椎名作品二次創作小説投稿広場


あの素晴らしい日々をもう一度

第一話


投稿者名:堂旬
投稿日時:05/ 9/16

 チュンチュンチュン――――――
 スズメが気持ちよさそうに歌い、爽やかに朝の訪れを告げる早朝、青年は目を覚ました。
 ぼー、とした目つきで枕もとの時計を確かめる。まだ目覚ましを設定した時間までには間があった。

「ん〜……珍しいな…こんな時間に目が覚めるなんて……昨日そんなに早く寝たっけ?」

 そんなことはないよなと目覚ましの設定を解除しながら首をかしげる。しかも昨晩は健全な若者にふさわしく自家発電にいそしんでいたのだから、むしろ寝坊しても致し方ないと思って床についたものだ。
 時計の針は六時二十分頃を指している。学校には八時までに登校しなければならない。まだまだ登校時間をさしひいても余裕がある。といっても今日は美神の所へ行く日なので、そんなこたあ今は関係ないのだが。

「…二度寝する気にもなれんなあ。早いけど飯食うか」

 むくりと布団から起き上がりながら青年は呟く。つい独り言が多くなってしまうのは一人暮らしを営む者の悲しい性<さが>だ。こらもうしょうがない。
 青年は洗面所に向かい、顔を洗う。そして枕元に無造作に放置されていたバンダナを拾い上げ、額に結びつけた。
 青年の名は横島忠夫という。

「朝飯っつっても何も無いんだよな〜。しょうがねえ、コンビニ行くか。爽やかな朝の散歩ってのも悪くないかもな」

 小さなテーブルに散らばる小銭から二百円だけ取ると、そのままポケットに突っ込む。
 玄関に向かい、靴を履くとドアを開けた。

「早朝ジョギング中の美人OLさんとかとお知り合いになれたりしてな〜」

 にやにや笑いながらアパートの階段を降りる。しかしその表情はふいに暗いものとなった。

「わかってるよ…そんなことないに決まってんだろチクショー!!! でも、でもそんくらい夢見たってバチは当たらんやろっ!?」

 突然涙を流し、叫び出した横島。一体誰に向かって叫んでいるのだろうか。
 そんな彼の目の前には、その腹を揺らしながら爽やかな汗を流し、ジョギングにいそしむ小太り中年おじさんの姿があった。

「人生なんて……えてしてこんなもんさ……」

 17歳が吐いてはいけないような台詞を口走りながら、彼は近所のコンビニへと向かった。











 コンビニで購入したおにぎりをほお張りながら、横島は近所の公園を歩いていた。どうやら本当に早朝の爽やか散歩と洒落込んだらしい。
 横島は指についた米粒を舐めとりながら、今日の仕事内容を頭に浮かべ、反芻する。

「今日は確か妙神山ってところに修行に行くって美神さん言ってたな〜。なんか由緒正しい場所みたいだし、汗がそこらじゅうに染み込んで男臭がそこかしこからほのかに漂ってきたりするような所なんだろな。うん、行きたくねーなぁー。しかもまた山登りか……あの人こんなにいるか?ってくらい荷物持っていくからシャレならんくらいキツイんだよな〜」

 だんだん気が滅入ってきたらしい。目に見えて顔色が悪くなり、テンションが下がりきってしまっている。
 横島は急に、はっ、とした様子で頭をぶんぶんと振りはじめた。

「いかんいかーーん!! ポジティブに考えなければ!! そうだ、温泉だ!! 修行場というからにはきっと疲れを急速に癒し、なおかつ、こさえた傷まで瞬時に治してくれるという温泉があるに違いない!! よっしゃ、燃えてきたーーーーーーー!!!!!」

 無理やりにテンションを上げ、妄想を膨らませながら横島は力一杯叫ぶ。

「……そろそろ戻るか」

 いつの間にか注がれ始めていたギャラリーの痛々しい目線に耐え切れず、横島はそそくさと公園を出て行こうとした。
 その時、異変は生じた。
 空には雲ひとつ無く、青空が広がり、太陽がさんさんとやわらかい光を放っている。
 にもかかわらず、轟音と凄まじい光と共に横島の体を稲妻が襲った。

「ぐうあああああああああああああああ!!!!!!!」

 突如襲ってきた衝撃に、横島はたまらずその場にうずくまる。

『すまないな……』

(く…あ……なんだ…? 声が……!?)

 体を襲う激痛に身悶えていると横島の脳裏に声が響いた。

『俺のために…つまりは俺達のために……お前は消えてくれ』

(なんだ…!? 何言って………!!)

「あぁぁあぁああぁあああああぁああああああああ!!!!!!!!!!」

 激痛に耐え切れず、横島の口から叫び声がこぼれる。
 その激痛を最後に、横島の体から感覚が無くなった。
 そしてだんだんと気が遠くなる。

(俺……死ぬのか?)

 このまま意識を失えば間違いなくそうなってしまうだろう。
 横島の直感がそう告げていた。

(まだ17年しか生きていないのに? まだまだやりたいことも、やっていないこともたくさんあるのに?)

 横島の脳裏に今までの人生が次々と浮かび上がってきた。

(ああ、これが走馬灯ってやつか……)

 自給二百五十円という安値で雇われる自分。
 二メートルにも及ぼうかという荷物を背負わされて山を登らされる自分。加えて猛烈な吹雪が舞う雪山を、ひげもじゃのワンダーホーゲル部というわけわからん野郎の死体を捜すために孤軍奮闘させられる自分。ああ、そういえばあの時あの女はのんびりと温泉につかってやがったぞ?
 人工衛星にとりついたグレムリンを退治に行った時も何で俺が行かせられたんだ?そんな重要な仕事バイトにやらせるなんておかしいだろ。しかも幽体離脱して宇宙に行くっちゅうわけわからん方法で。下手したら死んでたっちゅーねん。あ、だから俺に行かせたのか。なるほどなるほど。おや?
 ああ、幽霊船を除霊したときもそうだ。無茶な運転で船から俺を放り出したうえに、爆雷投下するわ俺がいるのに銛を打ち込むわ滅茶苦茶やんけ。よく生きてたなー俺。
 ほかにもあれとかあれとかいろいろやらされてんぞ? 一体何回死にかけたんだ俺?
 いかん、このまま死んだら俺の青春あの女に奉仕してきただけで終わってしまう!
 まだ何も元を取ってないんだ。何かしら元を取るまで死ぬわけにはいかん!

『な、なんだ………?』

 取り込みかけていた意識が蘇ってきたことに、『声』に焦りの色を浮かべる。

(そうだ、それに、このまま死んだら俺は………)



 童貞のまま死んでしまうっていうことじゃないか!!



「そんなの嫌じゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 横島の意志が爆発した。意識は覚醒し、体の自由も戻りだす。

『な……馬鹿な………! く、おああ!!!』

 それを最後に『声』は聞こえなくなった。
 横島はふらふらと立ち上がると荒くなった息を整える。

「なんだったんだ今のは…? またエミさんにでも狙われてんのか俺? ってああ! もうこんな時間か!!」

 公園に備え付けてある時計に目をやると、それどころではないと横島は思考を中断した。

「このままだと遅刻しちまう! 急がなきゃ!!」

 叫びながら駆け出す横島。
 ズキリと、頭が痛んだ。




















 あれから大急ぎで用意を整えた横島は階段を駆け上がり、事務所のドアを勢いよく開けた。

「お早うございます!!」

 ドアをあけてすぐに目に入った美神とおキヌに、横島はいつものように声をかける。

「遅いわよ、横島クン!!」

「お早うございます、横島さん」

 美神もおキヌも、いつものように横島を迎えた。
 横島はドアを開けたままの姿勢で固まってしまった。

「ちょっと…どうしたの横島クン?」

 怪訝に思った美神が声をかける。横島は固まったままだった。





 美神の姿を認めた瞬間、奇妙な光景が目の前に現れた。
 白い壁、白いカーテン、それに区切られた白いベッド。
 何もかもが白く彩られた部屋。そのベッドの上に美神がいた。
 美神は白い、入院患者が着るような服を身に纏っている。その服と、真っ白な肌が相まって、その姿はとても儚く見えた。

『あなたは、悪くない』

 微笑みながら、そう優しく告げてきた美神の口元からは、幾本もの紅い筋が零れていた。
 白い服が、紅く染められていく。
 紅く、紅く――――――――――





「ちょっと…どうしたの横島クン?」

 美神の声で横島は我に返った。
 汗が全身から噴き出ているのがわかる。

「いや……何でもないです。すいません、寝不足で……」

「ちょっと、しっかりしてよね。今日行く妙神山はとんでもなく険しいのよ? ふらふらして落ちたりしないでよね」

 美神の言葉には、あはは、と苦笑いを浮かべることしかできなかった。
 今見た光景を美神に説明する余裕は、今の横島には無かった。





















































 ズキリ、と頭が痛んだ。


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