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あなたのために…

緑色の道程(その5)


投稿者名:徒桜 斑
投稿日時:05/ 9/10

『ポイント136地点にてターゲットが正体不明の敵と接触しました』
「敵…? 相手の確認はできたのか?」

 病院の裏手、西条は携帯電話で会話をしている。
 意識不明のサトリを隣の病室に運び込み、その看病をおキヌに任せていた。
 電話の相手は横島たちの後をつけさせていたオカルトGメンの隊員である。
 万が一に備えての処置だったのだが、自分たちのいる病院が大当たりだと思っていた西条は驚きを隠せない。

『いえ、距離があったので…。ただ、木々を自由に操れるようではありますが…』
「そうか…。(断定は出来ないが、ヤマコである可能性は高いな)それで横島クンたちは?」
『交戦し勝利しています。その後、猛スピードでどこかに消えてしまいました』
「消えた? ……。…まさか!? キミもすぐにそこから移動するんだっ」

 横島は基本的に調子に乗りやすいタイプである。
 その横島が倒した敵を目の前にして逃げる…。
 単純に考えれば、身の危険を横島が感じたことに他ならない。 

『わ、分かりまし…、うわっ、なんだこの霧はっ!!』
「ど、どうした!?」
『く、黒い霧が我々の…。くそっ! やめろっ!』

 恐怖で混乱した声が西条の耳元で響く。
 やがて大きな叫び声がした後、耳障りなノイズが聞こえ通話が切れる。

「黒い霧だと…?」

 西条の呟きは、強く吹いた風にかき消された…。 







「サトリさん…」 

 おキヌはベッドの横の椅子に腰掛けサトリの額に浮かんだ汗を拭き取る。
 気を失った当初より落ち着いてきたとはいえ、未だ苦しそうな表情は消えていない。 

「おキヌちゃん、少し休んだほうがいい。君まで倒れてしまったら本末転倒だよ」

 そう言いながら西条が部屋に入ってくる。
 
「私は大丈夫です…」

 おキヌの答えに西条は、やれやれといった感じで肩をすくめた。
 
(どうして令子ちゃんの関係者は、こうも強情なタイプが多いのだろう?)

 自分のことは棚に上げて、そんな風に考えていた。

「あまり無理をしないようにね。それで、サトリの様子は?」
「時々、何かにうなされているみたいなんですけど…」
「まだ気を失ったままという訳か」

 西条の言葉におキヌは小さく頷く。

「あの…西条さん」
「ん?」
「…横島さんたち、大丈夫でしょうか?」
「どうだろう…。ヤマコの能力が分からない以上、絶対安全とは言い切れない。もちろん、それはボクたちも同じだけどね」

 電話が一方的に通話不能になった後、西条はすぐに病院の周りに待機させていたオカルトGメンの隊員を森に向かわせていた。
 状況的に考えて、病院の方に危険は少なく例え何かあったとしても自分一人で対応できると判断したのだ。 
 しかし、電話の件も含めそのことをおキヌに話すつもりはなかった。
 横島が危険だと知ったら、おキヌは確実にパニックになると考慮したからだった。
 
(まったく、どうして僕がそんなことまで心配しなくちゃいけないんだか…。そもそも、この二人のどちらかがもっと分かり易くアプローチしてくっつけば、令子ちゃんだって僕のことを…)

 『どよ〜ん』とした雰囲気で俯き、恨み言のようなことを呟いている西条におキヌは少し引いてしまう。

「で、でも、横島さんを信頼しているから最初の現場に行かせたんですよね?」

 何とか話を変えようとしたおキヌの質問に、顔を上げ言葉を選ぶように答える。

「あー、まぁ、男性としてはまったく信用できないけど、GSとしては多少ね。それに、一応『あの』令子ちゃんの弟子だし」

 頭では横島の実力を認めながらも、心は納得できないのだ。

「美神さんが聞いたら怒りますよ、きっと」
「それじゃ、この話はボクとおキヌちゃんだけの秘密ということで」
「…そうやって女性をいつも口説いているんですか?」
「おキヌちゃんまで、そんなことを…。そんなに軽薄そうに見えるのかな?」

 困ったように苦笑するおキヌ。
 『軽薄そう』という言葉を否定されなかったことに西条は若干ショックを受けていた。
 西条がそのことを言及しようとした時

「きゃーっ!!」

 突然、病院内に甲高い女性の叫び声が響いた。

「西条さん!」
「今のは外からかっ!?」

 西条は壁に立て掛けていたジャスティスを手に取り病室を飛び出す。
 その表情には焦りの色が見えた。

(くそっ、隊員を向かわせたのが裏目に出たか。何かあるとは思っていたけど、こんなに早いなんて…)

 素早く階段を駆け下り、病院の正面入口から外に飛び出す。
 叫び声の主を捜していると、おキヌが息を切らして走ってくる。

「はぁ…はぁ…西条さん…」
「どこからだ…」

 おキヌの言葉を最後まで聞かずに西条は答えながら辺りの様子を伺う。
 病院の敷地に入るための入口へ続く正面の道。
 右手に見える大きな彫刻像が建っている広場。
 その反対側、病院の裏手へと続く遊歩道。
 そこに、再び叫び声が届く。

「広場側か…」

 どうやら彫刻で死角になった場所から聞こえたようだ。
 緊張した面持ちのままその場所に近づく。
 西条はジャスティスの柄をしっかりと握りしめ、おキヌもネクロマンサーの笛を構える。
 ゆっくりと彫刻の陰から声のした方を覗き込むと…

「なんでじゃー!! ねーちゃん、お茶ぐらいエエやんかーっ! ナースは健全な青少年の夢なんやっ」
「いやー! 離して、変態っ!!(ゲシゲシ)」

 そこには、ナースに激しく足蹴にされても必死ですがりつく横島がいた。

「「よ、横島さん(クン)!?」」

 二人はほぼ同時に声を上げた。
 西条はどんな状況にも対応できるよう様々な可能性を想定していたのだが、横島がいる可能性は少しも想像していなかった。
 それだけにその衝撃度は大きい。

「あっ、おキヌちゃん」

 疲れたようにベンチに座っているタマモ。

「よかったー。あのバカ、何とかしてよ。私じゃ止められなくて…」
「キミたちはこんな所で何をしているんだ?」
「あー、悪いけど、説明してあげられるほど私も余裕がないの」

 タマモは右手をヒラヒラと振りながらぞんざいに答える。
 ここまで走ってきたのは横島だったが、文珠によって得た尋常でないスピードは、確実にタマモの体力も奪っていたのだ。
 ちなみに横島も何度か力尽きそうになったが、その度に抱えたタマモの感触やら匂いやらで持ち直していたことは横島だけの秘密だったりする。
 タマモの態度が気に入らない西条はおキヌに咎めてもらおうと声をかける。

「おキヌちゃんからも、何か言ってく…れ…な……」

 しかし、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
 振り向いた先のおキヌは笑顔で立っていた。
 経験豊富な西条も、そんな笑顔を見たことがなかったかもしれない。 
 そう、おキヌは満面の笑顔だった。 
 …間違いなく。
 しかし、その背後には鬼気とも言える殺気が溢れていた。

(だ、駄目だ。今のおキヌちゃんはある意味、酔っぱらった令子ちゃんより危険…。君子危うきになんとやらってヤツだ)

 西条の本能がそう告げる。
 幾度も修羅場を潜ってきた西条の…いや、闘争とは縁のない一般人だとしても、西条と同じように感じていただろう。

「よーこーしーまーさーん…」

 危険な笑顔のまま発せられる呼び声に、さすがの横島も動きを止めてぎこちなく首だけをおキヌに向ける。

「あ、あれ? ど、どーしたの?」
「『どーしたの?』は私のセリフです」

 表情、雰囲気とは明らかに違う冷たい言葉。

「イ、イヤ、コレハチガウンダヨ、オキヌチャン…」

 まるで油の切れたブリキのロボットのようにゆっくりとナースから離れる。

「何が違うんですか? あまり頭の良くない私にも分かるように説明してください」
「あぅ、あぅ…。さ、西条ぉ〜、助けてくれー」

 まるで高架下の段ボールに捨てられた子犬の様な瞳をしている横島の救援要請に、西条は無情にも小さく首を横に振る。
 横島がこれからどうなるかは分からないが、今の西条に出来るのは自分に被害が及ばないように祈ることだけだった。

「そうですか、説明すらしてもらえないんですか」
「ちょ、ちょっと、おキヌちゃん、待って…」
「そうですよね。私がどれだけ心配してたかなんて、横島さんには関係ないですよね。私が…私が…」

 そう言いながら、おもむろに西条のジャスティスを奪い取ると

「…横島さんの…横島さんのぉ…ばかーっ!!」

 そのまま横島に向けて投げつけた。
 もの凄いスピードで迫り来るジャスティス。
 突然のことに呆気を取られている西条とタマモ。
 横島はおキヌのプレッシャーに負けて身動き一つ取れない。

(あー、やばい。いくら俺でも、あんなのぶつかったら無事じゃ済まないだろーな。ってか、あれを投げられるおキヌちゃんはきっとプロになれるよ。…いや、何のプロかは分からないけど。…おっ、そこにいるのはルシオラじゃないか。もうすぐお前の所に行けそう…じゃない! まだ死んでないんだからお迎えは早すぎるっ。…しかし随分と独白が長いな。はっ! ひょっとしてこれが噂に聞く走馬燈と双璧を成す、生命の危機に見るスローモーションの世界ってヤツなのか!! やっぱり自分の動きが早くなる訳じゃ…)

 ゴンッ!

「ぶぎゃっ!!」

 遠ざかる意識の中、夕焼け空を舞うくるくる舞うジャスティスを見ていた。

 
 

 





  

「いててっ、おキヌちゃん、そこ痛い!」
「あうう、ごめんなさ〜い」

 容赦のない一撃で気を失った横島を見て、冷静になったおキヌが申し訳なさそうにヒーリングを施している。

「おキヌちゃんも無茶するわね」
「いくら文珠を使ったとはいえ、こんな短時間で走ってくる横島クンの方がよっぽど無茶だと思うけど…」

 西条の呆れたような呟きを横島は聞き逃さなかった。

「あんな危険なところに前情報もなく行かされる方が無茶だろーが!」
「危険って…、何かあったんですか?」
「おキヌちゃん、西条だけは信用しちゃいけないぞ。ヤマコなんて凶暴な妖怪がいることすら教えないんだから」 

 『ヤマコ』という言葉におキヌが反応する。
 西条は、意味深な顔で横島の顔を見ていた。

「横島さんの方にもヤマコが出たんですか!?」
「『にも』ってことは…」
「やっぱり、この病院にも出てたのね」

 タマモは小さくため息をつく。

「知っていたの、タマモちゃん?」
「まぁ…ね」

 実際、『知っていた』というより『予測できた』と言った方が正しい。

「横島、サトリを倒した時に黒い霧が発生したの覚えてる?」
「そりゃあ、あんな気持ち悪いもの忘れたくても忘れられない…って、まさかおキヌちゃん、こっちでも?」
「は、はい。実は…」  

 おキヌは病院で起こった詳細を話した。
 あまりに一致する内容が多く、横島の情報処理能力はすでにパンク寸前で、今にも頭から煙が出てきそうである。

「なるほどね…」

 タマモは納得したように呟く。

「どういうことだ、タマモ? ヤマコは二人も居るのか? つーか、俺たちが戦ったのは本当にヤマコなのか!?」

 凄い勢いで迫ってくる横島の頭をタマモは軽く叩く。
 
「少しは落ち着きなさいよ、バカ横島。サトリの言葉が真実だとしたら、ヤマコは自然の思念体のようなものってことでしょ? 思念体が複数に分かれたとしても、根底を成す『意志』は変わらない…。つまり二ヶ所に出現したヤマコはどちらも『ヤマコ』であり、同一の妖怪なのよ」

 タマモの説明を聞いて、おキヌは生物の授業で習った細胞分裂を思い出していた。
 一つの細胞が二つに。
 二つの細胞が四つに…。
 その個数をいくつになっても、細胞そのものの意味は変わらない。

「どうしてそう言い切れる?」

 西条もタマモと同じことを考えてはいた。
 しかし、その確証が得られていないため、当然の疑問をぶつけたのだ。

「私たちが遭遇したヤマコからは、『匂い』があまり感じられなかったのよ」

 山の中でヤマコを見つけるために辿ったサトリ以外の妖怪の匂い。
 ヤマコが姿を現したのは、その匂いが消えてしまった場所だった。

「だけど、あの黒い霧は間違いようのないほど強い匂いを発していた」
「なるほど、そっちのヤマコも何かに寄生していたという訳か…。しかし、キミの嗅覚でも嗅ぎ取れないとなると厄介だな」

 西条は腕を組み唸る。
 見た目で分からない以上、タマモの嗅覚だけが頼りだったのだ。
 寄生した状態では宿主の匂いしかしないとすると、自分たちを攻撃できる距離にいても気づけないのだ。

「黒い霧ってのも気になるのよねぇ」
「?」
「これは私の推論でしかないんだけど、ヤマコが空気中に含まれる微量な霊力を媒体にして、生まれた山以外でも行動できるとしたら? そしてその結果、黒い霧として発現する…」
「本来実体のないヤマコが存在を維持するだけであれば、それも可能か…」
「もしこの推論が正しいなら、早いうちに黒い霧の所在を確かめないとマズイことになるわよ」
「確かに、面倒なことになりそうだ…」

 タマモと西条は同時にため息をつく。
 霧の様な実体の無いものは、密閉されていない限りどんな場所にも入り込める。
 また、黒い霧は一見すると不気味に見えるが、真っ暗な夜の闇の中ならばそれもカモフラージュされてしまう。
 つまり、気付かれる危険もなく他者への寄生が可能なのだ。

「難しいことは良く分からないけど、つまり『黒い霧』はヤマコってことでいいのか?」

 西条とタマモの会話にまったくついていけていなかった横島が口を挟む。
 実戦経験を基にした知識や直感に関して言えば、横島は平均的なGSよりも遙かに優れている。
 しかし、理論面はまったく無知なのだ。

「まぁ、あくまでも私の推論っていうかカンだけどね」
「つーことは、俺たちが戦ったヤマコは…」
「ヤマコに寄生された一般人ってとこじゃない?」
「あれで一般人なのかよ…。GSとかに寄生したら大変じゃねーか」 
「ひょっとしたら、もう大変なことになってるかも…」

 横島と同じようにタマモたちの会話を聞いていたおキヌが呟くように言う。
 おキヌは驚きの表情を浮かべたまま病院の方を見つめていた。
 横島たちはおキヌの言葉の真意が分からずその視線の先を追う。
 
「なっ、なんだ!!」

 予想もしていなかった光景に横島は大声を上げた。

 病院を覆うように漂う黒い霧。
 その霧が吸い込まれるように一つの病室に流れ込んでいく。
 まるで火災現場から立ち上る黒煙のように…。











 森が泣いている。
 無機質な機械音にかき消されてしまうような叫び声。
 木々は折られ、草花は踏みにじられる。
 『開発』という大義名分のもと、多くの命が奪われてゆく。

 自然が何をした?
 人間の逆鱗に触れるようなことをしたのか?
 いや、彼らに罪はない。
 その短い命を一所懸命に生きていただけなのだ。
 多くの恩恵を生物に与えている。

 人間たちはそんな彼らを嬉々として蹂躙する。
 まるで逆らう術を持たない彼らは、その小さな力を結集し我を生み出した。
 生まれ落ちた場所であれば無限の力を出せる代わりに、そこを一歩でも出たならば絶望的に無力。
 人でも植物でもなく、妖怪でありながらその姿が一定ではない。
 我ほど朧気な存在が他にあるだろうか。 
 少しでも気を抜けば、霧散してしまうような意識。
 我の意志は一体誰のものなのだ?


(夢…? いや、これはヤマコの意識が流れ込んでいるのか…)


 『全ての過去を知覚するもの』よ。汝ならば、その問いに答えを出せるのだろうか。
 …反目してしまった今では、その答えを聞くことはできぬのであろうな。
 ならば、与えられし使命を果たすことで、我は『ヤマコ』という存在を確かめ、認めよう。
 絶望の深淵を、我を生みし父なる人間に与え、後悔と懺悔の声を、我を生みし母なる自然にもたらそう。


(ヤマコ…)

 
 汝が語った『人間と妖怪と自然が共存する世界』を実現するのは不可能のようだな。
 我をこのように歪んだ存在にしたのは人間自身ではないか。
 それに人の醜さなら、汝も嫌というほど見てきているはず。 
 …いや、汝ならばそれすらも許容するのであろうな。
 まぁ、よい。
 汝の思惑がどうであれ、我は我の目的を果たす。
 例え相手がGSであろうと排除するのみ…。
 そのために、汝が力を使わせてもらうぞ!


(くっ、意識が…。このままでは…)














 サトリは自分がまるで暗闇に沈んでいくように感じた。
 遠ざかる意識の中、最後に見たものは、今にも闇に飲み込まれてしまいそうな小さな光。
 それは、季節外れの蛍が必死で生きていること主張しているような…。
 


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