椎名作品二次創作小説投稿広場


The lost 愛s !!

最終話


投稿者名:由李
投稿日時:05/10/30

 ドクドクとまるで音が聞こえそうに鳴るほど心臓の鼓動が高まるのを感じた。
 体が火照ったように感じたが頭の中は逆に、極めて冷静に状況を見ていた。

「……」
「どうしたの?気分悪いの?」
「僕は、生きてる。僕は、幸せ、なの?」
「うーん私ってさ、実は死んでたの」

 嘘は、言ってない。

「ある人たちがね、私を助けてくれたの。ずっと死んでいたからだと思うけど、今は生きているだけで、すっごい幸せ、です」

 嘘は言ってない。生きているだけで本当にこの少女は幸せなのだ。

「幸せって無くしてから気付くものもあるんだよ。だから気付いてないだけで、きっと君にも幸せってあると思う」

 手が震えた。心を見透かされたような気分だった。テレパスの自分が、心を読まれるなんて。
 少年は賭けに負けた。自分は、消えなくては。幸せを見つけたらこの旅は終わりだと、旅の始まりに自分はそう決めていたのだから。

「ヒーリングはしたけど、病院に行ったほうがいいよ」
「その必要はないよ。氷室キヌ」

 「えっ?」という言葉を最後に、おキヌはかくんと体を倒した。催眠によって意識が落ちたおキヌの体を抱きとめ、そっとベンチに寝かせた。すやすやと眠る顔はとても可愛らしかった。今は亡き妹の顔とだぶって見えた。

 猛スピードでこちらに向かってくる気配を感じたので、横たわるおキヌを残し少年は最後の仕事をするために駆け出した。
 今までたくさんの幸せを喰った。しかし喰えども喰えども自らの糧とはならなかった。そんな自分にも幸せを見つけた。氷室キヌが教えてくれた「生きている」という幸せ。







〔わかってるよなぁ……お前が今まで何をしてきたか。幸せを喰い続けたお前に幸せを持つ権利なんてないよなぁ?〕
「わかってる。わかってるよ」

 森林公園の色彩感覚が狂ったようなアーチを抜けても少年は走り続けた。小道を抜け、大通りに出ても少年は止まらなかった。
 走った。精一杯走った。息を吸うのも吐くのも苦しかった。横腹はきしむように鈍い痛みを伝えた。それでも走った。



「あっははははっ!僕は幸せだっ!ぼっくっはっ、幸せ、だぁぁああ!僕はっ」

 やっと見つけた幸せ。もう人を壊さなくてもいいんだ。
 自分にもあった幸せ。「生きている」ということ。
 ようやく自分の幸せが食べられる。ようやく僕に光が満ちる。
 目の前が光に包まれた。車の往来が激しい国道は光のロードとなって少年を迎え入れた。
 光のトンネルの向こうにはヘドロではなく優しいものが満ちていた。
 





 そこで少年の思考は途絶えた。最後に少年が聞いた音は、横からきたトラックと激突した際の、体が弾ける「バンッ」という音だった。それは耳に聞こえたのか、骨から振動したのかわからなかったが、とにかくそういう音だった。











――――――――――――――――――――――――エピローグ――――――――――――――――――――――――








 目を開けると白い天井が見えた。タマモがそれが病室の天井だと気付くのにそうかからなかった。体がうまく動かないのは霊力が少ないせいであろう。記憶を辿るが意識をなくす前の記憶がどうもあやふやだった。ぼ〜っと点滴の液が落ちるのを見ていて、それから唐突にあの時の記憶を思い出したタマモは、包帯でぐるぐる巻きにされているにも関わらず跳ね起きた。

「シロ!……痛っ」
「むにゃ……」
「は?」

 タマモが寝ているベッドによりかかるようにして、死んだはずの友人がすやすやと寝息を立てていた。
 一瞬何がなんだかわからなくなったが、生きているんだからいいっか、とシロの安らかな寝顔を見ながらタマモは再び横になった。唯一痛みを感じることなく自由に動かせる腕を動かし、シロの頭を撫でてやった。頭を撫でると気持ちよさそうに口をもごもごさせた。

「バーカ」
「むぅ……」

 シロが寝言で何か言いかけたのを見てタマモは面白そうに笑った。
















「それでは納骨を始めてください」

 おキヌは随分と軽くなった少年、斉瑚幸則の遺骨を墓に納めた。死んだ後くらいは家族と一緒に居させてあげてください、とおキヌが頼み込んだのだ。
 斉瑚幸則はGS界では既に伝説となっていた。あそこまで高いテレパシー能力を持った者が人間界にいるのは大変稀なことだったのだ。家庭環境さえ整っていれば今ごろは天才少年GSとして違う形で有名となっていたかもしれない。それだけに斉瑚の体を調べたり、霊機構造を分析したり、能を解析したりする為にオカルトGメンが斉瑚幸則の死体を欲しがったのだが、おキヌが強い希望でそれを止めたのだった。





――死んでからも彼を苦しめるんですか!





 その一言が決め手だった。西条のつてもあり、斉瑚幸則はようやく安住を得たのだった。





 納骨を終えたおキヌは先程まで暗くなっていた空が、急に青空となっていることに気付いた。まるで斉瑚幸則の闇を取り払うような、そんな青々とした気持ち良い天気だった。

「ごめんね。私途中から気付いてたの」

 誰もいない霊園で1人空を見上げて呟いた。青空がおキヌの言葉を飲み込んだ。

「生きて欲しかった。生きてもっと幸せになってっ、欲しかった……」

 堪えていた涙が溢れ出した。氷室キヌはテレパス以上に、人の心を感じ取ることができたのかもしれない。それは霊能力でも、超能力でもなく、人間のもつ「優しさ」という力。



 斉瑚幸則は決して「ひとり」ではなかった。理解ある優しい両親と、妹に囲まれ何不自由なく暮らしていた。家族は幸則の能力を恐れることなく接してくれた。
 斉瑚は母親を殺したのは自分だと信じていたが、本当は斉瑚は強盗殺人事件の生き残りだった。斉瑚は誰も殺してなどいなかった。斉瑚は自らに降りかかった不幸によって精神を破綻し、自分で自分に暗示をかけ、全く違うストーリーを作り出した。

 優しい少年だった。ただ同情の目が怖かったのだ。言葉が頭に流れ込んできて、怖かったのだ。そして家族を殺された哀しい少年を壊し、幸せを喰らい続ける「ザイコ」が生まれた。




 おキヌは斉瑚幸則の唯一の遺品である、聖書を取り出した。もともとは唐巣神父のものなのだが、当の本人が聖書は誰しもが読む権利がある、といったのでこれは斉瑚のものとなった。
 血がついていてぱりぱりになっている聖書を適当に開くと、折り目がついているページが開けた。そこには人との繋がりを求め、疾走するように生を駆け抜けた少年の全てが書いてあった。







<ふたりはひとりにまさる。彼らはその苦労によっていい報いを得るからである。すなわち彼らが倒れるとき、そのひとりがその友を助け起こす。しかしひとりであって、その倒れるとき。これを助け起こすもののない者はわざわいである。またふたりが一緒に寝れば暖かである。ひとりだけで、どうして暖かになり得ようか>


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