椎名作品二次創作小説投稿広場

あの素晴らしい日々をもう一度

第三話

　人生には実に様々な出来事が起こる。
　じ〜んせ〜い〜ら〜くあ〜りゃ〜♪　と歌われるように、楽しいこともあれば辛いことだってある。
　様々な苦楽を味わってこそ、人生には深みがでるのである。
　横島忠夫。
　彼ほど波乱に満ちた人生を歩むものは少ない。彼の人生を書にしたためたとしたら、どれほどの物語に仕上がることか。それでもまだ十七年しか生きていないのだ、彼は。
　波乱万丈。彼の人生はこの一言に尽きる。
　だが、まだまだだ。
　彼はこれからが本番なのだ。これからこそが本番なのだ。
　果たしてその物語はどれほどの長編になるのやら。それは神にすらわからない――――――




　―――――――少なくとも、乳を見られたくらいで頬を染めるような初心な乙女神には、わかるまい。





あの素晴らしい日々をもう一度

　第三話　妖怪学校大探検！！　〜〜おお、友よ〜〜　　前編






　美神は事務所のデスクに腰掛けながら妙神山での出来事を思い出していた。

「あいつ……小竜姫の剣を受け止めたのよね」

　あの時は本気で横島を殺りにかかっていた小竜姫を止めるのに必死だったことと、自分も横島に対して怒りを感じていたので気に留める余裕がなかったのだが、冷静になって考えてみるととても信じられないことである。
　なにしろあの時の小竜姫はあまり手加減していなかったのだから（いくらなんでも多少の手加減はしただろう……したはずだ）。
　あの一瞬、横島の手のひらは人間離れした霊的硬度を誇っていたことになる。

（まさかあいつが霊能持ちとはね〜……ま、でも見た感じ手のひらに集中しちゃったぶん、ほかの部分の霊的防御力が致命的に下がるっていうデメリットがあるみたいだし……実戦には向かない能力よね）

「美神さん、何考えてるんですか？」

　事務所の奥に付いている小さな台所から、おキヌがお茶を持って人魂と共に顔を出す。
　差し出されたお茶を、美神は礼を言いながら受け取った。

「別に大したことじゃないのよ……うん、おいしいわ。お茶入れるの上手くなったじゃない？」

「えへへ…味見できないからいっつも不安なんですけどね」

　一口おキヌの運んできた紅茶に口をつけてから美神は声を漏らす。
　おキヌは照れくさそうに頬をかいた。

（それでも……誰かが鍛え上げてやれば……いい師匠に恵まれれば化けるかもしれない。そうなったら私は………）

　美神はティーカップをデスクの上に置くと、そのすぐ後ろに位置する窓を振り向いた。
　空は青々と広がり、雲はぽつぽつとあるのみ。今日も暑くなりそうだ。

「そうなったら私はザコ撃滅型無限使用可能荷物持ちをタダ同然で手に入れることに！？　いや〜ん、胸が高まる〜〜〜〜！！」

　叫ぶ美神の後ろではおキヌがきょとんとしていた。






　さて、その横島だが今日はバイトもなく標準男子高校生と同じように学校に登校していた。
　登校する横島を見かけたクラスメイト達が驚きの声を上げている。それほどまでに彼は学校に顔を出すことが少ない。
　それでもしっかりとクラスで目立つ存在になっているあたり、その存在感はさすがの一言である。

「てっきり死んだかと思ってたぞ！」

「物騒なことを言うな！！　しかもやってる仕事上シャレにならんわ！！」

　朗らかにブラックジョークを飛ばしてくるクラスメイトにしっかりきっちりつっこみながら、教室へと入る。
　そして自分の席に近づこうとして、足を止めた。

「あれ？　ひょっとして席替えしたのか？」

「ううん、してないわよ？」

　近くの席に座っていた女生徒の声に、横島は首をかしげた。

「ということはこれが俺の机か？」

　横島の目の前にはひどく古びた机が置かれていた。十年、二十年…いや、もっと古いものだろう。何しろ全て木材のみで仕上げられており、その使い込まれ方も長久の歳月を思わせている。
　横島は一度目を瞑り、それから開く。次に目をゴシゴシとこすった。

「なあ、ちょっと目薬もってないか？」

　近場にいた友達に目薬を借りてさしてみる。
　それからもう一度凝視してみたがやはり目の前にあるのは古びた机。

「な、なんじゃーーー！！！　イジメか！？　これはイジメなのか！？　ああ！　平和だと思っていたこのクラスにも遂に現代社会が生み出した陰湿な歪みが現れてしまったかーーー！！！！　な、嘆かわしい……！」

「お、落ち着け横島！！」

　暴走しだした横島をクラスメイトが押さえる。

「横島をいじめる度胸あるやつなんていないわよね〜」

「ほんと、ばれた時にどんな陰湿で陰険で淫猥な仕返しをされるか……」

「おいッ！！　聞こえてるぞ！！　そーいうのはせめて聞こえないように話せ！！」

　コソコソと話す女生徒たちの会話をその自慢の地獄耳で聞きつけ、さらにヒートアップする横島。彼も丁稚生活が続いて色々とストレスが溜まっているのかもしれない。
　二、三度と深呼吸を繰り返し、ようやく落ち着いた横島はあらためて机を眺める。

「しっかし、誰がこんなもん持ってきたんだ……？　ん？」

　横島は目をぱちくりさせた。うむ、それも当然だろう。
　何しろ、机と思い切り目が合ってしまったのだから。

「……？　！？　！！！？」

　机の引き出しにギョロリと二つの目が現れていた。引き出しの奥から何者かが覗き込んでいる…というより、引き出しの奥の暗闇に二つの眼球が浮いているといったほうが的確だ。
　横島は驚愕のあまり声も出ずに固まってしまっていた。
　しかし本当にびっくりするのはこれからだった。

「の、のわあーーーーーーーー！！！！」

「よ、横島ーーーーーーーー！！！！」

　なんと引き出しから突如腕のようなものが飛び出し、横島を引きずり込んでしまったのだ。
　どう考えても超常現象としか思えぬ事態を目の前にして、クラスメイトたちはとりあえず固まっていた。

「ど、どうする？」

「ど、どうするっても、なあ？」

「とりあえず先生呼んどく？」

「ま、それが無難かな？」

　なんとも落ち着いた連中である。横島の命の心配など欠片もしていないようだ。
　ま、横島はこれくらいで死ぬようなやつじゃないってことは周知の事実なわけですよ。
　事実横島は生きとりました。
　それはもうピンピンしとりました。

「な、なんだ！？　何が起きたんだ！？」

　妖怪に掴まれたと思ったらどこかに放り出されたという状況で、横島はいささか混乱していた。
　とにかく周りを見渡してみる。

「ここは…教室？　でも、俺の教室じゃない……あれ？　え〜と……教室に入ったら俺の机が古い机に変わってて、その引き出しを覗いてみたら目があって、そしたら思いっ切り頭を鷲摑みにされて……おや？　ひょっとしてボクは死にましたか？」

　ポン、と手を打って合点がいったとうんうん頷く横島。その額に徐々に縦線が描きこまれていく。そのうちに完全に青ざめ、玉のような汗が流れた。

「い、いやじゃあぁぁぁッ！！　まだ、何もしてないぞーーー！？　あぁーー、こんなことなら意地張らんとプロのオネーサマ方に手取りナニ取り教えてもらうんやったーーーーー！！！！」

「いいえ、あなたは死んでいないわ」

　声に反応し、横島は振り返る。そこにはセーラー服を身に纏った女生徒が佇んでいた。
　その女の子は美しい黒髪を持ち、顔立ちも文句無しにカワイイといえる。一言で言うなら美少女だ。

「おおッ！　地獄の淵でセーラー服の美少女とエンカウント！？　ありがとう、神は俺を見捨てなかったーーーー！！！！」

「死んでないって言ってるでしょ！！」

　突然人間とは思えぬバネと反射速度をもって少女をむしゃぶりつかんとする横島を、少女は見事に叩き落す。
　床を脳天でぶち抜いたにもかかわらず、すぐに横島はがばっと不死鳥のごとく蘇った。

「マジッ！？　死んでないの、俺！？」

「だからさっきから言ってるでしょ！！　人の話はきちんと聞きなさいよ！！」

　ほっと胸を撫で下ろす横島とは対照的に、少女は頭を抱えていた。

「とんでもないのを引き込んじゃったわね……」

　少女は思わず―――とても小さな声ではあるが―――呟いていた。







　その後横島は少女に連れられた教室で、ほかにもたくさんの生徒がここに引きずりこまれていることを知った。少女の名は愛子というらしい。この学級で委員長を務めている。と、高松君が言っていた。ちなみに横島は先ほどの愛子とのやり取りの後、窓の外が校庭ではなく不気味な異界空間になっていることにようやく気付き、再びパニックを起こし愛子に再度ため息をつかせていた。

「んじゃ、ここは妖怪の腹の中で、あんたらはここでずっと学園生活を強いられてるってことか？」

　確認するように言う横島に答えたのは高松君―――彼もまた引きずり込まれた生徒のうちの一人だ―――だった。

「あんたら、ではないよ。君もだ。ここから出る術はない」

「………あんたらはどれくらいここにいるんだ？」

「ふむ、ここでは時間の概念にはあまり意味はないが…この愛子君が一番の古株でね、彼女はもう３２年もここにいる」

　高松君が愛子を指差し、答える。

「さ、さんじゅうにねん！？　そんな長い間ここでなにをしてたんだ！？」

「何しろ先生がいないから、ずっとＨＲ(ホームルーム)よ」

　今度は愛子が答えた。愛子の言葉に横島は口をあんぐりと開ける。

（こ、こいつらここで何年もＨＲだけを続けてたのか……？　うわぁ…なんて痛々しい…別に先生いなくてももっとこう、なんかあるだろ？　お、俺はこれからこんなやつらと何年も付き合っていかなきゃならんのか！？　ああ…果たして耐えられるかしらん？　…無理だろなあ。美神さーん、助けてー…これも無理だろなあ。あの人報酬無きゃ動かんもんなあ。しかしうら若き乙女が３２年もこんなところに……ん？　３２年？）

　横島はちらりと愛子の顔をのぞき見る。どこからどう見ても文句無しに美少女だ。だがしかし―――――

（さ、最低でも４８歳……おふくろより上やんけ………）

　横島は自分の何かが急速に萎えていくのを感じていた。
　んが、急速に復活した。

「だがそれは裏を返せば老けることなき永遠の美少女だということ！！　まさに男の理想とするアイドルの究極形！！　はッ、ということは俺もここにいるかぎり老けないってことか…！？　と、ということは永遠にセーラー服の女子高生と乳繰り合いが可能ってことかい！？　よく見りゃけっこうかわい子ちゃん（死語）も多いようじゃあーりませんか！！　なんてこった、妖怪の腹の中だと思いきや辿り着いてた桃源郷！？　男の夢ここにあり！？」

「何大声で卑猥な妄想口走ってるのよ！！」

　感極まり過ぎてうっかり口に出してしまっていた横島を愛子はスリッパでスパーン！と引っ叩く。ふと愛子が周りを見渡すと数人の男子生徒が上の空で頬を赤く染め、よだれを垂らしていた。どうやら横島の妄想に影響されて色々想像しちゃったらしい。

「ああ！！　みんなが毒電波に犯されていく〜〜〜！！！」

　その様子に愛子は頭を抱え、涙を流していた。

（しかも俺には女子にちやほやされる秘策がある！！）

　毒電波発信源横島は教室に集まった生徒を―――主に女子を、男子はアウトオブ眼中だ―――見渡し、勢いよく言った。

「みんな！！」

「今度は何！？」

　今度は何を言い出すのかと愛子は悲鳴に近い声をあげる。
　横島はとてもイイ顔で親指をぐっと突き出した。

「俺たち、ここから出られるかもしれない！！」

　いい加減横島の奇天烈ぶりに辟易していた女子たちの顔色が変わる。もちろん男子の顔色も、だ。

「嘘……！　どうやって……！？」

　愛子は心底驚いたような声を上げた。

「みんな、これを見ろ！！」

　愛子の声に応えるように横島は右手を突き出した。皆わけもわからずその右手を凝視する。
　突き出された横島の右手、その掌が輝き始めた。皆の目が驚きに見開かれる。
　横島の右手にサイキック・ソーサーが浮かび上がった。

「横島君…それ……！」

「そう、実は俺には霊能力があるんだ！！」

「「「「「「……………」」」」」」

　一瞬の沈黙の後、徐々に歓声が上がり始める。歓喜が皆に伝搬していった。

「帰れる！　帰れるのか！？」

「お母さんに会える！！」

「人は見かけによらないっていうけど……あんまりにもあんまりよね〜」

　歓声に混じる褒め言葉なのかけなし文句なのか微妙な声にややテンションを下げながらも、なんのと横島は己を奮い立たせる。何しろ、ここからが本番なのだから。
　横島はごほんとひとつ咳払いをした。

「みんな、聞いてくれ…みんな、妙な机に引きずり込まれてここにきたんだよな？　だから多分、俺たちは今、妖怪の腹ん中にいるようなもんだと思うんだ。そこで、だ。ここで俺がこの力を使ってここで暴れまわったとする。そうしたらどうなると思う？」

「そうか！　妖怪は当然嫌がる！！」

　メガネがよく似合う川上君が横島の考えを的確に汲み取った。横島はうん、と頷いてみせる。

「そうしたら妖怪は俺たちをここから吐き出そうとするかもしれないんじゃないか？　もちろん、色々危険性は伴うと思うけど……ここから出る可能性があるのは、これだけだと思う。でも、この策を実行するには俺だけの力じゃだめなんだ。みんなの協力が要る」

　ざわざわと皆が騒ぎ出す。確かにここから出るにはそんな方法しかないように思える。だが、今のところ命に別状はないのだ。変に刺激したせいで妖怪がこちらの命を奪おうとしてくる可能性だってある。だが、ここから出るには………

「なんでも言ってくれ！！　ここから出られるのなら何だってするぞ！！」

「うん、何だってするわ！！」

　横島の言葉に熱血高橋君とキュートな桜野さんが勢いよく頷いた。ほかの皆も―――多少迷いがちの者もいたが―――そうだそうだと高橋君と桜野さんに同調する。
　横島はにやりと笑った。

「それで僕らは何をしたらいいんだい？」

　優等生の渡辺君が率先して横島に問う。横島はそれをナチュラルに無視した。横島の目線は愛子を含む美少女たちにしか向けられていない。
　横島は急に声のトーンを落とした。さも深刻な話だと言わんばかりに。

「実は…俺の力はちょっと特殊なんだ。俺がこの力に目覚めたのはつい最近なんだけど…こんなことがあった………」




〜〜〜以下、回想〜〜〜

　横島はアパートの部屋でサイキック・ソーサーを自在に操る訓練を行っていた。いや、訓練というよりは、練習といったほうが正しいか。いくら努力嫌いの横島でも、初めて自分が手に入れた霊能を失うのは嫌だったのだろう。
　テレビはつけっぱなしで、ブラウン管の向こうでは水着姿のグラビアアイドル達がプールで騎馬戦を行っている。典型的なお色気番組だった。
　横島の掌で、サイキック・ソーサーは上手く形にならず、頼りなさげにふわふわと漂っていた。

「う〜ん、上手く作れないなぁ……妙神山から帰ってきたときはわりと上手くできたのに……」

　ぶつぶつ言いながらなんとかあの時の感覚を取り戻そうと集中する。
　その時だ！　なんとテレビで騎馬戦を繰り広げていたあるアイドルの水着―――ちなみに水色のビキニだ！―――から柔らかマシュマロがぽろりとこぼれ落ちたではないか！！

『おーーーーーーーーーっとぽろりだーーーーーーーーーーーーーーッ！！！！！！』

「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおお！！！！？」

　思わず横島は魂の叫びを上げた。ふとサイキック・ソーサーに目を向ける。サイキック・ソーサーはギンギンに硬くなっていた。

「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおお！！！！？」

　横島は再び魂の叫びを上げた。

〜〜〜回想終わり〜〜〜





「……そう、つまり俺の霊力源は………エロ魂だったんだ！！！！！！！！！！」

「それでは第１１０２５回ホームルームを始めます！　議題は……」

「聞いてくれッ！！！！」

　いつの間にか席についてしらっとＨＲを始めようとしていた愛子たちに横島は魂の叫びをぶつける。しかしそれに対する皆の返答は冷めた目線だった。脱出に向けてあれほど沸き立っていた一体感はどこへやら。今の皆の目線はかなぁ〜り冷たい。しかし横島もほかに言い方はないものか。ここらへん語彙のなさが恨めしい。
　愛子が皆を代表して口を開いた。

「聞けるわけ無いでしょッ！！　みんなに希望をチラつかせて自分の性欲を満たすために利用するなんてケダモノよ！！　ううん、ちょっと頭を使ってる分なおタチが悪いわ！！　この淫獣ッ！！！！」

「別に服脱げゆうてるわけやないやないか！！　俺はただみんなにブ……体操服になってほしい、って言おうとしただけなんだよ！！　ここ学校だろ！？　妖怪の中とはいえ一応！　体育の授業だと思えばなんてことないやろそんくらい！！！！」

　横島の言葉に皆が顔を見合わせる。ある意味服を脱げというよりマニアックな要求だけに受け入れ難い。ちなみに横島の電波を受信したのか、一部男子は沸き立っていた。
　結局体操服に着替えるだけでここから出られるというのならということで女の子たちはしぶしぶ承知した。体操服はなんと全員分のものが教室に備え付けてあったロッカーに入っていた。これぞミラクル。
　ちなみに愛子だけは最後まで抵抗していたがほかの女の子たちの説得によりしぶしぶと、本当に渋々と承知した。

『絶対に覗かないように、特に横島』

　との言葉を残して女子たちは三つ隣の教室に着替えに行った。出会ってまだ一時間かそこらしか経っていないというのに、ここまでしっかりとキャラクターを掴まれているとはなんともはや。これはもう逆に褒めていいのかもしれない。
　実際、横島の狙いはまさにこの瞬間だった。そう、横島にとって今のこの瞬間こそが勝負だった。
　そりゃもちろん、ブルマーだってたまらない。目の前にすれば若き煩悩は激しく猛り狂うだろう。しかし横島もまだまだ健全な高校生。ブルマーなんかより下着です。ブラとショーツがたまりません。チャンスは待つものじゃない、自分で創り出すものだ。どこかで聞いた言葉に従って創り上げました今のチャンス。ものにしなけりゃ男じゃない。

（そう、もちろんここから脱出するためだ。ただでさえ未熟なんだ。出来ることは全部やってパワーを限界まであげないと、きっとこの妖怪には通じない）

　もちろん建前です。
　その大義名分を胸に、横島は教室のドアに手をかけた。

（女の子たちが移動してからまだ１分…！　３つ隣の教室で着換えると言っていた。とすると今ちょうど教室についたところだろう。そして今からあらゆる気配を消してその教室にたどり着くまでに３分……！！　ちょうどブラにスカート、上セーラーに下パンティーくらいの時期にドンピシャリのはずだ！　集中しろ！　息を殺せ…気配を絶て！　今の俺は横島忠夫なんかじゃない！！　酸素、窒素、二酸化炭素、アルゴンの複合体……そう、空気だ！！！！）

　横島は物音ひとつ立てずドアを開く。すると突然背後からむんずとその肩を掴まれた。

「どこへ行くんだ横島クン？」

「き、君は優等生の柏木君！！」

　横島の肩を掴んだのはさらりと伸びた黒髪が素敵な柏木君だった。柏木君は愛子から横島お目付け役を言い渡されていたのだ。

「は、離せ、離してくれ柏木君！！　今この時を逃してしまってはもうチャンスはないのだよ！！　君にもあるだろう！？　うら若き肢体を覗いてみたい、眺めてみたいというリビドーが！！　なぜごまかすのだ！！　自分に正直に生きるのだよ！！　さあ、君も共に……！！」

「そうはいかないよ横島クン！！」

　そこにもう一人参戦した。この学校での生活期間は愛子に次ぐキャリアを持つ高松君だ。ちなみに彼はこの学級の副委員長を務めている。書記係兼任だ。
　高松君はしっかりと横島を後ろから羽交い絞めにする。

「おお！　高松君、おまえもかッ！！」

　横島は裏切られた思いで高松君を見つめた。といっても、別に高松君は横島の同士というわけではない。
　男二人にしっかりがっちりと押さえられ、横島は全身の力を振り絞るも動くことが出来なかった。

「ち、ちくしょう…！　完璧な計画だと思ったのに……！！」

　横島は悔しさのあまりはらはらと涙を流した。計画は失敗した。
　横島は心の中で慟哭した。
　しかし、その時だ。

「あひゅん！」

「おふッ！」

　突如奇声をあげて柏木君と高松君が崩れ落ちたのだ。横島は何事かと後ろを振り返った。
　二人が立っていたところに何者かが立っていた。その男は手をチョップの形にして直立している。どうやら柏木君と高松君に当身をくらわせたようだった。
　横島はその人物を見て、驚きの声を上げた。

「君は………武田君ッ！！」

　もう今まで散々に思ってきただろうが、誰やねんと思われた方に説明しよう！
　武田君とはフルネーム武田　武（タケダタケシ）、ぼさぼさの髪に白い歯がキラリと光るナイスガイだ！　ちなみに彼は横島の毒電波に最も反応していた人物である！！

「君の気持ち…痛いほどわかるよ横島君……！　さあ、立て！！　そして共に行こうではないか！！　魅惑の桃が満面に実る桃源郷に！！」

「た、武田君ッ！　ぼかぁ君に会えてよかった！！」

　柏木君、高松君とのやり取りで大幅に時間をロスした横島は、大急ぎで廊下に出ると女子たちが着替える教室へとダッシュした。しかし足音ひとつ立てていないのは気持ち悪い。それに追随する武田君も何事か。類は友を呼ぶとはよく言ったものである。
　それこそ忍者のような体捌きで３つ隣の教室までたどり着いた横島たちは、しかし焦りの声をあげた。

（くっ……！　カーテンだと！？）

　何故か女子たちが着替える教室にだけ、廊下側にカーテンが備え付けてあった。しかもけっこう厚みのある生地らしく、向こう側の景色がまったく見えない。

（く、何てことだ……！）

　予想外の事態に横島は悔しそうに声を上げる。その肩を武田君がポン、と叩いた。

（あきらめるのはまだ早い。あきらめたらそこで試合終了だと、俺の尊敬する人が言っていた。よく見るんだ横島君。カーテンは窓の全てを覆っているわけじゃない。どこかに必ず隙間はある。それを探すんだ）

（武田君……そうだな、あきらめるにはまだ早いよな……！　むっ！　武田君、あそこはどうだ！？）

　ちなみに声は出せないので二人の会話は全てアイコンタクトで行われている。
　横島の指差したところには確かにほんの少しだがカーテンが覆いきれていない隙間があった。だが、その位置は天井すれすれの高さにある。とても一人ではあそこから覗き込むことなど出来そうにもない。
　横島と武田君の目が合う。二人はにやりと笑った。











（ジャンケンポン！！　よっしゃーーー！！　悪いな武田君、俺が先だ！！）

（ちょ、ちょっと待てよ！！　ジャンケンは『最初はグー』で始めるのが常識じゃあないかッ！？　納得いかんよこれじゃあ！！）

　二人はどちらが先に肩車をするかを決めるジャンケンを始めた。
　もちろん、全てアイコンタクトでのやり取りであります。










　その頃、現実世界ではようやく美神に横島受難の連絡がいったところであった。















　第三話　妖怪学校大探検！！　〜〜おお、友よ〜〜　　前編

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　終