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GS美神 アルカナ大作戦!! 〜Endless Expiation〜

Chapter2.HIGHPRIESTESS 『約束>>交差』


投稿者名:詠夢
投稿日時:05/11/ 8


何かがぶつかってきたような気がする。

でも、ほとんど一瞬のことで、よくわからなかった。

周りの景色が凄い速さで流れていく。

硝子の砕ける音が聞こえたのは、すぐ傍のような、ひどく遠くのような。

世界が反転し、夜空が見えたところで、銀一の意識は途切れた。






          ◆◇◆






ライトアップされた東京タワーに沿うように、カオスフライヤーU号は飛翔する。

ついさっき通り過ぎた展望台には誰もいなかった。


「多分、横島君たちは最上階の特別展望台にいるわ!!」

「はい!!」


自分の腰につかまるおキヌに呼びかけてから、美神はさらにスロットルを捻り上げる。

機体は矢のように、夜空を切り裂いてぐんぐん上昇していく。

その加速に振り落とされぬよう、回されたおキヌの腕に力が込もる。

あっという間に特別展望台へと上り詰め、そして通過する。


「いたわ!! 上から乗り入れるわよ!!」


すれ違う際に窓から横島らの姿を確認し、美神は天井部に空いている穴へと向けて機体を傾ける。

だが─。


「─ッ美神さん、あれッ!!」

「!?」


おキヌが息を呑んで指し示す方向に目をやれば、誰かが窓から放り出されるところだった。

とっさに機体を反転させ、すでに落下を始めている人影へと向かう。

だが、反転するといっても、加速途中だった機体は慣性運動によって、大きく旋回する形になる。

いかに魔法技術の粋を凝らされているといっても、こればっかりはどうしようもない。

人影に向けて加速を始めた時には、すでに両者の距離は数十メートルも開いている。


「間に合え…ッ!!」


自然落下の勢いに乗せて、さらに機体へ加速を与えていく。

展望台を過ぎた辺りで、ようやく誰であるか確認できる距離まで詰める。


「近畿君!?」


どうやら気絶しているらしい。

頭を下にまっすぐ落ちているため、空気抵抗をほとんど受けていない。

落下速度が速い。

それでもこちらは加速している分、じりじりと距離をつめていく。

地上まで目測150メートル足らず。

美神は全開までアクセルを開けながら、事件解決後のカオスフライヤーU号のチューンアップを決意した。

何とか、銀一まで1メートル程の距離まで寄せていく。


「近畿君、手を伸ばしてください!!」


おキヌが必死に片手を伸ばして呼びかけるが、銀一に反応はない。


「下に回りこむようにさらに寄せるわ!! そしたら受け止めて!!」

「わかりました!!」


だが、間に合うのか?

美神の思考に、不安のノイズが走る。

地上まで目測で70メートル前後。陸上選手なら10秒以下で駆け抜ける距離だ。

受け止めた後の減速を考えても、恐らく残されている時間は5〜7秒。

ノイズがひどくなっていく。

すでに地上は目の前だ。


「く…ッ!!」

「近畿君!!」


間に合わない…そう思われた時。





白い影が見えた。





タワーから飛び出したそれは、銀一の身体を抱え込むと美神の視界を一瞬だけ横切る。

と、機体がわずかに揺れて後ろから、おキヌの短い悲鳴が聞こえる。

しかし、振り返る余裕は美神にはなかった。

すぐさま機体を持ち上げ減速。地上スレスレを掠めるようにして再び上昇へと入る。

機体が安定したことに胸を撫で下ろしてから、ようやく後ろを振り返る。

まず見えたのは、プラチナのように煌く鬣(たてがみ)。

カオスフライヤーU号の側面にあるわずかなスペースに、一匹の獣が張り付いていた。

獅子のごとき鬣を持ちながらも、その面立ちや体躯はイヌ科の肉食獣を思わせる。

だが、黄金色の瞳には知性の輝きが宿り、落ち着いた思慮深い雰囲気を漂わせている。


「近畿君、しっかりして下さい!!」


おキヌの声に、ようやくその獣が銀一を咥えていることに気づく。

獣は、おキヌと美神の間の狭い空間に、落とさぬようそっと銀一を乗せる。

その目がちらりとこちらに向けられ、そして口の端が歪んで笑みの形をとる。

次の瞬間には、獣は身を翻してタワーへと飛び移って姿を消した。


「な、何…いまの…?」

「えと、さ…さあ? あっ、そうだ、近畿君!!」


美神と一緒に目を丸くしていたおキヌが、慌てて銀一の状態を調べる。


「…大丈夫だと思います。でも結構ひどい打ち身があるので、ヒーリング。しときますね。」


そう言っておキヌが手に霊力を集中し始めたのを見て、美神はほっと息をつく。

ふと顔を上げれば、いつの間にか特別展望台の近くまで登ってきていたらしい。

割れた窓から覗き込んでいる、弟子で丁稚の心配そうな顔に、美神は笑って手を上げてみせた。







          ◆◇◆







もう大丈夫だというように、ゆっくりと上昇する機体の上で手を振る師匠で雇用主の姿に、安堵の吐息が出る。


「美神さん…おキヌちゃん…、よかった…!」


そんな横島の姿を、こちらも安堵の表情で見つめる刻真。

だが、その顔をふいに引き締め振り返る。

その視線の先の夏子は、技を放った姿勢のまま、どこか放心しているかのように立ち尽くしている。


「…夏子さん。今なら俺の言葉が聞こえるかい?」


返事はない。

だが、怯えたように大きく震えた体が、言葉以上にそれを裏付ける。


「銀一さんがした質問、もう一度聞くよ。…本当にこれが望んだこと?」

「刻真…?」


一歩、また一歩と進み出る刻真の声には、紛れも無い怒りの気配があった。

静かに膨れ上がっていく気配に、シロやタマモたちの方が困惑していた。

しかし、刻真の言葉は止まらない。


「大好きな人を傷つけて、自分を好いてくれる人を傷つけて……違うよね?
 大好きな人なら、守らなきゃいけない。
 自分を好いてくれる人は、大切にしなきゃいけない。
 そうじゃなきゃ…そうじゃなきゃダメだろ!? そうじゃ、なきゃ…!!」


刻真は目を伏せる。

自分の言葉が自分に跳ね返って、刃を突き立ててくるようだった。

脳裏によぎるのは、『傷つけた記憶たち』。

それでも、その痛みを知るがゆえに、刻真は言わずにはいられなかった。

ふたたび夏子を見据える。

右手を持ち上げれば、自分の感情に呼応したのだろう、ふたたび漆黒の魔銃が現れていた。

ひたりと、照準を夏子へと向ける。

それを見て、シロが慌てて。


「な、何を!? そんなことしたら夏子どのが危ないんじゃ…!!」

「……ううん。いけるかも知れない。」

「タマモ!?」


動揺するシロとは逆に、タマモは冷静に見極めようとしていた。


「さっきから、夏子さんの動きが止まってる。動揺してるのよ。
 造魔が心の在り方に左右されるなら、今の夏子さんは二つの感情の間にいる。
 人としての夏子さんと、造魔としての夏子さん。
 もし人に戻れるとしたら、今しかないわ。」

「そんな!! でも、それでは賭けではござらぬか!?」

「そうよ…下手をすれば…。」


シロとタマモの会話は、刻真にも聞こえていた。

もとより承知していたことだ。

最悪の場合は、夏子さんの命を奪ってしまうことになる。

だからこそ自分がやらねばと思う。

もし、失敗しても自分なら…とっくに血に塗れているから。

刻真の瞳に、覚悟の輝きが宿り。





とん、と。




それは何気ない、本当に何気ない動きだった。

銃口の先が、横合いから伸ばされた手に押さえられていた。


「…横島、どいてくれ。」

「俺がやるよ。」


さらりと返ってきた言葉に、刻真は虚をつかれたような表情を浮かべる。

だが、その意味を理解すると、その顔をきっと険しくする。


「ダメだ!! 分かってて言ってるのか!? もし失敗したら…!!」

「分かってるよ。だから俺がやる。」


横島はそう言うと、刻真より前に進み出る。

その肩を、刻真は力任せに掴んで止める。


「友達なんだろ!? それなら─…!!」


だが、言葉がそこで途切れてしまう。

立ち止まった横島が振り返り、その顔を見てしまったからだ。


「…自分がやりたくないから他の奴にさせるなんて選択肢は、とっくに捨てちまったんだよ。」


そう言い置いて、横島は刻真の手をするりと解いて、ふたたび夏子へと向き直る。

もう、刻真も止めてはこなかった。

夏子は変わらず、その場に立ち尽くしている。


「…夏子。まだ返事、してなかったよな。」


横島は静かに、そう切り出した。

ぼんやりと、夏子の顔がこちらへと向く。


「お前の言うとおりだよ。俺はまだ…アイツを忘れられない。」

「う…ア…!」


びくりと体を震わせ、夏子の口から呻きが漏れる。

ひき歪む表情は悲痛で。

横島もまた表情を曇らせながらも、言葉を紡ぐ。


「半年だ。アイツがいなくなって、まだ半年…。
 思い出にするには、短すぎるんだ。
 だから…今は。誰の、気持ちにも、応え…られない。」


横島の声が辛そうなのは、異形と化してもなお面影を残す夏子の頬を流れる滴にか。

それとも、彼女を思い出しているからか。


「いつかは、吹っ切らなきゃってわかってる。
 でも、今は…今の俺に出来るのは…。」


横島の右手に、霊力が集中する。

それはゆっくりと揺らめきながら、右手を包んでいき形を取り始める。

だが、ふいにその霊気の色が、赤黒く変化する。


「また…!?」

「…いや、違う!」


ふたたび横島がおかしくなるのかと身構えたが、どうも様子が違う。

さきの時は、不安定に揺らいでいた赤い霊気だったが、それが見る見るうちに凝縮されていく。

にも関わらず、その質量は増大を続け、宿る赤はその深みを増していく。

やがて完全に形をとったそれは、普段の『栄光の手』よりもふたまわりは巨大な篭手。

無骨で歪ながらも、それゆえに見るものを威圧する形容。

そしてその色は、どこまでも黒に近い深い赤、それでいて透明な輝き。

さながらピジョンブラッドの宝石から削りだしたような。

横島はそれをゆっくりと横手へ伸ばし、やや後ろへと下げて構える。


「…俺に出来るのは、お前を助けることだけだ。」


ぎしりと、篭手が軋みをあげる。

対する夏子は─。


「う…ぐ、ヨ…こ島…ぁ、あぐうぁああアァァぁァ──ッ!!」


葛藤するように頭を抱えて叫ぶと、雄叫びをあげながら横島へと飛び込んでいく。

横島もそれに応えるように、構えたまま走り出す。

両者の距離はわずかに数メートル。

夏子の肩口から生え出した尾が、目にも止まらぬ速度でしなり、横島へと襲い掛かる。

それをほぼ勘で躱しながら、横島は見た。

夏子の口が、震えながらも言葉を形作るのを。それはこう言っていた。




うちを とめて、と。




「う…ッおおおおぉォォ──ッ!!」


横島の右腕全体を包み込むような篭手が、信じられぬ加速を見せる。

ジェットでも噴いたような音を轟かせ、赤い軌跡を描きながら突き抜けていく。

互いの影が、交差した─。


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