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ザ・デウス・オブ・ハーツ !!

クワガタはほんとよくがんばってた


投稿者名:由李
投稿日時:05/11/ 9

「すまんクワガタ……来年こそは……、うぅ、来年こそは優勝しような……!」
「何泣いてるんでちゅか?私は先に帰るから後始末は任せたでちゅよ」


 パピリオはクワガタ投手に結晶が存在しないとわかると、ルシオラの作り出した雑魚モンスター「大魔球一号」を置いて異空間へと戻っていった。クワガタ投手に目をつけたのはルシオラの作ったメフィスト転生先を割り出す装置がクワガタ投手を転生先としてしまったからである。本当の転生先である美神令子を割り出させないため横島が再び「障」の文珠で妨害した結果であった。


「横島クン!早いとこ弱点を教えたまえ!」
「クワガタ……お前のことは忘れないからな……」
「横島クン早くし……ぐわぁぁ!」


 隣で西条が大魔球一号と死闘を繰り広げている中横島はマウンドを自分の涙で濡らしていた。とうとう西条が倒れた時まで横島は感慨にふけっていたが、状況がシャレにならない感じになりそうなのでひとまず西条をたたき起こし、「雨」が弱点だと告げた。息も絶え絶え西条がやっとの思いで大魔球一号を倒したのを見届けると、悪役っぽい決めセリフを残し横島は自分も異空間へと帰っていった。西条は横島が消えるまでこの世の全ての憎しみを集めたような目をして横島を睨んでいた。















ザ・デウス・オブ・ハーツ
第三話・前編:クワガタはほんとよくがんばってた















 横島は逆天号に戻った途端にベスパとルシオラにボディーチェックを受けた。今更何だと思っていたが、横島の体から超小型の発信機が出てきた。哀れな横島。それはもう慌てたとか。身に覚えの無いことで命を散らしてしまうのかとビクビクしていたが、ルシオラとベスパは横島を責めることはなかった。
 代わりにベスパが外を見ろと横島を促すので、頭に?マークを浮かべながらも外を見ると、逆点号の下に奇妙な魔法陣が描かれた空母が浮かんでいるのが見えた。そして横島が見たのは空母だけではなく、巨大なスピーカーに繋いだマイクを持った美神美智恵と……。


「横島さーん!無駄な抵抗はやめてー!」
「お前だけは信じてた……信じていたのにぃ!」
「俺たち友達だよな!お前は友達を殺せる奴じゃないよな!」


 横島の家族、そして級友の方々がずらり。ここで逆点号がこの空母を攻撃したら間違いなく横島関係者は全員死亡。例え人間サイドがこの戦いに勝利しても横島は仲間を裏切った大量殺人者になってしまう。
 ルシオラたち三人はもはや声も出ない。


「でも構わず主砲発射―!」


 土偶羅がフリーズした横島と三人を気にも留めず攻撃のスイッチを押そうとしたところ、ルシオラとベスパが猛抗議を始めた。立場で言えば土偶羅が上司なのだが、その時の土偶羅ほど可哀想な奴はいない。ルシオラの言った「チ○コ口」という土偶羅への罵倒は後々まで土偶羅の心に深い傷を負わすこととなった。


「すまんかったな。とりあえず今は様子見ということにして、攻撃はしないから。心配するな」
「よかったでちゅねーポチ」
「気にしなくていいぞ」
「あんただけの為じゃないしね」





 (北の国からのテーマ)父さん。こんなかたちで再会となってしまいましたが、元気にしていましたか。僕は今、ご存知の通り魔族と一緒に生活しています。でも意外に魔族の方たちは僕のこと気遣ってくれたりします。正直、事務所にいた頃よりも待遇がいいわけで。





 しばらく様子を見ていると、飛行物体が逆天号に近づいてきた。飛行物体の正体、日本空軍の戦闘機が煙を撒き散らし視界を奪われても土偶羅たちは冷静だったが、目の前に突然現れたものには冷静を保ってはいられなかった。


「何よアレ……高エネルギー反応検知!何かに掴まって!」


 ルシオラがレーダーを見て今までに無い焦りの顔を見せていた。前方に現れた逆天号並の大きさの飛行物体は巨大なエネルギー砲で逆点号の一部を破損させた。すかさず逆天号の主砲で反撃するも謎の飛行物体は既に姿を消していた。レーダーの反応すら無いというのはありえないことだった。異空間に逃げようにも異空間潜行装置の動力源が破損したらしく、逃げようにも逃げれない状況であった。
 横島はここで自分が捨てられたのだと気がついた。そしてその指示を出したのは全指揮をとっている美神美智恵であろう。美智恵に作戦の為に捨てられたことに怒りと絶望感を感じながらも、横島はふと美智恵の特殊な能力を思い出した。時間移動。それが美智恵の特殊能力であり、長年の間魔族に狙われた理由である。
 何かに気付けそうだったが、船外の修理をルシオラに頼まれたので、考えるのを中断しルシオラと共に甲板に出た。










「そこのバルブ閉めて。あ、違う。その横」
「ここっスね」


 機械に長けているのだろう。複雑な配線を修理しているルシオラに横島が手伝う隙は無かった。逆天号は最新の兵鬼であるので、横島がプラモを作るようにはいかない。
 その時不意にあの飛行物体が前方に現れた。飛行物体からのエネルギー波を逆天号はかろうじて避けたのだが、その反動でルシオラがエネルギー波に吸い込まれるようにして落下を始めた。


「あっ!」
「……っ」


 一瞬の出来事で頭は止まっていた。考えるよりも先に手が出たのは初めてだった。
 横島の右手はルシオラの手首をがっちり掴んでいた。しかしエネルギー波は空間を歪め、今にもルシオラを引き込みそうだった。ちぎれそうな右腕は、それでもルシオラの手首を離さなかった。


「ヨコシマ!」
「……くそっ、……離すな!絶対に離すな!」


 ふと自分は何をしているんだろうと思った。今必死に救おうとしている命は敵なのだ。なぜ自分はその手を掴んでいるのだろう。今離せばルシオラはおそらく死ぬ。しかし離さなければ自分も死ぬだろう。空間の歪みは最高潮に達し、周りの空間を飲み込みながら急速に修復していた。
 心臓の鼓動が聞こえた気がした。自分の体から熱い何かが膨れ上がった。










 甲板から奇跡の生還を果たした二人は、肩で息をしながら土偶羅の元へと向かった。
 横島はなんとかルシオラを助け出したのだが、右腕はかなりズタズタであった。ルシオラは横島に肩を貸していた。司令室に入るまで二人の間に会話は無かった。





「ちょっと、どうしたのよあんたたち!」
「エネルギー波の余波にやられたの。私は大丈夫よ」


 司令室に入った途端ベスパが二人のぼろぼろになった体を見て声を上げた。ルシオラは肩を貸していた横島を椅子に座らせると土偶羅の隣に戻り、なんとか逃げる方法はないか考え出した。ベスパは今にも特攻しようとしていたが、ルシオラがなだめると苛立ったようにレーダーを睨んだ。


「うーむなんて動きに脈絡のないやつだ。どこから現れるか全くわからん」
「こんなに簡単に消えたり現れたりできるもんでちゅかね」


土偶羅とパピリオは不思議そうにレーダーを見つめている。そしてこの時横島は、ルシオラに肩を借りている途中ずっと考えていたあの飛行物体について遂に答えをみつけた。


「時間移動っす……たぶんアレは時間軸のずれた俺たち自身……」
「時間移動……!思い出した!あの女魔族のファイルに載っていた時間移動能力者よ!」


 ルシオラが美神美智恵の情報を思い出したことにより、横島の推測を土偶羅たちが確信した。
 その後土偶羅たちは反撃をやめ、反転しまんまと逃げることに成功した。















「よくやったでちゅポチ!さすが飼い主に似て頭がいいでちゅね」
「い、いやあそんな」
「うむ。今回の功労賞はお前だな。今日は飲もう!プルトニウムをたくさん用意するぞ」
「殺す気かー!」


 電車に揺られアジトである別荘に向かう五人。土偶羅は袋の中に身を隠し、三人娘は人間らしい服に着替えている。横島は右腕に包帯を巻いていた。
 あの後敵前逃亡に成功した五人は、太平洋で姿を消しそのまま東京に戻って、電車を乗り継いでアジトを目指すという反則ともいえる作戦を使って見事姿をくらますことに成功した。
 空母での一件の後、一回だけこっそり美智恵と連絡をとった。





「俺を殺すつもりでしたよね……」
――ま、まあいいんじゃない。生きてるんだし
「ちょっとお!一体人の命をなんだと思ってるんすかー!?」
――いい横島クン。よく聞きなさい。今回貴方が助言したことにより、作戦が失敗したということは目をつむります
(俺に生きるという選択肢はもとより無かったのか……)
――今回の一件で貴方は敵側の信頼を得たはずよ。これからも何か新しい情報が入ったら怪しまれない程度に連絡を取ること。こっちも新しい作戦を考えてるから
「俺はいつまでこっちにいればいいんすか?」
――あら、逃げ出せる状況になったらいつでも逃げていいわよ?貴方がいなかったら今回の作戦はおそらく成功していたはずだしね
(……なんだか猛烈に腹が立ってきた)
――とにかく、敵のリミットがあと一年だということがわかったのは上出来よ。それじゃ頑張ってね。


何をどう頑張れと言うんだか。





 電車を降り、少し歩いたところにアジト、というより避暑地の別荘そのものがあった。確かにこれを魔族のアジトだと思う人間はいない。


「逆天号の修復までどのくらいかかるかな?」
「そうねえ、二、三日ってとこかしら。治るまでここでおとなしくしていましょう」


 ルシオラがベスパと短い会話を交わした後、横島を買い物に誘った。戸惑う横島を無理矢理車に連れ込み、別荘を離れていく二人をベスパはじっと見ていた。そしてパピリオはそんなベスパを見て、短く笑った。










「うーんと、ヨコシマ。プルトニウムってマーケットには無いわよね?」
「そりゃあ、主婦には無縁の物質ですからね……」


 山を降りたところにあるマーケットに二人仲良く買い物している姿は、姉と弟のようだった。横島はいきなりルシオラに買い物に連れて行かれたことに少々不安を感じていた。甲板にてルシオラの命を救ったあの時から、なんとなくルシオラは自分を敬遠しているよだったからだ。
 一通り買い物を済ませた二人は怪しい車に乗り込み別荘への道を走った。車内には少々気まずい空気が流れている。かといって用も無いのに声をかける勇気は無い横島であった。
 気がつくと車は海がよく見える道路の端っこで停車していた。何故止まったのか聞こうとしたが、先にルシオラが口を開いた。


「まだお礼言ってなかったわね。ありがとう。おまえは命の恩人だわ」
「へっ?あ、いや……」


 一瞬何のことかと聞き返そうと思ったが、命の恩人、ということはあの時ルシオラを助けた時のお礼のことだろう。


「あの時おまえ、一瞬迷ったでしょ?」
「ギクッ」


 確かにあの時一瞬だけ“手を離す”ということが頭をよぎった。しかしそれは決して貴方を裏切ろう等と大それた考えではなく単に腕が限界だっただけ、と言い訳しても状況は変わりそうにないので、沈黙の肯定をするしか横島に手は無かった。


「なんで?なんで手を離さなかったの?お前は……私たちの敵なんでしょう?」
「……」


 何故、と問われても返すべき答えが見つからなかった。敵じゃない、とは言えない。敵だ、とは言いたくない。再び沈黙が車内に流れる。沈黙を破ったのはルシオラだった。


「お前が手を離せば私はおそらく死んでた。なんで私を助けたの?これも……あの女の作戦のうちな……」
「違う!」





「……それは、違う」


 思わず声を荒げてしまった。それが何故かもわからない。わからないことだらけであった。考えるからわからなくなる。横島は何も考えずに、思った通りのことを口に出した。


「夕焼け。好きだって言ったろ。あれが最後じゃ悲しいよ」


 自分の想いに、口に出して初めて気付いた。


「バカじゃないの!?そんなことで敵を見殺しに出来ないほどひっかかって。私たちは一年で何も残さず消えるのよ!?そんなこと言われたんじゃ……もっとお前の心に……残りたくなっちゃうじゃない……!」


 横島の胸にそっと寄りかかるルシオラ。女の子としか思えない柔らかな感触は、ルシオラを魔族だと忘れさせるようだった。煩悩が高まり、心臓の鼓動が早くなる。


「夕陽、こっち側じゃ見えないわね。夕陽を見ようと思って誘ったのに私何やってんだろ……」
「ルシオラ!逃げよう!」
「は?」


 思わず出てしまった言葉なのだが、構うことなく横島は続けた。


「アシュタロスの手下なんてやる必要ない!俺たちんとこに来りゃなんとかなるって!神族と魔族がついてるんだから寿命だってなんとかなるだろうし、夕焼けだって百回でも二百回でも……」
「ヨコシマ……本気で、言ってくれてるの?」
「美少女キャラ大歓迎!胸の大きい女ばっかだからルシオラと被らない!」
「ほっとけ!」
「な?だから……俺と……」


 ルシオラの表情が曇ってきた。さっきまで優しい笑みを浮かべていた表情は、今は哀愁を浮かべている。


「おまえ……優しすぎるよ……でも駄目。それだけはできないの」
「え!?なっ」
「私にも事情があるの。でも、ありがと。おまえは後で必ず逃がしてあげるわ」
「でも、それじゃあお前は……」


 言いかけた言葉はルシオラの、今までで最高の笑顔にかき消された。首に腕を回されぎゅっと抱きしめられた。男、横島忠夫。こんなに女の子とうまく行ったためしは無かった。


「―――――」


 ルシオラは顔を横島の耳に持っていき、何かをささやいた。その後車内は横島の鼻血と耳血(?)で大変なこととなった。





 ルシオラは誰も見ていないと思って言ったことだったのだが、その様子を近くの崖の上から見ている者がいた。





「あいつら、アシュ様を裏切る気か!?」


 その者、ベスパは拳を震わせ信頼していた仲間の裏切りに唇をかみ締めた。
 気配を消したままベスパは二人に気付かれないように別送へと戻った。土偶羅に言うつもりは無かった。このことは自分でカタをつけなくてはいけないとベスパは思っていた。それが例えルシオラを殺すことになろうと。










――お前の思い出になりたいから、今夜、部屋に行くわ


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