ある夜、ザイコがこんな賭けを持ち出した。幸せストッラクアウト。ザイコのネーミングセンスはともかく、内容は実に単純だった。相手の言う幸せが、少年に無いものであればその者を壊す。もしも少年にあるものであれば……。そこから先はザイコは言わなかったが、何をするのか少年はわかっていた。
「し、幸せ?」
「うん。幸せ」
(ど、どうしよう。そんなこと考えたこともなかったし……。というかタマモちゃんを早く捜さないといけないんだけど、この子も放っておけないし)
「え、えっと私にとっての幸せは……」
ピコピコと反応するウルトラ見鬼くんに従って、西条と令子は公園を走り回っていた。そして地面が抉れ、ところどころクレーターができている場所に出た。公園の原型など残っていないその場所の中心に、うな垂れて座り込んでいる少女を見つけた。その少女の脇には1人と1匹が倒れていた。
「横島クン!タマモ!シロ!」
令子はとりあえず意識がありそうなタマモの近くに行き、症状を確かめた。服がぼろぼろになってはいたが特に外傷もなかった。ただし既にタマモの目は何も映してはなく、呼びかけても一切何も反応はなかった。
「やられたか……クソッ」
「救急車を呼んで!」
西条は携帯を取り出し救急車と警察を呼ぼうとしたが、圏外なのを見て不審に思った。西条の携帯は都内のほぼ全域をカバーしているもののはずなのだが、今ここで使えないということは……まだ電波ジャックは続いている。それはつまりこの公園内にはまだマッドスキャナーがいるということを示していた。
「令子ちゃん。電波ジャックは続いている。つまりまだマッドスキャナーは公園内にいるんだ!」
「じゃあ西条さんは公園の外に出て救急車と、警察を呼んでこの公園を包囲して!早く!」
西条は来た道を全速力で引き返していった。
残された令子は倒れている横島の傍に近寄り、そっと心臓に手を当てた。
ドクッ ドクッ ドクッ
ホッっとした顔をした令子は続いてシロの心臓に手を当てた。
「え……?嘘……」
心臓に当てていた手をどけ、今度は耳を直接心臓に当てる。しかし反応は無い。ぴくりともしないシロを見て、令子は柄にも無く涙を流していた。もう一度耳を押し当てる。しかしやはり反応は無かった。
「シロ!ねえ起きて!シロぉ!」
「……」
「ちょっとあんた嘘でしょ!?早く起きなさい!」
「……」
「シロ……ごめんなさいっ。私がもっと早く気付いていたら……」
「何をでござるか?」
「ペアが横島ってことがどれだけシロの身の危険を増やしていたかってこと……ん?」
「いやあ拙者としては横島先生でよかったでござるよ」
「な、な、な、な、な、なんでぇ!?」
説明するとあの絶体絶命の状況でシロが考えた策とは、横島の精神支配を解く為には意識を落とさせないといけない。よって大怪我しない程度に気絶させ、その後相打ちになったように見せかけて仮死状態になって逃げるという作戦であった。あの状況で2人とも助かる策を考えたシロは言われている程バカではないのかもしれない。唯一の誤算は、タマモが同じ公園内にいたということであった。
「でも危なかったでござる。このまま仮死でいたら本当に死ぬとこだったで……タマモ!どうしたでござるか!」
最初に見つけた時のままの姿勢でタマモは地面に座り込んでいる。その姿を見て一目散にシロはタマモに駆け寄り、肩を掴んで顔を覗き込んだ。シロが声をかけても揺さぶってもタマモは反応しなかった。
「精神崩壊が起きてるわ。強力な暗示みたいなものでね」
「……」
「あっ!ちょっと!」
タマモの前にしゃがみこんでいたシロは突然どこかへ走り去っていった。令子はシロが何処に行ったかわかっていたので、焦る気持ちを抑えれなかった。これ以上犠牲者を出したくない令子は精一杯のスピードでシロを追っていった。
――幸せってなに?
幾度となく繰り返してきた質問である。様々な人間にこの問いをし、様々な答えを聞いてきた。そしてその問いをした人間を例外なく少年は壊していった。
「幸せ?えっとぉ、なんていうか恋人?とずっと居ることとか?」
髪を茶色に染めた女子高生はこう言った。
「幸せって、まあ俺は仕事だと思うよ。でもまあ、君にはわかんないっか」
びしっとしたスーツに身を包んだサラリーマンはこう言った。
「酒と〜俺と〜世界平和だ〜♪酒さえあれば〜幸せだ〜♪」
昼間から酔っ払っていたホームレスはこう言った。
「坊主。この家を見てみろ。まだ骨組みだけだけどよ。この家が完成した時に呑む酒ほど幸せって感じるものはないぜ」
ガタイの良い大工の棟梁はこういった。
「あ?何お前。キモ」
茶髪に長髪、スーツで夜の街を盛るホストは冷たく言い放った。
「ギャハハハハ!幸せってのはあれだよ、愛だよ愛」
「何だよお前ダッセー!お前が言うとダッセー!」
「愛って面じゃねえじゃん!ギャハハ!」
深夜に歩道橋にたむろしていた少年、少女はこう言った。
皆が皆幸せを見つけていた。もちろん言葉に出さなかった人もいたけど、テレパスである自分には大体わかってしまった。羨ましかった。そしてその幸せを壊すことだけが、自分の幸せだと思うとなんとも「みじめ」な気持ちになった。「惨め」でも「ミジメ」でもない。ぼやっと空気から染み出してくるような「みじめ」を感じた。
「私の幸せはね」
さあ何を言い出す。壊す準備はできているぞ氷室キヌ。お前の幸せはなんだ?
金か?
友か?
家族か?
家か?帰る場所か?
仕事か?
恋人か?
日々の生活か?
学校か?
授業か?
ネクロマンサーか?
横島忠夫か?
美神令子か?
「生きてるってことかな」
〔終わりだ……お前、終わりだ……〕
すーっと煙のようにザイコは消えていった。無いはずの眼球が自分を見た気がした。