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時は流れ、世は事もなし

憑依 1


投稿者名:よりみち
投稿日時:05/ 9/ 6

時は流れ、世は事もなし 憑依 1

グッ! 唇を噛み、追い込まれた自分を叱咤する。

 敵の策略をことごとく挫いてきたうちに、相手を侮ってしまったようだ。今度の動きに罠の予感はあったが、罠なら罠で食い破れば終わりと、たかを括っていた。

実際、姉、妹と分断されたものの、(苦戦したとはいえ)囲みを破った時には、自分の判断が正しいと思ったものだった。

しかし、本当の危機が、直後、黒灰色の服を着た女性の形で現れた。

「私の名はフィフス」女性はそう名乗った。

 淡い金髪を首筋辺りで刈り整えた色白の美女で、年齢は不詳というところか。顔立ちに幼さを感じさせる一方、均整の取れた肢体は成熟した女性それであった。

 もっとも、目の下の黒灰色の隈取りはともかく、前頭部から伸びた虫のそれを連想させる二本の触覚により、美女が普通の人でないことは明らかだ。

『普通』といえば、身につけた衣装も普通ではない。足首から手首、首まわりまで一体に体を覆っている服は、なめした皮のような光沢を持ちながらも伸縮性は高そうで、非の打ちようのない体の線をそのままになぞっている。

そして、今、その『普通』でない存在に圧倒されかかっている自分があった。


フィフスは、感情を置き忘れたかのような口調で、
「もう終わりにしないか? 抵抗は無駄だと気づいているはずだ」

「ちっ、ふざけんじゃないよ!!」
 吐き捨てるように言うと、残っている力の全てをつぎ込んで、拳と蹴りの連打をお見舞いする。十年以上の修行と天賦の才に裏付けられたそれは、鋼を断ち岩を砕くとまでいわれる威力がある。

 しかし、相手は、それまでの攻撃と同じく、かわすことも身を守ることもせず、全てを受け平然としている。
 そして、軽く突きだしたようにしか見えない掌が放った衝撃波で、体が吹き飛ばされる。

 地面に叩きつけられた衝撃で意識が消えかけるが、かろうじて踏みとどまる。

「勝てないことを気にすることはない。お前は”人”としては十分に強い。それだけの基礎能力があれば、魔装術でも使いこなせるだろうよ」

「なら、これはどうだ!!」
切り札として、袖に潜ませていた破魔札を額に投げつけ、そこに起爆用の霊力を込めた標を打ち込んだ。

ぼぐっ!! 顔を覆うような爆発が生まれ、フィフスは後ろ向きに倒れる。

「どうだい! こっちの方は専門じゃないけど、この程度はでき‥‥」
勝ち誇ろうとした言葉が、途中で止まった。

相手が、何事もなかったように起きあがったからだ。

「なかなかだ。その辺りの下級魔族なら仕留められる」
そう言ってフィフスは、わずかに頭を振った。それがダメージの全てらしい。

‥‥ 今更ながら、相手が、自分と全く異なるレベルであることを理解した。
 身を翻し、全力で逃げにかかる。

 駆け、跳び、能力の限りを尽くすが、こともなげに追従してくる。気が付くと朽ちかけた土塀を背に、逃げ場を失った自分がいた。

「そろそろ終わりさせてもらう。ああ、殺すつもりはないから心配はしないでいい」
無造作に踏み込んでくると、何かを掴むように広げた手を突き出す。決して、早くはないが、魅入られたように体が反応しない。
手が触れた時、本能的に目を閉じる。

‥‥ 痛みはおろか何かが触れたというも感触もない。
 訝しがりながら、目を開けると信じられない光景−突き出された腕が自分の胸を貫き、手首あたりまでめり込んでいる−が目に入る。
 驚いたことに、血は流れていないし、服も破れた様子はない。まるで服の表面で、手首から先が溶けてしまっているようだ。

「な‥‥何だ、これは?!」

「心霊手術みたいなものだな。これから魂を抜き取る。抜き取った後に魂の紛い物を入れて、こちらでおまえを操らせてもらう」

「あたしを操って何をさせたいんだ?!」

「”計画”を壊し、あの男の命を奪うための手引きだ。ここ半年で充分な信頼を得ているようだから、簡単だろう」
そこでにやりと笑うことで、初めて感情らしい感情を見せる。
「人を操るのには、もっと簡単な方法もあるのだが、頼まれてね。コトが終わった後、魂を戻し、絶望感を味あわせたいそうだ。人の同族を苦しませることにかける意欲は魔族以上だよ」

説明と共にゆっくりと腕が抜かれていくのを他人事のように見ている。
光る珠のようなものを掴んだ手を見たところで意識が途絶えた。





‘くそっ!・・・・・・・’
 意識を取り戻したベスパは、知っている限りの悪態を頭の中で並べ立てる。頭は割れたように痛い。それでも何とか意識を集中し、重い瞼をこじ開ける。

?! 目に入った情景は一変していた。

打ちっ放しのコンクリートのホールにいたはずが、背の高い雑草が生い茂った夜の墓場に変わっている。

 三日月による乏しい光に浮かぶ墓石や卒塔婆に恐怖を感じる。魔族である自分は、そのようなモノに何の感慨もないはずなのに、どうしようもない。

気合いを入れ恐怖感をふり払う。それで、ぼーっとしていた意識も少しはましになる。

‘たしか、美智恵と時間転移をしようとして‥‥’意識の途切れる前の状況を思い出す。

どうやら、敵は魔法陣が追跡に利用されることを予測し、トラップを仕込んでいたに違いない。美智恵の対応により、命に関わるような破局は避けられたようだが、想定外の時(空)間転移が生じたのだろう。

ベスパは、そのことを平静に受け止める。
 『どれくらい過去か?』とか『美智恵はどうなったか?』は気にかかるが、自分に限れば、一人で過去世界に孤立しても何とかなる。事実上、不老不死の身であれば、少しぐらい過去からなら、普通に過ごすことで元の時間に戻ることができるはずだから。

そんな余裕を持ちながら、とにかく、行動しようと考える。

体を動かそうとした時、凄まじい疲労感と意識を萎えさせる重い痛みに襲われる。そこで、(間の抜けた話だが)情景の変化以上の変化が、自分の身の上に起こっていたことに気づき、愕然とする。

痛みは、いつの間にか負った、全身に渡たる相当数の打撲や擦過傷・切り傷が原因だ。疲労感について言えば、これだけの怪我を負うほどのことをしていれば当然といえる。

 問題は何時このような惨憺たる状態になったかということだが、答えはすぐに出る。
‘この体‥‥ あたしのじゃない!!’

 (体格/体型は似てはいるが)別の体に換わったということでしか、唐突な変貌を説明できない。気がつけば、着ている服も、パピリオが送ってきた修行中の自分を写した写真で身につけていた服に近い物に換わっている。

ここで、時間転移の直前にデーターを取るため、魂−霊基構造体を体から分離していたことを思い出す。霊基構造体だけが転移し、この体−たぶん人のソレ−に憑依したに違いない。

さっきまで気づかなかったのは、憑依が不完全だったためで、急激に痛みや疲労感を感じるようになったのは、動こうとしたことが引き金となり、完全な憑依状態になったためだろう。

‘そう言えば、この体の持ち主は? こんな場合、取り憑かれた方の抵抗とかがあるはずなんだが’
疲労感と痛みに苛まれながらも、感覚を内側に向けこの体の魂を捜す。が、驚くべきコトに体には魂がなかった。

いったい、夜の墓場で、体がボロボロになるほどの行為(たぶん、格闘戦)を行い、魂を失う体験をするとはどのような人間なのか?
 そのような人間に憑依したことに、ベスパも不安を感じずにいられない。

そこに、人が近づく気配がする。不安感が危険感に代わり、体を引きずるようにして墓石の背後に身を潜める。

 こそこそと隠れる自分が情けないが、それだけの動きで魔軍の懲罰訓練をフルコースで体験したかのように感じる体調とこの体がさっきまで体験していたであろうことを考えると、選択肢はない。

さほど間を空けず、六人ほど男が現れた。うち五人は相応の手傷を負い、殺伐とした空気を漂わせている。

似た服装をしていることで味方かと思うが、本能がそれを止める。


 提灯で辺りを照らしながら先頭の男が、
「『役目は済んだから帰える』って、あの女悪魔、自分を何様と思ってるんですかねぇ」

「そうですよ、兄貴。魂を抜くって芸当ができるのはあいつだけなんだから、偉そうにするのは判ります。だからといって、俺達に雑用を押しつけるなんて、なめてるんじゃないですか」

「『なめてるん』だろうよ」『兄貴』と呼ばれた男は、皮肉っぽく応え、
「一人を五人で取り囲んでいながら、逆襲で叩きのめされ、逃がしたとなれば当然だな」

 最初の男が言い訳がましく、「それでも、もう一歩まで追いつめたんですぜ」

「俺たちには成功か失敗の二つしかない。『もう一歩』だろうが何だろうが、成功していない限り失敗だ。憶えておけ!」
 そう怒鳴りつけると、改めて厳しい声で、
「無駄口を叩いているヒマがあったら、さっさと捜せ! 魂を抜いたそうだから、逃げる心配はないが、手間取ると拙い」

「「「「「はっ!」」」」」リーダーの不機嫌さに、あわてて辺りを捜し始める五人。


 聞こえてきた話で、状況が、ある程度、明らかになった。

怪我や疲労は、連中と立ち回りを演じたためで、魂がないのは、連中に協力する女悪魔の仕業らしい。連中・女悪魔と体の持ち主の関係は不明だが、ここで見つかればタダでは済まないだろう。

 このピンチを逃れる術(すべ)を考えるが、『絶望』の二文字が頭の中で明滅するだけ。見つかるのは時間の問題だし、逃げることも戦うことも論外だ。この体の持ち主と別人であることを説明しようかと考えるが、通じる空気ではない。

 ふと思いつきで幽体離脱を試みるが、うまくいかない。
行き当たりばったりの試みだから失敗は当然だが、意識体に体が絡みつくような感覚に首をひねる。

ただ、それについて考える余裕はない。一人がこちらにやってくる。

 見つかる直前に意地だけで立ち上がる。
 それが最後に直結するとしても、矜持として、隠れているところを見つかるという不様な形は嫌だ。

 その出現に驚き、男は短い叫び声を上げ飛び退いた。すぐに他の者も集まってくる。いずれもが戸惑いと恐れの表情でこちらを見ている。

「魂がないはずなのに、なぜ動ける?」一人がおずおずと問いかける。

「さあね。それより、何だい、そのへっぴり腰は! 情けないねぇ、見逃してやるから、とっと逃げなよ」
 ベスパは、相手の怯えを煽るような威圧を込める。虚勢こそが、唯一の武器である。

その威圧に押されるように下がる五人。

「すっかり負け犬根性がついちまったようだな」
 さっき『兄貴』と呼ばれた男は、仲間を嘲った後、前に出る。
「キサマも相変わらずの威勢だな。しかし、そうした手は相手を見て使うんだな」

‥‥ 男が浮かべたサディスティックな笑みで虚勢が見破られたことを悟る。
それでも弱気を押さえ込み、睨み返す。

 その反応に男は不愉快そうに顔を歪めると、一気に間合いを詰め、容赦のない拳を打ち込んできた。

 一発目はかろうじてガードできる。二発目もなんとか対処するが、三発目になる蹴りをまともに腹に受けてしまう。

「うぐっ!!」うめき声とともに腹を押さえ、うずくまるベスパ。
逆流した胃液のえぐい味が口の中に広がり、数瞬、意識が途切れる。

「おや? もう少し楽しめると思ったんだが、これでは興ざめだな」

その言葉に顔を上げると、こちらを見下す男達の顔が目に入る。一様に、嬉しくて仕方がないという顔だ。

その空気を背負うようにして、一人が、
「兄貴、こいつには随分と借りがありしたよね。良い機会だから、それを返させてもらうっていうのはどうです?」

「もう警官や仲間がこっちに来るころだ、遊んでいるヒマはない」

「判ってますよ。でも、魂を抜き直すには、あの悪魔のところに連れて行くしかないでしょ。そこなら時間はあるじゃないですか」

「そうそう、せっかくなんだから、それくらいいいでしょう」

「ゲスめ!!」嫌悪感を露わに、ベスパは吐き捨てる。

 直接的な表現はないが、目の前の人の皮を被った獣(ケダモノ)どもの考えていることは充分すぎるほど判る。

「ゲスか、そのゲスとお仲間だったのを忘れてらっしゃるようだな」
「あの男に可愛がられたんで、俺達がゲスに見えるんだろ」
「まあ、ゲスならゲスで、そのゲスが何をするか見せてやろうじゃないか」

投げかけられる言葉に対する怒りを梃子に、最後の力を振り絞り立ち上がる。

「元々そうだとは思っていたが、本当に気の強ぇ女だなぁ まあ、それはそれで楽しみが増すってモンだが」
大柄で、体の分だけ頭に栄養が廻っていないような感じの男が、『まかせろ』と前に出る。

‥‥ まだ、喉笛を食いちぎるぐらいはできるか、と考えるベスパ。

「ぐわぁぁーー!」さらに踏み出そうとしたところで、その男が悲鳴が上げた。

 粗い粒子でできた霧のようなものがまとわりついたためだ。
霧のように見えたは、ものすごい数の虫で、さらに、それに数倍する虫が、残りの連中にも襲いかかり動きを封じる。
 そこに、忍者姿の者が躍り込むと、さきの男を袈裟に切り伏せた。

「ちっ、予想以上に早い! 遊びすぎた、引くぞ!!」

そう言い捨て、逃げ出したリーダーに残りが続く。それと入れ替わるように、制服を着た一団が現れ、追いかける。

危機が去った様子に、ぎりぎりで保っていた気力が緩み、ベスパの意識が遠のく。
 そのまま倒れ込もうとするところを、身を翻した忍者が支える。

「ごめん! 雑魚相手に手間取ってしまったの」
 謝りながら、忍者は顔を覆っていた布を取った。

「姉さん?!」意識を失う寸前のベスパは、見るはずのないモノを見た気がした。


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