山の上と下 11 山の麓・後編
物騒そうな一団が割り込こんできたことで、涼とシロも集中力が保てず、ほぼ同時に刀を引きくとそれぞれの側に下がる。
「智恵さんへの”お礼参り”かな? 格さん、どうする」
下がったところでご隠居が意見を求めてくる。ヤクザと因縁があるのは智恵の方でこちらにはない。
「ここは、俺と智恵さん、助さんで支える」涼は即断する。
ヤクザたちも敵に廻すが、先に智恵が手を差し伸べてくれたことを思えば、一緒に戦うのに躊躇はない。
その言葉を当たり前のように受け入れるご隠居と加江。
聞いていた智恵は、三人に軽く会釈を返す。そして娘に向かい、
「れいこ、光衛門様と一緒に下がりなさい」
「私なら戦えるわ。あんな半端な奴ら、一人だってやっつけられるんだから」
「他に道がないのならともかく、ここはお母さんと渥美様、佐々木様で十分です。あなたの”力”は、人を傷つける人外に向けるモノだということを忘れてはいけないわ」
母親の言い含めるような言葉に、不承不承という感じではあるがうなずくれいこ。
「なぜ?」ヤクザたちの動きがおかしいことに最初に気づいたのは智恵であった。
突っかかる向きが自分を目指していない。このままでは、野須たちの方を襲う形になる。
少し遅れ、野須たちも自分たちが狙われていることに気づいた。訳が分からないまま迎え撃つ態勢を備える。
その中でシロが前面に立つ。一騎打ちを邪魔されたことで表情は険しい。
立ち塞がったシロにヤクザたちは、ぎょっとした感じで立ち止まった。
シロの剣呑な雰囲気にたじろいたようにも見えるが、それぞれの顔にはそれだけでは説明できない恐れと怒りが見て取れる。
「くぉのぉぉぉーー!!」
先頭の巨漢が、自分と仲間の怯んだ気持ちを鼓舞するように雄叫びを上げると、得物である丸太で殴りかかった。
得物の重さを考えると相当な速さだが、シロからすれは危険を感じるほどではない。わずかに身を引き悠々とかわす。
「問答無用とは、いくらヤクザとはいえ無礼でござろう。ヤクザとて『仁義』の二文字はあるはず!」
「てめぇら化け物一味に仁義なんているもンかい!!」
「そうよ! 問答無用で女・子供まで襲っておいて、そんな言葉がどこから出るんだ!」
「ここで遭ったが百年目ってっな! 寅吉一家の強さを見せてやろうじゃねぇか!」
シロの言葉にヤクザたちは口々に罵り返す。もっとも、いずれも大男の陰からというのは、横から見れば笑える光景なのだが。
その声を背に大男は、何度もシロに打ちかかる。
一方、シロからすれば不当以外何ものでもない罵声と攻撃に怒りも高まる。何度か空を打たせたところで、十分な力を込めた一撃を‥‥
「シロ様、すいません!」
横合いから言葉にシロの動きが止まった。見ると横島が加江の投げつけた小刀を構え、へっぴり腰ながらも斬りつけてくる。
今三つ気合いに乏しいそれをいなすシロ。
「いったい、何のつもりでござる?!」
横島は緊張感のない声で、
「ここは一番、あの除霊師の姐さんに格好の良いところを見せようかな〜 とか。ここでご隠居たちを裏切ってないことを見せておけば戻りやすいかな〜 なんて思ったり、なんかしちゃったりして‥‥」
「そんな理由で、これまで横島殿を護ってきた拙者を!!」
感情の高ぶりでシロの色白の肌が上気する。
その迫力に横島は刀を放り投げると、回れ右をして森に走り込む。それを追うシロ。
「ちっ、世話をかけさせやがる!」成り行きを見ていた涼は、一つ舌打ちをすると、
「助さん、ここは智恵さんと頼む」
そう言うや、返事を待たず横島とシロが走っていった方に駆け出していく。
‥‥ そのあわてた様子に呆気にとられる智恵。
気を取り直すと、加江に向かい詰問気味に、
「何がどうなっているんですか? あの坊やと少女を追ったようですが」
人狼の少女が抜けたため、ヤクザたちと野須たちとの立ち回りが始まった。
その点、さしあたり、涼がいなくとも困ることはない。が、共に戦うとしながらの唐突な戦線離脱は身勝手と言える。
「そのことは、私が代わりに謝ります。でも、急がないと、忠さんの身が危ないものですから」
‘??’智恵は加江をまじまじと見る。
先の情けない言動に今の訳の分からない振る舞い、それ以前に裏切り者らしい相手のことを本気で心配している様子が不思議でならない。
「忠さん、あれでなかなか”良い漢”なんです。犬塚殿に斬りかかったことだって‥‥」
「てぇへんだ! れいこちゃんが森の方へ入っちまったんだよ」
加江が事情を話しかけたところにへご隠居が割って入る。
「れいこが?!」「れいこちゃんが?!」
「よく判んねぇが、突然、走り出しちまって。『あっ!』ていう間で、止めようもなかったんだ」
数瞬、考え込む智恵。ハッとした表情で、
「あの子、人狼を追っていったに違いない! 『人を傷つける人外』云々って言ったものですから。なら、自分の手で人狼をやっつけようと思ったに違いありません」
「できるのかい? 娘さんはなかなかの”腕”なんだろうけど」
「人狼相手では‥‥」言葉を切る智恵。それが全てを語っている。
懐から人形取り出し掌に載せる。
「それは? さっきも使っていたようだが」
「見鬼といって、人外など霊的なモノの所在を示す除霊師の道具の一つです」
説明しながらも、少しでも早く方向を読みとろうと人形の指先に集中する智恵。
指先がおおよその方向を示すと同時に智恵は駆け出した。ご隠居と加江も後に続く。
木々の間を逃げ回る横島。逃げ足には自信はあるし、森という追跡に不向きな条件を考えると十分逃げ切れると思っていた。しかし、人狼の追跡能力は予想を越え、それほど時間もかからないうちに追い込まれてしまった。
「よくもまあ、これだけ逃げまわれたものでござるな」
シロは木を背負った形で逃げ道を失った横島に呆れたような口調で話しかける。
横島にとって逃げ切れなかったことが予想外とするならば、追い詰めたとはいえ、シロにとっては、ある程度でも逃げ回られたのは予想外のことだ
人狼として、人とは比べものにならない運動能力と追うことへの適性がある。また、そうした能力を鍛えてきたとの自負もある。それらを踏まえれば、一瞬でケリがついておかしくないのに、追い詰めるのに手こずったというのが実感である。実際、途中で何度か攻撃を仕掛けたものの、そのつどかわされている。
その流れの中、いつの間にか追いかける理由は、斬りつけられた怒りよりも狩人としての意地に代わっていた。そして、ようやく追い込めたことで、気持ちの上ではスッキリとする。
その達成感に加え、横島の蒼白な顔を引きつらせぶるぶると震える様子に、切り捨てようとまで思っていた怒りも急激に萎えていく。
一つため息をついたシロは(やや複雑なものはあるものの)安心させるような微笑とともに刀を降ろした。
それを見て緊張を緩めようとした横島の顔が、再び引きつる。
‘!!’「シロ様!!」
その真剣な叫びと同時にシロは、自分に向けられた”力”を察知した。
強い霊圧を伴った”力”に防衛本能が、振り返えりざまの一撃を放つ。しかし、次の瞬間、その”力”の持ち主が自分より歳下の少女と気づいた。
‘拙い!!’何とか刀を止めようとするが、慣性を殺しきれない。
その時、背中に何かがぶつかり態勢を崩す。そのことで太刀筋が変わり、刀は少女の頭上をかすめるだけですんだ。
ぶつかったのは横島だった。横島はそのまま少女を抱き上げると、今までの逃げ足すら霞む速さで走り去る。
その背中を見ながら、シロは横島が少女を傷つけずにすませてくれたことに感謝するとともに、あの一瞬に的確な行動を取った判断力と瞬発力に賛嘆を禁じ得なかった。
その横島を護るように横合いから渥美格之進−涼が飛び出し、距離はあるものの、対峙する形になる。
一瞬、涼とシロの視線が交差し、無言の休戦協定が成立。そのまま、シロは森の奥の方へ身を翻した。
「格さん、おかげで助かりました」
横島はうれしさの余り、涙のようなものを目尻に浮かべている。
「大げさな奴だな。『助かりました』って、俺はここまで走ってきただけで、何もしちゃいないぜ」
「それでも、俺にとっちゃ来てくれたことで‥‥」
「再会を喜ぶ事情はあるのかもしれないけど、いいかげん、降ろしてちょうだい。それとも、鳩尾にでも肘をくれてやった方が早いのかしら」
小脇に抱えられた形のれいこが、不愉快そうに口を挟む。
「あっ、すみません」横島は腕の力を緩め、少女を降ろした。
れいこは自分の足で立つや、厳しい視線を横島に向け、
「よくも邪魔したわね! せっかく、人狼をやっつける機会だったのに」
「へっ? あっ、すン(み)ませんでした!」
一瞬、ぽかんとした横島だが、あわてて頭を下げる。
「れいこちゃん、危ないところを助けてもらってその言葉はねぇだろう」と涼。
「ふん! 危なくなったのはこの男が変な顔をして人狼に勘づかれたからじゃない。助けるぐらい、罪の償いとして当然よ」
「それはどうだかね」涼が皮肉っぽく返す。
「俺が見たところじゃ、忠さんの言葉より前に人狼の嬢ちゃんはお嬢ちゃんの殺気に気づいたようだけど」
「そうかしら」そっぽをむくれいこ。
「そもそも、お嬢ちゃんだって、人狼の嬢ちゃんが刀を降ろしたことは見ていたはずだよ。丸く収まりそうなところに仕掛けるなんて、ちぃーとばかし無茶じゃねぇか」
涼も少し前にこの場に来ていたが、シロに害意を感じなかったため様子を窺うに止めていた。
指摘されたことが図星なのか、れいこは悔しそうに唇を噛むと、
「人外相手に、丸く収めるなんてコト、あれこれ考える必要なんてないわ。あんな奴らはさっさと退治しちゃえばいいのよ」
「人外だろうと何だろうと、害意のない相手をそう簡単に切って捨てるような考え方は感心しねな。だいたい、そんな一方的な言い方をお母さんが聞けば悲しむんじゃねぇのか」
宿場からここまでの会話の中で、母親である智恵は、除霊師という仕事にも拘わらず(というか、だからこそ)人外の立場にも理解を示していた。
その辺りに怯むところがあるようで、れいこは不機嫌そうに顔をしかめると、回れ右で歩き始める。
話から外れる形になっていた横島が、
「何か、えらく刺々しいですね。あれじゃ、可愛い顔がだいなしですよ」
「なんならそう褒めてきたどうだい」
「止めときます。今、そんなことを言うと、蹴りとばされそうですからね。でも、何であんなに刺々しているんですか?」
「忠さんも見ただろうが、お嬢ちゃんのお母さんって、才色兼備の傑物でね。そんなお母さんに認めてもらい、そして一緒に戦いたいっていう想いが強いんだ。霊力とかは母親以上のようだから、未だに認めてもらえないことで苛立っているんだろ」
人狼の少女に仕掛けたのも、その辺りの功名心というか焦りが生んだ暴走なのだろう。そこに何となく危ういものを感じるが、今はまだ、それを助言するような関係ではない。
「ふ〜ん、偉い親を持つと苦労しますね」
当然の事ながら、他人事という感じの横島。
「そういや、忠さんの親もけっこう傑物なんだよな」
たしか、鬼をドツキ倒す父親と竜神の申し出を一蹴する母親だったはずだ。
「う〜ん、でも、親父やお母(か)んに認めてもらいたいなんて思ったことないですけど。だいたい、ウチの場合、傑物っていうより怪物ですから。二人に比べれば、人狼のシロ様だって、子犬みたいなもんですよ」
「そうだ。その人狼の嬢ちゃんだが、斬りつけたのは、嬢ちゃんをあの場から遠ざけたかったからだろ」
質問と言うより確認のためといった感じの涼。
横島は、少し誇らしげにうなずき肯定すると、
「ヤクザたちは何か勘違いしているみたいだったでしょ。シロ様には、『勘違い』で人を斬って欲しくなかったんです。かといって、あの場じゃ、説明しているヒマもなさそうだったし。ああすれば、俺を追ってあの場所から引き離せるって思ったんです」
「それは良いんだが、よくもまぁ、斬りかかるって危ないマネをしたもんだ。あの嬢ちゃん相手じゃ、忠さんが誤解を解く前に斬られて終わりってことも有った話だろ」
「実際、ヤバかったですからね」
追いつめられた時のことを思い出し、今更の冷や汗をかく横島。
「最悪、追いつめられてから訳を話せば良いと思ってたんですが、刀を突きつけられた時、舌が固まっちゃって」
「それ以前に追いかけ回されている内に斬られてしまうことは考えなかったのかい。こっちはそれが心配で、追いつこうって必死だったんだぜ」
「あはっ、そこまで心配してもらえたなんて光栄ッス。でも、俺自身、斬りかかられてもかわせるって思っていたんで、心配はあんまりしませんでしたけど」
「えらく自信たっぷりだな」と涼。
剣士として一流の加江ですらかわしようがなかった人狼の切り込みを『かわせる』と言い切ったことに驚きを隠せない。もっとも、実際にかわしているのだから、嘘でもハッタリでもないのだが。
「助さんとの試合を見て判ったんですが、シロ様って、おそろしく正確な打ち込みをするんですよね。仕掛ける距離−間合いって言うんですか−も同じなら、そこからの拍子も早さ、動き、全部同じでなんです。だから、間合いに気をつけ、そこに入った瞬間、体を捻るとかで居場所をずらせば避けられるんですよ」
その説明に、今度は驚きを通り越しあきれる涼。
自分もその辺りには気づいていた−だからこそ、比較的余裕を持って、相打ち狙いができた−が、この頼りなさげな少年も気づいていたとは信じられない。さらに、それに気づいたとしても、現実で使いこなすとなれば、達人級の冷静さや集中力も必要となってくる。
‘俺達を追おうする根性といい、咄嗟の判断力に大胆さ。このボウズ、とてつもない大物になっちまう奴なのかもしれねぇな’
自分のやってのけたことの凄さが判っていない様子の横島の顔を見つつ、涼は心底から感心する。
椎名先生のキャラを使い合わせてあってとても面白かったです。
じっくりと投稿をお待ちしております。 (鷹巳)