むだけ。パピリオを演じながらアシュタロスの計画を邪魔することを思いつきまちた。その為に目くらましになる囮が必要でちた。それが横島。おまえでちゅ」
「最初から全部、計画だったのか」


 パピリオを睨み返す横島だったが、パピリオはそんな横島を気にも留めず続きを話した。


「案の定ルシオラとベスパは横島に気がいって、私には気付いていないみたいでちた。このままアシュタロスが計画を遂行させたとしても、それが失敗するのはわかっていまちた。ま、それは本人もわかってたんじゃないでちゅかね?」


 ルシオラは訳がわからないといった様子だったが、ベスパは黙ってパピリオの話に耳を傾けていた。


「問題はどうやって魂を手に入れるか。本当は弱ったアシュタロスに私が止めを刺そうとしていたんでちゅが、今一つ確実性がなかった。そこで急遽違う作戦に変更し、それを今日実行するはずだった。だが横島が予想外に強かったために、私が止めを刺すまでも無く、アシュタロスは死に、私はついにアシュタロスの魂を手に入れることができた。横島には本当に感謝しているでちゅよ」
「おまえ一体誰なんだよ!」


 耐え切れなくなった横島が叫んだ。GSたちの視線が横島から再びパピリオに集まると、随分もったいぶったが、パピリオは遂に自分の正体を話しはじめた。。


「まだ気付かないのかい?GSってのはボンクラばっかだねえ!」


 その時、パピリオの正体に気付いた横島と雪之丞がはっと息を呑のんだ。その後時間差はあれどほとんどの者がパピリオの正体に気付いた。
 口調が変わったパピリオは以前月で倒したはずのあの魔族とだぶって見えた。










「私はメドーサ!魂を喰らい、いずれ生物を超越する者!おまえたち全員私が喰ってやるから感謝しな!」





 その場にいた者全員が言葉が出なくなった。あまりにも急な展開に頭がそれを理解するまで数秒かかった。しばしの沈黙の後、ようやく体が回復した令子が最初に口を開いた。その声は普段の令子とは違い、疲れと焦りでくぐもった叫びとなった。


「馬鹿ね!いくらあんたが強くてもいずれ冥界とのチャンネルが回復するわ!その後あんた八つ裂きよ!」
「まーだわからないのかい?私は喰えば喰うほど強くなる。おまえたちを喰ったあと手当たり次第人間やGSたちの魂を喰う!チャンネルが回復した時には私は全ての生物を超越した存在となっている。その後ゆっくりと神魔を喰らうとするよ。その時私は宇宙と同等の存在となるんだ!
「そんなこと不可能だ!」


 今度は西条が口を開いた。


「エントロピーを無理矢理捻じ曲げるようなことをすれば、宇宙が崩壊しかねない!お前は宇宙そのものを喰らう気か!」


 メドーサが再び笑い始めた。狂気に満ちた笑い声は既にメドーサが狂っていることをその場にいる皆に教えた。


「その通りだ。アシュタロスが行おうとした宇宙の改ざん。それを私が違うかたちでやるだけだ。ただし、宇宙を作り変えるなんて馬鹿なことはしやしない。私そのものが宇宙となるんだからね!」
「な、なんてやつだ……」
「素晴らしいだろう!あはははは!」


 メドーサが腹を抱えて笑い転げた。皆は目の前のことについていくのに精一杯だったが、横島だけは必死に策を考えていた。手の中に未だ消えずに残っている文珠。それが微かに光った気がした。


(きっとまだ策がある。考えろ。考えろ考えろ考えろ!このままじゃ全員死ぬ。どうすれば……一体どうすれば……)


 必死になって頭を働かせても何も思いつかなかった。目の前の敵は圧倒的すぎる。


「さて、一人目は誰にし・よ・う・か・な……ククク……横島ぁぁ!おまえには借りを返さなくてはな!」


 その言葉に心臓が飛び跳ねた。どうやら敵は有り余る戦闘力を持ちながら、油断は微塵も無いらしい。メドーサの手に霊力が集束されたかと思った瞬間、アシュタロスとよく似た霊波砲が横島に向けて放たれた。容赦の無い威力(それでも本気ではなかった)は当たれば死ぬことが誰の目にも明らかだった。


「あっ!」


 短い声を上げルシオラが横島から離れた。急な攻撃に避けることを諦めた横島が、傍にいるルシオラを巻き添えにしないように突き飛ばしたのだ。


「ヨコシマ!だめぇぇ!」
(ごめん。ルシオラ。結局何もできなかったな)


 横島に手を伸ばそうとするルシオラ。
 タイガーの手をはねのけ横島に向かって走り出そうとする令子。
 横島の名前を叫ぶ雪之丞、おキヌ、シロ。
 間に合わないとわかりつつも、結界を張ろうとする唐巣神父とエミ。
 目の前に迫った霊波砲に横島はすっと目を閉じた。そのせいで霊波砲と自分との間に誰かが入ってきたことに気付かなかった。





 爆音。何かが弾ける音。





 目を開けた横島が見たものはぷすぷすと煙を立てながら、体がくずれ落ちてゆくハニワAの姿であった。


「チッ。ハニワ兵の分際で邪魔しやがって」


 余興を邪魔されたメドーサはつまらなそうに言い捨てた。
横島は急に周りの音が消えたことに気付いた。自分の耳に届く音は目の前で破滅の音を立てるハニワAだけだった。


「よ……横島……」
「ハニワ!おまえなんで……っ」


 かろうじて脳の部分である霊的電子回路が残ったハニワAは、ノイズ交じりだったが横島の名前を呼んだ。


「ポクの……初めての友達……だから……」


 そこまで言うと、ハニワAは完全に活動を停止した。
 黒い煙の筋が立ち昇るハニワAだった残骸を見て、横島の肩が震え出した。


「ハニワ……ハニワぁぁ!」










――今日も洗濯かよ……同じ服何着も持ってんじゃねーよなー
――ぽーぽー
――え?手伝ってくれるのか?
――ぽー!





――おい急げ!ミーティングに遅れたらまた叱られるぞ!
――ぽー!ぽー!
――だー!なんでお前はそんなに足が短いんだよ!ほら、背中貸してやるよ!





――ぽーぽぽー
――おまえあのハニワのことが好きなのか?
――ぽー!
――俺にはどいつも同じ顔に見えるんだがなー。よし!ここは「恋の伝道師」と呼ばれた俺がアドバイスしてやるよ
――ぽぽー!





――そんなに落ち込むなよ……女なんて星の数ほどいるんだから。あ、でもハニワはそこまでいないか
――ぽー……
――おっ、流れ星だ。知ってるか?流れ星に三回願い事を言うとその願いを叶えてくれるんだぜ
――ぽー!ぽー!ぽー!
――あ、今お前願い事言っただろ。何願ったんだよ。教えろよ。
――ぽー
――ちぇっ。教えてくれてもいーじゃねーか。ケチ。





――横島。久しぶりだぽー
――おまえしゃべれるようになったのかよ!
――ポクの真面目ぶりが認められた結果だぽー
――俺のおかげだろ。感謝しろよてめー
――ポクの実力だもーん
――しゃべれるようになって一段と口が悪くなったな!










 思い出すのは懐かしい友との日常。失ったのは苦楽を友にした親友。
 脳内でフラッシュバックした映像が消え、再び意識が戻された。周りの音も聞こえてくる。最初に耳に届いたのは、くだらない茶番に腹をよじって笑うメドーサの、酷く耳障りなものだった。

「許さねえ……よくもっ、てめえ!」
「ハニワが一鬼死んだくらいで、何故取り乱す?あはははは!次は誰が死ぬ?」


 禍々しい霊圧が部屋を取り巻く。それはただ強力なだけではなく恐怖でGSたちを動かなくさせるものだった。
 すっと横島の傍に近寄る者がいた。疲れきった顔で横島に懇願するように、ベスパは言った。


「アシュ様を……救ってくれ。おまえに私の霊力、全て託す。頼む。頼むよ……」
「ベスパ……」


 頬を流れた涙は乾き、ベスパの頬には涙の線だけが残っていた。ベスパが横島にそっと触れると、横島の体から微弱に漏れていただけだった霊圧が強まった。


「そうね。ヨコシマならやってくれるわ。私はそう信じてるから」
「ルシオラ……ありがとう」


 ベスパと同じようにルシオラも横島に自身の霊力を託す。二人の霊力と共に横島に託された二つの想いは、再び横島を奮い立たせた。


「ま、私たちが戦っても勝ち目ないしね。私の霊力をあげるんだから勝ちなさいよ。私も、信じてるから」
「まさか最後の最後に君に運命を託すなんてな。大いに不安だが、君に賭けよう」


 続いて西条、令子が横島に霊力を注ぎ込む。三文字文珠の輝きが一層強くなった。


「おたくの悪運に賭けてみるのも、悪くないワケ」
「君がここまで成長するとは思っていなかったよ。宇宙の運命は、君に託そう」
「横島さん。僕の霊力、使ってください」
「ワッシにできることは、これくらいじゃケン。思う存分戦ってつかぁさい」


 エミ、唐巣神父、ピート、タイガーの霊力が集まり、横島の体にあった傷が塞がるほど体が回復してきた。


「俺が言うのもなんだが、てめーは俺のライバルなんだ。まだ決着はついてないと思ってるからよ。だから……勝てよ」
「横島さん〜。絶対、絶対、絶対、絶対、絶対勝つのよ〜!」
「勝ってください……!横島さんなら、できます!」
「これだけお主は信頼されとるんじゃ。負けたらただじゃおかんぞ」
「へっ、わかってるよ」


 雪之丞、冥子、おキヌ、カオスの霊力が加わると、横島の体から神々しい程の霊圧が蘇った。


「よし。じゃあ皆は……」
「先生ええ!」
「どわっ!」


 後ろから抱き付いてきたシロに横島は前につんのめった。シロは横島にぶら下がるようなかたちでそっと霊力を横島に移した。横島からは見えないが、震える体と、鼻をすする音で大体どんな顔なのかは想像できた。


「拙者はっ、先生が勝つことをっ、信じているでござるからっ!だからっ、だからっ……」
「わかったよ。泣くなよ」
「だってえっ……先生は本当は……」
「シロ。……それ以上は言うな」


 腐っても人狼である。横島が何をするのか本能でわかっているシロは、案の定涙で顔をくしゃくしゃにしていた。横島がそっと頭を撫でると涙を拭いながら横島から離れた。シロは横島が思っているよりずっと勘が鋭く、ずっと繊細だった。シロを女として見たのはこれが最初かもしれない。そしてたぶん、最後になる。
圧倒的な霊力を持つメドーサに対し、託された霊力は僅かと言えるものだった。しかし横島にはもう一つ、皆から託されたものがあった。それこそ自分たちだけが持っている力の源だと、横島は思う。
 横島の凄いところ。それは想いを強さに変えることができるチカラである。力、ではなく、チカラなのだと思う。


「皆。ここは俺に任せて塔の外に避難してくれ」


 突然横島が言った言葉に皆が息を呑んだ。未だ泣き止まないシロと、令子だけは黙って様子を見ていた。令子もきっとわかっているのだろう。横島が何をするのかを。令子はそっと唇をかみ締めていた。わかっていて尚自分を止めないでいてくれている令子に、横島は心の中で感謝した。


「ふざけんな!そんなに俺たちがお荷物かよ!」


 一人で戦おうとする横島に激昂する雪之丞は、自分が思わず口に出してしまった言葉を激しく後悔した。横島の戦う気を無くすようなことを言うつもりは無かった。あわてて訂正しようとする雪之丞だったが、横島がそれを遮って、言った。


「頼むから!……頼むから皆、外に出てくれ。俺のことを信じてくれてるなら」


 どこまでも透き通っている目は、強い意志が感じられた。雪之丞はしばらく横島を睨んでいたが、諦めたように目を地面に落とした。


「……わかったよ。ぜってえ勝てよ!」


 そう言って踵を返し、顔を伏せたまま扉へと歩いて行った。さっさと部屋を出る雪之丞の背中は寂しげだった。雪之丞の心境はアシュタロスを思うベスパのそれとよく似ていた。
 雪之丞に続いて令子がシロを連れて部屋を出た。シロは部屋を出るとき、一瞬だけ横島を見た。一度は止まった涙が、再び流れ始めたのが見えた。
納得のいかない様子であったが、他のものたちも諦めて肩を落とし、部屋を出て行った。最後まで出ることを拒んだルシオラであったが、結局横島が無理矢理追い出すかたちでルシオラを部屋から出した。


「この戦いが終わったら、また夕陽を二人で見よう。約束よヨコシマ。絶対、よ」
「ああ。約束する」


 二人が最後に交わした会話であった。
 部屋に残っているのは横島とメドーサだけになった。メドーサは横島たちの様子を鼻で笑いながら静観していたが、横島と二人っきりになると霊圧を開放した。
 反発しあう二人の霊圧が部屋の内部で静電気のような現象を起こしていた。常人ならば立っているだけで気絶してしまうほど、二人の霊圧は桁違いだった。


「死ぬところを見られたくないから追い出したんだろ?結構正直なやつじゃないか。お前は私とじゃ勝負にならないからね」


 メドーサは見下した目つきで、皆が出て行った部屋のドアを見続けている横島の背中に向けて言い放った。
 振り返った横島はなんとも言いがたい表情だった。その顔には涙が流れた跡と、それを拭った跡があった。


「それは少し違うな。これから俺がすることを見られたくないから、追い出したんだよ」
「何を馬鹿なことを……」
「どんなに考えても、これしか思いつかなくてな」


 文珠に込められている文字を、メドーサに見えるように高く掲げた。メドーサはその文珠を見るとギョっとしたように固まった。微かに動揺を見せるメドーサの額から汗が滲み出した。


「……まだあきらめてなかったのかい」
「生憎、俺の逃げ足の速さとあきらめの悪さは誰にも負ける気はないんでね」


 皮肉のつもりで言ったのだが、自分の声が微かに震えていることに気がついた。深呼吸を一回し、気を引き締めなおす。
 これは守る戦い。負けられない戦い。
 そのことを教えてくれた男を、救う戦いでもある。





(ルシオラ。ごめん。約束守れそうにねーや)


 手の中の文珠をちらっと見て、意を決した横島は、躊躇することなく文珠を飲み込んだ。










「魔 神 化」


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