椎名作品二次創作小説投稿広場


アは悪魔のア

イは異端のイ -B is for Babel-


投稿者名:赤蛇
投稿日時:05/11/16

 いざ我ら天より降りて、彼の者の互いの言語の通ずることを得ざらしめん
                                   (創世記 11-7)










               B is for Babel










すっかり陽が落ちて暗くなった駅前の繁華街を、すれ違う者はみな足早に過ぎ去っていく。
冬の訪れを告げる木枯らしのせいもあるが、そればかりというわけでもないことをベスパは知っていた。
だが、そのことで誰かを、今し方自分にぶつかりそうになって悲鳴を上げた中年男性のことなどを責めるつもりは毛頭ない。

横断歩道を渡り、ベスパはとあるファーストフードの店の前で立ち止まった。
赤地に黄色のロゴが入った大きなガラスの向こうに、学校帰りの高校生たちがそれぞれにたむろしているのが見えた。
これ以上妖蜂の助けを得るまでもなく、目的の連中が店内の一角を占めているのがわかった。
ベスパは迷うことなく、自動扉のマットに足を乗せた。

「いらっしゃいませーー!」

入り口正面に広がるカウンターから、アルバイト女性の元気な声が響き、ベスパはたじろぎを見せた。
自分が人間ではないことは彼女たちにもわかっているはずなのだが、プログラミングされた笑顔には微塵の揺らぎもない。
ベスパはあらためてマニュアルの偉大さと恐ろしさを知った。

「ご注文はおきまりですかー!」

「あ、ああ・・・」

先程、美神を軽くあしらったのもどこへやら、動揺を隠せぬままに店内のメニューに救いを求めた。
それが何かも考えられずに、目に映った期間限定と書かれた特大のPOPに指を向ける。

「ハニーブラウンシェイクをおひとつですね。ご注文は以上でよろしいですかー?」

「う、うん・・・」

あとはどうやってシェイクを受け取り、代金を支払ったかわからぬまま、ふらふらと禁煙席の方へ入っていった。
店内の安っぽいテーブルと椅子には皆同じような、よく見れば若干バラつきのある制服を着た高校生たちが、それぞれに固まってしゃべっている。
ベスパはその宣しい群れの間を掻き分けるようにして歩き、一際目立つ奥の集団へと近づいていった。

自分が言うのもなんだが、こいつらはおかしな連中だよな、とベスパは思った。
背後を壁に囲まれたテーブルにいるのは五人。

一人は優に2メートルは越しそうな巨漢の男。手にしたキングサイズのコーラがアイスコーヒーのようだ。
その隣は生粋のイタリア人にしか見えない金髪の高校生。だが、実はその何十倍も年を重ねてきているバイパイア・ハーフ。
通路に古ぼけた学校の机をくっつけて談笑している女子高校生は、たしか机妖怪の愛子、とかいったはずだ。
反対側の奥に坐るコートを着た目つきの悪い男は、前にメドーサの弟子として修行していた奴だ。
そして、その隣でだらしなく笑っている男こそが、自分が殺そうとしているヨコシマだった。

「お前たち、揃いも揃って誰も気付かないなんて、GSの卵としてどうかと思うよ、私は」

言わずもがなのことではあるが、ベスパはあきれてそう忠告せずにはいられなかった。



「ベ、ベ、ベ、ベスパッ!?」

飲みかけていたジュースを盛大に噴き出させ、横島が叫んだ。
その声につられて、他のメンバーもガタガタと椅子を鳴らして一斉に立ち上がる。
だが、ベスパは片手を軽くあげて彼らを制する。

「静かにしな。あんまり騒ぎ立てるんじゃないよ」

「そ、そんなこと言ったってなぁ・・・」

「大丈夫、横島クン?」

気管にでも入ったのか、横島はまだむせながら抗議の呟きを漏らす。
実際、こんなところで声を掛けておいて、驚くなというほうが無茶だった。
そんな横島の背中を軽くさすりながら、愛子は口元にこぼれたジュースを拭い取ってあげる。
甲斐甲斐しい世話女房の姿に、ベスパは一瞬だが亡き姉の幻を見た。

「それで、魔族の貴女が僕たちに一体何の用なんですか」

口調は穏やかだか、一瞬たりとも気を抜こうとしないピートが尋ねた。
小国乱立の時代が長く続いたイタリアで七百年ほども生きてきたというのに、なんとも不器用で正直な性格だった。

「安心しな。お前たちには別に用事はないよ」

少し間を持たすためか、ベスパは立ったままでシェイクを一口飲んだ。
案の定、まがい物の蜂蜜の安い甘さが舌に残り、顔を顰めた。
それ以上飲む気も失せたのか、つかつかと音を立てて数歩歩き、黙ってダストボックスへと放り込んだ。

「私はただ、ヨコシマを殺しに来ただけさ」

「なんですとーーーーーっ!!」

「うるさいねぇ。こんなことでいちいち驚くんじゃないよ」

「これが驚かずにいられるかーーーーーっ!!」

目の前で堂々と殺害予告をされているにも関わらず、横島はどうしてもつっこまずにはいられなかった。
そんな、ふらりと遊びに来たような感じで殺されたのではたまったものではない。

「―――ったく、しょうがないねぇ」

どうも調子の狂うやりとりにこめかみを軽く押さえ、ベスパは愛子の本体である机の椅子を引いて腰掛ける。
直接の面識のなかった愛子も格の違いを察したのか、特に何も言うでもなく素直に席を譲る。
だが、しっかりと横島の隣に坐り直しているあたり、なかなかに抜け目のないところだった。

まるでクラス委員と教師だな、自分の左右に並ぶ高校生の姿にそんなことを想像し、思わず苦笑いを浮かべた。
もっとも、生徒を殺害するための理由を説明しようとする教師などいるはずもないのだが。

「さて、どこから始めようか?」



「―――と、いうわけさ。なにか質問は?」

まるで本当の教師のような口調で、ベスパは今日の講義を締めくくる。
大筋では合っているが、今回は細部をかなり省略して話したため、美神たちに説明したときよりもずっと早く終わった。
彼らに魔界や神界の宮廷外交などを説明したところで、よけいに混乱するばかりで何の役にも立ちはしない。
バグラチオンにナポレオンとタレーランの関係など、理解の出来ようはずもないのだ。

「一つ質問があります」

愛子が控えめに手を上げて聞いた。
学校妖怪の性として「先生!」と呼びかけたい衝動にも駆られたが、なんとかそれだけは自制することに成功した。
さすがに本人の前で学園ドラマを演ずるわけにはいかなかったからだ。

「話を聞くと、確かに横島クンを殺すのが一番安全なように思えるけど、それならどうしてわざわざ私たちの前に来たの? 本人も知らないうちに暗殺でもしたほうがいいじゃない」

「もちろんそれが一番簡単さ。だけど、私も好き好んでコイツを殺したいわけじゃない」

ここまで話してベスパは些か感情的になり、少しなげやりな態度で横島を指差す。

「だいたい、コイツがさっさと姉さんを忘れて誰かとくっつくか、もしくはどこかの女に姉さんを産ませて甦らせればよかったんだ。それを―――」

「だったら今からだって―――」

「それが出来るような男なら、こうして私が来るはめになど、なりはしないよ」

「なら、私が生んであげるっ!」

勢いに任せてというか、顔を真っ赤にして愛子がとんでもないことを口走った。
一際大きく聞こえたその台詞に、店内のあちらこちらから興味本位の視線が降り注ぐ。
だが、ベスパはそれをにべもなく跳ね除ける。

「ダメだ。生物を依代にした私とかならともかく、無生物のツクモガミでしかないお前では無理だ」

「そ、そんな・・・」

「あるいはセックスならできるかもしれんが、受精器官はおそらく機能しないはずだ。それに、いくらなんでも机に生まれかわった姉さんでは困る」

「でも・・・」

駅前のファーストフード店という、いわば公衆の面前で臆面もなく繰り広げられる女同士の会話に、男たちは呆れるやら恥ずかしいやらで入っていくことが出来なかった。
見方によっては、女教師と女生徒が男を巡って言い争いをしているようにも見えるのが、なんとも言えず始末に終えなかった。

(お、お前たち、なんとかしてくれよ!!)

(すみません、僕には止められません・・・)

(ワ、ワッシにも無理ですジャー)

もはや男たちに出来る事と言えば、コップの中の嵐が過ぎ行くのをじっと待つより他はなかった。


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