椎名作品二次創作小説投稿広場


プラネタリウム

プラネタリウム


投稿者名:陣磨 紳
投稿日時:05/10/15

「うわっ、なんやこれ、なつかしーなー」

 自宅の押入れに上半身を突っ込んだまま、忠夫は突然叫んだ。
 押入れの奥に、少し大きめの段ボール箱がひとつあった。両親が海外へ旅立つ直前、急な引越しに慌て、私物を適当に突っ込んだ箱。たまに部屋を掃除しに来るキヌも、遠慮したのか他に理由があるのか、触れなかったものである。
 が、ここでの生活が長くなると、それなりに荷物も増えてくる。使用頻度の低いものは押入れに突っ込もうかと思い中を見ると、引越し以来あけたことがない箱がある。仕方ないかと、箱の中身を整理しようとガムテープをはがしたのだ。
 その中には、小中学校の卒業アルバムや玩具、コミック、捨てそびれた教科書やノートなどが乱雑に詰まっていた。回顧以外にはほとんど役に立ちそうにない。さりとて捨ててしまっていいもんかと躊躇しつつ、処分の優先順位をつけるべく箱を漁ってみた。
 しばらくそうやってゴソゴソした後、埃まみれの押入れから出てきた。
 忠夫の右手にあったものは、厚紙とセルロイドでできた星座盤であった。
 小学校で、理科の教材として配布されたものだったと記憶している。天体に関する授業は好きだった。自宅周辺の明るい夜に不満を漏らし、星のよく見えるような山地への旅行をねだったこともあった。成績が悪かった罰として、望遠鏡はおあずけになったままだったように思う。

「あんときゃ、俺もまだまだ純粋やったなー」

 そう言って懐かしそうに星座盤の埃をティッシュで拭う。客観的に見て、当時から人よりスケベであったことは確かだが、さすがにチチシリフトモモ目当てで死にそうになるほどではなかったと思う。多分。
 セルロイドのシートをくるくる回してしばらく眺めたあと、不意に、忠夫の脳裏に閃くものがあった。

「アレ、もっかい作ってみっか」

 そういって即座に立ち上がり、いそいそと玄関に出た。そこで体に付着した埃を思い出し、玄関先でパタパタと払っている様子を、隣人に見られてクスリと優しく笑われた。妙に恥ずかしかった。






 近くのホームセンターで買ってきたのは、太目の針金、黒いポリ袋、線香、粘着テープ。一応、ペンチとニッパーも用意した。
 部屋に入ってすぐに買い物袋をぶちまけ、いそいそと工作を始める。
 まず、針金で直径一メートル半ほどの輪を作る。ついで、その輪を底面とした半球を作るように、数本の針金を端から端へ渡してゆく。
 半球の骨組みが出来上がったら、その内側に切り開いたポリ袋を貼ってゆく。たるまないように、粘着テープで丁寧に貼りあわせる。

「よしっと。ここからが肝心だぞ」

 そう一人ごちると、線香に火をつけた。
 半球の内側に入り、星座盤を見て大体の見当をつけ、まず北極星の位置に線香を押し当てる。線香の熱で、ポリ袋に綺麗なピンホールが開いた。
 線香の効果に軽く満足した忠夫は、星座盤と見比べつつ、夏の夜空を半球に描いてゆく。天の川を再現できないのが残念ではあるが、まあ仕方がない。あの織姫と彦星も、障害などなくいつでも会えた方がいいだろう。あの滅茶苦茶な神様たちを思い、苦笑しながらベガ、アルタイルを穿った。
 最後に、西の空に光るデネボラを穿ったところで、忠夫の脳裏に再度閃いた。
 カシオペヤ座のすぐ近くに、少し大きめのピンホールを空けた。星座盤には描かれていない、実在しない星。他のどの星よりも明るいであろうその星に、忠夫はある名前をつけた。

「……おし、完成!」

 昔、図書館で見つけた本を頼りに作ったプラネタリウム。それを再現したのだ。






 気が付くと、既に日は沈み夜になっていた。忠夫はカーテンを閉め、照明をつけると、その黒い半球をかぶる。
 ……それは予想以上に美しく、広大で深遠に見えた。彼は息を呑んでただひたすら見上げた。
 子供の頃に空気の澄んだところで見た星空と重なる。ついで、その光点の大群は別のものに見えた。
 そして、ひときわ大きな、しかし儚げな光点が視界に入る。それはじっと、忠夫を見返していた。

「────」

 かすかな、恐らく本人以外は聞こえぬ声で、名前を呼ぶ。それはあまりにも儚げで、夕日をバックに見たあのときを思い出す。東京タワーでの最後の別れを思い出す。その光景を、最近はほとんど思い出すことも無くなっていたことに、忠夫は驚愕した。誰も彼女のことを語ろうとせず、自分は自分らしくと言い聞かせる。だが、それは、彼女の存在そのものを打ち消す行為ではないのか?

「────」

 再びその名前は、彼の口内のみを振るわせる。まともな声にはもはやならなかった。危うく、再び自らの手で捨ててしまいそうになった彼女が、目の前に戻ってきたような気がした。光点が微笑みを浮かべてる気がした。そして、忠夫はゆっくりと手を伸ばす。

 カサリ

 忠夫の指先に触れたそれは、紛れもないポリエステルの感触だった。穴に指をあてれば、容易にそれは光を失う。それはもはやただの穴でしかなかった。この星は、あいつじゃない。あいつじゃないんだ。

 急に冷めてしまった忠夫には、その手作りプラネタリウムが急にゴミにしか見えなくなった。子供の頃の自分に申し訳なく思いながら、半球を傍らに置いた。
 窓を開けると、星も見えない薄明るい空。地上の溢れる光にかき消された星たちが、妙に不憫に思えた。もうあいつをこの目で見ることもできない。ましてや、手など届かない。
 らしくもないと思いつつ、一つ、ため息をついた。






 不意に電話が鳴る。慌てて受話器をとると、聞きなれた怒鳴り声が耳を突いた。

「コラ横島!今夜は夜間の除霊があるって言っといたでしょ!10分以内に現場に来なかったらクビにするわよっ!」

「う、ええっ!?」

 忘れていた。

「うろたえてる暇があったら即刻来なさい!いいわねっ!?」

 ひとしきりの怒鳴り声のあと、ガチャリと勢いよく電話を切る音。

「やべっ!」

 部屋の後始末もそこそこに急いで着替え、出かけようとする。
 不意に、胸の奥に疼きを感じた。振り向くと、照明を落とした部屋で、窓と自分の間にあるプラネタリウムの残骸が、窓明かりを受けてかすかな星を映し出していた。かろうじて見える、あのひときわ大きな光。
 それと自分の奥底を見比べ、ああ、そうだ、と突然悟った。

「ここに、いるんだよな」

 胸を押さえて、呟く。そうだ、あいつは自分の魂と共にいる。離れられないまま、ここにいる。
 誰が忘れても、俺は忘れられないだろう。誰が語らなくとも、いつだってあいつはここにいる。俺だけが知ってる、おまえの場所。忘れたくたって、忘れられることなんてできない。
 だったら、俺は心置きなく俺でいよう。そう思えた。

「うしっ!」

 ぱあん!と自らの頬を張り、俺は駆け出した。
 きっと何も変わらずにいることなんてできやしない。だから俺は俺でいたい。俺は俺のまま強くありたい。だから、そのために……

「今日も美神さんの華麗なチチシリフトモモっ!この目に焼き付けるぜっ!そしてあわよくばっ!」

 無限の妄想を霊力に変換し、今日も忠夫は駆けてゆく。


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