教会を出てから2人は散歩気分で追跡をしていた。シロは先程タマモに忠告されたことを忘れた訳ではないのだが、好意を持っている男と並んで散歩するというのは現在の状況を忘れさせるには十分だった。横島に至っては最初から呑気に捜査に当たっていた。
「ここでござるな」
シロが立ち止まった場所は、日本有数の森林公園の入り口の前。
「都内の森林公園か。ここはよく若奥様が談笑してたり、スタイルのいい女がジョギングしてたりするんだ」
「先生そんな真顔で言われても」
大掛かりな工事で作られた実に大規模な森林公園は、様々なアスレチックや遊具を有し、小高い木々に囲まれていて更に道が入り組んでいる。公園なのに迷子が続出したことから、小学生は立ち入り禁止されている場所だ。ここに匂いが続いているらしい。
『中に入ってみて。ただし、見つけても深追いは駄目よ』
「うっす了解しましたー」
無線機から聞こえる声に軽く返事をしながら、森林公園の入り口のアーチをくぐった。
〔来るぞ〕
「敵だね?」
ザイコは脈絡なく姿をあらわし少年に追っ手が迫ることを告げた。ザイコは少年の司令塔として度々少年の前に現れ的確な指示を出す。今までザイコがいたおかげで少年は警察に捕まることなく犯罪を犯すことができた。
〔結界を張れ。電波を遮るんだ〕
「やってみる」
花壇でできた道の真ん中で立ち止まり、普通の人が見たら宇宙人とでも交信しているように見えるポーズで結界を張り巡らせた。
手早く結界を張るとザイコは少年を先導し始めた。少年は黙ってザイコの後についていった。
「へー都内にもこんな場所があるんだ」
「タマモちゃん!見て見て!かわいー!」
タマモとおキヌはシロ達より少しだけ遅く森林公園についた。そう、マッドスキャナーは教会と公園を往復したのだ。つまり教会に行く匂いを辿ろうが、教会から出る匂いを辿ろうが、行き着く先は同じということだ。ただ公園の北門と南門という違いだけ。
タマモは匂いの追跡など忘れ群生している花々に目を奪われていた。おキヌは都内のど真ん中に野うさぎがいたことに感激し、昔を思い出していた。油断していた。だから二人は気付いていなかった。無線から逐一出ていた指示が森林公園に入った直後から反応がなくなったことと、この入り組んだ公園に限りなく薄い結界が張られていたことに。
「おかしいわ。やっぱり連絡がとれない」
「令子ちゃん、妙だ。横島クン達とも連絡がつかない。どちらも森林公園に入った直後だ」
「電波ジャック!?」
「ありえないよ!テレパシー能力とは逸脱し過ぎている!」
「脳波も電波の一種よ。本来脳波に影響を与える力を電磁波に変換したのだとしたら……」
「ありえないことも……ないっ……。だが、本当に奴は人間なのか!?」
「それは本人に聞けば済むことよ。4人が危険だわ。急ぎましょう!」
あわただしく装備を整え、ガレージに駆け出していく令子と西条。連絡がつかなくなっている横島たちやおキヌたちは、こんな会話がされているのを知らない。
「い、いた!」
「どこ!どこでござるか!」
「あそこだ!あの豊満なボディ!舞い散る汗!一見色気のなさそうなジャージだが、浮き出る体のライン!きゅっとしぼまった無駄のない尻!フトモモ!グレイトっ!」
「ああ!そっちでござるか!」
「む、あ、あれは!?」
「今度こそ来たでござるな!」
「ふりふりのレースがついた服!まだ若々しさを迸(ほとばし)らせながらも実に落ち着いた雰囲気!そして傍らのベビーカー!間違いない、幼な妻だー!」
「ああっ、そっちでござるか……」
「そ、そんなっ……あいつらは!」
「奴らがそうでござるか!」
「昼真っから人目のある公園でいちゃつくカップル!女の目は何かを求めている!今にも草むらの影で青少年に悪影響を与える行為がなされようとしているじゃないか!けしからん!ここはそっと機をうかがい現場を覗くべきだな」
「……」
こちらも実に楽しそうにはしゃいでいた。無論、無線の調子がおかしいことは全く気付いていなかった。しかしこんな時でもシロの霊感と嗅覚は正常に働いていた。なぜなら後ろに接近したものに攻撃をされる前に気付いたからである。
「誰だ!」
振り返ったシロは自分たちのすぐ後ろまで迫っていた存在に反射的に構えをとった。その者の雰囲気や霊圧の匂いが今まで追ってきた者であることを示していた。そいつは攻撃する前に気付かれたことに少しだけ驚いた表情を浮かべたが、すぐさま表情を戻す。そいつに気付いた横島はそこで初めて無線がおかしいことに気付いた。
「……ちっ」
「お前でござるか、ミッドナイトナイスガイは」
「シロ、それじゃあ深夜のいい男だ。訳がわからん」
白髪だ、間違いない。こいつが唐巣神父とピートをやったのだろうが、まだ子供じゃないか。横島は不意の遭遇に酷く慌てていた心を落ち着かせてきた。そう、彼は横島忠夫。弱者に強いのだ。
「美神さんには深追いするなっていわれてるが、お前は今すぐ俺が成敗してやる!このGS横島忠夫がな!」
「横島忠夫。君はつい昨日美神令子の風呂場を覗いたが気付かれた美神令子に2階から落とされたみたいだね」
「なっ!?」
自分のライフワークとしている覗きを一瞬で見抜かれたことに横島の勢いは減退する。資料によれば他人の思考を盗み見ることはできないとされていたはずであったが、マッドスキャナーは見事に横島の私生活を暴露してのけた。隣にいるシロのじと目が横島を更に焦らせた。
「そ、そんなの言いがかりだ!俺は風呂場を覗いたんじゃない!そう。俺は探検者だ。聖域に勇んで足を踏み入れただけだー!」
「こいつ、よくも先生の恥ずかしい私生活を!」
「犬塚シロ。君は人狼であるにも関わらず近所の野良犬を集めてこの街のボス犬気取りらしいね」
「拙者のぷらいべーとがぁぁ!」
「お前そんなことして空しくならないのか……」
「だってぇ……楽しかったんでござるよぉ……」
互いが互いに秘密――恥ずかしい私生活――を暴露されて堪らない様子だった。これ以上こいつに喋られては自分のプライドがすたる2人は、霊波刀を出し戦闘態勢をとる。もはや無線機の調子や深追いするなという指示など無視していた。
「てめぇに今日を生きる資格はねえ!」
「お前が泣くまで、殴るのをやめないでござるー!」
「ねえおキヌちゃん。匂いが濃くなってる。そっちの無線機で連絡とれない?」
「駄目みたい。壊れちゃったのかなあ。あ!ほらあそこ!タヌキだあ!」
「そういえば未来からタヌキがやってくるあにめがあったよね。ネコドラ君だっけ」
「かわいー!」
横島たちが己の秘密を握る敵を抹殺しようとしている最中、こちらは森林公園内の豊な自然に目を奪われていた。背の高い木立が続く道は歩いているだけで楽しい。様々な動植物が存在しているこの公園は、2人にとって故郷を思い出させてくれるような懐かしい感じに包まれていた。
「目を閉じるといろんな動物の声が聞こえるよ。タマモちゃん」
――チーチチチチチ
――にゃあー
――ぴーぴーひょろろろろ
――ぎぃやあああ!
――クルックー クルックー
――ミーン ミーン
――カァ カァ
――クェッ クェッ
――先生助けてー!
――フーッ フーッ
――リーンリーンリーン
「おキヌちゃん……なんかノイズが聞こえる気がするんだけど……」
「へっ?気のせいじゃない?」
> この街のボス犬気取りらしいね」
>「拙者のぷらいべーとがぁぁ!」
>「お前そんなことして空しくならないのか……」
>「だってぇ……楽しかったんでござるよぉ……」
……意外すぎるシロのプライベート……爆笑しました(笑 (秋吉)
今のところほのぼのばかりでちっとも怖くないんですが、さらに面白くなりそうですね。 (橋本心臓)
おキヌちゃんとタマモがどのへんから話に絡んでくるのかが見ものです。 (鷹巳)
シロって意外とこんなことしてそうじゃないですか?群れの動物ですしね
橋本心臓さま
怖さは最後まで無いかも、です。ギャグをちょっとやってみたかったので。今は反省してます。
鷹巳さま
横島とシロって操作系の敵は苦手ってイメージあるんですよ。特に横島。前ネズミに操られてましたしね。 (由李)