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秘密

早過ぎました


投稿者名:cymbal
投稿日時:05/10/ 4

 窓の外の空は暗くなり始め、傍目から見ても肌寒そうに見える。そろそろ冬も近い事だし。

 何でそんな事を考えるのか? その原因は、何処かへ出掛けた筈の二人が戻って来ないから。蛍に土地勘がある訳無いし・・・心配だ。

 「令子達遅いですね、大丈夫なのかなあ・・・」
 「大丈夫でしょ。別に外国に行ったって訳でも無いのに、ふふっ」

 蛍は携帯を置いていってしまっていた。余程急いで出て行ったのだろう。まあ、気持ちも分からんでも無い。この母親と対峙すればなあ・・・。正確にはおばあちゃんだが。

 「あっ、いえ、そういう事では無くて・・・あの、ちょっと外見てきます」
 「心配性ね。それだけ愛してるって事かしら?」

 「そういう事にしといて下さい。一応、彼女病み上がりですし」

 美智恵さんに照れ隠しするように一瞥をし、いそいそと玄関に向かう。

 ・・・ただでさえ今の状態は危険なんだ。蛍の身に、いつ、何が起こるか分からない。自分の考えの無さに少し呆れる。やっぱり今日も仕事を休むべきだった。

 扉を開けて表に出ると、夜の空気が身体を包み込んだ。そろそろ上着が必要だなと思う。ふっと思い出したようにネクタイを緩めると、少し呼吸が楽になった。やはり緊張していたのだろう。あの人といるといつもそうだ。ずっとこちらの様子を観察されているような・・・。

 ざっと辺りを見回して、二人の姿を探してみる。当たり前だがいない。一体何処に行ったんかな。確か、買い物だろ? 蛍は車は運転出来ない筈だから、電車か・・・駅にでも向かってみよう。もし、帰って来ている最中なら、途中で鉢合わせする可能性もある。

 「うっし」

 緊張で固まっていた身体をほぐすように腕を回し、軽くその場で足踏みをする。そういえば最近、あんまり運動してないな・・・。仕事の方も以前とは違い、額に汗というものでも無くなっている。良い事なのか悪い事なのか・・・こういう慣れというものが一番怖い。仕事に油断は禁物なのだ。

 



 「あーっ、もう重いっ! 買い過ぎっ、ひのめ!」
 「半分はおねーちゃんのでしょっ!!」

 大きな袋を三つ、四つと重ねて、駅からの道を行く。ついつい財布の紐も緩くなって、こんなにお金持った事も無かったし・・・ごめんねお父さん。それに大分、遅くなってしまった。携帯も置いて出て来ちゃったから、連絡も取れない。公衆電話ってのもあるらしいけど、全然見当らなかったから。

 「だってかわいかったんだものっ」
 「今からそんな無計画で、主婦になる自覚あるのー?」

 思わず、むっ、と口がへの字に曲がる。・・・まあ、私の事じゃないんだけど、何となく腹が立つ。

 「ひのめだって、きっとママに甘えてばっかりじゃないの? 幼くして金銭感覚が麻痺すると将来大変よー」
 「わ、私は・・・まだ小学生だものっ。甘えるのが仕事よっ」

 その考えはいつ捨てたのかなと。あんな真面目になっちゃって。未来の姿を思い出して、苦笑する。

 ・・・不思議な事に、このやり取りを喧嘩とは思えないでいる。分かり合ってふざけているというか・・・姉妹ってこんなものなのかなと思った。私、一人っ子だし。

 「あっ、おにーちゃんっ!!」
 「えっ?」

 ひのめ姉ちゃんの言葉に反応して、前を向くと、遠くの方に手を振っている人影が見えた。見慣れているようで、そうでないようなお父さんの姿。薄っすらと白い息を吐き出して、こちらに向かっている。私の横のひのめ姉ちゃんは、手をぐるぐると振り回しながら駆け出して行く。私もそれに続いた。

 「なんてゆーか・・・ほんと子供だね姉ちゃん・・・」

 自分だって、子供といえば子供だけども、何だか変な感じ。本当の妹・・・いや、娘を持った気分というか。まだ私、十六なのにな。こんな落ちついた考え・・・これはお母さんの思考なのだろうか。





 「遅かったな・・・! 大丈夫だったか令子?」
 「ど、どうしたのお兄ちゃん?おおげさだよっ、買い物行っただけなのに」
 「あっ、いやひのめちゃん、ほら、まだ令子も退院して日も浅いから」

 凄く心配だったって顔。それはお母さんに向けられたものなのかな。それとも「私」に向けられたもの? はたまた両方か。何だか複雑な気分。

 「えっと、ごめんなさい・・・ちょっと迷っちゃって。それにコレ」

 買い物袋を上げるジェスチャー。怒られるかなー。

 「えっ、あっ、や、別に良いんだけど。とにかく無事で良かった」
 「・・・うん」 

 「わっ、何そのしおらしい態度っ。まだ病気かな?」

 姉ちゃんは頭に手を当ててふざける。口にガムテープでも張ったろーかな・・・。

 「と、とりあえず家に戻ろっか。ひのめちゃんも、美智恵さんが心配してるぞ」
 「あー、そうだった。それにお腹も空いたし」

 三人揃って、家に向かって歩き出す。

 何気無くお父さんの方を見ると、ひのめ姉ちゃんが、お父さんの逆の腕にしがみついてるのが見えた。

 対抗心からか、すっと・・・お父さんの腕に手を回す。自然に。お父さんは少し驚いた顔をしてたけど、特に止める気配も無かった。

 私は負けず嫌いなの。これはお母さんから引き継いだもの。

 もしかして、この光景を後ろから見たら夫婦みたいに見えるのかな? と思った。若い・・・いや、年相応の新婚さん。ちょっと大きめの生意気な娘。でも本当なら、私が収まるべきなのは、今いる左側じゃなくて、お姉ちゃんのいる右側。

 この場所はお母さんの場所。

 早く、元に戻らなきゃ。いつまでも私が独占して良い場所じゃない。

 娘と母親が一つだなんて、やっぱりおかしい。その考えが、手に持った買い物袋を罪悪感へと変える。こちらに居る事を楽しんでいる場合では無かった。





 「あらっ? お帰りなさい。思ったより早かったわね」
 「ただいまー、ママっ」

 家に戻ると、部屋の奥からぱたぱたと美智恵さんが出て来た。さっと、ひのめ姉ちゃんが、美知恵さんに抱きつく。 

 「まあまあ、何? その袋? 何か買ってもらったの?」
 「えっ、う、うん、そうだよ」 

 ちょっぴり気まずそうにお姉ちゃんは呟いた。んー、やっぱ美智恵さんには適わないなあ。まっ、母親だし。

 「駄目よ令子っ。妹を甘やかしちゃ」
 「ご、ごめんなさい・・・ママ」

 油断していたところで、母親らしい視線と言葉で諭される。ううっ、やっぱ緊張する。

 「ふふっ、やけに素直じゃない」
 「あっ、美知恵さん、夕御飯どうしましょう? 食べて行きますか?」

 お父さん・・・! ま、まあ仕方無いか。

 「んー、そうね、折角の申し出だけど、これ以上お邪魔するのも何だし、今日はもう帰るわ。食材も四人分も無いのよ。作っといてあげたから。ほら、行くわよひのめ」
 「あっ、わざわざすいません」
 「えええっー、どっかにみんなで食べに行けばいいのにー」

 「駄目よ。その代わり、私と二人ならどこでも好きなお店に連れていってあげるからっ」
 「ほんとっ? じゃあお寿司が良い! 回らない奴っ」

 美智恵さんが帰るっと言ったのを聞いて、ほっとした・・・のと同時にがくっと来た。美智恵さんも十分、甘やかしてるじゃない。人の事言えないっ。



 

 「今日は大変だったんじゃないか?」
 「うん、そーだね・・・何か変な感じだった」

 美智恵さん達が帰って、やっと二人きりになれた。さくっと、用意されていた食事を済ませると、ソファーに座り、コーヒーを飲んで一息。肩の荷がずりっと落ちて行くのを感じた。慣れない言葉遣い。慣れない町並み。慣れない・・・とにかく色々とあって疲れた。

 「そーいえば、美知恵さんとは何か話したの?」
 「あっ、いや、何か誤解してたから、無理やり話を合わせといた。やっぱり、俺ら・・・やっ、その家族の問題やんか。他人という訳でも無いけど、美智恵さんまで巻き込むのは間違ってるなあって」

 真面目な顔をしてお父さんは語る。似合わないけど。

 「・・・上手い事誤魔化してるけど、ほんとはびびって何も言えなかったんじゃないの?」
 「な、何をゆー」

 見るからに汗だくだく。顔も真っ赤。分かりやすいなあ。

 「嘘付けないよね、おとーさん。汗一杯かいちゃってっ」
 「・・・ま、まあでも、さっき言った事も本心だぞ」
 
 拗ねた表情で。カワイイ、ふふ。

 「分かってるって・・・ちょっと、まじで疲れたからシャワー浴びて、今日はさっさと寝るね」
 「あ、ああ、そーだな。そーした方が良い」
 
 「一緒に入る?」

 「だから、そーゆー冗談はっ!」
 「さすがに・・・私だって嫌よっ」

 私は笑いながら言葉を返し、お風呂へと向かった。やっぱりお父さんをからかうのは飽きない。未来でもこーやって遊んであげれば良かった。やっぱりどぎまぎするのかな。でも今はお母さんの身体借りてるしなー。  



 ”娘が部屋から出ていった。くそうっ・・・どうも良いように遊ばれてる気がする。まだ中身は十五、六の子供だとゆーのに。それに・・・

 「・・・普通にショックだな。まだ生まれてもいない娘に、一緒にお風呂を真剣に拒否されるのはっ」”

 早過ぎるイベントに、一人悲しむ父親の姿があったという。

続く。


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