椎名作品二次創作小説投稿広場


時は流れ、世は事もなし

憑依 3


投稿者名:よりみち
投稿日時:05/11/15

時は流れ、世は事もなし 憑依 3

「駄目だな」ベスパはベッドから体を起こすと自嘲気味につぶやいた。

 今後について考えているのだが、いっこうにまとまらない。どのように頭を巡らそうと、任務の達成が無理という結論にしかならないからだ。

手持ちのカードは、自分の霊基構造体−魂と(『他人の体を使って良いのか?』という問題を無視すればの話だが)オリジナルの体だけ。

ただ、意外なことに、この二つのカードの戦力は必ずしも低くない。

体の反応を見る限り、オリジナルの運動能力は人としては極めて高水準にある。それに、自分が学んできた格闘術を合わせれば(人を基準とすれば)相当に強い。体調が戻れば、墓場で出会った連中程度なら難なく蹴散らせる。
 また、霊力が魂に依存する部分が大きいことを考えれば、中級魔族級の自分ならかなりの出力が出せる(といっても、人という器にいる以上、何らかの限界はあるはずだが)。あと、魔族としての簡単な魔法・魔術の知識もある。
 すべてを総合すれば、現状でも有能なGS並の戦力が期待できる。

 問題は相手が悪すぎること。プローブの戦闘力が想定通り上級魔族級であるとすれば、その戦力比は1:100以下。
 さらに、同じ空の下でプローブを狙って活動をしている魔族との戦いも予想されるが、こちらの先行きも暗い。オカGの作成したレポートによれば、その戦闘能力は最低、中級魔族級−体を持った状態での自分と対等−、現状での勝算は5%、いや2%がせいぜいだ。

 せめて美智恵か美神級の仲間がいれば戦力の不足を補えるのだが、たった一人で過去界に跳ばされた現状では、それもままならない。

‘これで何とかなったとすれば、人のいう”神”だって信じる気になるかも‥‥’
魔族として極めて非建設的な考えに囚われかけるベスパだが、かすかな物音で、気持ちが戦闘モードに入る。

油断なく物音の方を見るとドアに覗ける程度の隙間ができている。
「そこにいるのは誰?!」

「蝶々でちゅ」その声と共に蝶々がドアを大きく開け入ってくる。

 その姿に気が弛みかけるベスパ。しかし、この少女が感情をスキャンできるエスパーであることを思い出す。意識にプロテクトをかけ、できるだけ平静な口調で、
「ここに来ていいの? 見張りか何かの仕事があるんじゃなかったのか」

ベスパの懸念をよそに蝶々はスキャンを試みるでもなく、
「心配だったんで見に来てあげたでちゅ。フォンちゃんの様子を『見張る』のも立派な仕事でちゅからね」

「そうか。大丈夫だ、ゆっくりとさせてもらっているよ」
答えながら少女の心配げな顔に心が痛む。心に掛けている相手の本質はここにはない。

蝶々はその返事にも心配そうな様子は変わらず、
「そうでちゅか? 何かに追い詰められているって感じでちゅよ」

 心を言い当てられたことで、ベスパはプロテクトを破られたかとドキリとする。しかし、それが、こちらの強張った表情を見てのことだと気づく。
「駄目だな、こんな顔では説得力はないか。でも、思い出そうと根を詰めていただけさ、心配するほどのことじゃない」

「そんなこと言っていると良くなるものも悪くなるでちゅ」蝶々が大人びた調子で叱る。
「蝶々や蛍ちゃんがついているんだから、無理して思い出そうとしなくても良いでちゅ」
そこで、ぽんを手を打ち、
「そうだ、良いものがあるから待っているでちゅ」

 しばらくして蝶々は大きめのマグカップを持って戻ってくる。

 怪訝そうに見るベスパに、蝶々は自信たっぷりという感じで差し出す。
「スープでちゅ。一昨日の夜から何も口にしていないでちゅからね。だいたい、お腹が減ってる時に深刻に考え込むから、そんな顔になるんでちゅ」

押しつけられるようにして、ベスパはマグカップを受け取る。
 漂う香りに鼻をくすぐられ、それまで感じていなかった空腹感が意識を覆う。そして、空腹感の勧めるままに口をつける。

 口中に様々な材料を組み合わせたらしい複雑な旨味と温かさが広がり、それだけで気持ちに余裕が生まれる。良い考えが浮かばなかったのも、蝶々の言う通り、空腹で考え事をしていたからかもしれない。

「本当に美味しい。力も戻ってくる感じだ」とベスパ。
自分でも驚くほど素直な気分になっている。
‘なるほど、これが人の体ってことだな’今更なことに思い至る。
今後、何をするにしても、生理的な欲求など人間の体の限界を忘れないようにしなければならないと思う。

「蛍ちゃんが用意してくれた特製なんでちゅよ」
しみじみとしているベスパに、蝶々はそれを作ったのが自分であるかのように自慢する。
「とにかく、今は体に栄養をつけて休むでちゅ。記憶は、芦様がきっと解決してくれるから心配ないでちゅ」

「芦様‥‥」その名前に反応し無意識の言葉が口をつく。
「きっと、立派な御方なんだろうな」

「あれほど好きな芦様のことも忘れてしまったんでちゅよね」
肩を落とす蝶々だが、すぐに気を取り直し、
「立派な御方でちゅ。陸軍の偉い人でこの国を守る仕事についているでちゅ。”教授”を連れてきたのも、蛍ちゃんや蝶々を選び、大切な仕事を任してくれたのも芦様でちゅ」

『一番好きな』の言葉に複雑なベスパ。今はそのことを考えたくないので、話を微妙にずらす。
「蝶々ちゃんや蛍さんは大切な仕事を任されているのか。二人ともにすごい”力”の持ち主なんだろうな」

「『ちゃん』は余計でちゅね。フォンちゃんは蝶々を『蝶々』って言ってたでちゅ。それに、蛍ちゃんは『蛍さん』じゃなくて『姉さん』でちゅよ」
 蝶々は不満そうに訂正してから、
「蛍ちゃんは乱波で蝶々は超能力が使えるでちゅ」

‘乱波‥‥ ああ、忍者のことか’
蛍が墓場で敵を一刀のもとに切り伏せた手並みを思い出す。
「蛍‥‥姉さんが乱波っていうのもすごいが、蝶々はエスパーなのか。たいしたものだ」

「そうでちゅよ。蝶々には二つ超能力があって、一つは人や生き物の気持ちを感じられること、もう一つは‥‥」
蝶々は、唐突に言葉を切ると、
「フォンちゃん、窓を開けて良いでちゅか?」

「いいよ、外の空気も悪くはない」『何のために?』と思いながら了承するベスパ。

蝶々は、もったいぶった仕草で窓を空けると身を乗り出すようにして外を凝視する。

 何が起こるか見当もつかないが、スープを味わいながら様子を見ることにする。

ちょうど飲み終わった頃、蝶々がベッドの前に戻ってくる。それにつられるように、窓から蝶が二・三匹入ってきた。蝶は、蝶々の周りをひらひらと飛び廻ると外に出ていく。

「おや? お客様が来たようでちゅね」蝶々は独り言のように言う。

「蝶が教えてくれたのかい?」

「そうでちゅよ」蝶々は自慢げにうなずく。
「蝶だから、『いる』とか『いない』ぐらいの簡単なことだけでちゅけど」

‘一種の感情探知なんだろうけど、それよりも‥‥’「蝶を使って、辺りを見張らせているのか?」

「そう。これがもう一つの”力”でちゅ。蝶々がお願いすれば、いろんな小さな生き物が蝶々のために働いてくれるんでちゅ」

‘感情探知と精神操作か’ベスパは、少女の超能力をそう推測する。

精神操作については『小さな生き物』と言っていることから、ある程度知性がある生き物を操るのは無理なようではあるが。

「すごい”力”があってうらやましいよ。それに比べると、散々にやられた私なんか、足手まといもいいところだな」

「そんなことないでちゅ。フォンちゃんもすごく強いんでちゅから。蛍ちゃんとだって互角に戦えたでちゅよ。もし、あそこで、芦様が来なければ両方とも死‥‥」
そこまで言った蝶々は少し気まずそうな顔をして口をつぐむ。

‘『互角』、『死』ってことは、姉さん‥‥のオリジナルとオリジナルが、命を賭けて戦う間柄だったのか?’

問いかける視線を向けてみるが、目を逸らす蝶々。

‘そう言えば、芦様に選ばれたのは蛍と蝶々で、自分‥‥じゃない、オリジナルはいなかったな。それに、あの連中、オリジナルを元の仲間のように言っていたっけ’
 連中とのやり取りが思い出される。

 向けられた憎しみを考えると、ある時期まで連中の側にいて(その時、蛍とも戦ったにちがいない)、その後、裏切りって蝶々の側にまわったということだろう。

 それにしても、オリジナルも『裏切り者』呼ばわりされる身の上だったことに苦笑を禁じ得ない。



幕間 巣窟1

そこは、丸太の柱に鉋(かんな)がけも十分ではない板で作られた壁と、いかにも急ごしらえだと判る六畳ほどの広さの部屋。調度としては、不細工で大きな机と数脚の椅子があるだけだ。

 明かり取りの天窓から日の光は射し込んでいるものの絶対量は足りず、薄暗い。その中に、思い思いの椅子に腰を掛けた二人の人物がいる。

一人は、灰白色の長い髪を編んで束ねた小柄な老人で、高位の道士を思わせる長衣と冠を身につけている。瞑想中という感じで、目を軽く閉じたまま身じろぎもしない。

 もう一人はベスパを追い詰めた男で、こちらは不愉快そうに辺りに視線を漂わせている。

その雰囲気が気に入らないのか老人は、目を細めに開き、
「青令、落ち着け。いくら不愉快さを見せてもあの魔族に何の感銘も与えられぬ」

「判っております、師父」うやうやしく答える男−青令。
「しかし、なかなか呼び出しに応じず。ようやく、応えたと思っても、これほど待たせるとは無礼にもほどがあります」

「奴を人と見て、感情を害するようでは修行が足りぬぞ。しょせん、奴は目的のために作られた使い魔、己の意志を持たぬカラクリ人形、式神に過ぎぬ。こちらは利用することだけを考えていれば良い」

「ですが‥‥」青令は部屋の空気が動いたことで口を閉じる。

土を踏み固めただけの床から黒灰色で粘性の高い液状のモノがにじみはじめる。
 それは見る間に量を増やし人の形状を取る。その表面が二・三度表面が波打つとフィフスの姿に変わる。

「呉公殿、遅れて申し訳ない」フィフスは謝罪めいた言葉を述べる。
 それは、子供があらかじめ言い含められた言葉を意味も判らず復唱したようにしか聞こえない。

頭に血が昇りかけた青令を視線で押さえ、老人−呉公は顎で机の上を示す。
「それについてお前の考えを聞きたいと思ったのだ」

机の上には、握りこぶし大の玉製に見える珠と20センチほどの大きさの人形が置かれている。人形は子どもが木を削りだして作ったような不細工なもので、呪符が張り付けられている。

「ほう、”珠”がここにある? とうに、フォンの体に入れて操っていると思ったが、予定を変えたのか? それとも、青令が、魂のない体にこれを入れるという子供でもできる仕事をし損じたのか?」

 後半の台詞で、落ち着きかけた青令の顔に再び朱が走る。
「その魂のない体が動き抵抗したんだ。それで”珠”を入れるどころじゃなかったんだよ!手前(てめぇ)が魂を抜き損なったんじゃねぇのか」

「興味深い話だ」フィフスはそれだけ言うと人形を手に取る。しばらくして、
「魂はこの中に封じられている。フォンの体に残っていることはあり得ない」

「なら、魂がその中から肉体を操作したんじゃねぇのか? ”珠”が記憶を引き出せるよう、霊的なつながりを持たせているんだろう」

「つながっているのは記憶だけだ。意識は完全に封印し昏睡状態にある。外部からの干渉がない限り、100年でもそのままだ」

「じゃあ、なぜ、魂のない体が抵抗したっていうんだ! それとも、俺たちがそろって夢でも見たとでも?!」

「その可能性はあるな」

「てっ手前ぇ!! 本気で俺たちが眠っていたと思っているのか!!」

「そんなことは思っていない。『可能性はある』と指摘したまでだ」
 『何を怒っているのか?』という感じのフィフス。
「敵には幻術を使う乱波がいる。どこかの段階で全員が術中に墜ちたのかもしれない。可能性だけなら、体を見つけるまでの間に、彷徨っていた霊が取り憑いたということも考えられる」

「ふん! フォンに一発打ち込んだ時の手応えは本物で夢でも何でもねぇ。それに、強気なところは、たしかにフォンだった。その辺の雑魚霊に人のマネをするなんて器用なことができるはずはねぇだろうが」

「直接、戦ったのか。なら、なぜ身柄を確保できなかった。そうすれば、体が動いた謎など簡単に解けたはずだ。普通ではかなわないお前でも、その前に私が痛めつけておいたから、捕らえることができたはずだ。ひょっとして、お前の実力は見かけ倒しだったのかな」

「『見‥‥見かけ倒し』だと!!」絶句する青令。

「まあ、男というモノは若く美しい女性に対し強い立場に立てば特殊な感情を抱くと聞いている。そういう感情で対処したのなら、失敗しても不思議ではないか。特に、お前は、あの女に対し‥‥」

青令はじけるように立ち上がる。腰に構えた掌が、霊力の集中を示す光を帯びている。

「そこまでだ!!」呉公の低く凄味のある声が青令を制する。
同時に高まった霊圧が部屋の空気を震わせる。

「申し訳ありません、師父」青令は顔色を失い椅子に座り直す。

 一方、フィフスは、この状況でもさしたる表情の変化を示さない。

さすがに呉公の顔が不愉快そうに歪む。それでも抑制の利いた声で
「フィフス、お前のもの言いは無駄な摩擦を生み出し、我々の協力関係にも亀裂を生じさせる。今後のことを思えば、今少し、その辺りを考えた言葉を選べないものかな」

「言いたいことは判る。摩擦のない協力関係の重要性も理解している」

「ならいい」フィフスと同じ気のない返事を返す呉公。
 フィフスと協力関係に入って1年近くなるが、同じ会話を何度も繰り返している。もっとも、今の企(くわだ)ての進捗状況から言えば、次に同じ会話をすることはないだろうが。
「それで、話を元に戻すが、今回の件をどう判断する?」

「何かがフォンに取り憑いている、それは間違いない。それが何かとなると‥‥ 情報が少なすぎる。推測すらたてようがない」

 呉公はフィフスの言葉の間に気づいたが、それのことを聞き出すことが不可能なことは判っている。

フィフスは何事もないかのように言葉を続ける。
「もっとも、企てが順調に展開している以上、何が取り憑いていようと、大勢には影響はない。この件は放置するのが適当と判断する」

「いやそうもいかん。儂の経験と勘はこの件をなおざりにすることを危険と告げている。青令を使ってその辺りは調べさせるつもりだ」

「企ての成就は目前に迫っている。余計なことに力を取られることは望まない」

「それ自体は、こちらが引き受けた陽動と牽制いう役割の中でできることだ。お前の手を煩わそうとも思ってはいない」

「であれば、反対する理由はない。もともと、相互に支障がない限り、行動の自由を認め合うことになっているからな」

「これで双方の意見の一致を見たわけだ」
 そっけなく確認すると、呉公は机の上の”珠”目を向け、
「さて、これは機会があればまだ使えるのか?」

「無理だな。体の内にあってこそ安定する仕様だ。外にあってすでに劣化を始めている。次の機会までは保たないだろう」

「なら、こうするのも慈悲か」
 呉公は、手にした鉄扇をゆっくりと振り上げ珠に叩きつける。

珠は見かけ以上に脆いのか、瞬間で粉々になる。散乱した欠片は、わずかな時間で、昇華するかのように跡形もなく消える。砕けた時に、悲鳴めいた音がしたが、三人とも気に止めない。

「さて、話は片づいたし、動くとするか。そろそろお客を待たせておくのも限界だからな」
 呉公はゆっくりと立ち上がる。

「今日は何をするのだ?」

「元始風水盤第七次稼働実験だ。あの男−芦優太郎、立ち会いの上でのな」 


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