人間の目には光がある。
希望や夢、愛情、ぬくもり、人を慈しむ心。とにかく、人間の目にはなんらかの光がある。光を通してでしか、見えないものがある。光を通すと、見えなくなるものもある。
斉瑚 幸則(ザイコ ユキノリ)には光がない。生まれた時から光のない人間などいないが、いつ光を無くしたのか斉瑚自身、それを知らない。
思えば様々なことが斉瑚の周りで起こった。いや、斉瑚に言わせてみれば「起こったような気がする」という程度だ。
そういえば、父さんが家で首を吊ったな。
そういえば、母さんが優子を売ったんだ。我が妹ながら、情けない顔して連れていかれたな。
そういえば、僕も売ろうとしたよね。男なのに買う人もいるんだな。
そういえば、優子も自殺したんだっけ?
そういえば、なんで母さん死んだんだろう。あ、そっか。僕が殺したのか。
斉瑚は光を無くした。奪われた。誰にとはいえない。わからない。強いて言えば、世界が斉瑚から光を奪った。光を無くした斉瑚の目は、今までとは違う世界を映し出した。それは希望というヘドロに満ちた世界に見えた。
斉瑚はザイコとなり、少年は悪魔となった。
「ん?」
「どうかしたかい?ピート君」
「先生、見慣れない子がいますが」
ピートの視線は、どこの教会にもある長机の1番後ろに座っている少年に注がれていた。確かにその少年は、今まで1度も見たことがない子だった。少年の髪は肩まで伸びていて、前髪は目を半分近くまで覆っていた。しかし本当に注目していたのは髪の長さではなく、その髪の色と、目だった。真っ白な髪は老人のようであり、その反対に真っ黒な目は、何を映しているのかわかりかねた。大体今日は平日なので、この場所にこの少年がいること自体が妙だった。
教会に来るくらいなら、何か事情があるのだろうと決めたピートは、少年の傍まで近づいた。近づいてみるとその目の異様さがもっとはっきりとわかる。多少畏怖を感じたが、相手は子供だ。ピートは話を聞くために声をかけた。
「ねえ、君。教会に来るのは……」
初めてかい?と続くはずだったピートの言葉は、「神さまっているの?」という少年の質問で遮られた。
「もちろんいるさ。いってみれば、君と私達が出会ったのも神の……」
ピートの代わりに唐巣神父が答えようとするが、その言葉も最後まで発せられることはなかった。
目が合った。今まで空間を見つめていた少年の目は唐巣神父を、唐巣神父がいる空間をその時初めて見据えた。
空っぽだ、と唐巣神父は思った。この目は何も見えてない。いや、全てを見ているのかもしれない。だが、空っぽだった。目ではなく、窪みと玉がそこにあるように見えた。
「神さまって、残酷だね」
その後、教会に来訪した者が異常に気付き、救急車を呼んだ。唐巣神父とピートは病院に搬送された。血だらけになった2人の目は、虚空を彷徨い、救急隊員が何を言っても反応は無かった。