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時は流れ、世は事もなし

憑依 2


投稿者名:よりみち
投稿日時:05/ 9/17

時は流れ、世は事もなし 憑依 2

ベスパにとって、今度の目覚めは、前に比べずいぶんマシだった。
はれぼったい瞼を開くと、カーテンごしに柔らかい日の光が入り込む部屋の天井が見える。

 ゆっくりと体を起こし反応を探るが、とりたてて異常は感じない。
 一瞬、自分の体に戻ったのかと思ったが、体に関しては状況が変わっていない。手当が施されているとはいえ、怪我はそのままで、意識せずに済むほどだが、痛みもある。

それから身の回りをチェックする。自分についていえば、白地の浴衣ような清潔な衣服を与えられ、これも簡素だが清潔なシーツで覆われたベッドに身を置いている。

状況としては、敵ではなく味方に助けられたということになる。

 『味方』の言葉に苦笑が自然に浮かぶ。助けたのは、この体にとっての味方ということでしかない。もっとも、部屋−素朴だが小綺麗な造りの洋室−の様子などからは、助けた者がそれほど悪意のあるようには思えないのは、安心できる要素だ。

‘さて、これからどうするかだな’
意識を失う前とは格段にマシといえる状況なので、今後のことに頭を向ける。

しばらく、この体を借りるのは仕方がないとしても、限度はあるだろう。少なくとも、この体の持ち主を助けた者からすれば、体を乗っ取っているという点で、その辺りの悪霊と変わらない。

自分としては、この体に拘るつもりはないので、出ることはかまわない。ただ、そうなった場合、霊基構造体のみで、未来に戻れるかは心許ない。

 体がないまま、長い時間を過ごし、その辺りの雑魚霊よろしく、自我や記憶を失うというのは、さすがにぞっとしない。かといって、それを防ぐため、手当たり次第に取り憑いていけば、それこそ悪霊と同じだ。ヘタをすると、GSに退治される対象になるかもしれない。

‘意外に若い頃の美智恵に会ったりして’そんなことも思いつく。
本当に遭ってしまうと、深刻な時間パラドックスが生じる話だが。

 とにかく、今が何時(いつ)なのかが判らなければ、何も始まらない。
 で、それを知る方法としては、ここの住人に訊ねるのが、一番手っ取り早く確実だろう。

 体の調子も悪くないので、こちらから、会いにいこうと決める。どれほど真実を告げるかは、出たとこ勝負だが、うまく話を進めれば、協力してもらえるだろう。

ベットから降り、スリッパをつっかけた時、

「目を覚ましていたんでちゅか!!」

聞き覚えのあるような声にドアの方を見る。大きく開かれたドアの所で少女が驚きと嬉しさが入り交じった顔でこちらを見ていた。

「パピ‥‥」
 そう言おうとしたベスパだが、ダッシュで突っ込んできた少女に抱きつかれ、息が詰まった。ほとんどタックルに近いそれは、怪我だらけの今はきつすぎる。支えきれず、ベッドにしりもちをつく。

「二日も寝たまんまだってんで心配したんでちゅよ」
そのまま抱きしめてくる少女の目元には、嬉しさのあまりか涙が見える。

‥‥
 返事をしたいベスパだが、手加減ナシに抱きしめられているため、痛んでいる肋(あばら)が悲鳴を上げ、言葉にならない。

 少女は、そんなベスパにかまわず、
「そうだ! 目を覚ましたってことを蛍ちゃんにも教えてくるでちゅ!」
そう言うと、入ってきたのと同じ勢いで部屋を出ていく。

ベスパは、開いたままのドアを見つめながら、妹らしい一方的な行動にあきれる。

‘それにしても、ここが妙神山とは、拍子抜けだな’
家具がアンティークなのも管理人である小竜姫の趣味ということなら説明はつく‥‥
‘わけはない!!’即座に今の考えを否定するベスパ。

パピリオという接点はあるにせよ、共同作戦でもないのに魔族の自分が、神族の拠点である妙神山に収容されているのはおかしい。また、神族、魔族、あるいはオカGにせよ、他人の体に憑依したままの自分を、そのままにしておくはずもない。

さらに、パピリオにも違和感を感じる点が色々とあった。

まず、服装。飾り気のない濃紺のロングドレスにけばけばしくない程度にフリルの附いた白いエプロン、頭に可愛らしいボンネットというという服装は、いわゆるメイド服というものだが、そんな服装をする理由が判らない。
 百歩譲って、たまたまコスプレの最中だったとしても、『蛍ちゃん』の言葉も引っかかる。パピリオが、亡き姉−ルシオラを連想させる名前を持った者が身の回り現れれば、真っ先に伝えてきているはずだ。

そして、何よりも大きな違和感の元は、涙を浮かべた目元に隈取りが、そして前頭部に触覚がなかったコトだ。姿を変えることはできるが、自分の前で変える理由はない。

‘そういえば‥‥’ 意識を失う前に姉にそっくりな女性を見たことを思い出した。

何となく、混乱した心理状態が生み出した幻と思っていたが、今は、それが現実のものであったとの実感がある。

 そこまで考えた時、未だにこの体の顔を見ていないことに気づき呆然とする。
様々なゴタゴタがあったにせよ、今まで失念していたのは、無意識的に、真相を知ることを拒否していたのかもしれない。

 部屋を見回し鏡を見つける。鏡に近づいた時、一瞬、躊躇するが、意を決してのぞき込む。

 鏡には‥‥ 触覚と隈取りを持たない”自分”の顔があった。

「この体が、私のオリジナル!」全身から力が抜け、その場に座り込む。
‘あの少女はパピリオのオリジナル 蛍の名の持ち主−たぶん、意識を失う前に見た女性と同じだろう−は姉さんの‥‥’

厳密に言えば、顔が似ているとういだけの話だが、今の結論が正しいことを、直感が認めている。

それが正しいとすれば、あの時点への転移したこともうなづける。肉体を失うという体験が、オリジナルの魂に強烈なショックを与えたのは想像に難くない。コピーされた自分の霊基構造体にもそのショックが残り、時間移動の基準になったのだろう。

‘ということは、魂はいずれ戻るということ? それとも、魂を抜いた女魔族が、アシュ様の使いで、そこでコピーがとられたのか?’
色々な可能性が浮かぶが、いずれも想像の範囲でしかない、それよりも、土偶羅の計算が正しければ、”今”がプローブ喪失に関する事件の決定的な”時間”ということだ。主のプローブもそれを狙う女魔族もこの”時間”に‥‥

ばたばたと走ってくる足音に思惟を中断する。あわてて、ベッドの戻り体を横たえる。ほぼ同時に、さきほどの少女が、予想通り姉の顔を持つ女性をともなって入ってきた。


「フォン、良かった! あのまま目を覚まさなかったらどうしようって心配していたのよ」
姉の顔を持つ女性−蛍−が、涙こそ見せないが、心底、嬉しそうに言ってくる。

その顔を見て、複雑な心境に囚われるベスパ。何と言っても、憎しみはないとはいえ最後は仇敵になった間柄だ。

「どうしたの、変な顔しちゃって。 私に顔に何かついている?」

「いや‥‥ その‥‥」口を濁しながらも、ベスパはどう答えるかを懸命に考える。

この段階で真相、例えば未来の情報などを告げることは論外だ。信じてもらえないだろうし、仮に信じてもらえたとすれば未来が変わる。
 といって、体の持ち主−フォンという名前らしい−になりすますのも、話を合わすための情報を持たないため、無理だろう。脳自体は彼女のものだから、時間が有れば、記憶を引き出せるかもしれないが、この場で間に合うとは思えない。

返事に詰まったこちらを見ている蛍の表情が、不安から不審に変わりつつある。

「すまない、記憶がないんだ」
 ベスパは、思い付いたかろうじてた嘘ではないといえる言い訳をする。

「記憶がないって?」

「そうなんだ」深刻そうな顔でうなずくベスパ。口に出した以上、突っ張るしかない。
「助けてもらった時の記憶はかろうじてあるんだが、それ以前のことが思い出せない。『自分が誰だ?』とか、『ここがどこか?』だとか、とにかく、全然、判らない」

ベスパの言葉に、顔見合わせ沈黙する二人。

 妹の顔を持つ少女が沈黙に絶えられないと言った感じで、
「蝶々のことも、蛍ちゃんのことも何も覚えてないんでちゅか?!」

‘この子、『蝶々』というのか。それに『蛍』‥‥ そう言えば、『フォン』って『蜂』って意味だったな’
あらためて二人とこの体の持ち主が”オリジナル”であることを確信するベスパ。

「やっぱり、覚えていないんでちゅね」
ベスパの沈黙をそう解釈した蝶々は、悲しそうに訴える。

「さっきから思い出そうと頑張っているんだが、無理みたいなんだ」

「蝶々! こんな時、あわてさせてはダメよ。あれだけの危地をくぐり抜けたんだから、記憶が混乱しても仕方はないわ。今は、フォンが無事に目を覚ましたことを喜びましょう」

「すまない、気を使ってもらうな」
 騙しているという気持もありごく自然に謝罪の言葉が出る。

「そんなこと気にしないで。私たちは、そんな遠慮がいらない間柄なんだから」

「そうでちゅよ、蝶々たち三人は姉妹なんでちゅから」

「姉妹?!」

「私が長女で、あなたが次女、蝶々は三女。もちろん、本物の姉妹じゃないんだけどね。でも、思い出したら判るけど、本当の姉妹以上に仲の良い間柄なのよ、私たち三人は」

「そうか。自分にそんな間柄の姉と妹がいたことを幸せに思う」
オリジナル同士が自分たちと同じに仲の良い関係だったことに、ある種の満足を感じる。
 なんとなくほのぼのとした気分だったところに、意識をスキャンする精神波を感じる。

!! 半ば反射的に意識にプロテクトをかける。
 魔族にあっては精神スキャンや精神攻撃はありふれたものだし、自分の中に守りたい情報を持つため、対応する術(すべ)は十分に心得ている。(他)人の体という点で、不安はあったが、構築できた手応えはあった。
それは応急のものだが、相手は無理押しはせず、すぐにスキャンを止める

”力”の出所を追うと、蝶々がわずかに首をひねっている。

‘あの娘(こ)、エスパーなのか?!’ほのぼの気分が、いっぺんに吹き飛ぶ。

スキャンの感じでは、意識内容を読みとるタイプではなく、感情の種類や量を把握するタイプのようだ。ほとんど情報を与えなかったはずだが、時には、情報を得られなかったことが情報になりうる場合もある。

 実際、少女の表情に微妙な翳りが出ている。
 しかし、それ以上の反応は見せていないので、とりあえず安堵するベスパ。

そこに足音がして、地味にまとめているが高価そうな仕立てのシャツとズボンをラフに着こなした老人が入ってきた。

「”教授”、わざわざ申し訳ありません」
 蛍が新たな登場人物に軽く会釈をすると、そのまま手短に状況を説明する。

 その間、ベスパも”教授”なる人物を観察する。

まず、日本人ではない。彫りの深い顔の造型からヨーロッパ系だと思うが、人間の分類はそれほど自信があるわけではない。
 わずかに猫背で青白い顔色、知性の高さを感じさせる秀でたひたい。痩せて背の高い体つきを含め、一見すれば、象牙の塔の孤高の住人という感じだ。しかし、説明を受けこちらを見た時の目つきが、その第一印象を大きく裏切っていた。
 何というか、常人にはない凄みが感じられる。質は全く違うが、『凄み』から受ける圧力は、空母で対面した時の美智恵に匹敵するかも知れない

怯むところのあるベスパは、その視線に居心地の悪さを感じてしまう。

そんなベスパを見ながら老人はかろうじて笑みといえそうな形に口元を歪めた。
「記憶喪失だとすれば普通の医者では対処は無理だな。そうだ、こういう場合、お前さん達の主(あるじ)が頼りになるのではないか?」

「なるほど、それは良い考えでちゅ! 芦様にお願いすればいいんでちゅよ!」

「アシュ様?!」その名前に反応し、トーンが上がるベスパ。

「『アシュ』? そうじゃないよ。芦、芦優太郎様」蛍が話を引き取る。
「芦様は私たちの主で、陰陽道や魔法の専門家で優れた霊能者なの。”教授”や蝶々の言う通り、あのお方なら、なくした記憶なんかすぐに取り戻して‥‥」
そこまで喋った所で、妹の顔色が急変したことに気づいた。
「おや、どうしたの? 気分が悪いようだけど?」

衝撃的な名前に打ちのめされたベスパは、
「すまない、急に目眩がして。まだ、体調が良くないようだ。できれば、しばらく横になりたいんだが、かまわないか?」

「もちろん。今はじたばたするより、体を休ませるのが一番良いわ。十分休めば、記憶が戻るってことも考えられるし」

「じゃあ、蝶々は、フォンちゃんの看病をするでちゅ」

「それはダメ」蛍は、即座に提案を退ける。
「見張りはあなたしかできないことなんだから。フォンが抜けた分、二人で今まで以上に頑張らなきゃいけないのよ」

「本当に、心配してもらえてありがたい」率直な好意に感謝するベスパ。、
「けど、今は、一人にしてもらう方が助かる。落ち着いて自分のことを振り返りたいとも思うし」

「しょうがないでちゅね」二人の言葉に大人っぽく肩をすくめてみせる蝶々。
そして、ベスパの方を向くと、精一杯偉そうに、
「フォンちゃんも困ったことがあったらすぐに言うんでちゅよ。すぐに来てあげまちゅからね」

その言い方に、ベスパは蛍の方を向き、自然な微笑みを交換する。




部屋を出て持ち場に行こうとした蝶々だが足を止め、蛍と”教授”の方を振り返る。

その顔に浮かぶ不安を読みとり、蛍も緊張する。
「蝶々、どうしたの? 言う通り、芦様にお願いすれば心配ないわ」

「それは心配していないでちゅ。でも、さっき、フォンちゃんの気持ちを読んだんだけど、なんか変なんでちゅよ」

「こら! 勝手に心を読んじゃダメじゃないの」

「気持ちが判れば、思い出す手がかりがあるんじゃないかと思ったんでちゅ」
そう言い訳をした蝶々は、
「でも、読もうとしたら、何も読めなくなったんでちゅよ」

「何だそんなことなの」蛍は肩の力を抜いた。
「別におかしくないでしょ。フォンも私も、芦様から心を閉ざす術を教えてもらってるんだから」

「心を閉ざすのは、心の統一とかですぐには無理でちゅよね。でも、フォンちゃんは、すぐに心を閉ざしたんでちゅ。だいたい、今は、いろんな記憶をなくしているのに、心の閉ざし方を覚えてるって変じゃないでちゅか」

「それは‥‥」蛍は、妹の的確な指摘に言葉を詰まらせる。

「つまり、蝶々はフォンが別人だと言うのか?」”教授”が話に入ってくる。

意外にも首を横に振る蝶々。
「フォンちゃんはフォンちゃんでちゅ! 触れた時の心の手触りは、前も今も変わらないでちゅから」

「それじゃ、何を言いたいわけなの?」
 否定して肯定する蝶々に、つい口調がきつめになる蛍。

「良くわかんないから、相談してるんじゃないでちゅか!」
蝶々も強い口調で言い返す。

「ごめんなさい」謝る蛍。
超能力を持つとはいえ、未だ幼い蝶々に論理的な説明を求めるのは酷だろう。

要するに、本人にはない能力を見せた姉と、本人としか思えない姉にギャップを感じ、不安になったということだ。超能力/超感覚という誤魔化しようのない部分で得た情報が矛盾するため、不安を押さえきれないに違いない。

 その不安をなくしてやる答えが見つからず、蛍は”教授”に視線を向ける。

”教授”は、何事もないようにあっさりと、
「結局のところ本人ということで心配することはない。体で覚えたことなら無意識で対応できてもおかしくないし、無意識であるため、かえって素早く対応できたということだろう」

「やっぱり、フォンちゃんでちゅか。悩んでバカをみたでちゅね」
蝶々はそう言って頭を掻くと、嬉しそうに走っていく。

ややあって、蛍は疑わしげに”教授”の顔を見ながら、
「今の説明、いかにもその場限りの思いつきのように聞こえましたが」

「当然だ、その場限りの思いつきだよ。ああ言っておかないと、蝶々が納得しないだろう」
あっさりと認める”教授”
「とにかく、今の話だけでは判断のしようがない。まあ、芦君に任せれば、その辺りのことも判るだろう。ただ、問題なのは、芦君を呼び戻すのに二・三日はかかってしまうということだ」

「二・三日の世話なら、私と蝶々で何とかします」

「君はバカかね?」

 その言い方に、蛍はさすがにムッとする。

「儂を狙っておる連中はオカルト的な術も使いこなす。となれば、フォンの記憶異常もそうしたものの影響を受けたことも考えられる。内に敵の影響を受けたかもしれない者を置くわけにはいかん。これからすぐに、彼女を病院に運ばせる。傷の治療のことを考えると悪い話ではないはずだ」

「あなたを護ろうとして傷ついたフォンに対して冷たすぎませんか? それに、本当に記憶を一時的になくしているだけで、何にもないかもしれません」

「不確定要素は、可及的速やかに排除しておくのが、長生きをする秘訣だ。そもそも、お前たちは、儂を護るためにここにいるのであって、優先すべきは儂でフォンではない」

「でも、今回のことで、まだ、フォンが奴らから狙われていることが判りました。今、フォンを、普通の病院なんかに入院させると餌食にしてくれと言っているようなものです」

「それで? 実質、お前と蝶々しか戦力がない中で、爆弾かもしれないフォンを抱え、儂を、フォン自身も含めてだが、護りきれるというのか」

「やれると思い‥‥ いや、やってみせます!」

 言葉通りの決意を見せる蛍に対し、”教授”は厳しい表情をわずかにゆるめ、
「いい顔をしている。それだけのことを言うだけの覚悟はあるようだな。いいだろう、フォンのことはお前と蝶々に任せる」

「ありがとうございます」何となく乗せられた気がするものの素直に感謝する蛍。


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