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ザ・デウス・オブ・ハーツ !!

蛍が蜂に刺され 蝶が笑う


投稿者名:由李
投稿日時:05/11/11

 恐怖とは、未知との脅威に怯えることである。恐怖を克服することとは、その恐怖を知り尽くすことである。


「うーん……静止画だとよくわからんな」


 別荘での夕食を終え早めに部屋へ上がった横島は、ベッドの上でどこから出したのか十八歳未満は見ちゃいやんな雑誌を予行練習もかねて読みふけっていた。こうでもしないと高まる胸が収まらないのだ。
 つい先程までパピリオと土偶羅が何かを話している声が微かに聞こえたのを最後に、別荘は静まり返っている。夜空は都会では見られないような星空だった。ろまんちっくな雰囲気はたっぷりである。星の明かりの下、二人は激しく体を求め合う。それがもう少しで実現するのだ。男、横島忠夫。今夜彼は漢と書いて「オトコ」となる。


「よ、よし、もう一度インスピレーションを高めるべくこの本で……」
――何考えてるんだよ!?
「っ!?な、なんだ?」


 突然外からした声に雑誌を隠し、おそるおそる窓から覗いてみた。そこにはパジャマ姿で言い争いをしているルシオラとベスパの姿があった。















ザ・デウス・オブ・ハーツ
第三話・後編:蛍が蜂に刺され 蝶が笑う















 緊迫した空気が二人の間で流れていた。ルシオラが何を言ってもベスパは怒ったように怒鳴り散らすだけで会話は出来ていなかった。何を話しているか気になった為、悪いと覆いつつ盗み聞きしてしまった。そして知ってしまった。


「人間とヤるだって?お前正気か?」
「ヤるなんて言わないでくれる!?一夜の思い出を作るだけよ!」
「一緒でしょうが!知らないわけじゃないわよね。私たちは制限された行動しかできない。人間と寝たらコード7に触れる。そしたらどうなるか……」
「その場で消滅、でしょうね」


 消滅?俺と寝たら消滅だって?
 震える体を抱え込みどうにか事態を掌握した横島は、ルシオラの覚悟にあぜんとしていた。純粋な魔族の少女は、どこまでも一途だった。なのに自分と来たら……。
 再び喧騒が聞こえ、爆発音も聞こえてきた。再び窓から覗くと、二人は戦い始めたようだった。
 今すぐ出て行ってルシオラの加勢をしたかったが、体の震えがそうさせなかった。第一右腕が満足に使えない自分が出て行っても、ルシオラの戦いの邪魔になるだけだ。そうに決まってる。
 窓から見える二人はほぼ互角の勝負をしていた。少なくとも横島にはそう見えた。





(アシュ様を裏切って……人間と寝るだって!?どこまでバカなんだ。絶対消滅なんてさせないよ!)


 ベスパの右手が閃光を発し、霊力が集束されているのが目に見えてわかった。
 今しかないと思ったルシオラは、即座に幻覚を作る準備を整えた。
 距離が縮まり、間もなくベスパの右手がルシオラに向かって振り下ろされるというとき、突然ルシオラの動きが止まった。


「えっ?嘘……」


 目の前に迫る攻撃をかわすはずだったルシオラは、自分の体の異変に頭がついていかなかった。しかし無情にもベスパの拳が振り下ろされる。


「あんたは死なせないよ!」


 幻術を発動させる間もなく、ルシオラにベスパの攻撃が直撃した。粉塵に姿が見えなくなり、再び姿が見えるようになった時には地面に倒れもはや戦闘は不可能の状態だった。





 横島の体の震えは止まり、倒れたルシオラを確認すると今度は熱くなってきた体からは違った意味での震えが始まった。ルシオラの生死はここからじゃ確認できなかった。横島に恐怖は無くなり、死ぬ覚悟で自分を愛した女へのどうしようもない感情だけが嵐のように吹き乱れた。


「てめぇええええ!」
「っ!ポチか!」


 倒れたルシオラの前で立ち尽くしていたベスパは、二回から飛び降りそのまま攻撃してきた横島を避けることもなく逆に弾き返した。弾かれた横島は軋む右腕が鋭く痛んだが、しかし倒れることなく、更にベスパに向かっていった。


「ルシオラの……仇だあ!」
「聞いていたのか。どっちにしてもあんたはもう殺さなきゃいけないしね」


 ハンズオブグローリーがベスパに振り下ろされ、今度は弾かれずにガードされた。右腕は未だ針のように鋭い痛みを横島に伝えていた。激痛に顔を歪めながら横島は声を荒げる。


「ルシオラを殺す気だったのか!」
「……さあね。でもあんたは始末しないといけないみたいだね!」


横島は懸命に戦った。サイキックソーサーで攻撃をいなし、ハンズオブグローリーで斬る。文珠を使い防御する。ベスパ相手に善戦と言える戦いができた。しかし圧倒的な破壊力を持つベスパに、横島が勝つことは難しかった。数回の攻防の後、横島は地面に倒れ伏すこととなる。
 口に入ってきた砂が血と混じり、口から垂れてきた。右腕の感覚は全く無くなり、もはや自らの意思では動かせない。それは完全な敗北であった。守れないことがこんなにも悔しいことだとは知らなかった。


「……ヨコシマ……逃げ……」
「ル、ルシオラ……?」


 すぐ近くに倒れているルシオラから声がした。ルシオラが生きていることに安堵しかけたが、かろうじて意識があっただけのルシオラは満足にしゃべることなく深い眠りについた。体が沸騰するように熱くなってきた。振動の鼓動が耳にまで届きそうになるほど早くなる。あの時と同じ感覚だった。
 ふと右腕の異変に気付く。先ほど全く動かせなかった右腕に感覚が戻り、力を込めると手を閉じることが出来た。
 今度は全身に力を入れ、ゆっくりと立ち上がる。体は驚くほど軽い。


(力が溢れてくる……これならいけるっ!)
「まだ立てるのかい?次は手加減しないよ」


 自分の中に流れる霊力が高まってくるのを感じた。ふと右手に何か握っていることに気付いた。それを握り締め、ベスパがありったけの霊力を込めた霊波で攻撃してくるのを待ち受ける。横島は覚悟を決めた。


「じゃあねポチ!こうなったのもあんたのせいだよ!」
(飛ぶ……飛ぶ……飛ぶっ!)


 真上に飛び上がりベスパの攻撃をかわした横島は、そのまま空中に浮遊していた。「飛翔」の字をこめた文球で浮遊したままの横島に、ベスパは呆気にとられた。横島は文珠に「粉砕」の文字を込めて動きの止まったベスパにぶつけた。ベスパは予想外の出力に数メートル吹っ飛び、ベスパが元々立っていた場所はえぐれたような跡ができた。
 自分の中に湧き出るように力がみなぎってきた。横島は思った。遂に俺の時代が来たと。


「ふっざけやがってー!」
「おっ、これ使ってもなくならないのか」
「お前は今すぐ始末してやるよポチー!」


 体に傷を負いながらもベスパは横島に特攻をしかけてきた。横島は「回避」の文珠を使って闘牛使いのようなエレガントな動きでかわした。


「お、おれってスゲー!」
「くっ、なんて奴だ!」


かわされたことよりもかわし方が気に入らなかったべスパは、最大霊力をこめた霊波砲で横島を上空から攻撃する。爆発が辺りの地形を変え、粉塵が舞い上がり横島の姿が消えた。ベスパが殺ったかと思った瞬間、横島は後ろに回りこんでいた。「加速」の字を込めていた文珠を再び「粉砕」に変えベスパを攻撃する。背後からの攻撃に対処できなかったベスパは地面に墜落した。


「やばっ、ベスパ!?」


ベスパが墜落したところにはクレーターが出来ていた。やり過ぎたかと思いベスパの傍に降り立つ。クレーターの真ん中で倒れているベスパは、気を失っているだけだった。


「勝った……のか。……っルシオラ!」


 ルシオラのことが気がかりな横島はすぐさまルシオラの元へ走り寄る。地面に倒れているルシオラを抱きかかえると「治癒」の文珠で回復を試みた。成功するかどうかわからなかったが、しばらくするとルシオラは意識を取り戻した。


「ヨコシマ?」
「よかった……一時はどうなるかと」
「何でヨコシマが……ベスパ!」


 ルシオラの視界に倒れたベスパが目に入った。横島は慌ててベスパは大丈夫だと、付け加えた。ルシオラはベスパのことが気になったが、それよりもどうやってベスパを倒したのかが知りたかった。


「ああ、それはこいつのおかげさ」
「これ文珠よね?でも普通の文珠とは違うみたい」
「そう!この文珠こそ俺が戦いの中で編み出した新必殺技!えーと……」


――双文珠だ


「?そ、双文珠さ」


 どこからか響いてきた声が技の名称を教えてくれた。
 文珠自体珍しい技なのに二文字込められるという双文珠はルシオラの知的好奇心をくすぐったが、今はそんなことをしている場合ではないと思い直し、ひとまずルシオラは横島と共に近くの森の中へと避難した。





 横島たちが森の中へ消えたのを見計らったように、気を失ったままのベスパに近づく者がいた。ベスパの前で立ち止まり、息があるのを確認すると舌打ちをした。この者こそが先程ルシオラの邪魔をした張本人である。この者の攻撃がなければベスパはルシオラにやられていたであろう。その後、その者は気配を消し、横島たちが消えた森の中へと入っていった。















 別荘から五百mほど離れたところで二人は立ち止まった。ルシオラはひとまず横島に助けてもらったお礼を言った。しかしその後、ルシオラはもう自分には関わらないほうがいいと付け加えた。


「なんでだよ!俺が絶対なんとかするさ!」
「ベスパを倒せる程の力があるおまえはすぐにアシュ様に目をつけられるわ。そうなればおまえがいくら強くてもすぐ殺されてしまう……!」
「いや……しかし、そこは少年誌特有のパワーアップでなんとか……」
「おまえと会えて嬉しかった……。できればおまえに抱かれて消えたかったけど、ヨコシマは優しいからもうそんなことできないでしょ」
「……」


 言葉が出てこない。なんとかして助けたい気持ちだけが空回りするようだった。こういう時どうすればいいか横島は知っている。考えれば考える程思考は停滞する。故に考えるのをやめ、自分の思うままに行動すればいいのだ。


「あなただけは生き延びて、ヨコシマ」
「ルシオラ……」


 真っ直ぐ目を見返す横島に、ルシオラは頬を微かに赤くさせた。横島はルシオラの肩をひきよせ、強引にキスをした。横島の精一杯の誠意と愛情だった。


「一つだけ約束させて欲しいんだ」
「な、なに?」


 急に上気してきた体で、ルシオラは横島の言葉を待った。横島は言葉を考えているようだったが、吹っ切れたように顔を上げると、清清しい顔で続きの言葉を言った。


「ルシオラを救えることができたら×××させてー!」
「もうちょっと言葉を選べ!」


 真面目な顔で思い切った発言をした横島は、頬にエルボーを喰らい鼻血を流した。やはり思ったことをそのまま言うのは駄目かもしれない。
ルシオラはエルボーを喰らって頬をさすっている横島を見て、頼りないようでどこか期待させてくれるこの男を信じてみようと決めた。それはもうレートの高い賭けであろうが、賭けてみる価値は十分あると思えた。
















 ルシオラと横島が別れるのを確認した後、こっそりと別荘に戻ってきたパピリオは今夜の出来事に笑いが止まらなかった。ルシオラの気配を微かに感じると、彼女は笑い声を低めた。


「ふふふ、大いなる茶番劇にはピエロも必要でちゅしね……」


 その後ルシオラを殺そうとした張本人、パピリオは押し殺した笑いをなんとか抑えると、帰ってきたルシオラに怪しまれないよう眠りについた。


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