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あの素晴らしい日々をもう一度

第二話


投稿者名:堂旬
投稿日時:05/ 9/24

 横島はアパートの部屋で敷きっぱなしになっている布団に寝そべりながら、なんとなく天井を見上げていた。煌々と輝く円形の蛍光灯が目に入る。
 その光を遮るように横島は掌<てのひら>を広げた。
 そして掌に不可視の力が流れ込んでいくようなイメージを脳裏に描く。するとそのイメージをなぞる様に霊力が横島の体を流れていく。
 やがてその掌にはまるで、そう、盾のような形状の発光体が形成された。

「ふ〜……」

 自らが生み出したその盾を眺めながら横島はため息をつく。

「まさか俺に霊能力があるなんてなあ」

 信じられないといった面持ちで横島は呟く。しかしその声は確かにほんの少しの喜びを含んでいた。
 これで少しでも美神に近づくことが出来た、そんな風に思っているのかもしれない。

「このままいけばいずれは…美神さんが俺にすがり付いて助力を請うようなことがあるかもしれない!! あぁ横島クン、あなただけが頼りなの! すごいわ横島クンこんなに強くなって!! なんにもお礼になるようなものなんて持っていないけれど…せめて私をあ・げ・る……いただきます、いただきますともーーー!!!! ぬは、ぬはははははは!!!!」

 訂正。この子の頭にはピンク色の妄想しかないようです。









あの素晴らしい日々をもう一度

 第二話  「頭痛」







 この日、美神は自身の師、唐巣の薦めもあって、己の能力の底上げを行うために、横島とおキヌを引き連れて妙神山を訪れていた。
 妙神山にたどり着いた美神たちは、門番である鬼門たちの試しも難なくクリアし、本格的な修行を行うための異界空間へと足を踏み入れていた。そこは東西南北どこを眺めても地平線を一望出来るとんでもない場所だった。

「人間界では肉体を通してしか霊力を鍛えられませんが、ここでは直接霊力を鍛えることが出来るのです」

 妙神山の管理人であるという竜神、小竜姫がこの空間についての説明を行う。空間の入り口から少し先に進み出ると、地に描かれている奇妙な図式を指差した。

「ではこの法円を踏んでください」

「初めて見る法円ね。踏むとどうなるの?」

 美神がその法円の中へ進み入ると、美神の体から大柄な女性の姿が生み出された。鎧のようなものを纏ってはいるが、その雰囲気は美神に似ている。

「…!? な…なに、これは!?」

「これは影法師<シャドウ>。霊格、霊力などのあなたの力そのものの象徴となるものです。つまり、彼女が強くなることが直接あなたの能力アップに繋がるわけです」

 小竜姫はそのまま修行内容の説明を始めた。修行は美神がシャドウを用いて三つの敵と戦うというものらしい。一つ勝つごとに新たな力を授けるといういたってシンプルなものだ。

「ちなみに、一度でも負けたら命はありませんよ」

「げげッ!!」

「真剣勝負ってわけね。上等じゃない」

 小竜姫の言葉に横島とおキヌは驚愕の表情を浮かべる。対照的に美神は薄く笑っていた。

「剛練武<ゴーレム>!!」

 小竜姫の呼び声が響く。美神のシャドウの目の前に、岩石で構成されたような体をした一つ目の鬼が現れた。
 修行が始まった。




 異変はゴーレムを倒し、第二の相手を小竜姫が呼び出した時に起こった。
 第二の相手として禍刀羅守<カトラス>という名の、ゴーレムとは対照的に鋭角的なデザインの体で、鋭い刃を腕とする鬼が小竜姫によって呼び出された。
 呼び出されたカトラスは、まるでデモンストレーションだといわんばかりに近くにあった岩をまるで豆腐のように切り裂いてみせた。美神たちのほうに得意げに顔を向ける。

「……ッ!?」

 その姿を見たとき、横島の心臓がひとつ、ドクンと大きな音を立てた。
 同時に、カトラスの刃が無防備な美神のシャドウに叩き込まれているイメージが頭に浮かんだ。

「美神さんッ!!」

「何!? ハッ…!」

 咄嗟に叫んだ横島の声で美神は己のシャドウにカトラスが迫っていることに気付く。まだ試合の合図はなっていない。

「くっ……!」

 咄嗟に美神のシャドウが体を捻る。しかしカトラスの刃を避けきることは出来ず、シャドウはその肩にダメージを負った。
 肩の痛みを気にすると共に、美神は横島に視線を向ける。

(いい目してんじゃない……正直、助かったわ)

 その視線の先にいる横島は、美神が大したダメージを負わなかったことにほっと胸を撫で下ろしていた。

「カトラス!! まだ開始の合図は出していませんよ!!」

 小竜姫はそんな横島の横で突然攻撃を開始したカトラスに怒鳴り声を張り上げていた。
 しかしカトラスは涼しい顔をして笑い声すら上げている。

「私の言うことがきけないってゆーのッ!?」

 そんなカトラスの仕草に神経を逆撫でされた小竜姫はさらに凄い剣幕で怒鳴る。

「なら試合はやめです!! 私が―――」

「ちょっと待って。あんたが倒したら私のパワーアップにはならないんでしょ?」

 カトラスを締め上げようと闘技場に進み出た小竜姫を美神が引き止める。

「それはそうですが…これでは公平な勝負には……」

「大丈夫よ。大してダメージは無かったし、何よりこの私に舐めたマネかましてくれたお返しはしっかりしてやんないとねッ!!」

 小竜姫の心配をよそにむしろ怒りでパワーを上げながら美神はカトラスとの試合を開始した。
 しかし、カトラスも決して弱くはない。しばらくカトラスとシャドウの互角のせめぎ合いが続いた。

「やはりこれでは公平な勝負になりません。特例で助っ人を認めましょう。横島さん、あなたのシャドウを抜き出します」

「ええッ!? 嘘! 俺はただの見学―――――」

 横島の抗議を遮って、小竜姫の手が横島の額に当てられ、シャドウを抜き出そうと横島の精神に干渉を始めた。

 その時。

 横島の『中』で何かが笑った気がした。

「―――ッ!! や、やめろおお!!!!」

 横島は咄嗟に小竜姫の手を思い切り振り払っていた。
 汗が流れ、息は荒く、口はからからに渇いてしまっている。
 そのただならぬ様子に小竜姫やおキヌはおろか、試合をしていた美神とカトラスでさえきょとんと横島に視線を向けている。

「よ、横島さん…?」

 おキヌの言葉に横島はハッと周りを見回す。全員の視線が自分に集中しているのに気付き、先ほどの自分でも不可解な行動についてなんとか弁解しようとした。

「いや、あの、俺……」

 しかし自分でも今の自分の行動が理解できていないため、弁解などしようがない。
 美神が大仰にため息をついた。

「あんたそんなに自分が危険な目にあうのが嫌だっての? まったく…情けないわねえ」

「じ、時給255円で命までかけれるかーーー!!!!」

「あら、給料なんていくらでもかまいません、お側で使ってくださいおねーさまって言ってきたのは誰だったかしら?」

「う……!」

 そこまで卑屈な言い方はしていないと思うが結局似たようなものであるため横島はなにも言い返せない。小竜姫が少々冷たい視線を向けてきているのが痛かった。
 しかし、さっきまでの雰囲気は今の美神とのやり取りで霧散していた。

「ま、もともとあんたには期待してないわよ!! そこで私の美しい闘いをよく見ときなさい!!!」

 美神が再びカトラスとの試合を再開した。
 程なくして美神は勝利を収め、続く小竜姫自らとの試合でも、敗北を喫したものの善戦を認められ、全てのパワーを手に入れることに成功したのである。






 試合、特に小竜姫との試合によって美神が大きなダメージと疲労を負ったため、美神たちは妙神山に一泊していくことにした。なんでも疲労回復に効果のある精進料理や、あらゆる傷を治癒する温泉があるらしい。横島の目論見どおりだったわけだ。
 そして今、美神は食事を終え、傷を癒すため温泉に浸かっていた。少し濁ったお湯の中で、その魅惑的な肉体がゆらゆらと揺れる。

「ああ〜いいお湯……あ、ほんとに傷が治るわ。すごいわね……」

 全身そこかしこに刻まれた傷が次々と塞がっていく様子に美神は素直に驚く。

「……なんとかして持ち帰れないかしら……1ℓ一千…いや、三千万はいけるわね」

 と思ったらやはり金の算段とは恐れ入る。この子のスウィートラヴァーは諭吉さんのみのようです。

「湯加減はどうですか?」

 湯煙の向こうから小竜姫が姿を現した。その身を隠すのは薄いタオル一枚だけだ。美神と比べて凹凸に乏しいが、無駄な脂肪が一切無いその体は充分に、いや、ある意味では美神以上にストライクである。
 小竜姫は美神の側にゆっくりと腰を下ろした。

「いい湯加減よ。すごいわね、ここ」

「ええ、でもここから持ち出すことは出来ないんです。もしここから持ち出してしまったら神罰が下ってしまうのですよ」

 さきほどの美神の言葉が聞こえていたのか、小竜姫は笑顔で釘をさす。

「そ、そうよね〜! こんなの下界に持っていっちゃだめよね〜!」

 美神は引きつった笑顔を小竜姫に返す。内心はチッと舌打ちをしているだろう。

「修行、お疲れ様でした。あなたのように筋がいい方は人間界ではそうはいませんよ」

「ありがとう。ま、なんたって私は美神令子ですもの。これくらいは当然よ」

 美神の言葉に小竜姫はフフフと口を押さえて笑う。
 そのまま少しの間、たわいも無い会話をしながら温泉を満喫していると、小竜姫が少し真面目な顔に戻り、口を開いた。

「少々お聞きしたいことがあるのですが……」

「な、なに?」

 やましいことが多々あるのか、美神の声が上ずる。
 小竜姫は続けた。

「横島さんのことです」






 さて、その頃その横島はというと―――――

「どけーッ! どくんだおキヌちゃん! 早くしないと美神さんが上がってしまうッ!!」

「だめです。お風呂に入っている間、横島さんを部屋から出さないように言われてますから」

 部屋の入り口をおキヌに封じられ、にっちもさっちも行かない状況になっていた。
 相手がおキヌであるため、実力行使で押しのけて…ともいかない。そんなことをしたら美神にシバき倒される、いやそれ以前にさすがに自己嫌悪だ。

「くっ……かくなる上は………!」

 横島は部屋の入り口とは逆のほうに向かって駆け出した。
 そう、窓のほうに向かって。

「とうッ!!」

 元々風を取り入れるために開け放たれていた窓。横島は窓枠に足をかけると外へ飛び出した。ちなみに横島にあてがわれていた部屋は二階である。
 部屋に一人取り残されたおキヌは呆然としていた。

「そ、そこまでして……?」

 ハッと我に返ったおキヌはこの危機を美神に伝えようと壁をすり抜け、温泉へと向かった。
 ズシンと音を立てて、横島は見事に着地した。足が尋常じゃなく痺れるが今はそんなことにかまっている暇はない。

「温泉はどこだ!?」

 着地したままの姿勢で辺りを素早く見回す。すると右手の方に白く湯気が上がる部分が見えた。

「あそこかッ!!」

 距離にしてわずか50m足らず。横島は全力で駆け出した。








「横島クン……? あいつがどうかしたの?」

「いえ、シャドウを抜き出そうとしたときのあの反応、何か妙だと思いませんでしたか?」

 小竜姫の言葉に美神は空を見上げる。白い湯気が星空に吸い込まれていった。

「まあ、確かに……でも戦うのが嫌だったんじゃない? あいつはそういうやつよ。自分の欲望のために私を悪霊に売ろうとしたこともあったしね」

「え゛っ……? そ、そんなことまで……?」

 さらりと美神は言うが、小竜姫は露骨に嫌悪の表情を浮かべた。そりゃそうだろう。話だけ聞けば最低な男にしか聞こえない。しかもその話は100%真実であり、脚色は一切行われていないのである。
 こう考えると美神はけっこう、いやかなり寛容なのかもしれない。
 まあしかし、彼の本当の人となりは身近にあって接していないとわからないものなのであるが。

「でも今日の朝もちょっと様子は変だったわね……昨日何かあったのかしら?」

 今朝、妙神山出発前の事務所での様子を思い出し、美神は首をかしげる。
 そんな美神の横で小竜姫の様子が変わった。
 油断なく辺りを見回すとある一角に目をとめる。そこには一本の木がふさふさと生い茂っていた。その木は二メートルほどの高さの仕切りの向こう側にあるのだが、その木の高さは仕切りを容易に越してしまっている。

「曲者ッ!!」

 小竜姫が竜気をその木に向けて放つ。

「のわーッ!!!!」

 すると、叫び声とともに黒焦げになった何者かがぼとりと木から落ちてきた。
 ……最早言うまでもあるまい。横島である。

「美神さん、ごめんなさい!! 横島さんが部屋から出て行っちゃいましたぁ!!」

 おキヌが温泉に現れ、少し遅かった危機の報告を行う。
 美神は額に血管を浮かべ、怒りをあらわにタオルを体に巻きながら立ち上がっていた。

「ええ、わかってるわ、おキヌちゃん………」

 そしてそのまま横島に制裁を加えようとにじり寄る。横島は何かしら言い訳を喚いていたが、鼻の下をのばししっかりと美神の体から目を離さないそんな様子では言い訳はなんの説得力も持たない。
 しかし、美神よりも怒りをあらわにしている者がいた。
 小竜姫である。
 小竜姫は横島の姿を認めた瞬間、すぐにタオルで体を隠し、その後は顔をうつむかせたまま、肩をわなわなと震わせていた。

「許さない……!」

 顔を上げた小竜姫は頬を真っ赤に染めて涙を流していた。

「まだ男性に肌を見せたことはなかったのにーーーーー!!!!!!」

 なんと竜神小竜姫、とんだ純情娘だったらしい。それ故にその怒りは凄まじいものがる。
 どこから取り出したのか、神剣を片手に小竜姫は横島に飛び掛った。
 間違いなく殺る気まんまんである。
 しかしその迫りくる小竜姫を見た横島の反応は恐怖ではなかった。

「お、俺が小竜姫様の初めての男ーーーーーーーー!!??」

 色んな誤解を振りまきそうな発言をかまし、横島は狂喜乱舞していた。それに加えて体を隠すものはタオル一枚、それをひらひらとはためかせ、チラリズム全開で小竜姫が迫ってくるのだからたまらない。
 横島の煩悩は張り裂けんばかりに高まった。最高潮ボルテージMAXだ。
 振り下ろされた小竜姫の剣に合わせるように咄嗟に差し出した右手の掌が輝いた。
 ガキィン!! と金属音が鳴り響く。
 小竜姫の剣は横島の掌に生まれた霊気の盾によって受け止められていた。

「ちょっと小竜姫、やりすぎよッ!!」

「だって、だってぇ〜〜!!!!」

 美神とおキヌが小竜姫を押さえる。小竜姫はそれでも振りほどこうと、ふええんと涙を流しながらもがいていた。そこでタオルがほぼ外れ、大事なところがあらわになりかけている自分の姿に気付き慌ててタオルを押さえ、その場にペタリと座り込む。
 横島は自分が生み出した盾を呆然と見つめていた。
 しかしもの凄い勢いでこちらを睨む小竜姫に気付き、慌ててそちらに向き直る。
 小竜姫は真っ赤な顔で、目に涙を滲ませていた。

「……責任とってくださいね!!」

 横島の鼻から天高く血流が舞い上がった。








 その後、小竜姫の発言からまた一悶着起こり、散々にシバかれてから横島は妙神山を追い出された。

「出て失せろ!!」

 美神によって門から思い切り蹴りだされる。そして門はバタン! と盛大な音を立てて閉じられた。

「お主、何をしでかしたんじゃ?」

「ほっとけ」

 声をかけてきた鬼門たちにぞんざいに返す。
 こうして横島は深夜の下山としゃれ込むことになり、それでも超人的な体力と勘で何とか家までたどり着いた横島はそのままどさりと布団に倒れこんでいた。
 そして話は冒頭に戻るのである。

「なんかこう…必殺技! みたいな名前が欲しいよな〜。そのほうがやっぱりカッコいいし……何がいいかな〜」

 掌に生み出した盾を見つめながら横島は呟く。
 その時、何か天啓のようなものがひらめいた。

「そうだ! 『サイキック・ソーサー』なんて名前がいいんじゃないか!? うん、響きも中々いいし、サイキックなんちゃらなんてまさに必殺技みたいだしな! よし、サイキック・ソーサー!! これに決めた!!」

 自身の決めた名前に満足し、ご満悦の横島。



―――――ズキン



 その時、再び彼を襲った―――――











 第二話  「頭痛」    

               終


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