「先生気を確かに!」
「俺だってしたくてしてるわけじゃっ……のわああ!」
横島の「栄光の手」をぎりぎりのところでかわしつつ、すぐさま体制を整え次の攻撃に備えるところ、シロの格闘のセンスが高いということがわかる。しかしいくらシロだろうと横島の相手をするのはきつそうだった。文珠に「爆」の字をこめて豆まきの豆のようにあたりに散らばらせる。爆風が上がる中、横島の霊波刀とシロの霊波刀が交差する。横島が文珠での攻撃がある分シロは劣勢だった。しかしそれ以上に霊力の消費が激しい文珠を乱発している横島の体はもうすぐ限界に達しようとしていた。このままでは霊力が尽きて横島は危険な状態となる。
何故このような事態になったかというと、次のような展開があった為である。
****5分前*****
霊波刀で切りかかったところまではよかったのだが、テレパス(精神感応者)に何の策もなく攻撃をしかけた為、逆に体を乗っ取られた横島であった。終了。
「チキショー!回想シーン省略しやがってー!」
悲痛な叫びを上げながら尚もシロに向かっていってしまう横島。シロはこれからの展開をシロなりに冷静に予測してみた。
1:頭のいいシロちゃんがこの展開を覆す逆転のあいでぃあを思いつく。
2:タマモとおキヌちゃんが助けにきてくれる。
3:横島は死に、自らも戦闘不能になる。現実は非常である。
答え3 答え3 答え3 現実は非常である
シロは全ての選択肢を捨て、1つの可能性に賭けた。
「先生、御免!」
「無茶すなー!」
横島とシロは互いに一撃必殺の霊力を霊波刀にこめた。半壊した公園で2つの影が交差する。
「……っ!」
「……ふっ、よくやった……」
膝から崩れ落ちた横島は、脳の支配が解けると同時に意識を無くした。
「う……っぐ……」
横島の意識支配が解けるのを確認すると、肩の力が抜けたのかシロも横島と同じくその場に倒れ付した。シロの変化は解けもとの子犬(狼でござる!)に戻ったが、横島と違うのは瞳孔が完全に開いているところであった。
そして犬塚シロは死んだ。
戦いが終わるといつの間にかザイコが近くに居た。ザイコはシロが死んだことを確認すると少年にいつもより低い声で怒鳴った。大声で怒鳴られるより威圧感があった。ザイコに目はないがもしも目があったら間違いなく自分を睨みつけているだろう。少年はすまなそうに肩をすくめザイコの怒りが収まるのをまった。
〔前にもいっただろ。殺したら壊せねえだろうが〕
「うん、そうだね。ごめん」
〔チッ。俺に謝っても仕方ねえだろ。それよりも〕
「どうしたの?」
〔もう1匹来てるぜ。今度は狐だ〕
「わかった。今度はちゃんと壊すから」
横たわる2人の前で少年はとんでもないスピードでこちらに近づいてくるものに気を集中させた。
(認めない!あのバカ犬が死ぬなんて!確かにあいつは脳みそ足りなくて無鉄砲で危なっかしい奴だけどこんなとこで死ぬほどバカじゃない!)
おキヌを取り残して急いで匂いの強まっている方角に駆けていく少女。タマモは鬼気迫る顔で入り組んだ道を無視し一直線に目的地に向かっていった。壁に阻まれたところは変化により生やした翼で強引に乗り越えた。
そして爆弾でも落とされたように半壊している場所に出たタマモは、横たわるシロと横島、そして自分が来るのを知っていたように驚いた表情もなく佇む少年が1人。気を探るとシロの霊圧は低く、いや低すぎた。嫌な勘が当たってしまったのをタマモは受け止めるしかなかった。
「シロに、何をした!」
少年は表情も変えずに「殺した」とだけ言った。それはタマモが冷静さをなくすには十分過ぎるものだった。
〔気をつけろ。さっきの2人とはタイプが違う〕
「そうみたいだね。でも大丈夫」
「何を1人でぶつぶつ言ってる!そこを動くな今すぐ殺してやる!」
〔今度は遊ぶな。すぐ壊せ〕
「わかってる。壊す」
初めて会った時はここまで大きな存在になるとは思っていなかった。
「よくも……お前っ」
失うことがこんなにも悔しいとは思わなかった。こんなにも哀しいとは思わなかった。
そうえば以前勘違いではあったのだけれど、あのバカ犬が自分のために命がけで天狗から薬をもらってきたことがあった。結局あのときの恩は返していなかった。もう遅いかもしれないが、今この命、燃え尽きようと、亡キ友ノ為今一度修羅ト成ロウ。
「もう、タマモちゃん何処いったのかしら。急に走っていっちゃって」
きょろきょろと辺りを見回すおキヌは同じ場所をぐるぐると周っていることに気付いていなかった。
ドォオン!!
「キャッ!」
耳をつんざく爆音に思わず小さな声をあげたが、彼女もGS。すぐに何か異常事態が起こっていることを察し、音源に走っていった。
高速道路を目いっぱい飛ばしているコブラにも巨大な霊圧の反応が届いていた。西条の膝の上においてあるウルトラ見鬼くんが先程から反応しまくっていた。
「なんだこの反応は?明らかに人外のものだ。それに凄まじい」
「どっかの魔族が降りてきたか、誰かが暴走したみたい」
「誰かって誰だ?」
その問いには答えず令子はアクセルを更に踏み込んだ。あの森林公園で何が起こっているのかはわからないが、4人の安否が気がかりだった。
「間に合って頂戴……っ」
自惚れていた!
自惚れていた!
自惚れていた!
〔馬鹿が!女狐にこうまでやられやがって!〕
今にも倒れそうになる体をなんとか動かし、少年は狐から距離をとるべくおぼつかない足取りで公園の出口を目指していた。
強かった。今まで戦ったやつらの中では群を抜いて強かった。
込められた霊力には特別な想いを感じた。テレパスである自分が感じることができたのは「哀惜」と「愛惜」。犬塚シロが羨ましかった。生まれてから1度も愛情を与えられなかった自分は何よりも、「愛」に飢えていた。そして犬塚シロが死ぬ直前に想った人は、あの狐――タマモだったな――であった。2人は互いが互いを愛し、大切に思っていた。犬塚シロもタマモも「ひとり」ではなかった。
しかし犬塚シロは死んだ。タマモは壊れた。だからもう2人は「ふたり」ではない。
〔早く逃げろ!警察が来るぞ!〕
「わかってるよ。これでも精一杯さ」
滴る血が地面に赤い花を咲かせた。治療が遅ければ危ないかもしれない。とにかく大きい病院を避けてどこか適当な病院にいって、そこにいる奴を操って傷を治して……
「君、大丈夫!?血だらけじゃない!」
もう公園には一般人はいないと思っていたが、どうやら逃げ遅れた奴がいたらしい。さっさと眠らせて先を急ごうとしたが、ザイコがその者が一般人ではないと少年に告げた。そして〔壊せ〕ともいった。少年にはザイコが怯えているように見えた。
「何があったの?ちょっとお姉さんに見せて」
自分の目を覗き込んでくるその目は、未だ持ち歩いている聖書にありそうな言葉でいえば「慈愛」に満ちていた。しかしそれだけではない。うまく言葉では言い表せないが、とにかく今まで見てきた人間とはどこか違う輝きがそこにあった。少し話してみたい衝動にかられた。
〔何をやってる!そいつも奴らの仲間だぞ!〕
ザイコの言っている言葉が酷く薄っぺらに聞こえた。もはや自分の視覚と聴覚はその者に奪われていた。もっと見たい。もっと触れたい。この人と、繋がりたい。
〔おい!聞いているのか!今すぐ壊せ!壊せ!!〕
「私ヒーリングできるの、ちょっと時間かかるけど我慢してね」
「お姉さん。名前教えて(知ってるけど)」
〔壊せ!壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ!!!〕
「へっ名前?。氷室キヌ。おキヌって呼ばれてる」
「変な名前だね」
「むぅ。これでも気に入ってるんだから」
〔壊せぇえええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!〕
ザイコは半ば狂っているように声を張り上げ続けた。その声はおキヌだけではなく、少年の耳にも届いてはいなかった。
(ザイコ、いつもの賭けをしよう)
〔賭けなどしない!壊せ!今すぐにだ!〕
(いや駄目だ。これは譲れない)
頭を抱え悶え苦しむザイコはもはや狂っていた。それとは正反対に少年は至極落ち着いて賭けを始めた。少年が言った「いつもの賭け」というのは元々はザイコが言い始めたあるゲームだった。
「おキヌさん」
「なに?」
「おキヌさんにとって、幸せってなに?」