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GS美神 アルカナ大作戦!! 〜Endless Expiation〜

Chapter2.HIGHPRIESTESS 『今は>>約束』


投稿者名:詠夢
投稿日時:05/11/ 5


蛇身をくねらせ、夏子が─いや、造魔『キヨヒメ』が、その鎌首をもたげていく。

喉からは空気の漏れるような威嚇音が、縦に割れた瞳孔は刺すように睨み付けてくる。

常人なら怖気づくその異様に、だが刻真たちは冷静に向き合う。


「…さっきまでの横島の暴走も、無駄じゃなかったみたいだな。」

「そうね。」


刻真の呟きに、タマモが頷く。

落ち着いて見れば、キヨヒメの体にはあちこちに深い裂傷が刻まれ、その息も荒い。

なかなか仕掛けてもこないところからも、弱っていることは確かだ。


「でも、油断はしない方がいいと思う。」

「同感でござるよ。」


妖孤と人狼の勘が告げるのだろう、シロとタマモが頷きあう。

追い詰められた獲物ほど手強いのは、世の常である。

二人の意見に刻真は少しだけ、顎に手を当て思案する。


「…少しだけ時間を稼いでくれれば、俺がこいつを全力で撃てる。」


刻真が霊気を収束させると、その右手に巨大な漆黒の銃が現れた。

かざしてみせる刻真に、横島が頷く。


「それで行くか。」

「よし! じゃあ、シロとタマモは撹乱と牽制を!!」

「心得た!!」

「まかせて!!」


二人は答えるが早いか、すぐにキヨヒメの両側へと回り込んでいく。


「横島!!」

「おう!!」

「お前は、囮を頼む!!」

「おう…って、ちょっと待てェ─ッ!!」


勢いに任せて思わず返事をしてしまったが、今のは聞き捨てならない。

横島の突っ込みに、刻真は首を傾げる。


「何だよ? どうかしたか?」

「どうしたもこうしたも、何で俺がそんな危ない役をやらんといかんのだ!?」

「え? だって、夏子さんはお前を狙ってるんだし、お前が引きつけてくれれば、俺たちは楽だ。」


さも当然と言わんばかりの刻真に、不意に自分の雇用主が重なって見える横島。

軽く頭を振って、その不吉な幻影を振り払う。


「いや、だからって何で俺がそんな目に…!!」

「今更ごちゃごちゃ言うなよ。…銀一さんのガードも忘れるなよ! 行くぞ!!」

「おい…あーもうッ!! わーったよ!! やるよ、やりゃーいいんだろ!!」


やけくそ気味に叫んで、横島も刻真の後を追う。

ただ一人。その場に、己の無力感に唇を噛む、銀一を残して。










「シャアアァァ──ッ!!!」


夏子の叫びとともに、衣の長い袖から伸びた爪が振り下ろされる。

それを霊波刀で受け流しながら、シロが叫ぶ。


「く…ッ、まだでござるか!? 結構、しんどいでござるよ!!」

「弱音を吐くんじゃないわよ!! アンタ、武士でしょ!?」


タマモが自らの周りに浮かべた狐火を放ちながら、檄を飛ばす。

まあ、まだそう言えるうちは、両者とも余裕がある証拠だ。

と。


「ひィッ!! あかーん、もうダメだァ─ッ!! 限界じゃ─ッ!!」

「………まあ、師匠があれだもんね。」


すっかり普段のテンションに戻った横島が、霊波刀を振り回して逃げ回っていた。

その姿ははっきり言って、情けなく無様だった。


「うぐッ…!! せ、拙者と先生の名誉のためにも務めを果たさねば…!!」


さらに気を引き締めて、シロは霊波刀を構えた。

だがしかし、二人はあまり気付いていないようだったが、横島とてただ逃げてるわけではない。

時折、シロたちを先に倒そうとするキヨヒメを攻撃しては、注意を引いている。

逃げる方向も銀一がいる方向とは逆方向。

銀一に向かう攻撃は、『栄光の手』を伸ばして弾いたりと頑張っていたりもする。

ああやって騒いでいるのも、夏子の気を引くためだろう…多分。きっと

蝶のように舞い、蜂のように刺し、ゴキブリのように逃げる。

横島流戦闘術の真骨頂、ここに在り。


「……ちゃんと役目は果たしてるんだけどなぁ…。」


呆れているのか感心しているのか判断しかねる表情で、刻真は少し離れた場所で呟く。

もちろん、自分もまた自分の役目を果たすために、だ。

表面上は余裕があるように見えるが、その実、手元では恐ろしいほど精密な制御をこなしていた。

内側から弾けそうになる力を無理やり捻じ伏せ、構えた銃へと注ぎ込んでいく。

ただ、それだけのことだが、自身の力はそれだけに留まらないことを、刻真は知っている。

そう…嫌というほど、知っている。

長さ五十cmはあろうかという銃身を胸元に寄せ、祈るような構え。

ふいに、銃を構える刻真の手が、そして腕が黒く染まり始める。

さながら、銃身の漆黒が滲んでいくかのように。

それを目にした刻真の目が、見定めるようにわずかに細められる。


(…まだだ。まだ…いける…。)


やがて、銃身にある宝玉がライトグリーンの輝きを放つ。

それは同じく銃身に刻まれた無数の回路を走り、模様を描いて銃口へと集束する。

充分…いや、限界か。

そう判断を下し、刻真は顔を上げた。


「─ッ退け!!」


その声を合図に、シロとタマモが大きく後ろへ跳び退く。

キヨヒメが、はっとした表情でこちらを振り向くが、もう遅い。

刻真は、引き金を引き絞った。





まさに一閃。





銃口から真っ直ぐに伸びた光弾は、キヨヒメをやすやすと貫いて虚空に消える。

光の残像を網膜に灼きつけ、防御する暇すら与えずに。


「…ッガ、ァ…ッ…ハ…!!」


ぎこちなく首を動かし、己の体を見下ろすキヨヒメの胸に、大きく孔が穿たれていた。

人一人の胴回りほどの孔からは、血の一滴すら流れていない。

やがて、キヨヒメの体がぐらりと傾ぐとともに、血が流れ出るより早く変化が始まる。

キヨヒメを覆うように仄かな光が浮かび、その中でキヨヒメの体が粒子となって崩れていく。

そして代わりに現れる、夏子の姿。


「やった…!!」

「夏子…!!」


これで終わる。

皆が安堵の表情を浮かべ─。
















「くッ…ぁあああアア───ッ!!」


倒れいく夏子の体がそこで踏みとどまり、再びその目に険しい光を宿して咆哮した。

途端、周囲の粒子の動きが停止し、続いてビデオの逆再生のように夏子へと戻っていく。

その異様な光景に、刻真の顔が青ざめる。


「─ッ、無茶だ!! やめろ、夏子さん!!」

「な、何だ!? どうなってるんだ?」


眼前の出来事と、刻真のただならぬ様子に困惑する横島たち。

その間にも、夏子の体が再び変貌を遂げていく。

だが、どこかおかしい。

めきめきと音を立てて体が歪に崩れ、尾が肩の辺りから伸びだす。

顔も半分は人のまま、もう半分は蛇と人を掛け合わせたような相貌をとっていく。

その余りの異常さに、横島が耐え切れずに刻真の肩を掴んで揺さぶる。


「おい、刻真ッ!! 一体、なんなんだ!? 夏子は元に戻るんじゃなかったのか!?」

「戻るさッ!! …戻るさ、普通なら。」


いまだ、夏子の体は変化を続けている。

その痛ましい姿から目を離すことも出来ず、刻真は奥歯をかみ締める。


「…造魔は人の夢。人の願望。精神の在り方なんだ。
 造魔が崩れるということはつまり、精神が崩れるということ。
 強い衝撃を受けた精神は自らを閉ざす…早い話が、気絶する。
 …それだけなんだ。それだけのはずだったんだ!!
 今、夏子さんは打ち砕かれた精神を無理やり繋ぎとめてる!!
 無理やり召喚しようとしてる!!
 でも、それは更なる負荷を精神に与えること!!
 耐えられない!! 人の精神で耐えられるはずがないんだ!!」


横島たちに説明するというより、受け入れがたい事実を自らに言い聞かせるように、刻真は一息に叫ぶ。

わずかな、だが異様に重い沈黙。


「…じゃ、じゃあ…夏子はどうなるんだ…?」


横島は自分の指先が冷たくなっていくのを感じながら、震える声で問う。


「…このままだと、人に戻せなくなるか、助かっても精神が崩壊。最悪の場合…。」


そこで、刻真は目を伏せる。

その先を言う事で、それが現実になることを怖れるように。


「そ、んな…。」

「それじゃ、どうするんでござるか!? もう一度、倒すしか…!!」

「それは駄目だ!!」


向き直り構えようとしたシロを、刻真ははっとしたように引き止める。


「すでに夏子さんの精神はかなりの負荷を受けてる!! これ以上は本当に精神を壊しかねない!!」

「じゃあ、どうするんでござるかッ!!」

「そ、それは…。」

「─あッ、近畿君!?」


不意に聞こえたタマモの声に見れば、銀一が夏子へと向かって駆け出していた。


「銀ちゃん…ッ、駄目だ!!」

「待つでござる!!」


横島とシロが先を阻むが、それさえも乱暴に押しのけ振り払う。

不完全な変身を続ける夏子の元へと、恐れずにただひたすらに駆ける。

手を伸ばせば届くほどの距離で足を止め、銀一は夏子を見る。

苦しげにうめきながら、侵食されていく夏子の姿。


「ぐ…ッ!! ……もう、やめぇや、夏子。」


ばぎっ、と音がするほど奥歯を噛み締めてから、銀一は擦れた声を絞り出す。

だが、その声も夏子には届かない。

変わらず変身を続ける夏子に、苛立ったように銀一は声を荒げる。


「もう、やめぇ!! 夏子、これがお前の望みか!? ホンマにこんな事を望んどったんか!?」

「ウぅッ……ッシャアァァ──ッ!!」


夏子の右肩あたりから伸びた尾が唸り、銀一の傍の床に叩きつけられる。

床は簡単に砕け、周囲に建造材の破片を撒き散らし、幾つかが銀一の身体にも叩きつけられる。

背後で、「危ない!!」「さがって!!」などの声が聞こえた気がした。

それでも退けない、と銀一は思った。

自分は、何一つしていないし、伝えたいことすら伝えていない。

退くわけにはいかない。


「つッ…約束したやろ!! お前、ちゃんと幸せになるって!!」


脳裏に蘇るのは、幼い頃の苦い記憶。だが、大切な記憶。

彼女に告白し、玉砕して身を引いた、あの日の約束。


「せやのに、その結果がコレか!? 俺はこんなことのために身を引いたんちゃうぞ!!」


自分の想いが破れても、どうか幸せにと応援したのは。

身を引いてまで見たかったものは。

楽しそうに笑う彼女が見たかったから。


「もう、俺は譲らへん!! お前は…俺が幸せにする!!」


ぴくっと、わずかに夏子が反応する。

後ろで、横島が驚いたような気配を感じる。

だが、もう関係ない。

自分は演技をやめたのだ。好きだという感情を押し殺す、笑顔の仮面は捨てると決めた。


「横っちに負けへんくらい、お前を幸せにするよう頑張るから!! …だから。もう止めてくれ、夏子ぉ…!」


誰も動けなかった。

横島も、シロも、タマモも、刻真も。夏子でさえも。

その場の全員を縛り付けるほど、抑え続けられた想いは激しく。

だが、夏子の身体が小さく震え始め。


「ガッ、ァ、アァァァァァ──ッ!!」

「!! まずい、伏せろォッ!!」


咆哮と、続く刻真の警告。

夏子の尾が弧を描いた次の瞬間、衝撃波が円状に広がって抜ける。





そして─。




「え?」


横島の傍らを、『何か』が飛び越えていく。

その『何か』に、刻真が身を伏せた姿勢のまま手を伸ばしている。

それはけたたましい音を纏って、硝子をぶち破って窓の外へと放り出される。

周りの時間が、やけに遅く感じられた。

そのゆるゆるとした動きの世界の中で、横島はそれが『誰』であるのかを知り、名を叫んでいた。


「銀ちゃん──ッ!!」


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