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あの素晴らしい日々をもう一度

第六話


投稿者名:堂旬
投稿日時:05/11/ 4

 今日も今日とて真夏の日。ギラギラ照りつける太陽が目に痛い。そんな中、クーラーによって快適な温度に保たれた美神除霊事務所では、美神の怒鳴り声が響いていた。

「あぁッ!? やっぱり解決したから今日の仕事はキャンセルぅ!? ちょっとふざけんじゃないわよ!! あ、コラ、切んじゃねーーーーーー!!!!」

 ツー、ツー、ツー。ただそれだけしか音を発しなくなった受話器を美神はわなわなと握り締めた。
 ガチャンッ! と乱暴に受話器を本体に叩きつける。

「ふざけんじゃないわよ! キャンセル料おもいっきりふんだくってやるわ!!」

「美神さん、どうしたんですか?」

 憤慨する美神におキヌは何事かと声をかけた。

「今日になって依頼者が『依頼取りやめ』なんて言い出しやがったのよ! な〜にがもう解決した、よ!! 土壇場になって金が惜しくなっただけでしょーが!!」

 美神は怒鳴り散らしながらデスクに備え付けてある高価な椅子に腰掛ける。

「じゃあ、今日のお仕事は無しってことですか?」

「そうよ。横島クン、呼んどいて悪いけど、もう今日は帰っていいわよ」

 おキヌに答えながら美神は応接用のソファーに腰掛けていた横島に顔を向ける。
 だが、横島の反応はない。横島はソファーに深く腰掛けたまま、どこか上の空でボ〜っとしていた。

「……? 横島クン?」

「…あ、はい、何すか美神さん。もう出勤ですか?」

「横島さん聞いてなかったんですか? 今日はお仕事無くなっちゃったんですよ」

「そういうことだから、悪いけど今日は帰っていいわ」

 おキヌと美神の説明を聞いて横島はただ「ああ、そうなんすか」とだけ返した。その様子に美神もおキヌも首をかしげる。
 横島はのそりと立ち上がると事務所の入り口に向かって歩みだした。
 横島がドアノブに手をかける。その時、三人はサイレンの音が近づいてくることに気が付いた。

「…? 救急車?」

 美神は窓から道路を見下ろすと、救急車がけたたましいサイレンを鳴らしながらこの事務所に近付いてくるのを認めた。
 救急車はどんどん近づいてきて、事務所の下で止まった。

「救急車が何でココに?」

 美神は怪訝に思いながら呟いた。サイレンの音がうるさくて、その声は美神自身にしか届かない。
 サイレンが耳障りなほど部屋に鳴り響く中、横島はドアノブから手を放した。

 静かにしてくれよ―――――――――――

 新たに起こった事件を感じ、横島は帰宅を諦め、ソファーに戻る。
 ソファーに腰掛けると、横島は深くため息をついた。


























 頭、痛ぇんだから―――――――――――

























あの素晴らしい日々をもう一度

  第六話          そして歯車は回りだす









 美神令子は怒っていた。憤慨していた。それと同時に呆れてもいた。不安でもあった。
 どうも今日は運がよくない。本当は家に帰って大人しくしていたい。だが、それができない理由があった。
 その理由というのが今救急車で隣に乗り合わせている究極天然爆弾娘―――――六道冥子である。
 正直迷惑だオーラを出しながらちらりと冥子の方に視線を向けるが、冥子はそんなことには微塵も気付かずえへ〜、と笑い返してくる。
 美神は引き攣った笑みを返すと冥子に気付かれないようにため息をついた。

(ホントに…この子と関わるとろくなことが無い)

 救急車に乗って美神除霊事務所に現れたのは六道冥子であった。突然やってきた冥子は涙を潤ませて美神に同行を求めてきたのである。
 その慌てぶり、加えて救急車での登場ということもあって美神はただならぬ事態を察し、同行を快く承諾したのだが――――――冥子から聞かされたのはなんてことはない、ただ単に仕事を手伝ってくれというだけのことだった。つまるところ、救急車は単なる移動手段に過ぎなかったわけである。
 また、冥子の持ってきた仕事というのが実に厄介なもので―――難度S、悪魔ナイトメアの除霊というものだったのである。ナイトメアは人の精神に寄生する悪魔で、人のみる夢をエネルギーとして活動する。
 この悪魔の厄介なところはただでさえ中々(夢を喰らっているうちは)強力な悪魔なのに、除霊方法が大きく限られてしまうことである。少なくとも美神と相性のいい相手ではない。
 美神が一緒だということで、どことなく安心しきっているように見える冥子に目をやって……美神はもう一度、ため息をついた。

(そういえば…横島クン、なんか様子が変ね)

 美神は救急車に乗ってからまだあまり言葉を発していない横島に目を向けた。いつもなら冥子を見ただけで飛び掛っていきそうなものなのだが、今日はすこぶる大人しい。まあ、もう冥子のキャラクターを知ってしまっているからなのかもしれないが。
 だが、おキヌが話しかけても「ああ」とか、「うん」とか、そんな生返事しか返していないというのは、やはり少し様子がおかしいといえるだろう。

(調子が悪いのかしらね…ま、今回の除霊はどっちにしろ横島クンはまったく役に立たないでしょうし……ま、いっか)

 美神は視線を見えてきた目的地、ナイトメアに寄生された患者が入院している病院へと転じた。


 四人は病院に到着するとメガネをかけた白髪の医師に出迎えられ、そのまま問題の患者の病室へと案内された。白髪の医師はその患者の主治医だという。医師は四人を患者である少女のベッドまで誘導すると、病状の説明を始めた。
 医師の説明によると、医学的には全くの健康体であるというのに、この少女はずっと眠り続けているのだという。

「医学的な意味での病気じゃないから当然ね。こんなもの、何の意味も無いわ」

「ああ、現代医学の最後の砦が……!」

 美神が少女の額に取り付けられていた、脳波を検出するための装置を外すと、医師は絶望の叫びを小さく漏らした。
 すぐに除霊に取り掛かろうと、美神は少女を手術室まで移動させるよう指示を出すと、自身も準備に取り掛かった。
 10分もしないうちに除霊の準備は整い、手術室にて除霊が開始された。そこに立ち会っているのは美神、横島、おキヌ、冥子、白髪の医師の五人である。本当なら危険なため、医師には部屋から出ていってもらったほうがいいのだが、本人は頑として立ち会うと譲らなかった。本人曰く、

「これは病気の治療を行うのであるから、医師が立ち会うのは当然だ! 現代医学は敗北なんかしていない!! 医学は、医学わぁ〜〜!!!!」

 だそうである。ま、どうだっていいが。

「令子ちゃん、どうやって除霊するの〜〜?」

 冥子は精神を集中している美神に、不安そうに声をかけた。

「被害者が死なない程度にパワーを送り込んでヤツをいぶり出すわ」

 美神は振り向きもせずに冥子に答える。

「危険じゃない〜〜? 霊力を抑えたまま放出するのは全力でそれを行うよりずっと疲れるわよ〜〜?」

「なら自分でやんなさいよ!! 私の能力じゃそれくらいしかないのよ!!!」

 今度は振り向いて美神は冥子に向かって吼えた。冥子はすぐに涙目になる。

「ふえ〜ん、怒らないでよ令子ちゃん〜〜〜」

「ったく、自分の方が確実にナイトメアと戦える能力もってるくせに……!!」

 美神は眠り続ける少女のほうに向き直り、気を取り直して除霊開始を宣言した。
 そして少女に霊波を放出し始める。少女の顔が苦悶の顔に歪んだ。
 その直後、馬のような頭をと黒い体を持つ悪魔ナイトメアが堪らず少女の体から飛び出す。

「ブヒヒ〜ン! 人間しては中々やるようじゃない? でもこれ以上やるとこの子は死んじゃうよ? いいのかい?」

「はっ! どっちにしろアンタに取り憑かれてちゃいずれ死ぬんでしょうが!!」

 現れたナイトメアと駆け引きを行う美神。横島はその様子を見ることですら、まともにできる状態ではなくなっていた。

(クッソ……!! なんなんだ…もう…昨日の夜からずっとじゃねえか……!! うぁ…く……いてぇ………)

 あまりの頭痛に意識が遠のきそうになる。横島は歯を食いしばってぐっ、と足に力を入れて耐えた。ここでみっともなく倒れて美神の邪魔をするわけにはいかない。
 気合を入れて美神とナイトメアのやり取りを注視する。やがてナイトメアが忽然と姿を消した。美神とナイトメアがどんな会話を交わしていたか、正直頭に入ってはいない。

「消えた…? 美神さん、成功したんですか?」

「わかんない…でも、もー限界!」

 おキヌの言葉にあいまいに返すと、美神はふぅ、と大きく息をついた。どうやら相当に疲労が溜まったらしい。
 しかしそれ以上にほっと息をつく者がいた。横島である。横島は先ほどまでの緊張感からの開放で、つい気を抜いてしまった。

(あ、やべ…! クラッてきたコレ………あぁ〜……)

 意識が遠のいていく。ならばせめてと横島は最後の気力を振り絞って美神の胸へと倒れる方向を調整した。その執念、見事なものである。
 その時、少女が目を覚まし、むくりと起き上がった。

「ここは…私…一体?」

 現状の説明を行おうと少女に近づく美神。その時、少女の目が怪しく輝いた。

「しまっ―――!!」

 少女から念が発せられてきたことに気付き、美神は大きく身を引いた。だが間に合わない。美神は思わず目を閉じた。

 ドン―――――

「んぎゃああぁぁああーーーーーーーー!!!!!」

「へっ?」

 美神は自分の体を襲ってきた思わぬ衝撃と、響いた奇声に目を開いた。その視界に飛び込んできたのは横島の姿。横島が自分の方へ倒れこんできて、半ば自分を押し倒す形になっていた。

「ちょっ…アンタなにすんのよ!!」

 そのまま倒れこみ、自分の上に覆いかぶさってきた横島の体を思わず蹴飛ばすと、美神はすぐに立ち上がった。横島はごろりと横になったまま、気持ちよさそうな寝息を立て始めていた。
















 横島は実に気持ちよさそうに寝こけている。一見、極めて幸せそうにも見えるが事態は深刻だった。まず間違いなく、ナイトメアに寄生されてしまったのだろう。

「もうこれは四の五の言ってられる状況じゃないわ。冥子、アンタにやってもらうわよ」

 美神は厳しい表情で冥子を見据えた。冥子は二、三歩後ずさる。

「え〜〜!? わたし〜〜!? ふえ〜ん、無理よお〜〜!!」

「私のやり方じゃ除霊は無理ってことがわかったでしょうが!! 大体もう一回同じこと私にやれって言うの!? 嫌よもう、かなり疲れてんだから!! つべこべ言わんとさっさとやらんかーーーー!!!!」

「令子ちゃん怖い〜〜!!!」

 美神のあまりの剣幕に冥子は泣き出した。暴走の危険ありだ。おキヌが必死で冥子をなだめにかかる。
 普段なら冥子を追い詰めるような言動は極力取らないよう心がける美神だったが、今はもうそんなこと気にしちゃいない。その心境はええかげんにせいおんどりゃあ的な感じだ。
 冥子は決意を固めたらしく、(冥子なりに)キリッとした表情になると両の拳を胸の前でぐっと握った。

「わかったわ〜〜! 元々これは私の仕事なんだし〜〜私、頑張るわ〜〜!!」

 ようやくやる気を出した冥子に、美神はほっと息を吐く。
 冥子の影から毛むくじゃらの、白く丸い物体が飛び出す。精神感応能力を持つ式神、ハイラだ。

「今からハイラちゃんの能力で横島君の夢の中に入るわ〜〜。行くわよみんな〜〜!」

「了解!! さ〜てあの馬ヅラ野郎! ボッコボコにしばいてやるわ!!!」

「横島さんの夢の中……? なんか、見ちゃいけないような気がするなぁ……」

 汗をたらしながら呟くおキヌ。うん、それは正しい反応であろう。
 こうして三人は横島の夢の中へと飛び込んだ。











 横島の夢の中に飛び込んだ三人の目の前に現れたのは、ゆったり回る観覧車、レールの上を駆け巡るジェットコースター、愛嬌振りまく等身大のマスコット人形達。つまりは、そう、遊園地であった。
 美神は額に手を当ててため息をつき、冥子は目をキラキラさせ、おキヌは呆然としている。

「まあ、納得といえば納得だけど……なんて愉快な精神構造してんのよアイツ……」

 三人は早速遊園地の中へと歩き出した。普通に、何の困難も無く、入園料すら払うこともなく三人は入園を果たす。なんと心のガードのゆるいことか。

(こりゃ、モノノケにもてるわけだわ)

 一人そのことに気がついた美神は苦笑を浮かべた。
 さて、ナイトメアを退治するにしても、まずはその所在を掴まなければ話にならない。
 これだけ視界が開けていれば、不意をつかれるということはまずないだろうが、それでも警戒を怠ることなく、美神たち三人は注意深く辺りを見渡した。
 観覧車。
 ジェットコースター。
 コーヒーカップ。
 メリーゴーランド。
 お化け屋敷。
 どこにも妖気は感じられない。

「美神さん、アレ!!」

「おキヌちゃん、どうしたの!?」

 おキヌが指をさした方向に素早く体を向ける。そしてそこに在るものを注視した。

『忠夫の特選秘宝館』(十八歳未満立ち入り禁止!)

 美神は盛大にずっこけた。
 大体なぜ十七歳の横島の心に十八歳未満立ち入り禁止区域があるのだ? おかしな話である。

「見てみたくありません!?」

「おキヌちゃん!! 真面目にやんなさいよ!!」

「令子ちゃんアレ〜〜〜」

「今度は何!?」

 冥子が指差した方向に目を向ける。

『深層意識入り口↓』

 美神はまたも盛大にずっこけた。

「なんか……なにもかもが馬鹿馬鹿しくなってきたわ……しかも妖気もだだ漏れじゃない……」

 『深層意識入り口↓』の矢印が示す建物からは確かにナイトメアのものと思われる妖気がありありと感じられていた。ここまで無防備な精神構造をしているとは、ナイトメアも誤算だったんじゃなかろーか。
 美神は気を取り直した。

「とにかく、ナイトメアはあの奥にいるわ! 二人とも、気を引き締めなさいよ!!」

「はい!」

「はぁ〜い」

 美神が先頭に立って『深層意識入り口↓』と書かれた建物のドアを開ける。そこは今までとは景色が一変していた。その場所は一切の光がない空間となっていて、どこまでも奥に続いているように思える。
 三人は周囲を警戒しながら慎重に奥に進んだ。

「ブヒヒ〜ン!!」

 馬の鳴き声のような笑い声が辺りに響く。美神たちの行く手を遮るように悪魔ナイトメアがその姿を現した。
 美神はその手に神通棍を握る。

「出たわねこの馬ヅラ野郎!! 覚悟しなさい! このGS美神が極楽に送ってあげるわ!!」

「人間が夢の中へボクを倒しにくるなんてなかなかおもしろい能力を持っているようじゃない? でも、ここで終わりよ!!」

 ナイトメアがパチンと指を鳴らすと突然現れた影が美神に踊りかかった。

「くッ……!」

 影が繰り出してきた一撃を美神は間一髪で避ける。そのまま襲ってきた影を蹴り飛ばして距離をとった。
 そこで影の姿をようやくはっきりと視認する。

「アンタ………!」

「横島さん!?」

 襲ってきた影の正体はなんと横島本人であった。
 美神もおキヌも、もちろん冥子も驚きを隠せない。

「ブヒヒヒ…コイツの夢はもう全てボクの手の内じゃない? そいつはまさに横島忠夫そのもの!! そいつを殺せば横島忠夫はもう二度と目覚めないよ? 君たちにそいつを殺すことが出来るぅ!? まあ、そいつを倒せたらボクが相手してあげるよ!! じゃあ頑張ってちょうだい!!」

 そういい残してナイトメアは姿を消した。あとには美神、おキヌ、冥子、ナイトメアに操られた横島の四人が残される。
 横島はサイキック・ソーサーをその手に生み出すと妖しく笑い出した。

「グッフッフ……覚悟するっすよ、美神さん!! ここは俺の夢の中!! いわば完全な治外法権ッ!! ここで俺が美神さんにナニをしようと無問題ッ!! なぜならここは俺の夢!! ふははははーーーーーいくっすよーーーーーーー!!!!!!」

「なんかアンタって吸血鬼に操られようが夢魔に操られようが大して変わんないのねぇ………」

 横島が投げ放ってきたサイキック・ソーサーを神通棍で叩き落す。
 美神もまたにやりと妖しく笑った。

「上ッ等ッ!! やってみなさいな!! この美神令子に…出来るならねッ!!!!」

 叫びながら飛び掛ってきた横島を蹴り落とす。
 冥子とおキヌはその様子をはわわわと見守っていた。入り込む隙なんかこれっぽっちもありゃしない。
 展開はずっと美神が有利に運んでいた。それも当然だ。世界最高峰GSとハナタレ高校生とのバトルである。結果は火を見るより明らかだ。
 だが、ひとつだけイレギュラーな要素がひとつ。
 横島はただのハナタレ高校生ではなく、煩悩爆裂暴走機関車高校生であったのである。エロという名の石炭を機関に放り込めば放り込むほど、その出力は無限大に増していく。なんて素敵なことでしょう。

「はっ! よく見ればおキヌちゃんや冥子ちゃんまでッ!? ハッ!! ここならばひょっとするとおキヌちゃんにもチョメチョメが可能なのでは!? う、うおおおおおおおおおお燃え尽きろ俺のハァァトォォォォ!!!!」

 横島の霊圧が爆発的に上がる。そのあまりの出力に美神はさすがに狼狽した。

「美神さん!! チョメチョメってなんですか!?」

「ちょっと黙ってなさい!!」

 好奇心旺盛なおキヌの言葉に思わず体勢をずるりと崩しそうになる美神。何とか踏ん張り、気を取り直して横島のほうへ向き直った。
 出力の大きく上がった横島から繰り出されてきた次の一撃は完全に美神の予想外のものだった。

「伸びろ!! ハンズ・オブ・グロォリィィーーー!!!!」

 横島の右手から霊力が手甲のような形を模って突き出した。高速で迫り来るソレを美神はなんとか神通棍で受け止める。

「チッ! 防がれた!!」

「こいつ…いつのまにこんな能力を……!?」

 横島の放った一撃に、美神は驚愕していた。霊力を押し固めて物質化させるなど、相当な霊的出力と制御技術が必要となるはずである。

(まさか…ほんのこの間までただの素人だった横島クンが……!? 信じられない!!)

 美神は思考を一時中断させる。横島が再び迫り来ていた。

「美神さん、危ないッ!!!! 横島さん、もうやめてーーーー!!!!」

 見かねたおキヌが美神の前に飛び出した。両腕を大きく開いて横島を制止する。

「バカッ!! 危ない!!!!」

 美神はおキヌの手をとると大きく右に跳んだ。おキヌに迫っていた横島のハンズ・オブ・グローリー霊波刀形態が間一髪で空を切る。

「いつものあいつに見えるけどナイトメアに操られてるから、ためらいとか、そういうのが一切無いのよ!! 危ないから下がってなさい!!」

「美神さんッ!!」

 おキヌをその場に残し、美神は横島に飛び掛ると神通棍を振り下ろす。横島のハンズ・オブ・グローリーと神通棍が衝突して火花をあげた。

「その程度ですか!? 美神さんッ!!」

「調子に乗るんじゃないわよこのクソ横島ァァァァッ!!!!」

 何度も何度も何度も何度も二人の霊力の象徴が衝突し、火花が散る。しばらく二人の互角のせめぎ合いが続いた。



















 深層意識の底。いわば横島忠夫という人間の根幹部分。そこにナイトメアはいた。

「ブヒヒン、仲間を殺すなんて、甘い人間には絶対に出来っこないじゃない? 残りの三人…あ、一人は幽霊なのか。残りの二人の夢もいただいてしまえばボクは今よりもっともっと強力になれる……ブヒヒヒヒ…!」

 ナイトメアは一人ほくそ笑んだ。
 それから何気なく周りを見渡す。横島の深層意識の底は、美神のソレとは異なり、まるで子供部屋のようだった。『おもちゃ箱』と拙い字で書かれた箱がひっくり返り、その中に収められていたのであろう、たくさんのおもちゃ達が乱雑に散らばっている。ただ、子供部屋というにはそこは少々広い。天井は無く、上を見上げればどこまでも続いているように見えた。
 ふと、ナイトメアはおかしなものがあることに気付く。もう一度確認しておこう。ここは横島の深層意識の『底』。すなわちここが横島の精神の終着点となる。
 扉があった。ナイトメアがここに入ってきたときの扉とは別に、もうひとつ。入り口のちょうど反対側となる壁に。

「これは…? 深層意識の底からさらに奥があるなんて話…聞いたことないじゃない? 大体なんでこんな風になってるのかしら?」

 その扉は、ドアノブが鎖でギチギチに固められていた。それに加えて大きな南京錠でドアと壁が固定されている。
 一体この奥に何があるというのか。ナイトメアはしばし思案した。

「まあ、こいつの精神は全てボクが支配しているから、危険はないだろうし…なにより、とってもおもしろそうじゃない!」

 ナイトメアがパチンと指を鳴らす。すると南京錠はカチャリと音を立てて開き、ドアノブに絡み付いていた鎖はひとりでに解け落ちた。
 ナイトメアはドアノブに手をかけた。

「ん…? ドア自体にも鍵がかかってるじゃない。まったく面倒だな」

 ぶつぶつ呟きながらナイトメアは鍵を開けるよう横島の精神に命じる。ナイトメアの支配下に置かれた精神にはもちろん抗う術などなく―――――

 カチャリ―――――と鍵は外れ、扉は開かれた。

 ドアを押し開き、ナイトメアはその奥へと足を踏み入れた。中は真っ暗でよく見えない。ナイトメアは首をかしげた。

(おかしい…横島忠夫の精神は全てボクの手の内にある。心も、記憶も、なにもかも……それなのになぜボクはこの場所のことがわからないんだ?)

 開いたドアから漏れ入る光のおかげで、なんとかそこが部屋になっていることがわかる。ただ、さっきの子供部屋のような空間とは大きく異なり、その部屋は狭く、天井も低い。そこはまるで、そう―――牢獄のようだった。

(……ん?)

 ナイトメアは思わず目を凝らした。部屋の奥、光も届かぬその場所で、もぞりと何かが動いた気がした。
 ナイトメアの背中に冷たい汗が流れる。

「だ…誰だ?」

 言ってから気がついた。誰だ? という問いの奇妙さに。
 ここは横島の精神世界。妙な能力で侵入してきた三人は例外として、本来横島以外の存在は存在し得ない世界。そしてその横島は全て自分の手の内にある。
 ならば一体誰がいるというのか? 何がいるというのか? この横島忠夫の世界の深淵に。
 ナイトメアはふと後ろを振り向いた。そして声を失った。
 内側から見たドアは醜くひしゃげていた。まるで、大きな力が何度も何度も激しくぶつかったように。壁も―――至る所が陥没し、無数のヒビが走っている。

「だ…誰だ!!」

 今度は確信をもって―――ナイトメアは奥に向かって呼びかけた。
 気配が動く。
 その『何か』と自分との距離がどんどん縮まっている。
 近づいて、きている。
 やがて開いたドアから漏れ入る光が届くところまで、その『何か』は歩み寄ってきた。

「お…まえ…は……!」

 ナイトメアは驚愕した。思わず叫びそうになった。逃げ出したいとも思った。
 ボクは怯えている―――ナイトメアはそう自覚した。





















 ナイトメアの目の前には―――――――横島忠夫がいた。





















 ガタガタガタ―――
 ブルブルブル―――

 ナイトメアは震える体を必死で押さえつける。
 頭が混乱していた。
 何故、横島忠夫がここにいる? 在りえない。在りえる筈が、無い。
 何度も何度も頭の中で反芻する。確認を行う。
 今も絶対に断言できる。『横島忠夫』は完全に自分の手の中にある。『横島忠夫』の全ては把握している。
 ならば目の前にいるこの男は―――――?
 何より、この男から感じるこの身の毛もよだつようなプレッシャーは―――――?

「おいおい…お前、『今回』は『こっち』に来てるのか? いい傾向じゃないか…歴史は確かに変化してきている……」

 『横島』はそう呟いた。ナイトメアには何の事だかわからない。理解できない。

「お前は…一体何者なんだ!? 横島の記憶のどこにも『お前という横島忠夫はいない』じゃない!! お前は…お前は――――!!」

「そりゃあいないだろうさ。『過去の記憶にはどこにも』な」

 『横島』はナイトメアの言葉を遮って答える。

「とりあえずありがとうと言っておこうかな。正直、身動き取れなくて参ってたんでな。これである程度は自由に動ける……お前のおかげさ」

 ナイトメアは一歩、二歩と後ずさる。ナイトメアは感じていた。この目の前の男が抱える漆黒の闇を。
 『横島』の背中で何かが蠢いた。黒い――黒い手が何本も、何本も横島の背中から這い出てきていた。

「う、うわああぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!!!!!」

 ナイトメアは恐怖に耐え切れず、悲鳴を上げた。踵を返し、駆け出す。

「おいおい……びびんなよ、魔族。『闇』はお前らの大好物だろ?」

 『横島』の背後の闇から生じた幾本もの黒き腕は凄まじい速度で伸びるとナイトメアの腕を、足を、頭を絡め取った。

「言ったろ? 感謝してんだ。痛くしねえよ……あんまりな」

 ゴキ――ベキ――バキ――!!
 鈍い音とくぐもった悲鳴が牢獄のような部屋に響き渡った。































 美神と激突していた横島の表情が突如変わった。動きを止め、キョトンとしている。

「あれ…? 俺は一体……?」

「横島さん!! 正気に戻ったんですか!?」

「おキヌちゃん? それに、美神さん? ありゃ、冥子ちゃんまで? それに…どこだここ?」

 横島は辺りを見渡すと首をかしげた。心底、何がなんだかわからないといった様子だ。
 そんな横島におキヌは状況を説明する。

「ええッ!? ここ俺の夢!? 嘘、マジ? 裸のネエちゃん、カムヒアーーーーーーーー!!!!!」

「やかましい!!!!」

「ぐわッ!!!!」

 横島の後頭部に美神の拳が飛ぶ。美神はふらつく横島の襟を掴むとグイっと引き寄せた。

「アンタさんざん調子に乗ってくれたわね……!! 『その程度』だの『大したことない』だの挙句の果てにゃ『乳デカ能無し女』ですってぇ〜〜!!!? てめ〜ふざけんなコラァーーーーーーー!!!!!!」

「ちょ、俺そんなこと言ってな……ちょ…あ……助けてーーーーーー!!!!!!」

 どうやら戦いの最中、ヒートアップした横島はかなりの失言をかましていたらしい。もちろん、ナイトメアの支配下のことであるので横島にはなんにも覚えちゃいない。横島は美神の容赦ない折檻に死を予感した。
 そんな中、肩をふるふると震わせる少女がいた。そう、彼女の名は究極天然爆弾娘六道冥子。

「二人とも、ケンカしちゃいや〜〜〜〜!!!!!」

 ドカーン!!

 容易に死と破壊を生み出す天然爆弾はいとも簡単に爆発した。どうやら心の優しい彼女は美神と横島の争いにずっと胸を痛めていたようである。横島が正気に戻って一安心したところで再び起こった美神の折檻で、はい、とどめ。という寸法だ。

「の〜〜〜!!!! で、デスるッ!!!!!」

「冥子ーーー!! 冥子ーーー!!! 落ち着きなさい!! ちょっと、コラ…いやーーーー!!!!!」

「キャーキャー!!!!!」

 暴れまわる式神たちにただひたすら逃げ回るしかない三人。
 その後、横島の自己防衛本能が働いたのか、美神、おキヌ、冥子の三人は横島の夢の中から放り出されたのでありました。


















「う〜ん………」

 美神は最初に少女が入院していた病室で目を覚ました。どうやら眠っている間に医師たちがベッドまで運んでくれたらしい。
 隣を見ると横島と冥子も目を覚ましたところだった。おキヌはそもそも眠っていないので、もう美神のそばでふよふよと漂っている。

「頭が重い〜〜〜」

「当然だろ。なんせ三日も寝とったんだ」

 冥子の漏らした言葉に白髪の医師はそりゃそーだと頷いた。
 美神はため息をつくと、しばらく眠れなくなるだろうこれからをどうやって時間を潰していこうかと考えていた。ふと、思う。

(そういえば……ナイトメアはどうなったのかしら? 横島君の体からいなくなったのは確かみたいだけど……一体なんで…? ああ、もう! 頭回んないわ!!)

 美神は頭をぶんぶんと振ると考えるのをやめた。いなくなったのだからそれでいい。少女も目を覚ましたし、依頼は果たしたのだ。
 美神は大きく背を伸ばす。ポキポキと小気味よい音がなった。

(頭痛…なくなったな……)

 横島はぼぅ、とした頭で考える。
 あれほど横島を苛んでいた頭痛は、今は欠片もなくなっていた。
 三日もぐっすり寝たのがよかったのかもしれない。
 横島はほっと息をついた。




























 ただ、胸のうちになにか漠然とした不安が広がっていく―――その原因は、皆目見当がつかなかった。




         第六話       そして歯車は回りだす

                           終


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